「ベル様…ハチマン様は前からでしたけどどうしてこの頃、ダンジョンに潜る前からもうボロボロなんですか?」
「は、ははっ…ちょっとね」
リリに疑問にベルは笑って誤魔化す。あのアイズさんの過酷な訓練を受けるようになってから二日。ダンジョンにこもる前からぼこぼこになっていることが腑に落ちないらしい。前からぼこぼこの俺のことも気になっておるらしい。まあその理由は…。
「ハチマンはその…大丈夫?」
「ああ…なんとか」
『ごめんなさい』
(いや気にすんな)
俺が前よりぼこぼこになっているからだろう。理由として二つ。まず一つ目にティポが謝っている理由でもあるんだが
そして二つ目になぜかアイズさんは俺の時だけ俺の意識を飛ばすのだ。つまり攻撃がすっごい来る。ダメージ凄い。俺疲れる。だから俺も対抗して魔法を使うんだが返り討ちに会う。なんか使う度にアイズさんが驚いてる気がするけど。そう言う訳でベルよりもボロボロになっているのだ。いやあ正直割ときつい。
「すいません、ハチマン様。そんな状態でリリの荷物を持たせてしまって」
「いや空のバックパックくらい平気だから気にすんな」
地下につながる階段の一つを下っていると、リリが申し訳なさそうに肩を小さくした。何でそんなことを言ってるかと言うと今俺とリリは装備を入れ替え、俺がサポーターリリが冒険者のふりをしているからだ。リリが死んだ扱いになっているとはいえバレない可能性がないわけじゃない。だからこうして入れ替わり作戦を実行していた。
「それにすぐ交代だろ?なら大丈夫だ」
「うう~、リリはお二人に借りを作ってばかりなのが心苦しいんですよ…」
リリは声のトーンを落としすねたように言う。現在は狼人に変身しており頭の上に生えている獣耳が、先端をクルリと器用に丸めた。苦笑しながらも改めてリリの姿を見る。俺らが持つと短剣になる《バゼラード》も、リリが持つと大剣に見え実に微笑ましい。別にロリコンなわけじゃない決して。
「あ、あのっ…やっぱり、変ですか?」
俺の視線に気付いたのか、今度は不安そうな声を出してリリは見上げてくる。
「いや似合ってるぞ」
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ」
顔を上気させリリは直ぐに前を向いたが、耳はぴんと立ち尻尾はぶんぶんと左右に揺れていた。
『ゾンビと狼…』
『ゾンビとオオカミ…』
『あのゾンビ…きっと働き詰めにされてるんだぜ見ろよあの目』
『うわあマジじゃねえかありゃ手遅れだな』
そんな微笑ましい光景を見守っているとそんな声が聞こえてくる。おい誰が手遅れだおいこら。
「ねえ、リリ。リリはこれから【ステイタス】を更新できないんだよね?」
「どういうことですか?」
「…ほら、【ソーマ・ファミリア】には近寄れないからさ、神様にも会えないじゃない?」
「実を言うと、それに関してはリリも多少思うところがあるんですが…でも、恐らく大丈夫ですよ。少なくとも今はまだ」
「そ、そうなの?」
「はい、何とかやっていけると思います。モンスターのあしらい方ならリリは得意ですし…証拠に、ここ半年近く、リリは【ステイタス】を一度も更新せずにやってきました」
「は、半年!?」
リリの口から出た言葉に俺も声こそ出さなかったが驚く。
「【ソーマ・ファミリア】で【ステイタス】を更新するには、資金集めのノルマを達成しなければいけなかったんです」
「え…それって」
「はい、ソーマ様の事情です」
話を聞くと最初こそ全員に【ステイタス】更新をしていたのだが趣味に没頭したいから『ノルマを超えたら【ステイタス】を見る』と宣言したらしい。
「じゃあ、リリはノルマを稼げなかったから【ステイタス】が更新できなかったの?」
「それが、ちょっと違うんです。リリはあまり目立ちたくなかったので」
「目立つ?」
「ノルマを達成できると言うことは、それなりに実入りがいいと言うことです。戦えないリリは、周囲から見ればそれこそ格好の餌になってしまいます」
「要するに金はあったが、目立ちたくないから献上してなかったと」
「そう言うことです」
そんな現状を聞き俺はくだらないと心の中で吐き捨てると同時にヘスティアのファミリアに入れてよかったと心底思う。
「やはり、軽蔑しますか?」
「…」
「誰も彼も騙すような真似をしていたリリをです。リリは、嘘の塊でした」
その瞳は俺らをうつさずに前だけを見ている。
「リリは冒険者が嫌いです。ベル様やハチマン様を除いて、未だに嫌悪を…偏見を持ち続けています。お二人になんと思われようとも、リリは自分がしてきたことを謝罪するつもりはありません…反省もしません。こんなリリを、お二人は、軽蔑しますか?」
「別に」
「え?」
「軽蔑なんてしねえよ。嫌悪や偏見を持つことなんていっぱいあるし嘘なんて誰でも吐くだろ。俺なんかこの世のリア充ほぼ恨み爆発すればいいと思ってる。それにお前がやってきたことは環境がそうさせたんだろ。ならお前は悪くない社会が何なら世界が悪い」
俺がそう言いのけるとリリは目を見開く。
「…僕も軽蔑しないよ。だって僕、リリの事好きだから。だから軽蔑できっこないし、嫌いにもなれないよ」
「ほんと変な人たちです」
その目元にたまっている涙と声音に俺達は気付かないふりをした。
***
『ヒィャアアアアア!』
『ギイイイィ!』
甲高い鳴き声を喚かせ小悪魔のモンスター『インプ』が俺とベル一匹ずつに突っ込んでくる。
「っ!」
飛び跳ね間合いを詰めてくるインプを俺は
『ギイイィッ!』
「「全っ然っ、おせえッッ(のろいッッ)!」」
アイズさんのスピードより断然遅い!弧を描く鋭利な爪をもつ腕を素手でつかみ取る。
『ゲッ、ギイイ!?』
インプが驚愕に次いで金切り声を上げる中、俺はインプを引き寄せ思いっきり蹴り上げる。
『ヒギャ!?』
体の軽いインプは簡単に真上に浮く。その隙に胴に一閃を入れ斬りすてる。
「お二人共、後ろからっ!」
—————わかってる。
リリの警告にも動じず、俺はモンスターの気配を正確に捉えていた。視界は広く、死角は決して作らない。俺は振り向き、自ら突っ込みてにもつ
『ギエ————————!?』
「ふぁあ…お二人共、すごい」
油断はせずに霧の奥でゆらめく影を視界に入れ、俺は残るモンスター達へと駆け出した。
***
現在位置は十階層。この二日ほど、俺とベルはアイズさんの教えを復習するようにモンスター達と戦っていた。
『ヒャアアアアアアアアアア!!』
今俺たちが相手にしているのはインプの群れ。オークよりも頻繁に顔を出す小型のモンスター。このインプ実は少し利口で決して単独では戦わず群れで挑んでくるのだ。
『ギイィ!』
「よっ!」
背後から襲いかかった攻撃をプロテクターで受け止め反撃をしようとするとすぐに霧の奥に引っ込んでいく。所謂一撃離脱。
(めんどくせえ…)
思わず心の中で悪態をつく。見ればベルも攻めあぐねておりめんどくさそうにしている。
「しょうがない。
そう唱えると体に炎が纏わりつく。そして踏み込み加速する。
『ギャッ!?』
一匹のインプが絶命しインプたちの間で動揺が走る。その隙をベルが逃すわけもなく一匹を即座に両断。俺も足は止めずにしっちゃかめっちゃかに走りまくりモンスターの群れを蹴散らしていく。
「…!お二人共、少々凄いのが来ました!」
「「!」」
ルームを揺らす地響き。俺もすぐに気づいた。『オーク』そしてその周りには子分のようにインプが取り巻いておりその上空には『バッドバット』。
「ちょっと多いね…」
「はい。多種のモンスターがああまで群れるなんて珍しいくらいです。どうしますか、オークだけでもリリがひきつけましょうか?」
「いやベル空のバッドバットを頼む。俺は下のやつらをやる。リリは援護を」
「了解です」
「あはは、少し頼りすぎちゃってる気もするけど…」
俺はそれを伝えオークの集団に突っ込む。そんな俺を上にいるバッドバットが音波で攻撃しようとするがそれよりも早く
「【ファイアボルト】!」
炎の雷がバッドバットを穿ち、ものの数分で俺は下のモンスターを全滅させた。
***
「ねえリリ、ハチマン。僕、魔法に依存しちゃってるかな?」
ベルはサンドイッチをつまみながら、俺達にそんなことを聞いた。モンスターを粗方倒した俺達は休憩を挟もうと、九階層と十階層を繋ぐ階段まで引き返していた。ここは見晴らしがよく奇襲される可能性をぐっと減らすことができるのだ。俺はいつも通りリューさんが作ってくれたランチを口に含む。と言っても受け取ったのはティポだけど。ちなみにベルとリリそしてヘスティアにはティポのことは話していた。スキルの名前からヘスティアとベルに問い詰められ、リリには
閑話休題
まあそんな訳でランチを食べていた。ちなみにリューさんは料理が苦手らしい。これで察してくれ。
「う~ん、リリはそこまで気になりませんが…確かにベル様の魔法は使いやすい節もありますし…」
「まあそれがベルの魔法の利点でもあり欠点でもあるからな」
「欠点?」
「ああ、使いやすさやその発動の速さは強みになるがその分必殺としてはちょっと見劣りするんだよ」
「長文詠唱型の魔法は時間をかける分、効果も高いわけですから、大きな局面に波紋を投じることも可能とします。まさしく起死回生の一手ですね」
「つまり…僕の魔法には、その力がない…?」
「いやそういうわけでもないぞ。さっきも言ったがお前の魔法の利点は速さだ。正直時間をかける特大の一発よりもお前の【ファイアボルト】の方が怖え」
「リリも同意見です」
「それにこれから魔法のアビリティ次第じゃそれより威力上がるってことだろ?そう考えるとほんと怖いよお前の魔法」
「それはハチマン様も同じなんじゃ…」
そんな呟きを無視し、俺達はその後もダンジョン探索に精を出した。
***
「…」
俺はゆっくりと目を開けた。青い空が見える。横からはナイフが空を切る音が耳に届く。全身の痛みを自覚しながら、最後の記憶をたどっていると…思いだすのは凄まじい速度で繰り出されたアイズさんの一撃だった。なるほど。不意にひょいっ、と仰向けになっている俺の顔を金の瞳が覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「…」
「体は、平気?」
「…はい」
また膝枕をされてしまう。もう何回か止めたんだが気絶させれる度に膝枕をされ、もう俺は諦めていた。今日は一日中、俺達はアイズさんに稽古をつけてもらう手筈になっている。というのも、リリから今日は下宿先での仕事を手伝わなくてはいけないので、ダンジョン探索に同伴できないと言う連絡があったからだ。ちなみにティポはいつも通りの時間に鍛錬を終え俺のもとに帰ってきていた。
「そうだ…ずっと、聞きたいことがあったの」
「?」
「ハチマンから…精霊の気配がするのは、何で?」
「…精霊の気配ですか?」
「うん。なんかこう、感覚的に?」
「…」
その問いにどうするか悩み本人に聞いてみることにした。
(ティポ)
『どうしたの?』
(アイズさんがこう言ってるけど、どうする?)
『どうするったって…任せるよ』
(任せるって…)
『そりゃバレたらまずいけどハチマン君が話してもいいって判断したなら別にいいよ。それに彼女微かに精霊の気配がするし』
(!どういうことだ?)
『多分精霊の血が流れてるんじゃないかな?だから私の気配に気づいたんだと思うよ』
(…)
いきなりの爆弾発言があったが取り敢えずはその事は一旦おいておきどうするか考える。
(アイズさんだし…いっか…)
そう判断した俺はアイズさんの方を向き視線を上げる。
「あの説明はするんで取り敢えず見てもらえますか?」
「うん…うん?」
(じゃあいいか?)
『うんいいよそれじゃあ』
「『
ハチマンがそう唱えると隣に銀髪の少女が現れる。その事にアイズさんは目を少し見開きティポのことを見ていた。
「精霊…?」
「どうもアイズさん。初めましてかな?」
「…どういう、こと…?」
「まあ、色々ありまして…」
「…そっか」
アイズさんはそれ以上追及してくることはなく、また無言の時間が流れる。手持無沙汰になったティポはベルと模擬戦を始め、俺はそれを眺める。
「…聞いても、いい?」
「ん?」
無言の時間から暫くアイズさんがおれに声をかける。
「どうして君は、そんなに早く、強くなっていけるの?」
「つよく…?」
問われた内容に思わず問い返してしまう。つよいって言葉は今の俺には似合わないものに聞こえて仕方なかったからだ。実際目の前にいるアイズさんと比べたら天と地ほどの差がある。しかし当の本人は真面目におれがつよくなっていってると言う。その真面目過ぎる双眸に少し真剣に考えてみる。と言ってもそんなの決まり切っている。
「強くなりたいから…だと思う」
俺は簡潔にそれだけ言う。俺の原点にして簡単にいえて難しいもの。その俺の答えにアイズさんは少し目を見開きおもむろに頭上を仰ぐ。
「そっか…」
膝を抱えた姿勢で空だけ見上げる。
「…わかるよ」
「え?」
「私も…強くなりたかったから…だから何も感じなくなって…リヴェリア達に迷惑をかけて…ティオナ達を、仲間も巻き込んできた。そんなの冒険者じゃなくて怪物と一緒なのに」
昔を思い出し、まるで変われない自分に向けてアイズは言う。
「だから君は私のようには、なっちゃいけない」
視線を足元に落としながら己を卑下する。
「俺はあなたのようになりたいですよ」
「え?」
俺の言葉が予想外だったのかアイズさんは顔を上げ俺の顔を見つめる。
「関わった時間は短いですし、全部を知ってるなんて傲慢なことは言いません。でも今の俺が知ってるアイズ・ヴァレンシュタインは怪物なんかじゃなくて他の人よりちょっと強くて凄い女の子ですよ。そして俺はそんなあなたに追いつきたい」
アイズはハチマンのその言葉を聞き思わず顔を赤くする。冷え込んでいたアイズの心にささやか温もりが灯る。
「ありがとう…」
そこからはまた無言の時間が流れて数分。都市の東の方角で、正午を告げる大鐘が鳴り響き始める。
「んっ…」
「?」
隣から漏れ出た吐息に振り向くと、アイズさんが口元に手を当てていた。小ぶりな口を開き…欠伸をしていた。それから少しして。
「昼寝の訓練を、しようか」
「は?」
あまりにも訓練にそぐわない提案に俺は目を点にする。
「ダンジョンじゃあ、いつでもどこでも、寝れるようにしないといけないから」
「…」
「直ぐに体力を回復させることは、大切だよ」
「それアイズさんが眠いだけなんじゃ…」
「訓練だよ」
「いや…」
「訓練だよ」
「はい…」
ずいっ、と近付けられたアイズさんの顔に、俺は冷や汗をかきながら頷いた。
「それじゃあ失礼、します」
「え?」
アイズさんはそう断りを入れると何をとち狂ったのか俺の肩に頭を乗せそのまま寝息を立て始めた。
「…なんで?」
ハチマンのその呟きは誰に届くこともなく溶けていった。
***
ぐーすかと昼寝をした後(主にアイズ)、訓練を再開をさせていた俺達は、市壁の上から一旦離れ都市に出かけていた。
「ア、アイズさん、やっぱりいいですよ。あ、あれは事故みたいなもので…」
「大丈夫、私もお腹が空いたから」
…というのも、厳しい指導に俺たちの動きに陰りが見え始めた頃、ベルがお腹を鳴らしたのだ。そんな顔を真っ赤にさせたベルを見てアイズさんが軽食をとろうと提案したのだ。
「これどこに向かっているんですか?」
「北のメインストリート。じゃが丸君のお店があるって、ティオナに教えてもらったから」
北のメインストリート…じゃが丸君…まさか…。そんな俺が懸念を抱いている中アイズさんは何かを探すようにわき道に入る。脇道を入ってすぐ、その露店はあった。
「いらっしゃいまあ…せ、え?」
そして店員の姿を見て俺は固まり、店員—————ヘスティアも俺の姿を見て固まった。
「…」
「…」
「…」
「じゃが丸君の小豆クリーム味、二つください」
俺達三人が固まる中、アイズさんは淡々と注文する。別の店員さんが衣をつけてあげたじゃが丸君を、ヘスティアはのろのろと包装し、半分放心した状態で「120ヴァリス」と言って差し出し、「どうも」と言ってそれをアイズさんは受け取る。やがてヘスティアは能面のような顔になり、とてとてと露店の裏を回って俺たちの眼前に現れる。
「———―何をやっているんだああああああああああああああああっ!?」
「ごごごごごごごめんなさいっっ!?」
「…」
そういえば特訓のことはヘスティアには話してなかったな。
「【剣姫】と一緒にいるなんて、一体どういうことだ二人共!?」
「そ、それがっ、これには深いわけがあって……っ!?」
「御託は言い、早く説明するんだ!」
「アイズさんじゃが丸君ください」
「えっあ…うん」
「え、えっと、たっ、たまたま、すぐそこで出会って…!?」
「…神の前では嘘はつけーんっ!!」
「美味いですね小豆クリーム味」
「う、うん美味しい」
「「何関係ないみたいな顔してるの(してるんだい)ハチマン(君)っ!!」」
「ちっバレたか」
このままアイズさんとじゃが丸君を食べて傍観者でいるつもりだったのに…。と丁度その時。
「ヘスティアちゃーん、お店の邪魔だから、痴話喧嘩なら他所でやっておくれよー」
「す、すまない、おばちゃん!君達、こっちに来るんだ!」
露店の獣人の店員さんに言われ、ヘスティアはくいっと手首を返す。ぐいぐいと引っ張られていくベルの後ろを俺とアイズさんも付いていき人気のない細道で、俺達は軽い輪になった。
「…ふぅ。まずは、詳しい話を聞こうか」
冷静を取り戻したヘスティアがそう切り出し、ベルがこれまでの経緯を説明する。腕を組んで瞳を閉じていたヘスティアは、話を聞き終えるとやがて鷹揚と頷いた。
「…うん、話は分かった。それじゃあ、三人とも、もう縁を切るんだ」
「はいっ!?」
「駄目、ですか…?」
「ああ、ヴァレン何某君、ボクのベル君とハチマン君にもう関わらないでくれ。君にだって立場があるだろう。お互いの【ファミリア】のためにもこれが一番むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅっ!?」
ベルがヘスティアの口を塞ぎにかかる。
「な、なにをするんだっ、ベル君!?」
「お願いです神様っ、あともう少しだけ、もう少しだけアイズさんとの鍛錬を許してください!」
「…?」
小首をかしげるアイズさんへ背を向け三人でささやき声で懇願する。
「俺からもお願いします。俺は強くなりたいだから…」
「むう…!」
必死に願い続けること暫く。唸っていたヘスティアは、ジロリと俺達の事を見つめ続け、やがて嘆息した。
「とことん甘いよなぁ、ボクも…」
「神様…」
「…あと二日間だけだぜ?」
ヘスティアのその言葉に頭を下げる。ヘスティアはその後、【ロキ・ファミリア】にアイズさんとの関係が絶対にバレないことを条件に、残り二日間の訓練を認めると口約してくださった。
「言っておくけど、ベル君とハチマン君に変な真似をしたらその時点でこの話はなかったことにする、いいね?」
「はい」
「誘惑なんてもってのほかだからなあ…!」
「はい…?」
「それじゃあ、今日はボクも君達の訓練を見物させてもらおうかな」
「「えっ!?」」
「何だい二人共、その顔は。大切な眷属に何をされているのか確かめるのも、神の義務ってものだろう?」
「え、えーっと、バイトはどうするんですか…?」
「今日はもう上がる」
待ってるんだぞ、とびしりと指を向けて露店を駆けていくヘスティアを見送る。
「優しい、神様だね…」
「「…はい」」
***
「なあ、二人共。君達、ボコボコにされているだけじゃないか。もうやめてしまおうぜ、きっとヴァレン何某君にとって君達は体のいいサンドバック代わりなんだよ」
「か、神様…」
市壁の内部の石造りの階段を下りる途中、ヘスティアがさりげなく言う。何故かすこぶる機嫌よく。
「もう、着きます…」
小型の魔石灯を先頭にいるアイズさんは俺達のそう告げる。そのうち階段を下りきり、出口である扉をあけ放つ。
「あ、あの、神様?外には出ましたし、手はもう離しても…」
「何を言ってるんだよベル君。メインストリートの方とは違って、こっちはかなり薄暗いじゃないか。ボクが転ばないようにしっかり手を繋いでおいてくれ」
俺とアイズさんの後ろでベルとヘスティアがイチャイチャをかます。ほんと一発くらい殴らせろベル。そして暫く歩いていくと俺は異変に気付く。
(——————見られてる。しかも複数人)
辺りの魔石街灯は破壊され複数の視線が俺をさす。
「止まれ」
しかも明らかに敵視の視線アイズさんも気付いていたのか俺が声をかける前にとまりヘスティアとベルは俺の声にとまる。
「どうしたのハチマン?」
「見られてる」
「?見られてるったって誰も—————」
ヘスティアがその言葉を言い切る前に建物と建物の細い間隙から、何者かが歩み出てくる。
(キャットピープル…)
黒色の防具にインナー、そしてバイザー。金属のバイザーで目と口を覆う頭部には、獣人特有の猫耳が生えている。性別は男しかもかなり強い。思わずソードに手を伸ばそうとした時トンッ、と石畳に軽い音を鳴らして、かき消えた。
「—————」
次の瞬間、一つの影が俺達の目の前に現れていた。一瞬で食われた間合い、とんでもない敏捷能力。死の文字が頭をよぎる中真横から伸びたサーベルが眼前の相手を弾き飛ばす。そこから更に斬りあいが生じ、火花を散らす。
「お、おいおいおいっ!?」
慌てふためくヘスティアの声が響く中で、凄まじい剣戟の音でそれは塗りつぶされる。
(反応出来なかったっ…!)
槍の軌道が、剣の斜線が、そして何よりさっきの一撃が。全てにおいて高次元。反応出来ず追えなかった自分に少し歯噛みしてしまう。
「—————っ」
その時、アイズさんの頭上から四つの小さな影が蠢く。人家の屋上に出現した剣、槌、槍、斧を装備した影達はアイズさんの真上から急襲する。
「アイズさん!?」
(っ…)
目の前で繰り返される死闘。俺達の入る隙なんてない程の別次元の世界。
「
「ハチマン…?」
だからどうした。足手まといのままでいいのか。違う強くなるって決めたんだ。でも悔しいことに今はまだ守られる側だ。なら今俺のできることをやる。
「出てこい後ろのやつら」
俺は振り向き建物の影に呼びかける。声をかけ数秒男性と女性が二人ずつ計四人が出てくる。そして姿を確認し俺がソードを構えた瞬間彼らは同時に俺へと駆け出す。
「っっ!」
迎え撃つ。向ってくる四人組の先頭にいた短剣を持った冒険者の攻撃を避け反撃する。
「かはっ…!」
そして瞬時に反転し次の攻撃を繰り出そうとしている冒険者の長剣による突きを横に避け蹴りを入れ後ろにいるもう二人の冒険者の方へと蹴り飛ばす。
(こいつら…俺と同じLv1?)
蹴り飛ばされた冒険者を受け止めた三人を見ながら確信する。
「ふッ!」
見るとベルも
「はああっ!」
その隙に重装備の冒険者が気合の声と共に大剣を振り下ろす。それに対し俺はそのまま
「はああっ!?」
まさか大剣が剣に払われるとは思ってなかったのか、先程と同じセリフで驚愕をあらわにする。俺はそのまま右足を軸にして、回し蹴りを相手の顔面へとぶつける。
「ぐ、あっ」
大剣使いは横手に飛び、その手から武器が離れる。その大剣を手に取り一斉に飛び掛かってきていた二人にふるう。
「っ!」
「「「がっ——————!?」」」
大剣による回転切りが、飛び掛かってきていた二人を吹き飛ばす。それを確認するとすぐに顔を上げアイズさんとベルの方を確認する。アイズさんは未だに死闘を繰り広げていて、ベルはもう戦闘を終えアイズさんの方に右手を突き出していた。
「アイズさんっ!」
ベルの叫び声に反応したアイズさんは目を僅かに見張り瞬時にその場から離脱する。
「【ファイアボルト】!!」
六連発。瞬時に六条の炎雷が男達のもとに炸裂する。裏通りが一瞬緋色の光に染まり、轟音と火の粉がまう。しかしその火の海から男達は、炎を切り分け悠々と歩み出てくる。
「詠唱を抜いて魔法を撃ちやがった…」
「そっちの男も強力な魔法を手に入れている。あの方に報告だな。きっと喜ばれる」
(…?)
それだけ言い残すと男たちはこの場を後にする。
「怪我はない?」
「あ、僕は大丈夫です」
「俺も大丈夫ですそれよりアイズさんは…?」
「私も、平気だよ」
傷一つ見えないアイズさんは、いつものように平然と答えた。
「しかし何だったんだあいつら。全員顔も隠して…」
「闇討ちなら、よくあるよ」
「あるんですか!?」
「うん。ダンジョンの外で仕掛けてくるのは珍しいけど…」
てことはダンジョンの中では珍しくないのかよ…。
「しかし解せないなあ。ヴァレン何某君が狙われるならともかく、しっかり僕達、いやベル君とハチマン君まで襲われていたじゃないか」
「それは…」
「しかも彼等、キミ達に合わせて力量が分かれてなかったかい?」
確かにそこが不自然な点なのだ。アイズさんには最低でもLv5が、俺達にはLv1があてがわれていた。しかも最後のあのセリフ…まるで俺達のことを確認しに来たような口ぶりまさか…?
「襲ってきそうな相手に何か心当たりはないのかい、ヴァレン何某君?」
俺が色んな懸念を抱いているとヘスティアがアイズさんに問う。
「…ありすぎて、逆に」
「まったく、ほとほと物騒だなぁ、ロキのところは」
「ごめんなさい…」
「うっ…ま、まあいいさ、それよりここから早く離れよう。騒ぎを聞きつけていつ人が来るかもわからないからね」
ヘスティアとアイズさんが会話を交わしながら、この場を後にする。そんな二人の後を俺とベルも追いかけようとした直後。
「「——————―っ!?」」
ぞっ、と体が震える。心臓を鷲掴みにされるような圧倒的な視線。反射的にばっ、と後ろを振り返る。正確にはバベルの最上階。
「…」
俺は嫌な予感を胸に茫然とその場に立ち尽くしていた。