「それじゃ、話がまとまったところでこれを渡しておくよ」
男女同室問題が一段落ついたところで、女将から士官学院の紋章が描かれている茶封筒が渡された。
恐らく『特別実習』についての具体的な内容だろう。
部屋を出て行く女将を見送ってからティア達は封筒を開け中身を確認する。
特別実習・1日目
実習内容は以下の通り――
・東ケルディック街道の手配魔獣
・壊れた街道灯の交換
・薬の材料調達
上2つの課題の横には赤字で必須と書かれており、課題の下には『実習範囲はケルディック周辺200セルジュ以内』『1日ごとにレポートをまとめて、後日担当教官に提出すること』という注意も書いてあった。
必須というからには2つの課題をこなしておかなければ評価には繋がらないのだろうが、それにしても拍子抜けする内容だ。
帝国ではあまり見なくなったが、遊撃士の仕事にそっくりな気もする。
「――なるほど。そういう事だったのか」
ティア達が課題について考え込んでいると、リィンが口を開いた。
どうやら彼には心当たりがあるらしく、サラに確認しようと提案するので、部屋を出て話を聞きに行く。
「ぷっはああああっ!!この一杯のために生きてるわねぇ!」
1階に降りたティア達は、早くもケルディックを満喫している様子のサラを目にした。
昼前だと言うのに豪快に酒を飲んでいる姿はとてもじゃないが士官学院の教官とは思えない。
「あら君たち、まだいたの?あたしはここで楽しんでるから遠慮なく出かけちゃっていいのよ?」
「か、勝手に纏めないでください!何なんですか、『特別実習』の内容って!?」
楽しげなサラにアリサが厳しい視線を向け、先ほどの内容について問いただす。
必須のもの以外は別にやらなくてもいいと言うサラ。
アリサはまだ腑に落ちないようで更に突っかかるが、逆にリィンは合点がいったらしい。
「そうした判断も含めての『特別実習』というわけですか」
リィンが出した答えに、サラは満足そうな笑みを浮かべる。
「実習期間は2日間。A班は近場だから明日の夜にはトリスタに戻ってもらうわ。それまでの間に、自分達がどんな風に時間を過ごすのかを話し合ってみることね」
思わせぶりに告げた後、またゴクゴクと酒を飲みだし、ウェイトレスに酒のおかわりとおつまみまで注文する。
その様子に唖然とし、その場に留まっているリィン達に、サラは呆れた顔で早く行きなさいよぉと言うがそんな顔をしたいのは生徒達の方である。
ここにいても仕方が無い、とリィン達は宿を出ようと歩き出す。
リィン、ラウラ、エリオットが出たところで最後尾にいたティアが、あ、と気付いたような声を上げ、前を歩いていたアリサが振り返った。
「すみません、部屋に忘れ物をしちゃってて・・・先に行っててもらえますか?」
「もう、仕方ないわね・・・。宿の外で待ってるから早く取ってきなさいよ」
そう言ってアリサも外に出て扉を閉める。
それを確認したティアは2階ではなくサラがいるカウンターへ向かった。
「――サラ教官」
「・・・・・・やっぱり貴方は気付くわけねー」
後ろからティアに声をかけられ、驚いた様子も無くサラは振り返らずに答える。
おそらく近づいてきていることにも気付いていたのだろう。
「身分に関係なく集められた生徒達に、今回の遊撃士そっくりの実習・・・。全て理事長のご意向ですか」
――第三の道を行く
そう決意した兄が絡んでいるであろう特科クラスⅦ組。
このクラスに、兄が何を求めているのか・・・薄々ではあるが見えてきた気がする。
「ええ、その通りよ。・・・
「!」
ぽかんとしているティアの視線の先には、したり顔のサラ。
多分、この人は最初から知っていたのだ。
「ARCUSの試験運用以外にも色々あるってことよ。そのうち詳しく分かる時が来るから、今は目の前の課題に取り組みなさい。時間は有限なんだから」
そう言ってくるりと背を向け、また酒を飲み始めた。
これ以上話を続ける気はないらしい。
飲みすぎないでくださいよ、と声をかけるとサラはひらひらと手を振る。
それを見届けてティアも扉の外へ出て行った。
・・・
風見亭を出てすぐのところで話していたリィン達と合流し、早速課題をこなしていく。
ケルディックの町でのお使いや街道灯交換に手配魔獣の討伐。
西ケルディック街道の入り口で領邦軍に遭遇したり、大市を覗いてみると、女子3人が興味深そうに見ている様子を男子2人が微笑ましそうに見ていたりもしたが。
指定された範囲を東奔西走し、ティア達は日が暮れる前に与えられた課題を完遂していた。
「・・・ふざ・・・な・・・っ!」
「それは・・・の台詞だ・・・!」
一旦サラに報告しようと風見亭へ向かうと、大市の方から揉めている声がする。
気になった5人が大市に足を運ぶと、2人の商人が激しく言い争っていた。
若い方は地元の商人で、身なりのいい方は帝都の商人だと周りで見ていた女性商人が教えてくれる。
どうやら彼らの諍いは店の場所を巡ってのものらしい。
そうこうしている間にも彼らの口論は止まらず、お互いに掴みかかる。
このままではまずい、とリィンとラウラが商人達を羽交い絞めにした。
「事情は分かりませんが、まずは落ち着いてください!」
「頭を冷やすがよい」
リィン達に諌められ、多少は冷静になった様子の2人を放す。
身なりのいい商人は落ち着いたようだが、若い商人はまだ怒りが収まらないらしい。
子供が出てくるなと声を荒げているが、ティア達が士官学院生――軍人の卵と知ると腰が引けている。
「――やれやれ、何をやっておるんじゃ」
ティア達の後ろから老人の声がした。
騒ぎを聞きつけてやって来た大市の元締めらしい。
元締めが商人達の話を聞き、一旦矛を収めるように諭した。
その後元締めはティア達に労いの言葉をかけるが、どうやら元締めはⅦ組のことも知っているようだ。
この場が落ち着いたらお茶をご馳走するから付き合ってくれないか、と提案され5人はそれに応える。
・・・
お茶を戴きながら話を聞くと、実習の《依頼》を見繕ったのはオットー元締めだったようだ。
元締めとヴァンダイク学院長は旧知の仲らしく、そんな繋がりがあったのかと驚く。
店の場所を巡った問題も、結局2人の許可証はどちらも本物だったため、週ごとに交替で使うということで落ち着いたと聞き、全員が安心したが腑に落ちないことがある。
そんな雰囲気の中ラウラが口を開いた。
「市の許可証というのは本来、領主の名で発行されるものだろう。今回のような手違いはいささか腑に落ちぬのだが・・・」
「確かに・・・領内の商いの管理は領主の義務でもある筈だし」
「それにあんな騒ぎが起きていれば、普通は領邦軍が止めに来ますよね」
本来ならあり得ないだろうミスを犯した領主の杜撰な管理に、姿も見せなかった領邦軍。
不信感を募らせる材料は充分にあった。
リィンにラウラ、ティアに続けて尋ねられ、元締めは歎息して話し出す。
許可証はクロイツェン州を治めるアルバレア公爵家が管理しているが、つい最近大市での売上税が大幅に上げられた。
売り上げから相当な割合を納めなくてはならず、商人たちも必死になり先ほどのような喧嘩沙汰になることも珍しくないそうだ。
バリアハートの公爵家に陳情に出かけても取り合ってもらえず門前払い。
以前は仲裁に駆けつけた領邦軍も、陳情を取り消さない限り大市への不干渉を貫くようだ。
「まあ、これはワシら商人の問題じゃ。客人が気にすることではない。――お前さんたちはお前さんたちの実習に集中すべきじゃろう」
元締めの言葉に、ティア達はやるせない気持ちを抱えたまま元締め宅を後にする。
空は燃えるような赤に包まれていた。
士官学院の教官だと学院長とサラ教官だけがオリビエから聞いて、ティアが皇女ということを知っています。
ナイトハルトが知っていたら面白そうだなと思いましたが、彼は皇女相手だと畏まってしまいそうなので知らない方がよさそうです(笑)
・・・・・・思わせぶりな会話が書けない・・・・・・っ!!!(血涙)