やはり俺が強くなることは間違っているだろうか   作:149

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#16 冒険者

周囲の喧騒が渦巻く中、俺は手に持つ紙をじっと眺めていた。

 

「Lv6…」

 

「本当に少し前だったかな。ヴァレンシュタイン氏が【ランクアップ】したって公式発表されたのは…」

 

そんなエイナさんの言葉を聞きながらも俺は紙から目を離せないでいた。

 

「階層主を、一人で倒しちゃったらしいんだ。下層域より下の、『深層』のダンジョンで…」

 

階層主…『迷宮の孤王』。それは本来大規模の冒険者パーティーで攻略する存在。しかも深層の階層主ともなれば今のオラリオでも倒すことのできるファミリアは数え切れるくらいだろう。それを一人でなんて流石だとしか言いようがない。

 

「あのね、二人共。無理かもしれないけど、今回のことは気にしない方がいいと思う。階層主を一人で撃破しちゃうなんて、私も聞いたことがないもん。ヴァレンシュタイン氏が…特別なんだと思う」

 

エイナさんは紙を見て無言になっている俺とベルを見て沈んでいると思ったのかそんな言葉をかける。しかし俺の心は沈むどころか猛っていた。

 

(流石だ…俺もこれくらい強くなりたい今よりももっともっと)

 

しかしそんな俺とは逆に横のベルは沈みまくっていた。

 

「ベル君…?」

 

「…あ、すいません。ぼうっとしちゃって。今日はもう、帰ります」

 

そんなベルをエイナさんは心配そうにのぞき込みベルは苦笑を浮かべお辞儀をしギルド本部を後にする。俺はそんなベルを見届けこの猛った思いを消化しようとエイナさんに別れを告げダンジョンへと足を運んだ。

 

***

 

暁の空を超え光が差し、都市の外縁部が照らし出される。終わりの時が近い。市壁での激しい武器の応酬を交わしながら、俺はその事を悟る。鞘の連撃が俺の身をかすり、時にはかわし防ぎ弾く。瞳を僅かに見開きながら放たれる攻撃に対して、最初の頃とは比べ物にならないほど防御を重ねていく。

 

「——————ッッ!!」

 

そしてある一撃幾多の中の一つの一撃を真正面から防御し反撃をする。

 

「…!」

 

鳴りあった金属と金属の音。あっさりと弾かれた俺の一撃。しかし確かに届いた。

 

「はあっ…はあっ…」

 

だらんと腕を下げ、肩で呼吸をする俺を、アイズさんは黙って見つめてくる。

 

「これで、終わりだね…」

 

ぽつりと、アイズさんが呟いた。先程アイズさんと剣を交わし反撃に成功していたベルも俺の横に並びアイズさんに頭を下げた。

 

「「今日まで、ありがとうございました」」

 

石畳を見つめながらこの長いようで短かった一週間を思い出していた。ややあって上体を戻すと、アイズさんが感情の乏しい顔で、けれど目尻は和らげながら、惜しむように口を開く。

 

「私も、ありがとう。…楽し、かったよ」

 

金色の朝日に照らされながらアイズさんはほのかに微笑む。

 

「…それじゃあ、頑張ってね」

 

「「…はい」」

 

言葉少なに俺達の方に背を向け、あの人はゆっくり遠ざかっていく。

 

「…」

 

その背中を見つめながらいつか追いつく、と心で決意し俺とベルはその逆方向へと、走り出した。

 

 

***

 

バキリ、とカップの取っ手が割れる。

 

「…」

 

ヘスティアはぴたりと動きを止め、じっとその陶器を見下ろす。

 

「…」

 

暫く押し黙ってカップを見ていたヘスティアは、顔を上げ、キッチンを忙しなく駆け回っているベルとめんどくさそうにしているハチマンを見る。そんな二人を見ながらヘスティアは何故か嫌な予感に襲われる。

 

「じゃあ神様、後片付けはもうやっておきましたから!魔石装置だけお願いします!」

 

「あ…ベル君!ハチマン君!」

 

軽装をの詰まったバックパックを持って出ていこうとするベルとハチマンは、ヘスティアの突然の呼びかけに足を止める。

 

「どうしたんだ?」

 

「あ、あー…ほら【ステイタス】を更新しておかないかい?ヴァレン何某君との鍛錬も終わったんだしいいだろう?」

 

「…そうだな」

 

実はハチマンがアイズさんとの鍛錬が終わるまでステイタス更新はしないと決めており、バレたときにその旨をヘスティアに伝えていた。理由としては技と駆け引きを鍛えるのにステイタスに頼らずに戦えるようにしたかったらしい。

 

「それじゃあ始めるよ」

 

ヘスティアはひとまず破損したマグカップを放置し、手早く【ステイタス】の更新に取り掛かった。

 

「…うーんと、二人共、あのサポーター君とはうまくやっているのかい?」

 

「ヘスティア…その質問もう五回目だぞ…」

 

「そ、そうだったかいっ?」

 

黙っていると落ち着かないヘスティアは言葉を並べていたが、二人に苦笑されてしまう。

 

(んなっ!?)

 

ややあって全ての作業を終え【ステイタス】をじっくり俯瞰していると…ヘスティアは静かに口を痙攣させた。

 

「うわっ…。神様、ごめんなさいっ、僕もう行きます!」

 

「うお、時間やべえな。すまん俺ももう行くわ」

 

時計を見て二人は血相を変えて体を起こし、そのまま荷物を持って扉へ直行する。

 

「ちょ、ちょっと、【ステイタス】が…!」

 

「ごめんなさい、帰ってから聞きます!いってきます!」

 

慌ててベルが部屋を後にし、ハチマンもいってきます、と言うとベルの後を追った。取り残されたヘスティアは溜息をつき、今一度、二人のステイタスの情報を思い返す。

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:S 982

 

耐久:S 900

 

器用:S 988

 

敏捷:SS 1049

 

魔力:B 751

 

ハチマン・ヒキガヤ

 

力:SSS 1407

 

耐久:SSS 1590

 

器用:SSS 1415

 

敏捷:SSS 1398

 

魔力:SS 1048

 

「何なんだよ、この数値…」

 

頭を抱えるように、ヘスティアは額を右手で覆った。

 

***

 

ちり、と首筋が疼いた。

 

「「…」」

 

「どうしたんですか?」

 

俺は首筋に手をやり、ぐるっと周囲を見渡した。すると隣にいるベルも似たような行動をとっていた。

 

「…お前もか?」

 

「うん、なんか変な感じ」

 

そんな俺達をリリは怪訝な顔をし見つめる。

 

「リリ、ここで装備を取り換えてもいいか?」

 

「あ、は、はい」

 

嫌な予感がした俺はリリから装備一式を受け取り身に着け万全の態勢を整えた。

 

「おかしい…」

 

「おかしい、ですか?」

 

「モンスターの数が少なすぎる」

 

先程から気になっていたことを口にする。リリも「そういえば…」ともと来た通路を振り返った。

 

(…気持ち悪い)

 

違和感に違和感が重なり、気分が悪くなる。俺はそこで頭を振った。

 

「あ、あの…?」

 

どうやらベルも違和感を抱いているらしく頭を振り気持ちをリセットしていた。

 

「…いこう。十階層に」

 

ベルは口を押えてかろうじてと言う感じで言う。それに俺は賛成し二つあるルームの出入り口のうち、十階層へと繋がる方向へ足を進めようとした———————まさにその時。

 

——————さあ、見せてみなさい?

 

いきなり頭に直接響いてきた、どこかで聞き覚えのあるその蠱惑的な声に、俺は目を見張る。その次の瞬間。

 

『———————ヴ————————ォ』

 

足が、止まる。

 

「…」

 

「い、今のは…?」

 

リリが何かを言い、ベルが顔を青ざめさせる。何かが聞こえた。聞き覚えのある何かが。俺は首を後ろに回す。音の方角は俺が通ってきた道からだった。この一本道の奥に、何かがいる。リリが固唾を吞んで目を凝らしている中それは現れた。

 

『…ヴゥゥ』

 

「…」

 

「——————え?」

 

「…」

 

何となく予感していた。その聞き覚えのある声にこの嫌な感じがそう告げていた。

 

『オオオオォォォォォォォォォ…』

 

ミノタウロス。

 

「な、なんで、九階層にミノタウロスが…」

 

「まじか…」

 

隣でそんな呟きが聞こえてくる。

 

『ヴヴォォォォォォォォォオオオオ!!』

 

狂牛が咆哮する。洒落にならないほどの威圧とド迫力。そして更なる絶望が俺達の目の前に現れる。

 

『ヴヴゥ…』

 

通路の奥から更にもう一匹ミノタウロスが姿を見せる。二体目のミノタウロスを目視した俺は思わず固まってしまう。そして件のミノタウロス二体は血にまみれた銀の剣を見せつけ、一歩地面を踏みつけた。

 

「にっ、逃げましょう、お二人共!?今のリリ達では太刀打ちできませんっ!しかも二体も……ベル、様?」

 

「!おいベルっ!」

 

リリの声に我にかえり横にいるベルを見ると顔を青ざめさせ固まっていた。そんなベルに俺とリリは呼びかけるが固まった動かない。

 

『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』』

 

「っ!」

 

そうこうしている内にミノタウロス二体が弾丸となって俺達との間合いを喰らいつくす。俺は前に出て武器を取り出し袈裟に振り下ろされた大剣を受け流す。

 

(こんのっ…!?)

 

しかし上手く受け流すことに成功するがその馬鹿力を完璧に受け流すことはできず一秒にも満たない時間硬直する。硬直している隙に俺の横を通りベルの方に肉薄すし、大剣を振り下ろす。

 

「—————ぁ!?」

 

「え?」

 

リリの体当たりによってベルは大剣を避け二人とも地面に転がる。

 

「リ、リリ…?」

 

リリは顔を歪め、小さく呻いた。よく見ると大剣が当たったのかリリが頭部から血を流していた。

 

(ッッ!!)

 

『『ォォォオオオオオオオオオオオオ!』』

 

ベルはリリを思いっきり横に投げるとミノタウロスの真正面から相対し、右腕を掲げた。俺もミノタウロスの真正面に立ちはだかる。

 

「ファイアボルトオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

【纏え】(フィ・オーガ)ッ!」

 

『ブゥオッ!?』

 

緋色の雷がミノタウロスの肉薄を跳ね返し、俺は魔法を使いミノタウロスへと突っ込む。突っ込んできた俺に驚いたのかミノタウロスの攻撃のタイミングを外すことに成功し大剣を剣で抑え蹴りを腹に叩き込む。

 

「!」

 

がその蹴りは片手で掴まれる。

 

(まずっ…!)

 

そしてそのままミノタウロスは俺ごと振り上げ近くの壁まで投げ飛ばされる。

 

「があっ!?」

 

壁に当たった瞬間衝撃が爆ぜ、肺の中の空気がすべて吐き出される。

 

「~~~~~~っ!?…ぁ、ぐっ…」

 

壁に着弾した俺はダメージを負いながらも再び立ちミノタウロスを睨む。

 

「ベル、様ぁ、ハチマン様ぁ……」

 

視界の隅で小さな影が身動ぎする。ぐらつく体を支えて立ち上がり、霞んでいるであろう視線を俺とベルの方へと向けた。そんなリリを見て余裕のない声で俺とベルは叫ぶ。

 

「「リリ、逃げろ(逃げて)っ!!」」

 

悲鳴に近いような声でリリに呼びかける。しかしリリは動かず立ち尽くしたまま、泣きそうな顔でこちらを見ている。

 

「逃げてっ…逃げろよっ!?」

 

更に叫ぶベルの言葉にリリは泣きながら頭をぶんぶんと振った。本音を言うならベルにも逃げてほしい。しかし今の俺にそんな余裕はなかった。流石に二体も相手取れる、なんて思うほど慢心なんてしていなかった。そしてそれが逆に自分をイラつかせた。今はまだ守られる存在なんだと自覚させられるから。

 

「「早くっ、いけええええええええええええええ!!」」

 

イラついてた俺とベルの怒鳴り声がリリを突き飛ばした。とめどなく涙を溢れさせ、リリはクシャッと顔を歪めて俺達に背を向ける。

 

「…畜生ッ!!」

 

ベルの歯噛みするようなやけくそ気味に吐き捨てられたその声を皮切りに戦闘が再開する。

 

『ルヴッ、ヴゥゥッ、ウゥウッ!』

 

「…」

 

大剣を片手にミノタウロスが俺に攻撃を繰り出し、俺はそれを避けて避けて避ける。天井一面に灯っている燐光に見下ろされながら、茫漠としたルームを四つの影が動き回っていく。

 

「う——————ゎあああああああああああああああああああああああっ!?」

 

ミノタウロスが大剣を俺の頭上目掛けて振り下しそれを避けた時ベルの叫び声がルームの中に響き渡る。

 

「べッ、がっ!?」

 

その声に一瞬ほんの一瞬だけベルの方へと視線を動かしてしまう。それは格上の相手との戦いにおいて最悪手そしてその時を待っていたと言わんばかりにミノタウロスは俺の横腹に拳を叩き込む。鎧と拳が接触した瞬間衝撃が爆ぜ、ベルのもとまで弾き飛ばされる。

 

「くっ…そっ…!」

 

目がちかちかし痛みの波が止めどなく押し寄せてくる。油断した、余所見をしてしまった、最悪だ、やらかしだ、と色んな後悔が押し寄せてくるがすぐに斬って捨てミノタウロスを見据え、耐久が上がってたおかげかふらつきながらも立ち上がる。

 

『『ウウ…!』』

 

地響きを鳴らしながらミノタウロスがこちらへと近づいてくる。俺は《神様のソード》を構えようとした瞬間。

 

「———————」

 

目の前で金の髪が揺れた。何処までも澄んだ黄金の長髪。青色の鎧。銀のサーベル。どこかの市壁で見た事のある女剣士が俺達に背を向け立っていた。一人の少女を渦巻くように風を鳴らしながら。

 

「いたぁー、アイズゥー!?」

 

「ちっ、つまんねえことに振り回されてんじゃねえっての!」

 

続々と足音と声がこちらに駆け寄ってくる。しかしそんなのが気にならないほどに心臓が唸った。

 

助けられる?

 

また?

 

高みで目標であるこの人にまた助けられる?

 

また守られる立場に甘えるのか?

 

誰が?

 

———俺が?

 

「はっ…」

 

あり得ない、笑えない、ふざけるな。頭に火が付く。体も背中も燃えるように熱くなる。横を見るとベルも苦しげに立ち上がりしかしその瞳には覚悟が燃え滾っていた。そんなベルを見て俺はベルを信用し目の前の敵に集中することだけを決める。

 

「…ないんだっ」

 

ベルはアイズさんの手を掴む。そして力強く前へと歩み出る。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

ミノタウロスの前に躍り出て再びナイフを構える。

 

「そう言うことだアイズ。退いてくれ」

 

俺もそんなベルの後を追うように前へと躍り出てソードを構える。

 

(ティポ、力を貸してくれ)

 

『ふふっ…わかった』

 

(ありがとう)

 

再び現れた俺とベルにミノタウロス達は目を見開き、獰猛に笑った。

 

「「勝負だ(っ!!)」」

 

冒険を、しよう。強くなるために、全部守るために、誰も傷付かないようにするために。俺達は今日、初めて冒険をする。

 

***

 

少年達が駆け出していく。アイズは唖然とした視線を受け、小さな冒険者達は待ち受ける巨大なモンスターの目の前に立ちはだかる。

 

「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな。振られたな、アイズ」

 

「…」

 

おいてかれてしまったアイズの背中で、ベートは二人の背中を見ながら暢気に言う。ルームにはベートとティオナに続いてティオネが到着しており、遅れてリヴェリアとフィンも足を踏み入れていた。

 

「あの白髪頭にアホ毛頭…もしかして、あの時のトマト野郎共か?くっ、はっははははっ!何だよ、つくづくミノタウロスと縁があるみたいだな、あのガキ共!」

 

「あ、確かによく見たらあの酒場の…」

 

「ああ、間違いねえ!ミノタウロスに惚れられちまったんじゃねえか!あのガキ共が恋しくて…あぁ?」

 

そんな【ロキ・ファミリア】の幹部たちが目撃する中、ハチマンはそれらを唱えて言った。

 

【二重存在】(ダブル)

 

「えっ…?」

 

突然何もない空間から人が生まれアイズを除いた【ロキ・ファミリア】の幹部達は目を見張る。そこから更に現れた少女は赤い大剣に代わり、ハチマンはミノタウロスの方へと駆け出していく。

 

「人が…現われて…武器に変わった…?」

 

「…魔法か?」

 

「いや、ハチマンから魔力らしきものは感知できなかった。恐らくスキルの類だろう」

 

「てことは人を生み出して武器にするスキルってこと?そんなのってあり?」

 

「あり…と言わざるを得ないね。実際に見せられてるわけだし」

 

「…ね……す」

 

「あ?」

 

ハチマンのスキルについて話していると、そこにかき消えてしまいそうな声がかかった。小さな影がずるずると己の体をひきずり、よろめく。

 

「お願い…します、冒険者様。お二人を助けてください……」

 

「パ、小人族(パルゥム)ちゃん…」

 

「な、何だよ!離せっての!?」

 

変身のとけているリリが倒れこむようにベートの服を掴んだ。

 

「御恩には必ず報います。リリは何でもします、何でもしますからっ…ベル様とハチマン様を、助けてくださいっ…!」

 

「お、おい…」

 

朦朧としながら必死に言葉を紡ぎだす小人族(パルゥム)の姿に、ベートは頭上の獣耳を垂らし、この時ばかりは弱り切った顔をした。リリの背後に歩み寄ったリヴェリアが膝を折り、そっと両目を右手で覆い、左手を腹部に回し、そのまま抱きしめるように自分の胸の中へ誘った。

 

「まだ無理をするな。傷は塞がっても、流れた血は戻ってこない」

 

リヴェリアが詠唱を口ずさみ、翡翠色の光が目元を大舘から発せられる。

 

「お願いします、お願い、します…っ」

 

「…ちっ」

 

「行くのか?」

 

「勘違いすんな。雑魚なんて助けるのはまっぴら御免だ。だが、自分より弱ぇやつをいたぶる雑魚に成り下がるのは、もっと御免だ」

 

リヴェリアに無愛想に言い返し、ベートは足を進めた。ベル達の方に顔を向け、背中を見せているアイズに声を張る。

 

「どけ、アイズ!俺がやる!」

 

「…」

 

「おい、何ぼさっと突っ立ってっ…」

 

アイズを追い越そうとして彼女の真隣に並んだベートは、ぴたりと動きを止めた。相変わらず乏しい少女の顔は無表情で——————————その金色の瞳だけが、驚愕に見開かれていた。

 

「…あ?」

 

ベートも見た。そして、固まった。大剣を振り回すミノタウロス二匹と、ナイフを閃かせ、片や大剣とソードを巧みに使いミノタウロスに斬撃を見舞っている少年達を。お互いに一歩も引かずに、凄まじい剣戟を繰り広げていた。

 

「…………あぁ?」

 

苛烈な剣舞の音が鳴り響く。あらゆる物を粉砕する轟音と、どんなものも切り裂く速度の清音が鼓膜に届きやがてダンジョン全体に染み渡っていく。交わされるのは銀の光や紫紺の光、緋色の輝きの応酬だった。銀の輝きが振るわれたかと思えば、紫紺の光が円弧をつくり、その剛腕が振るわれれば緋色の輝きがそれをいなす。ミノタウロス二匹とベル、ハチマンがお互い形相を作り、互角のハチマンに関しては互角以上の攻防戦を展開していた。

 

「え…あ、あれ?」

 

「…あれがLv1?嘘でしょ?」

 

その交戦模様にティオナ達も気付く。そこには誰もが予想したミノタウロスのワンサイドゲームなんて存在しなかった。あるのは、互いの命を平等な条件の下で賭けた、確かな死闘だった。一際甲高い音響達が炸裂する。ベルは大剣をナイフで弾き、ハチマンは大剣を大剣で真正面から受け止めた(・・・・・・・・・・)。それを見たティオナ達は視線を少年達からきり、ベートの方をばっと振り向いた。どういうことか、と。しかし当の本人には応える術がなかった。

 

「ボクの記憶が正しければ…」

 

落ち着いた声音が鼓膜を揺らす。びくっと肩を上下させたベートは、己の背後を顧みた。彼等の団長であるフィン・でぃむなが短い歩幅でゆっくり近付いてくる。

 

「一か月前、ベートの目には、あの少年達がいかにも駆け出しに見えたんじゃなかったのかい?」

 

「…」

 

(もっとも黒髪の子のあの圧は駆け出しには見えなかったけどね…)

 

彼方で爆炎が咲いた。爆風は肌を撫で、緋色の熱光に二人の顔が照らし出される。じっと見上げてくる青い瞳に、ベートは目元を震わせたじろいだ。駆け出しだった。間違いなく。ミノタウロスに散々追いかけられていたあの子供達は、一目でわかる新米冒険者だった。

 

(何が、起きやがった…!?)

 

しかし激変を遂げていた。今ミノタウロスと渡り合っているのはベートが忌み嫌っている雑魚なんかではない。確かな実力を見せる冒険者だ。この場にいる全員の視線がベルに、ハチマンに釘付けになっていた。

 

『『ウヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』』

 

「ああああああああああああああああああッッ!!!」」

 

雄叫びが上がる。モンスターとヒューマンの純然たる殺し合い。自然にアマゾネスの姉妹はアイズ達のもとへ引き寄せられ、リリを抱えるリヴェリアも合流する。精鋭である【ロキ・ファミリア】の冒険者たちがその死闘を見守った。そんななかティオナはゆっくりと目を細めた。

 

「『アルゴノゥト』…」

 

それは一つの御伽噺。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ…」

 

ティオナは両手を胸に抱き、宝物を見るように少年たちの戦いを見守った。

 

***

 

体が軽かった。

 

頭が冴えわたっているのがわかる。

 

想いが燃えていた。

 

視界を絶え間なく駆け回る大剣をくぐる。咆哮を浴びせられても、自身も獣になりはて咆哮で相殺する。

 

今の俺じゃ何も守れない。守られる側だ。俺は弱い。

 

だから俺は。

 

強く、なりたい。

 

***

 

戦いが激化していく。四本の脚は何度も場所を入れ替え踏みしめては離れ戻り再び駆けていく。

 

(集中しろ)

 

大剣が俺の髪をかすり斬られた髪が宙を舞う。

 

(研ぎ澄ませ)

 

互いに肉を切り裂き互いの血があたりに飛ぶ。

 

(こいつの動きは愚直で雑だ。リューさんやアイズさんと比べたらのろい)

 

ミノタウロスの攻撃は当たらない。少年がソードでさばき、ティポ(大剣)で受ける。ハチマンはこれまで培った技と駆け引きでミノタウロスの攻撃を往なし、時には(神様のソード)《ヘスティアソード》反撃を繰り出していた。

 

「…さっきから何なんだ、あの武器は?自分よりずっとでけえ大剣を弾いてやがんぞ?」

 

「いや、武器の性能もそうだが…」

 

「上手い。技でミノタウロスの攻撃を捌いてるよ」

 

「それもそうだが、ハチマンの方はミノタウロスの攻撃を時折真正面から受けている。Lv1の冒険者にそんな事…」

 

本来Lv1がミノタウロスの攻撃を真正面から受ければ必ず力負けする。そのあり得ない光景はハチマンのスキル【守護者】(ガーディアン)【孤軍奮闘】(ソロ・パリィ)のフル稼働によって可能にしていた。躱しきれないと思った攻撃は大剣で、それ以外はソードで大剣の側面を叩き軌道をそらしていた。

 

「本当によく凌いでいる。でも…」

 

「攻めきれないっ」

 

事実ハチマンは互角以上の攻防を繰り広げながら決め手を欠いていた。ハチマンは最初から(神様のソード)《ヘスティアソード》じゃ決め手になりえないことを見越してティポに力を借り大剣へと変化させていた。しかしなれない大剣と言うこともあり精々受け止めることが現状の限界だった。そしてミノタウロスもハチマンの持つ武器どちらも最大限に警戒していた。同時にハチマンも感じ取っていた。俺が本格的に攻撃に転じようとした瞬間、防御を捨ててつぶしに来る、と。

 

ならどうするか。それに対しハチマンの出した答えは簡単なことだった。これ以上に火力を上げればいい。

 

【纏え】(フィ・オーガ)

 

消えかけていた炎に薪をくべ、その思いに応えるかのように炎はわが身を焦がさん勢いで猛り狂う。そして再び大剣と大剣が重なり合い拮抗する。

 

「ああああああああああっ!!!」

 

『ヴゴォっ!?』

 

しかしその拮抗もハチマンの魔法によって崩れ去ることとなる。重なり合った大剣をハチマンは弾き飛ばし、ミノタウロスの横っ腹から右肩までにかけて斬撃を食らわせる。その傷を負ったことそして大剣を弾き飛ばされたことでミノタウロスは一度距離を取る。

 

『フゥーッ、フゥーッ…!?ングウゥウゥウゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

その離れた間合いはおよそ5M。出血個所を一頻り撫でた後、ミノタウロスは目を真っ赤に染め、両手を地面に振り下ろした。ベートたちは目を剥いた。何故ならそれはミノタウロスが追い詰められた時にする突撃体勢だったからだ。Lv1の冒険者にミノタウロスがそこまで追い詰められたと言う何よりの証拠。

 

『———————』

 

ルームにしばしの静寂が訪れた。奇しくもベル達の方もおない状況になっていた。眼球から視線と言う矛が俺を射抜く。無言の疎通。溶け合う意志と意志。呼吸を止めたかのようにルーム内の空気が限界まで上り詰めた。俺の視線とミノタウロスの眼光が交差する。そして

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

『ヴヴォおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

突っ込む。

 

(—————若い)

 

真っ向からの突撃を断行した両者に、リヴェリアは目を細める。

 

「馬鹿がっ!」

 

「駄目です、お二人共!!」

 

ベートの罵声も、リリの悲鳴も今の二人には届かない。ただ耳には切り裂く疾風の音だけが鼓膜を揺らしていた。一気に縮まる間合い。どんどんと大きくなっていく互いの姿。肌を打つ猛々しい覇気。大剣が右肩に振り上げられ、一角がまくように右肩へ溜められる。振り下ろしと、すくいあげ。寸分違わず同時に発進する。瞬く間に、決着の一撃が邂逅した。

 

(———————)

 

ミノタウロスの角が砕ける音。ミノタウロスの角に食い込んだ大剣が、そのまま突き進み、肩から入り胸から腹へ。

 

「あああッ!!!」

 

そして腹から更に奥へと突き抜けハチマンの視界が開ける。

 

一刀両断。

 

『———————————―ッッ!?』

 

声すら発することを許されずミノタウロスの体は二つにわかれ、灰となり、巨大な魔石が、ザンッと地面に突き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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