彩の軌跡   作:sumeragi

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そのメイド、有能

6月19日

 

 

カチリ、カチリと時計の針が動く音が耳に届いた。

 

 

「(あ、虹・・・・・・)」

 

 

問題を全て解き終えたティアは、久しぶりの晴天だと窓の外へ向けていた視線を机に戻す。

もう一度カチリと分針が動くと、チャイムが鳴り、同時にサラ教官がテストの終わりを告げた。

その瞬間、解放感から全員が息を吐く。

 

 

「いや~っ、この4日間ホントにご苦労様だったわね」

 

 

4日間という長いようで短い中間試験も終わりを迎えた。

疲れた、と項垂れながら呟く者や、近くの席同士で簡単に答え合わせをしている者の声を聞きながら、サラが今後の予定を軽く告げる。

 

 

「試験の結果は来週の水曜日に返却されるわ。その日の午後には今月の《実技テスト》もあるから頑張ってちょうだい」

 

「うぅ・・・それがありましたか」

 

 

実技テストの言葉にマキアスが肩を落とす。

入試首席のエマに勝たなくては、と意気込む彼は、今回の試験に尽力しただけの手応えを感じると同時に、燃え尽きてしまった部分があるようだ。

少しは空気を読んでもらいたい、とユーシスが同意するように声を重ねた。

 

 

「ふふ、明日は自由行動日だし、存分に羽を伸ばすと良いわ」

 

 

それと、と続けると、サラはもったいぶるように少し間を空けてから再び口を開く。

 

 

「あたしはこの後ちょっと野暮用があって、明日の夜までは戻らないから。くれぐれも寮のことは頼んだわよ」

 

 

ウインクをしながらそう告げると、HRは終了し、一同は解散することとなった。

 

 

 

 

「ね、ねえ。今のってどう思う・・・!?」

 

 

アリサの声を皮切りに、サラが教室を去ってから静まり返っていた教室が騒がしくなる。

あくまで、通りすがりの教頭が目くじらを立てない程度に、ではあるが。

 

 

「そうですね・・・普通に考えれば恋人とか・・・でしょうか」

 

「信じられんな。アレにそんなものがいるのか?」

 

「美人なのは間違いないが、あの性格と生活態度を考えると・・・」

 

 

エマが最もあり得そうな理由を挙げるが、ユーシスが即座に否定する。

マキアスは口を濁してはいるものの、言いたい事は全員に伝わっていた。

 

客観的に見てもサラは美人である。

ただ、言葉の頭に"黙っていれば"が付いてしまうだけで。

 

 

「好き放題言ってるな。・・・・・・まあ、俺も同感だけどさ」

 

「リィン君は苦労させられてそうですからね。・・・意外と仕事の用事だったりして」

 

「サラ教官が自由行動日に仕事かぁ」

 

 

今までを振り返ると、サラは自由行動日には部屋で昼間から酒を飲み、あろうことか、最初の特別実習の時も現地に着くなり酒を飲んでいた。

そのサラが自由行動日前日から泊り掛けで仕事をするとは、エリオットだけでなく、全員にとっても中々信じ難い事だ。

酒が入っていてもいいアドバイスをくれることはあった、とはリィンの談である。

 

 

「む、妙な風が・・・」

 

「ガイウス?――っ皆、静かに!」

 

 

ふと発せられたガイウスの言葉に、どういう意味かと聞き返そうとしたリィンが突然声を小さくして静止をかける。

5秒後、教室の扉がガラリと音を立てて開かれ、全員の視線が扉に集中すると、今まで話しの的となっていたサラが顔を見せた。

 

 

「忘れ物ですか?」

 

「あのねえ・・・そんなしょっちゅう忘れ物する訳ないでしょ。ガイウス、学院長がお呼びよ。すぐに学院長室に行きなさい」

 

 

呆れたようにティアをジト目で睨んでから、本題だったのかガイウスに声をかけた。

 

 

「分かりました。皆は先に帰ってくれ」

 

「ああ。・・・じゃあ、また後で」

 

 

リィンの返事を聞くとガイウスはサラに続いて教室を出て行く。

 

 

「では、私も」

「じゃーね」

 

 

更に2人に続くように動き出したのはラウラとフィーだった。

ほぼ同時に口にしたからか、一瞬お互いを見遣るが、先にフィーが視線を逸らす。

そそくさと出て行く後姿が見えなくなると、ラウラも教室を後にした。

 

 

「・・・せっかくだから皆で帰ろうと思ったんだけど・・・」

 

 

残念そうなアリサに、エマが同意を示す。

リィンが声をかけ、教室に残された7人は第3学生寮に帰ろうと歩き出した。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

「冗談じゃないわ!!」

 

 

第3学生寮の3階から、怒鳴り声が1階まで響いてくる。

もしかすると、外にまで声が漏れているかもしれない。

 

 

「まあまあ、アリサお嬢様」

 

 

烈火のごとく怒るアリサをなだめる可憐な声の持ち主は、今日からティア達の暮らす第3学生寮の管理人となったシャロン・クルーガー。

柔らかなスミレ色の髪を持つ、ショートカットの綺麗な女性だ。

 

 

「会長も、別にお目付け役として(わたくし)を派遣されたのではないと思いますわ。ひとえに愛するお嬢様に日々のご不便がないように――」

 

「それが余計なお世話だって言ってるの!」

 

 

アリサの母親は帝国最大の重工業メーカー、ラインフォルトグループを束ねる辣腕の会長イリーナ・ラインフォルト。

娘であるアリサは、当然ラインフォルトの令嬢ということになる。

下手をすれば大貴族よりも遙かに資産家の実家を、貴族生徒も通う学院で伏せていたのも頷ける話だ。

 

 

「ただいま」

 

「外まで聞こえてきたが、何かあったのか?」

 

「ガイウス、フィー。今帰ったのか」

 

 

アリサは存外意地っ張りで子供っぽいが、他人へ気配りが出来て、ここまで人目を気にしなくなる事は今までなかったことだ。

入学式のある事件はともかくとして。

実家と上手くいっておらず、"自立するため"に士官学院に入学したという事は語っていたが、その彼女がこれ程まで不機嫌になるなんて、誰が想像しただろうか。

 

直談判を望むアリサだが、母であるイリーナ会長は、帝都での鉄道省総裁と会食に始まり、その後各地を回って行く、と多忙を極める。

仕事の鬼とアリサが呆れながら例えるように、特別忙しい訳でもなく、これが通常なのだろう。

 

 

「と、とにかく!私は絶対認めないんだからあっ!」

 

 

バタンと一際大きな音が上がると、寮は急に静かになった。

 

 

「――どうした?玄関で固まったりして」

 

 

直後帰って来たラウラが訝しむ様に声をかける。

どう説明したものかと逡巡し、先ほどのガイウスの同じ質問にもまとめて答えていると、軽やかな足取りでシャロンが1階に降りてきた。

彼女は遅れて寮に帰ってきた3人に向かって、昼間リィン達にした時と同様に挨拶をする。

 

 

「ガイウス様、フィー様、ラウラ様。お初にお目にかかります――シャロン・クルーガーと申します」

 

 

一通りの自己紹介を終えると、ガイウス達も会釈を返す。

 

 

「そういえば、皆様ご夕食はどうなさるおつもりですか?」

 

 

Ⅶ組メンバーの夕食は、学生食堂にキルシェがメインで、自分で作る者は少ない。

厨房を使うのは主にティアとエマで、食事を共にするのは女子だけだったが、それもリィンから始まり、男子が徐々に増えてきて、今ではほぼ全員が同じ食卓を囲むようになってきていた。

意外にもあっさりと混ざってきたユーシスに、マキアスがどうなるかと心配されたが、一度席を共にしてからはこちらも案外あっさりしていた。

とは言え、仲良くなった訳ではないのか、毎日何かしら口喧嘩をしているが、それを見た者の反応は「またやってる」などとあっけらかんとしたものになりつつある。

 

最近ではフィーとラウラのどちらかの姿が見えないことが多いが、今日もほとんどの者が食事は寮でとるつもりだったはずだ。

 

 

「実は、もう既に今夜のお食事を用意している最中でして」

 

「そ、そうですか・・・」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

全員からの返事を聞き終えると、シャロンは満足そうな笑みを浮かべながら一言告げ、深々とお辞儀をして厨房へ姿を消した。

 

 

「くれぐれも中を覗かないで下さいね」

 

 

 

 

「アリサさーん、お夕飯ですよー」

 

 

ティアはノックをしても開かれない扉に向かって声をかける。

 

 

「・・・出てきてくれませんね」

 

「まあ、仕方ないでかもしれません」

 

 

恐らくはヘソを曲げているのだろうが、一方的ではあるものの、あんな喧嘩の後では顔を出し辛くもなる。

そこを考慮して、シャロンではなくエマとティアが率先して呼びに来たのだが、この2人でもなかなか大変な作業のようだ。

 

 

「・・・・・・どーせシャロンが作ったんでしょ」

 

「はい。シャロンさんの愛情がたっぷりと詰まったクリームコロッケだそうです」

 

「えっ、ホント!?」

 

 

シャロンから聞いたメニューをティアがそのまま告げると、扉の中でガサリと衣擦れの音がした。

咳払いが聞こえた後、おそるおそる扉が開かれる。

 

 

「し、仕方ないわね・・・食材は無駄に出来ないし。で、でも私は認めたわけじゃないんだから!」

 

 

プリプリという効果音が似合いそうなアリサが、階段を降りていく。

そわそわしているように見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

「・・・何と言うか、可愛らしいですね」

 

「ふふ、いつもより子供っぽいかもしれません」

 

 

取り残されたようなティアとエマが感想を述べ、笑みをこぼすと、食堂に戻っていく。

机には、学生のものとしては立派な食事が並んでいた。

彩りも鮮やかで、比較対象を高級なレストランにしても遜色ないくらいだろう。

テーブルに着いてからも、アリサは後ろに控えるシャロンに対し、あくまで反対だと言い続けたのだが。

 

 

「あ、お嬢様。大好物のアプリコットジャムをたくさん作って来ましたわ」

 

「子ども扱いしないでよ!・・・その、ジャムはありがたいけど」

 

 

くるりと後ろに振り返り、アリサは嬉しそうに顔を輝かせるが、すぐに顔を逸らし不機嫌な表情を作るが、嬉しさを隠しきれていない。

 

 

「なんだか微笑ましいな・・・」

 

 

慣れている、とも言えそうなシャロンにアリサは振り回されているようにも見えるが、仲が悪いようには見えない。

主人と使用人の枠にも納まらない、もっと対等な関係。

リィンがエリオットと共にアリサの様子を伺いながら、ぽつりと漏らした。

 




もしかして:現実逃避


なんて冗談はさておき、ついにシャロンさんのご登場です。
先日閃Ⅱをクリアしたところですが、彼女にはとても助けられました。
Sクラもかっこいいですし!

ティアの空気感がすごいことになっていて危機感を覚えています・・・(笑)

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