彩の軌跡   作:sumeragi

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自由行動日と薔薇恋慕

6月20日

 

 

ふう。

息を漏らしつつ、手紙を書き終えたティアはペンを置いた。

今朝届いたばかりの可愛い妹からの手紙を再び手に取り読み直すが、繰り返し出て来るフレーズに顔が自然と苦くなる。

 

『お姉様はいつになったら帰ってきてくださるのですか』

 

微妙に違った書き方も交えつつ、内容が同じ文がやたらと目に付くが、気のせいではないだろう。

入学してからしばらくは、Ⅶ組と言う特殊な環境に加え特別実習もあり、唯一の休日でもある自由行動日には部活があった為、なかなか時間がとれなかった。

最近ではその忙しさにも慣れてきたものの、未だに帝都へ帰れないでいる。

手紙まで出さなかったら学院まで来てしまいそうだ、いや、さすがにそれはない、と浮かんだ思いを頭の中で消した。

 

時計を見ると、手紙を受け取った時から長針がほぼ一周している。

部活に時間の指定は特に無いのだが、午後からは旧校舎探索に協力する事になっている。

書き終えたばかりの手紙を手に持ち、シャロンに見送られて第3学生寮を出た。

 

 

「お気をつけていってらっしゃいませ、ティア様」

 

「ええ、いってきます」

 

 

駅舎の前に設置されている郵便ポストに手紙を出すと、そのまま学院へ向かう。

試験と長雨が終わり、やっと活動を再開できた運動部の鬱憤を晴らすかのような声がグラウンドから聞こえてきた。

入学から約3ヵ月、吹奏楽部の練習音も合わせて随分と聞きなれたものになっている。

受付嬢に軽く挨拶をして校舎へ入り、調理室の扉を開けると、不安げな様子でおろおろしている調理部顧問メアリー教官の姿が真っ先に目に入った。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「ティアさん!・・・良かった、来てくれましたか」

 

 

声をかけると、メアリー教官は少し安心したような顔をして入り口に小走りで寄ってくる。

普段であればすでに来ているはずの部長も、もう1人の部員マルガリータも居ない。

もしかすると、調理部員に急ぎの連絡でもあるのだろうか、と予想する。

 

 

「マルガリータさんの使っていたクッキーの生地からなんだか異臭がして・・・もしかしたら、悪くなった食材を使ってしまったんじゃないかしら」

 

 

それは稀によくある事、だなんて口が裂けても言えない。

心優しく、生徒からも絶大な人気を誇るメアリー教官ならば、さぞや心を痛めてしまうことであろう。

 

ちなみに、ティアが自身の手帳に書き記している珍妙料理は全てマルガリータの作品である。

調理部の中でも、独創的な料理を特に作っているのは彼女で間違いないだろう。

 

マルガリータがことあるごとに作った料理に混ぜようとする怪しげな薬品は、惚れ薬だと以前聞いた事があるが、本当なのかは未だに不明だ。

4月の自由行動日に医務室へ同級生が運ばれた事もあり、何かと気を配っていたつもりでも、医務室に運ばれる生徒が一定数居る事だけは確かなのだが。

 

 

「やっぱり伝えた方が良いのでしょうか・・・」

 

「そうですね・・・じゃあ、私は校舎の外を探してきます。教官は校舎の中で見かけたら伝えてもらえますか」

 

 

部長のニコラスは、マルガリータがどんな料理を作ろうが、「見たことのない新しい料理を見られて嬉しい」と言う事の出来る大らかな人物である。

鍋から石鹸の香りがしようが、マルガリータが使った生地が妙な色をしていようが彼は焦らない。

見ていて安心感を覚えるものだが、魔獣が匂いを嗅いだだけで気絶してしまう料理には安心できない。

 

 

「フィーちゃん!」

 

「あ、ティアだ」

 

 

階段を降りて中庭を抜けた先で、花壇に立つフィーを見つけた。

今からもう1人の園芸部員と共にフィーの花を植えるところなのだろう。

 

 

「今私と同じ調理部の1年生を探しているんですが・・・マルガリータさんって知っていますか?」

 

「誰?それ」

 

「金髪のツインテールで・・・逞しい、と言えば良いでしょうか・・・なかなか力強い方ですね」

 

「・・・ああ、アレか。今日は多分見てないかな」

 

 

花壇近くを通っていないとなると、正面玄関から出たのだろうか。

学院を一周して見つからなければ医務室へ向かおう、と考えながらフィーと別れた。

ベアトリクス教官には段々と頭が上がらなくなってきている。

 

次に着いたのは技術棟。

中に入ると、いつもは奥のカウンターにいるジョルジュが、今日は珍しく入り口近くにしゃがんでいた。

 

 

「やあ、ティア君」

 

「こんにちは、ジョルジュ先輩。クロウ先輩とアンゼリカ先輩もいらしたんですね」

 

 

棟内の机ではクロウとアンゼリカがドーナッツを食べていた。

クロウはドーナッツをくわえたまま、左手を上げてよお、などと声をかける。

随分と器用なものだ。

 

 

「何か用事かい?」

 

「はい、今人探しの途中で・・・」

 

 

事情と探し人の特徴をかいつまんで説明すると、アンゼリカはふむ、と声をあげた。

 

 

「アンゼリカ先輩?もしかして――」

 

「金髪ツインテで豊満ボディな女子・・・実に興味深いね」

 

「・・・・・・」

 

 

妙に突っ込んでくると思えば、そんな事を考えていたのか。

全身の脱力感が否めない。

 

 

「今日来たのはニコラスとリィンくらいだろ」

 

「えっ・・・部長もここに来たんですか?」

 

「おう。ニコラスに導力バイクのテストするっつー話をしたら、差し入れに持ってきてくれたんだよ」

 

 

右手で頬杖をつくクロウは見せ付けるようにドーナッツを手に取ると、穴に指を入れてくるくる回す。

 

 

「君はただの冷やかしだろう」

 

「細けえこと気にしてんじゃねえっつの」

 

「あ!僕の分もちゃんと残しておいてよ?」

 

 

一口で半分をぺろりと食べてしまうクロウを見て、話の中にも出てきた"導力バイク"なるものを整備しているジョルジュが口を尖らせるが、クロウは気の無い返事をするだけだ。

 

 

「クク、どーした?そんなにドーナッツ欲しかったのか、後輩ちゃん?」

 

「ち、違います!・・・先輩って左利きかと思って」

 

「いんや?俺は両利きだよ。便利だぜ?」

 

 

器用な人だとは思っていたが、両利きだったのか。

何に便利なのかはあまり聞きたくない気もする。

投げ渡されたドーナッツを慌ててキャッチし、信じられない、と目で訴えてもクロウは、くくと笑いを零すだけだ。

それでも律儀に礼を述べたティアは、そもそもの受け取り手であるだろうジョルジュに顔を向ける。

 

 

「ティア君は導力バイクに興味がおありかな?」

 

「少し・・・。こんなに近くで見たのは初めてで」

 

 

ジョルジュの少し手前、導力バイクに目を止めたままのティアにアンゼリカが問う。

導力車とは違い、一般には出回っていない珍しい乗り物。

しゃがんでまじまじと導力バイクを見始めたティアに、アンゼリカが椅子から立ち上がり近付いてくる。

アンゼリカが乗っている姿は学院にいれば見かける事はよくあるものの、これ程近くで観察した事はなかった。

 

 

「乗ってみるかい?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。君なら大歓迎だよ」

 

 

反射的に口にした言葉に、アンゼリカが満足そうな笑みを浮かべる。

 

 

「フフ、トワとのツーリングも良いが・・・ティア君も良さそうだ」

 

「クッ・・・てめえ」

 

「おや、そんな悔しそうな顔をしてどうしたんだい、クロウ?。・・・そうだ、わがままボディの委員長ちゃんを誘うのも悪くないかもしれないな」

 

 

顎に手を添え、ティアを見つめるアンゼリカは、ニコニコ、よりもニヤニヤしていると言った方が近いだろうか。

クロウも便乗しているようだが、2人の間でしか通じていない会話でいまひとつ意味が分からない。

 

 

「機会があれば、是非」

 

「私としては今からでも構わないんだがね」

 

「今日はテストの日では・・・?」

 

「ああ、それならもう終わったんだよ」

 

 

そうなのか、と思うと同時に男子生徒が技術棟に入って来た。

彼はティアを見て少し意外そうな顔をする。

オーブメントの整備をするでもなく、こんな風に技術棟に居る事は、ティア自身も意外だと思っていたので、くすりと笑った。

 

 

「リィン君じゃあないか。ティア君、テストには彼も協力してくれてね。いやあ、さっきは助かったよ」

 

「はは、お役に立てて光栄ですよ。・・・ところで先輩。トリスタの花屋以外でグランローズを買える場所ってご存知ですか?」

 

「グランローズ?」

 

 

日頃から学院を走り回り、何かと顔の広いリィンであるから、何かに協力したと聞けば成程、と不思議ではないのだが、およそ彼とは縁の無さそうな名が出た事に驚く。

 

 

「おお?なんだよリィン後輩。告白でもすんのか?」

 

「先月キミがグランローズを持っている姿は見られているのだし、今更隠す必要も無いと思うのだが・・・」

 

「あ、あれは悪戯に引っかけられただけでそういう意味では・・・」

 

 

慌てた様子ですぐさま否定するリィン。

ニヤニヤ顔を崩さない2人の先輩は、事情を分かっていて言っているので性質が悪い。

否定しても喜ばせるだけで、リィンはコホンと一つ咳払いすると、話題を断ち切る。

 

 

「やっぱりありませんよね・・・。他に手がかりもなさそうだし、一旦報告するか」

 

「君もトワも、いつも忙しそうだね。リィン君も1個どうだい?クロウは食べすぎだから自重してよね」

 

 

どこにでも顔を出し、リィンや頼りになる生徒会長トワとは違った方向に顔が広いクロウにも心当たりが無さそうで、お手上げとばかりに溜め息をつくリィンにジョルジュが労いの言葉をかける。

ティアにしたように、クロウは遠慮するリィンにドーナッツをひょいと投げた。

 

 

「もしかしたら、マルガリータさんなら用意できるかもしれませんね」

 

 

最後の一口を飲み込み、ティアが放った一言にリィンが反応する。

 

 

「ドレスデン男爵家はグランローズが名産品のはずなので、花屋で買わずに手に入れられるでしょう」

 

「なるほど・・・。そのマルガリータさんがどこに居るか分かるか?」

 

「私も今探しているところで・・・」

 

 

そうか、とリィンは肩を落としたが、解決の糸口が掴めたからか、表情を明るくして技術棟を出て行く。

ならば、とマルガリータ捜索の途中であるティアも同様に先輩たちに声をかけてリィンに続いた。

もう一度学院を一周してくるつもりらしいリィンに、すでに一周したのか、と思わなくもないが、この時ティアがかける言葉は決まっている。

 

 

「マルガリータさんがクッキーを持っていたら注意してください」

 

「あ、ああ・・・?よく分からないけど分かったよ」

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

「そんな事があったんだ」

 

 

寝ぼけたようなぼんやりした声で、フィーが相槌を打つ。

空も街もオレンジに包む夕焼けが眩しくて、瞼が持ち上がらない。

 

結局あの後マルガリータは見つからず、医務室にも運ばれた者は居なかった為調理室へ戻ってみると、そこには新たに調理を始めている彼女の姿があった。

メアリー教官はニコラス部長と穏やかに話をしているようなので、不安は取り除かれたのだろう。

 

そして現在、旧校舎探索を終え解散した後、中庭前を通りかかると、そこには珍しいような、そうでもないような組み合わせの2人組がベンチに腰掛けていた。

1人は丸まっている、と言った方が正しくはあるが。

猫のようなその姿を見て、ふわりとした髪を撫でると、フィーは片目だけでティアを確認して再び瞳を閉じた。

会話は通じているので、眠ってはいないようではある。

 

 

「私としては、マキアス君が手伝っていた事に驚きましたけど」

 

「手伝うって言ったから任せた。意外と使えなかったけど」

 

「そ、それは君が作業を全部任せようとしただけだろう!?」

 

 

マキアスは、午前までは部室でチェス部の活動をしていたらしい。

彼が第2チェス部に入ったきっかけと言うのも、貴族生徒のみで構成されている第1チェス部によって廃部の危機に晒されている部を救うためだった。

その廃部をかけた試合に備えて、今日も研鑽を重ねていたマキアスであったが、根を詰めすぎても成果が上がらないだろうと休憩がてら散歩をしていたところ、丁度フィーに出くわした。

もう1人の第2チェス部員であり、部長のステファンは午後には用事があるとかで居ない為、強引にも引っ張ってこられたようだ。

 

マキアスは渋々付き合ったようだが、それでも手伝うあたりが彼である。

話しに聞く強引さにティアは呆気にとられたが、その強引さもフィーなりの気遣い・・・なのかもしれない。

放っておけばマキアスはこの後もチェスに興じていただろうから、良い息抜きではあるだろう。

 

 

「しかし、その先輩には悪いが少しほっとしたよ」

 

「一時期大変だったみたいですものね」

 

「ううっ・・・」

 

 

マルガリータの名を出すと即座に反応してしまったマキアス。

それも仕方ないのだろう、過去にマルガリータのクッキーを食べて医務室に運ばれたのは、何を隠そう彼なのである。

その件以降も、何度か追いかけられて異臭を放つクッキーを食べさせられそうになったことがあるそうだ。

 

 

 

 

初夏の涼しい風が吹き、花や草木を揺らす。

花壇で揺れる色とりどりの花と、まだ芽も出ていない土だけの一角を見比べながら、ティアがぽつりと呟いた。

 

 

「咲くのが楽しみですね」

 

 

フィーが植えたのは、名前も知らない花の種。

団にいた頃に貰って、なんとなく今まで持ち続けていたもののようだ。

 

『珍しい種みたいだが、ジェーンさんも相談に乗ってくれてね』

 

満足そうに言うマキアスに、フィーはむうと顔をしかめ、凝り過ぎ、適当過ぎる、なんて言い合っていた。

 

 

「"愛情を持って育てろ"なんて・・・聞けば聞くほど、猟兵団のイメージが変わってくるな」

 

 

フィーに教えられていた、名も知らぬ種の育て方をなぞるようにマキアスが口にする。

"死神"の代名詞でもある猟兵。

愛情とは真逆の位置にも思えそうな猟兵という存在が、植物は愛情を持って育てるべきと考える事が、偏見だとは分かりつつも、彼の持つイメージとどうしても食い違う。

 

 

「まあ、無理ない。《猟兵》なんて悪名の方が知れ渡ってるものだし。・・・・・・どうしたって受け入れられない人も居る」

 

「フィーちゃん・・・」

 

「・・・・・・僕はそうは思わない」

 

 

体を起こしたフィーの俯きがちな視線は、どこにも焦点が合っておらず揺れていた。

そこで発せられたマキアスの言葉に、フィーはきょと、と目を丸くして顔を上げる。

 

 

「きっと今のラウラは、猟兵というものを全て同じに見てしまっているだけだと思う・・・。それこそ僕のように」

 

 

苦虫を噛み潰したような、歯痒そうな顔。

先ほどの否定は確信を得ての言葉ではなく、自分自身に言い聞かせる為の言葉でもあった。

 

 

「私は・・・そうは思えないよ」

 

 

そう告げると、フィーは静かに立ち去る。

後姿が角を曲がりすぐに見えなくなってしまった。

 

 

 

 

「はあぁ・・・・・・。やっぱり僕が言ったんじゃ説得力が無いかな」

 

 

マキアスは苦笑して溜め息を一つ落とした。

柄じゃないのだ、こんな説得のような事は。

以前のように貴族というだけで突っかかるようなことはしたくない。

したくはないのだが、ふとした拍子につい過敏になってしまう自分を否定しきれないままだ。

 

 

「そんな事はないと思います」

 

 

ティアは立ち上がると、膝についた土を払った。

夕陽が逆光になって、ティアの表情はマキアスからはよく見えない。

動いた拍子にさらさらの金の髪が夕陽に照らされてキラキラ輝いていた。

 

 

「マキアス君が今前を向いている事は分かるから・・・きっと伝わっていますよ」

 

「・・・そうだといいな」

 

 




これはなんといえば良いのでしょう、フィー回の皮を被ったマキアス回・・・?
この2人可愛くて大好きなので一緒に出てしまうのも仕方が無いのです。


最初マキアスがラウラの異変に気付いたのってなんでだろうと思っていたのですが、2人ともなんとくく通じる部分があるからかな、と今では思います。
マキアスの貴族嫌いは、何かを恨まないと気持ちのやり場がなかったからで、ラウラの場合は正義感によるところが大きかったり、と対象や経緯は違っても、貴族や猟兵の枠組みで全てを同一に見てしまっているところとか・・・。


次回は6月23日の話になります。
ついに彼の出番です!

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