「「…?」」
俺達は足を止める。二階層と一階層を繋ぐ階段の途中で、首を巡らせて下の方を見る。
「どうしたんですか?」
「…いまダンジョンが揺れなかった?」
すぐ後ろにいたリリが不思議そうに俺達のことを見る。そんな視線を受けながら下層の方へと視線を向ける。
「揺れ、ですか?リリは何も感じませんでしたが?」
「…気のせいかな?でもハチマンも感じたんだよね?」
「ああ…まあ気のせいだろ。揺れたところで何だって話だしな」
「確かに…。それにしても今日は長引いちゃったね」
「はい。ちょっとどころか、かなり、ですけど。もう夜中の十二時を回りますよ」
「えっ、本当に!?」
ええ、とリリは金色の懐中時計を手にし答えた。短針と長針が見事に数字の十二に重なろうとしている。
「うわ、マジかよ。全然気づかなかった」
「まあ、最後の方はモンスターに群がられていましたしね。時間を確認する余裕がなかったのでしょう」
はちきれんばかりのバックパックを背に背負いそう呟く。俺達がリリと契約して数日が経とうとしていた。ここ数日はリリのおかげもあり順調すぎる日々を送っていた。冒険者として収入は安定し、モンスターを狩る速度も上がり、リューさんにぼこぼこにされ低かった耐久も格段に上がっていた。まああれめちゃくちゃ痛いんですけど。最近は攻撃が軽く掠るようになり始めていた。それも含めやはり充実していると言えるだろう。
「それじゃあ、リリ、今日の報酬も稼いだ分の山分けでいい?」
「…ベル様とハチマン様は、もう少し常識と物欲と言うものを知った方がいいと思います。ありがたく頂戴しているリリが言える立場ではありませんが…人が良すぎです」
「でも、リリだってお金が必要なんでしょ?」
「そうなんですけど…。でも、リリはハチマン様はともかくベル様のことは危なっかしくて見て居られないと言うか、知人に預けられた兎にはらはらさせられてつい世話を焼きすぎてしまうと言うか…う~、何だか毒されているような気がします~っ」
「…リリはベルの毒牙にかかったか…」
「ハチマン?その言い方悪意あるよね?」
「ないぞ…半分くらいは」
「それもう半分はあるってことなんじゃ…」
「もう茶化さないでくださいっ!」
襲いかかってくるゴブリンたちを屠りながら一階層を進み、ダンジョンを後にする。シャワーを浴び換金所によってから門をくぐって外に出る。
「ほんとに真っ暗だな」
「ね、すっかり夜になっちゃってるよ…」
「それじゃあここでわかれるか…。リリ送らなくて大丈夫か?」
「…大丈夫ですリリだって冒険者ですから」
「そっかそれじゃあまた明日」
「じゃあねリリ!」
「はいまた明日!」
俺達はそこで別れ家路についた。
***
「そう。また強くなったのね」
呟きが落とされる。遥か下方に見える小さな黒と白の影。
「それでいい。貴方達はもっと輝ける…」
フレイヤは自身の一室からベルとハチマンを見下ろしていた。
「もっと、もっと輝いて?貴方達には、私に見初められた故の義務がある…」
フレイヤは二人の少年———ベルとハチマンに執心していた。
「より強く、より相応しく…それがあなたたちの義務」
彼女は魂の色を見抜く目を持っていた。そんな彼女がある日の早朝メインストリートを歩く彼らの姿を発見する。その瞬間フレイヤは手に入れたいと思った。ベルやハチマンは今までに見たことのない魂の色をしていたのだ。ベルはどこまでも透き通る透明の色。ハチマンは濁りつつもその奥はベルにも負けないくらいの透明さを持っていた。
「楽しみだわ。貴方達がどこまで強くなるのか、どこまで輝けるのか…どんな色になるのか。でもあなたのそれは何かしら?」
ハチマンの魂の色に重なるようにいる光。まるでその魂に二人いるかのようだ。
「ふふっ面白いわね…あら?…また気付いたの?」
視線の先のベル達が立ち止まり、振り返る。ベルの方は頻りに顔を振って探しているみたいだがハチマンの方は明らかにこちらを見ていた。
「貴方達を私のものにするのは待ち遠しいけれど…複雑ね、来ないでほしくもある。今この時こそが、一番胸躍るときなのかもしれない」
恋する乙女のような表情で、ベル達を見つめ続ける。
「…でも、そうね。『魔法』はそろそろ使えてもいいかもしれない」
トン、と人差し指を顎に当て思案する。
「これがいいかしら?」
部屋の隅に鎮座している本棚まで歩み寄り、ある分厚い二つの本を取り出す。
「オッタル」
「はっ」
フレイヤが名前一つ呼ぶと現在のオラリオで最強の男が答える。
「この本を…」
本を差し出そうとするがその言葉を途中できる。
「どうかなされたのですか?」
「…ふふっ、いえ、なんでもないわ。今のは忘れて頂戴」
「は」
オッタルはそう短く返事をする。そんなオッタルからは視線を外し、手の中の本へ視線を移す。
(あそこへおいておこう。彼らを見つけた大通りのそばのあの店へ)
フレイヤは薄暗い部屋の中で従者に見守られながらくすくすと笑みをこぼした。
***
「ベル様、いけません!?足元っ!」
「えっ?」
リリの悲鳴が俺の耳に届く。現在の居場所は七階層。キラーアントの二体と対峙していた俺の後ろの状況を確認する。見るとベルの死角となる位置から『ニードルラビット』がベルの左足目掛け襲いかかっていた。
「ッ!」
ちょうど踏み込みの足だったため避けることができず左ひざを曲げ防具がついている膝部分で防御する。ガキンッッと金属音を立てその衝撃からバランスを失う。助けに行こうにも目の前のキラーアントがそれを許さない。
(邪魔だっ!)
地面を踏みこみキラーアントまで急加速する。その通り過ぎざまに二閃し、キラーアントを絶命させる。それを確認し振り返り、更に逆宝庫のベルのもとへ疾駆する。そこで目に入るのはキラーアントに体当たりされ食べられようとしているベルの姿と—————短い剣を持つリリの姿だった。リリの思惑を察した俺は急ブレーキをかけ、それを待つ。
「ダメ—————ッ!!」
その高い掛け声とともに炎の塊が飛び出す。その瞬間また駆け出す。
「っ!!」
『ヅギャアアアァア!?』
「ベル様あ!」
「ふっ!」
『ギュ!?』
ベルに襲いかかろうとするキラーアントの近くまで寄るとその首を飛ばす。その勢いのまま二体目にも一撃必殺を見舞う。
「うわあああああああああああっ!」
時を取り戻したベルは逆方向を向き不意打ちを見舞おうとしているニードルラビットへカウンターの要領で打ち込む。
『キ、ァ…』
「…っ、は!」
ルームにいたモンスターの最後の一匹を仕留めたベルは、ため込んでいた空気を一気に吐き出し中腰になり汗を拭う。
「ベル様、無事ですか!?」
「ベル、大丈夫か?」
「…リリィ~、ハチマン~。ありがとう、助かったよぉ」
駆け寄ってきた俺達を見て安心したのか脱力する。へなへなと腰を下ろしてしりもちをついている。
「今のは不用意でした!確かに意地悪な状況でしたけど、ベル様にも非がありますっ!」
「ごめん…」
ほんとに反省しているようでそれは雰囲気からわかった。なのでその辺はリリに任せ、俺は何も口出しせずただ見守っていた。これでベルが反省しなければ流石に俺も入るが。ある程度話がまとまり会話が終わりそうになった時ふと思い出したことを口に出した。
「ていうかリリ『魔剣』なんて持っていたんだな」
「…はっ!?」
俺の指摘に右手に持っている小さな紅のナイフを慌てて背中に隠す。無意識だったのかよおい。
「べ、別にベル様を助けようとしたわけじゃないんですからね!ベル様がいなくなってはリリの収入が減るからこうしたまでです。か、勘違いしないでください!」
「…何を言ってるの、リリ?」
どうしたんだろうかこの子。
「…まあこれはちょっと色々ありまして…」
「へえ。でも確かに魔剣って、使いすぎると壊れちゃうんでしょ?」
「そうですね、リリはここぞという時にしか使わないようにしています。でも、お二人の為ならリリは出し惜しみなんかしませんよ!」
さっきと全く違うことを言っているけどこの子…。ややあって俺達は昼ご飯を食べることにした。モンスターの死骸を片付けルームの真ん中に陣取る。
(そういえばあれ返してねえな…)
簡素な食料品を口にしながら、リューさんから受け取ったバスケットのことを思い出す。最初のリューさんとの朝の稽古(?)の終わり俺がダンジョンに向かうときにリューさんがご飯の入ったバスケットを渡してくれた。それからそれが恒例になり昨日も例にもれずもらっていたのだが返す余裕もなく今日の朝は寝坊し『豊饒の女主人』に立ち寄れていなかった。今日は返さないとなあ…。それから俺達は雑談に興じた。そこでベルが【ソーマ・ファミリア】のことを聞くがそこからリリの表情の陰りが見えるようになりまだある溝が浮き彫りになってしまう。普段から誰かと慣れ親しんだりしたいわけじゃないが何故かリリのことはほっとけずその理由も理解している俺は自らの女々しさを心の中で笑ってしまった。
***
あれから二日たった。一昨日、リリは用事があると言ってダンジョンに行けないという旨を伝えてきた。そして昨日ベルは気分が乗らないらしくダンジョンに足を運んでいなかった。俺も何となく気分が乗らずダンジョンに行っていなかった。それをベルに伝えると心底驚いた顔をしていたけど。こいつ俺の事なんだと思ってるんだ?ここ二日リューさんのところにもいっていない。実はここ数日リューさんにぼこぼこにされたダメージが回復しきっておらず体中痛かったからだ。別にずっと沈んだ表情をしているベルが気になっているわけではない決して絶対確実に。本当だよ?そんな俺達は今何をしているかと言うとソファーに転がって惰性に過ごしていた。
「…あー、駄目だこんなんじゃあ」
ベルが寝っ転がっているソファーから身を起こして、頭を乱暴にかく。やはり何かをずっと気にしているらしい。恐らくリリのことだが。
「…少し掃除でもしようぜ暇だし」
それを見かねた俺はそう提案する。そんな俺をこいつは本当にハチマンか?みたいな顔をするがすぐに何かに気付いたように微笑む。
「ありがとねハチマン」
「…なにが」
「気分転換に提案してくれたんでしょ?」
「いや別にそういうわけじゃ…」
「そっかじゃあ掃除しよっか!」
何かを察したように優しい目を向けられむずがゆくなる。そしてお互い行動に移ろうとソファーから立ち上がり…棚の上に放置されている二つのバスケットが目に入る。
「「…あ」」
やべ。
***
「本っ当っに、ごめんなさいっっ!」
「本当にすいませんでした」
「あははは…」
「…」
ベルはばんっっ、と両手を合わせ勢いよく頭を下げ、俺は再び土下座を繰り出す。日が燦燦と輝いてる中俺とベルは急いで『豊饒の女主人』に駆け込み現在の状況になっていた。元々休む日があるかもしれないことは伝えていたがまさかのバスケットを返し忘れる体たらく、本当に間抜けである。
「顔を上げてください、ベルさん。私は気にしていませんから」
「そうです。ヒキガヤさん顔を上げてください」
「いや、でも…」
少し顔を上げリューさんの顔を見上げる。見上げたリューさんは優しく俺のこと見つめていた。
「本当に気にしないでください。私は気にしていませんから」
「そんなこと言ってリュー四六時中物足りなそうな表情浮かべてたじゃない」
「なっ!そ、それは…」
リューさんはちらちらと俺の方を見ていた。何この人可愛い。
「…まあ今度からできるだけ来れるようにします…」
「そ、そうですかそれは良かった…です…」
そうしてお互い目をそらしリューさんは厨房の方に戻っていった。何あの人ほんとに何あの人。そんな俺達のことをシルさんが頬を膨らませ見ている事に気付く。と言うか俺を睨んでいた。その視線から逃げるようにゆっくりと目をそらす。
「あれ、前にこんなのありましたっけ」
店の隅の方まで視線を逃がしているとふと見覚えのない本が目に入る。
「ああ、それはお客様のどなたかが、お店に忘れて言ったようなんです。取りに戻られた際に気付いてもらえるように、こうしておいておいて」
へえ、と声を漏らす。見た目はかなり分厚くそれも二つあり中々読みごたえがありそうなその本を暫く見つめる。
「その本読んでみますか?」
「え?」
「読んでみたいんじゃないんですか?」
「…いいんですか?」
「はい。ちゃんと返してもらえれば問題はありません。それにベルさんも気分転換にどうですか?」
「それじゃあ…貸してもらってもいいですか?」
「ふふっええどうぞ…ベルさんはどうしますか?」
ベルは少し悩んだようだがシルさんが「力になりたいな…」みたいなことを言うと苦笑し本を受け取る。その際手が当たったようでお互いが顔を赤くしている。これだからリア充は困るんですよ。イチャコラを見せやがって爆発しろ。切実に。
「そ、それじゃあありがとうございましたっ。えっと、ボク達もう行きますね?」
「はい。ご来店ありがとうございました」
俺とベルはお礼を述べ店を後にした。
***
ホームに戻った俺達はさっそく本を読んでみることにした。椅子を引くと本を手に取り表紙をパラパラとめくってみる。
『ゴブリンから教わる現代魔法!その一』
「…」
俺はそのまま本を閉じそうになったが何とか堪えそのまま読み進めていく。出だしこそ頭おかしかったが中身は普通みたいだ。そしてタイトル通り魔法に関することが記してある。魔法に憧れのあった俺はのめりこむように読み始め段々と視界が何かに侵され真っ白な空間に立つ。そして目の前には顔があり目があり鼻があり口がある。
『じゃあ、始めよっか』
目の前の何かが話始める。
『ハチマン君にとって魔法って何?』
起死回生の一手。それを使えば戦況を覆せるような圧倒的なもの。
『ハチマン君にとって魔法って?』
守るための力。みんなを救えるようなそんな力。
『ハチマン君にとって魔法はどんなもの?』
もの?ものか…そうだな。炎だ。あの日目の前で何もできなかった日。理不尽の象徴でもあるあの日に悠然と見下すように燃え盛っていた炎。俺はあの炎を理不尽を体現したい。
『魔法に何を求める?』
より強くより高みに。盾でもあり矛でもあるそんな何か。
『欲張りだなぁ…でも君らしい』
目の前の何かは微笑む。
『それじゃあこっからは個人面談だ』
そう目の前の何かが呟くと俺の意識は暗転した。
***
「…チマン君!…ハチマン君!ねえ起きて!」
声が聞こえる。どこか懐かしいような声。ずっと昔にあったようなそんな声。
「ハチマン君っ!!」
次の瞬間覚醒する。
「んん…ヘスティアか?今なん…じ…だ……」
俺は寝ぼけ目をこすりながら体を起こすと周りを見渡し目を疑う。そこには限りなく暗闇が広がっていた。いや暗闇と言うのはおかしいかもしれない。現に周りは真っ暗なはずなのに俺の体を見ることができたからだ。
「どこだここ…!?」
「…ここは一種の精神世界みたいなものだよ」
「っ!?」
俺の口からこぼれた問いに答える声が後ろから聞こえばっ、と振り向く。しかしさらに目を疑う。そこには声の主は見つからず白い靄が浮いてるだけだった。
「どこから…?」
「ここだよ今君の目の前にいるだろう?」
「いや目の前って…靄しかないんですけど…」
「それだよ」
「これなのかよ…」
困った俺は取り敢えず今の状況を整理してみることにした。
ホームで本を読む→なんか変なのに話しかけられる→そっから意識失って周り真っ黒のところに来る→また変なのしかも靄に話しかけられる←NEW
…………………よし。
「ハチマン君?何をしてるの?」
「いや疲れてるみたいだから少し睡眠を…」
「別に私は幻覚なわけじゃないよ?」
どうやら靄さん(?)は幻覚じゃないらしい。うんどう言うこと?暫く考え込むが俺はそこであることに気付く。
(…どっかで聞いたことが…。!そうだあの時…)
あの時の声とは怪物祭でオークと戦う前に聞こえてきた声のことだ。
(待てよ確かここは精神世界みたいなものって言ってたな…たしかあの声も俺の中で響いてたな…てことは…?)
考えられるのは二重人格の線。それなら精神世界の話も説明も付く。でも…。考えに考え答えが出ることはなく特に敵意も感じられなかったので聞いてみることにした。
「なあ」
「ん?どうしたの?」
「あんた一体何者なんだ?」
「私?…ああそういえば全然説明してなかったね。私は…」
靄さんはそこで言葉を区切り、一泊おいて
「私は精霊ですよ」
そう耳を疑う答えを言ってのけた。
どうも149です。ここからは八幡が割とチートじみてくる予定ですので苦手だったりしたらすいません。それではまた次回お会いしましょう。