彩の軌跡   作:sumeragi

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それは雷のように

6月23日

 

昼休みには結果が発表される。

SHRでのサラの言葉通り、順位と氏名、クラスと総点の順に約100名の生徒達の成績が書かれた紙が本校舎2階の廊下の掲示板に貼り出されていた。

左から20位ごとに区切られた成績表を目で追っていくと、それはすぐに見つかった。

 

 

「(・・・悪くない、かな)」

 

 

エマとマキアスは同点1位、ユーシスは4位でリィンとアリサが8位9位と並ぶ。

少し離れてラウラが18位、ガイウスが21位。

エリオットとフィーの年下組は37位に73位とⅦ組の中では下位に入るが、エリオットもなかなかの好成績だ。

最年少のフィーは基礎学力を考えれば十分過ぎるほどの結果でもある。

 

 

「皆いい線行ってるわね」

 

「ふふ、勉強した甲斐ありましたね」

 

 

腰に手を当てたアリサが嬉しそうに言う。

ティアはそれに同意しながら、もう一度掲示板に書かれた自分の名前を見た。

 

3 ティア・レンハイム 1-Ⅶ 970pts.

 

1位のマキアス、エマとは5点差。

入学試験での点数は公開されていない為目算ではあるが、平均点は多少上がっているはずだ。

 

個人成績の隣には、クラスごとの平均点も掲示されていた。

Ⅶ組は平均884点でダントツの1位。

上位10人の内半数以上はⅦ組メンバーが占めており、そうでない者も皆それなりの成績を残しているのだから、当然とも言える結果だ。

当然だと言うユーシスに、マキアスが呆れながらも丁寧に突っ込んでいる。

 

 

「皆が頑張った結果だろう」

 

 

穏やかに笑うガイウスの言葉に、そうですね、と頷いた。

 

 

 

 

「何て屈辱だ・・・!」

 

 

掲示板の前で盛り上がるⅦ組を、Ⅰ組の貴族生徒達が少し離れた場所から睨みつけている。

平民、貴族でクラス分けされたこの学院において、貴族生徒の属するクラスがトップの成績を収める事は当然であり、もはや義務とすら言える。

少なくとも、彼らはそう信じている。

 

 

「あんな寄せ集めどもに帝国貴族の誇りを汚されるとは・・・」

 

「アリサさんのあの家名・・・」

 

 

口々に不満を述べ、悔しげに目じりを吊り上げている者達の中心に、1人黙ってⅦ組を見つめる男子が居た。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

「それじゃ、早速今月の実技テストを始めましょうか」

 

 

サラがパチンと指を鳴らすと、実技テスト恒例となった戦術殻が出てくる。

この度々形状を変えている傀儡を相手にするのもこれで3度目だが、やはり得体が知れない。

更に言えば、今回は今までとも違う引っかかりがあった。

 

 

「(・・・これは・・・)」

 

「気付いた?」

 

「ええ。あの銀色の傀儡・・・無関係とは思えませんね」

 

 

顎に手を当て考え込むティアに、隣に立つフィーが問いかける。

視線を右に向けると、フィーの隣、ティアとは反対側に立っているリィンもどうやら気付いたようだ。

オーロックス砦の侵入者と思しき人影を乗せた謎の飛行物体と戦術殻は、色や形状は違うがよく似ている。

 

高度な技術力を持つ工房、それこそ大陸でも有名なメーカーは少ない。

オーブメント技術研究の最先端であり、兄の主導で行なわれた高速巡洋艦《カレイジャス》の建造に関わっているリベールのツァイス中央工房に帝国のラインフォルト社。

《ARCUS》以前の戦術オーブメントの全てを製造したエプスタイン財団は勿論、ラインフォルト社と双璧をなす武器・兵器開発の老舗共和国のヴェルヌ社。

 

そして、表には出てこないが、それら軽く凌駕してしまう技術力を持つであろう《結社》の工房。

砦の侵入者の正体は分からないが、銀色の傀儡や戦術殻とは何かしら関係があるのではないか、と疑念を抱いていた。

確証はないので、漠然としたものではあるけれど。

 

 

「素材が近いんだと思う。ひょっとしたら――」

 

「どうかしたのか?」

 

 

わざとではないだろうが、フィーの言葉を遮るようにラウラが後ろから声を被せてきた。

フィーは一旦口を閉ざすとラウラを見ず、別に、とだけ告げる。

そんなフィーの態度に、ラウラは腕を組んで険しい視線を向けた。

傍で見ている者達の方が居心地悪く感じるほど、2人の間では会話が成立しない。

大抵は今のようにラウラが話しかけると、フィーが逃げるように立ち去ってしまうためだったが。

 

 

「面白そうなことをしているじゃないか」

 

 

そんな時、グラウンドへ続く階段に貴族生徒達が現れた。

声をかけたのは四大名門の一つであるハイアームズ公爵家の子息パトリック。

パトリックを始めとする4人の男子生徒達は、階段を降りると真っすぐⅦ組の生徒達が集まる場所に歩いていく。

一緒に来ていたらしい2人の女子生徒は、階段を降りたところで足を止めた。

 

パトリック達の目的は、最近目覚しい活躍をしているⅦ組とのクラス間の"交流"と言う名の練習試合らしい。

それにしては随分と挑発的な態度に、上から目線な物言いだ。

 

面白そう、とその申し出をサラが受けたことにより、実技テストがⅦ組とⅠ組の模擬戦に変更された。

Ⅰ組から出される随分と多い注文を飲み、Ⅶ組代表はリィンとエリオット、マキアスとガイウスの4人に決まる。

互いに位置につき武器を構えると、サラの号令で模擬線は開始した。

 

 

「――始め!」

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

特別実習を経験し、着々と力をつけているリィン達Ⅶ組だが、Ⅰ組との戦いは楽なものではない。

Ⅰ組の貴族生徒達それぞれが剣術の英才教育を受けており、確かな実力を持っている。

個々の戦闘力のみで言えば、五分五分と言ったところだろう。

決して油断は出来ない状況だが、その均衡はあっさりと崩れることとなる。

 

貴族生徒の統率の取れた連携は、訓練という前提でのものだ。

実戦経験の差か、臨機応変さに欠けている。

実力は拮抗しているようではあるが、傍目にはⅦ組側が押し切るのも時間の問題に映っていた。

 

なによりも、Ⅶ組には《ARCUS》の戦術リンクがある。

リンクを駆使する事でより高度な連携が可能になり、天秤は一気に傾く。

 

実際、最初に倒れたのは貴族生徒の1人だった。

それを皮切りに勢いを増して攻め込んでいくⅦ組と、次々に膝をついていくⅠ組。

最後に残ったパトリックのレイピアが、キィンと一際高い音を鳴らし宙を舞う。

 

 

「――そこまで!勝者、Ⅶ組代表!」

 

 

サラの試合終了の宣言と共にカランとレイピアが地面を転がり、リィン達の緊張感も和らいでいく。

貴族生徒達はうつむいたまま、馬鹿な、と唖然として呟いている。

リィンが剣を鞘に収め、労いの言葉をかけながらパトリックに手を差し出した。

 

 

「いい勝負だったな。機会があればまた――」

 

「触るな、下郎が!」

 

 

耳を疑った。

 

リィンの言う通り、この模擬戦はⅠ組とⅦ組両方の生徒にとって良い経験となる試合だった。

ならば、パトリックもその手を取り、互いの健闘を称え合うのが本来ではないか。

 

そんな予想された未来とは違い目に映る光景は、目を丸くしたリィンと、ギラギラと目を光らせ睨んでいるパトリック。

聞こえてくるのは、差し出された手を撥ね除ける乾いた音に、吐き捨てるような鋭い声。

 

 

「いい気になるなよ、リィン・シュバルツァー・・・!ユミルの領主が拾った出自も知れぬ"浮浪児"ごときが!」

 

「・・・っ・・・・・・」

 

 

力の入らない体を怒りだけで無理矢理立たせるパトリックが発した言葉に、リィンの顔が歪む。

一度口にしてしまってからは、枷が外れたようにパトリックは止まらなかった。

 

――何が同点首位だ!平民ごときがいい気になるんじゃない!

 

――ラインフォルト!?所詮は成り上がりの武器商人風情だろうが!

 

――おまけに蛮族や猟兵上がりの小娘まで混じっているとはな!

 

エマは悲しそうに目を伏せ、マキアスは怒りで声が出ない。

否定はしない、と諦めたように呟くアリサだが、その眉間には深く皺が寄っている。

ガイウスとフィーは冷静に様子を見ているが、ガイウスは何かを考え込むように目を伏せた。

 

パトリックが放つ言葉の一つ一つが、見えない刃となって襲いくる。

流石に言いすぎだと感じパトリックを咎める貴族生徒達の意見にも耳を貸さず、パトリックはそれを一蹴すると、またリィン達に向き直った。

 

 

「それ以上口を開かない方が貴様の為だと思うがな」

 

 

パトリックの言葉に気分を害したのは、当然ながら言われた当人達だけではない。

ユーシスが睨みながら牽制するように告げると、パトリックは視線をリィンから移し、顔を引き攣らせるも強気に振舞う。

その嘲笑った表情は、記憶の中で色濃く残るものによく似ていた。

 

 

「・・・ハンッ!そうだったな。ユーシス・アルバレア・・・君だって、卑しい平民の血が混ざったしがない庶子じゃないか!」

 

「・・・くだらん煽りだな」

 

「なっ・・・」

 

 

冷静ぶって、余裕そうな態度を崩さなず自分を見るユーシスに、パトリックはリィンへの苛立ちも程ほどに、別の煩わしさを感じていた。

怒るか、悲しむか。それとも憎むだろうか。

何だって良い。心を乱してしまえば、同じ土俵に上がらせればこちらのものだ。

怒気に染まった脳内の、どこか冷静な部分で考えていた。

 

しかし、ユーシスの反応はパトリックが期待したどれとも一致しない。

逃げるのか、と。

そう返しても良かったが、それでも自分をまっすぐ見てくるユーシスはその挑発にはきっと乗ってこない。

悔しさと冷静さが同時に襲ってきたパトリックが何か言おうと口を開くよりも早く、言葉を声にしたのはティアだった。

 

 

「――どうしてそんな事が言えるんですか」

 

 

苦しげに眉を顰めると、人の心を抉る罵言への怒りとも、傷つけられた悲しみともつかない静かな声でそう言い放つ。

それはどこか人に口を挟ませない厳しさを含んでいて、一瞬、パトリックが息を呑んだ。

 

 

「どうしてそんな、無闇に人を貶めるような事ばかり・・・」

 

「貶めてなどいない!僕は事実を言っているまでだ!君たちがただの寄せ集めである事も、何もかも!」

 

 

再び鋭さを取り戻し、唸りそうな勢いのパトリックに、周りで見ている者の顔に心配そうな影が差してくる。

ティアは胸の前で手を組むと言葉を続けた。

 

 

「出自や身分でしか人を判断できないなんて、愚かで・・・悲しい人ですね」

 

 

哀れむように告げられた言葉に、パトリックの肩がぶるりと震える。

 

 

「おっ、愚かなものか!!僕達貴族には、気品と誇り高さに裏打ちされた伝統と言う価値がある!それは平民ごときには決して真似できないものだ!」

 

「貴方の今の言動はただの傲慢です!」

 

 

激昂するパトリックをぴしゃりと切り捨てる。

誇りは気高く尊いものであるが、驕ってしまえばそれは正反対のものになる。

口ごもって返答に遅れたように見えたパトリックは、その後金魚のように口をパクパクさせている。

一瞬の静寂、ティアが再び口を開こうとしたまさにその瞬間、制止がかかった。

 

 

「そこまでよ、2人とも」

 

 

腕を組んだサラが告げ、そこでようやく周りに気付いた。

 

パトリックは怒りで我を忘れてしまっていただけだ。

今の彼は本音を暴露しているだけでなく、ムキになってそれ以上の事さえ口走っているのだろう事は簡単に分かる。

そんな相手に何を言っても、意固地になって受け入れられない事も。

だからこそ、冷静でいなくてはならなかったのに。

サラに止められなければ今頃は――

 

 

「(私は・・・何を言おうとしてた・・・?)」

 

 

いいや、違う。正しくは、何を見ていたのだろうか。

パトリックと対峙しながら、ティアはどこか別の、自分の記憶にばかり目を向けていたのだ。

 

 

「(こんなの、ただの八つ当たりじゃない・・・!)」

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

【6月特別実習】

A班:リィン、アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス、ティア

   (実習地:ノルド高原)

B班:マキアス、エリオット、ラウラ、フィー

   (実習地:ブリオニア島)

 

 

ぺらり、緩やかに吹く風がティアの手元の紙を揺らす。

先ほどの事が上手く収まった、とは言い難いが、最初の勢いをすっかり失った貴族生徒達は、サラに促されるとすごすごと教室へ帰って行った。

貴族生徒達の姿が見えなくなると、話は切り替わり今月の実習先が発表された。

先月に引き続き、またも人数が偏っている班分けだが、今回は実習範囲を考慮しての事らしい。

どれだけ広いんだ、ノルド高原。

 

 

「次の実習も大変そうね」

 

「本当ですね」

 

 

やれやれ、そんな表情でアリサに話しかけられ、零れそうになる溜め息を飲み込んだ。

サラの話の間も、ちらちらと自分を気にしている視線がある事には気づいていた。

ほぼ例外なくパトリックの言葉に心を痛めていただろうに、なんて優しい人達だろうと、改めて思う。

 

そんな優しい人達に心配をかけたくない。

しかし、いつも通りに自分らしく振舞いたいのに、今に限って上手くいかない。

原因は明らかなのだが。

 

――兄ならもっと上手く出来た筈なのに

  兄ならきっと、今だって――

 

 

「・・・でも、私は少し楽しみですよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、知り合いがいるんです」

 

 

思いがけない事実に、普段よりも丸みを帯びた吊り目がちなアリサの目が、ティアに向いた。

近くを歩いていたガイウスとエリオットもそれが聞こえたのか、話に混ざってくる。

ノルド高原はガイウスの故郷。

自分の故郷と帝都出身のクラスメイトが繋がる事が意外だったのだろうか。

 

 

「もしかしたら俺も知っている人かもしれないな」

 

「そういう偶然もあるかもしれませんね」

 

「その知り合いって多分軍人さんだよね?やっぱり親とか?」

 

「いえ、私の兄の親友の叔父です。兄共々良くしてもらってまして」

 

 

ティアの返事を聞いたエリオットは、へえ、と曖昧な、どこか残念そうにも聞こえる声を漏らした。

 

 

「お兄さんがいるなんて、なんか意外かも」

 

「そうですか?」

 

「ティアはお姉さんって感じだったもの」

 

「ふふ、私は結構お兄ちゃんっ子ですよ」

 

 

妹も弟もいるので、姉にも違いはないが。

兄も士官学院を出ていると言ったら、成程、と返された。

 

 

「今はどうしてるの?」

 

「そうですねぇ・・・今は帰っていますが、少し前までは旅の演奏家をしていましたよ」

 

「え、演奏家!?」

 

 

きょとん、と目を丸くするエリオット達に、ティアはクスクスと笑ってみせる。

ティアもリベールへ行った兄がただの旅行者ではなく、演奏家と名乗っているとミュラーから聞いた時は驚き、兄らしいと微笑ましくなったものだ。

 

 

「漂泊の詩人とも言ってましたね」

 

「なによ、それ・・・」

 

「ふむ・・・随分とおもしろい人のようだな」

 

 

アリサの呆れたような返事は仕方ないかもしれないが、おもしろい、とは少々複雑になる感想だ。

 

 

「凄いね・・・ここを出て音楽の道に進んだなんて」

 

「まあ、厳密に言えば違いますけどね。・・・でも、私は卒業後に音楽の道へ進むのも良いと思いますよ」

 

「・・・・・・うん、僕もそう思うよ」

 

 

吹奏楽部に入っているエリオットは音楽が大好き、というのはⅦ組共通の認識だ。

元は音楽系の進路を目指していたが本気ではなかった、と最初の実習の時に語っていたが、本当は違うのかもしれない。

エリオットはまだ複雑そうだが、少しだけ和らいだようにも見えた。

 

いつの間にかティアの眉間に寄っていた皺も消え、穏やかな表情を浮かべている。

それを見たアリサがほっとした表情になり、ティアも安心した。

 

風に煽られて乱れた前髪を直そうと、摘まんで軽く引っ張った。

 




中間試験の結果発表と共にパトリック事件もとい実技テストがやって来ました。
試験結果はさておき、うちのパトリックは原作よりも少し・・・いえ、かなり短慮ですね。

そして身分制度になじみが無いからこそ出来たガイウスの問題提起もといイケメンターン、無くして良いのか最後まで迷いましたが、結局無くしてしまいました。
彼には別の場面でかっこよく決めてもらいたいです・・・!
もちろんパトリックにも!



戦闘時の表情差分なんかも作ってみました。
立ち絵同様興味のある方はどうぞご覧ください!


【挿絵表示】


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