「ポーラ! 見せてみろ! 半年の成果を!」
応えるかの様に、ポーラの体がピクリと動いた。
『厳密な論理世界と曖昧な現実世界を混同させている、結論ありきのイジワル問題です!』
◆◆
何かを証明しようとする場合は、大きく二ケース考えられる。
一つは、”~である”を証明するケース。
もう一つは、”~でない”を証明するケース。
悪魔の証明は、後者の”~でない”に該当する。
◆
これの説明は後回しにして、先に前者の”~である”から。
この”~である”を証明するのは、後者”~でない”に比べて証明が簡単だ。
例えば。
交通手段はB電車のみのA遊園地がある、と仮定する。
とある日に、A遊園地に行ったという証明は”電車切符の領収書一枚”で済む。
ところが、遊園地に行っていない事を証明するには、”とある日のB電車の利用者全て”を調べなくてはならない。
この様に、”~である”の証明は適切な痕跡を一つ示すだけで済むのに対し、”~でない”の証明は”しらみつぶし”にしなくてはならず困難を伴う。
説明の為のシンプルなこの例えでさえ大変なのだから、それが現実問題ともなれば事実上不可能となる。
◆
プリンを食べていない証明をしろ。
指紋が付いていない・拭き取っていない・拭き取る道具を持っていない……エトセトラ・エトセトラ
要するに。
”~してない証明をしろ!”
これは一見、論理的に見えるがただの難癖に過ぎないのだ。
◆◆
判定は、ポーラの防御が成功だ。
『な、なんじゃと!? これを防いだと言うのか!?』
のじゃロリは驚いている。
俺も驚いた。
そしてポーラの反撃。
『今度はこちらの番です! ツバス・ハマチ・メジロ・ブリ・イワシ、仲間はずれはどれ!』
『え、えと、え、なんじゃそれは!』
ポーラの攻撃判定……成功。
のじゃロリは、光の中へ消えていった。
『魚は嫌いなのじゃぁぁぁぁぁ……』
本来なら蚊に刺された程度の威力だが、のじゃロリは動揺していた様で、クリティカルになったのだ。
好き嫌いは良くないという教訓だろう、きっとそうだろう。
「料理長、お願いします」
「答えはイワシだ」
成長段階で呼び名が変わる魚を出世魚と言う。
イワシ以外の名前は、全て同じ魚の名前なのだ。
料理長は満足した様に何度も頷いていた。
「若い娘にしては感心だ」
「ポーラは最近料理を習い始めたらしいです」
「ほーぅ、良い嫁さんになりそうだな」
「ええ、相手が羨ましいです」
「ただ苦労はしそうだな」
「相手次第でしょう」
「だから、だ」
「はぁ」
◆
「ぅえええええん! ケッコンするのじゃーーーっ!」
選手の控え室で、のじゃロリは泣いていた。
子供に泣かれると、ぶっちゃけ困る。
「まーくん。ハッキリ言うべきです」
「そうですわ。この子の為にも成りません」
ポーラとタマラは手厳しい。
と言うか、責められている様な気になるのは、何故だろうか。
「一つ聞きたい。どうして結婚したいんだ」
「レディとは殿方を踏みつけてナンボと聞いたのじゃ」
どこの誰だ。
そんなアホな事を言ったのは。
「歴史シリーズ”世界の悪女”」
「んな本は読むな。つーか、読んだなら”世界の聖女”も読め」
「読んだぞ。裸が載っておったが」
「その性じゃない」
タマラは顔が真っ赤だ。
意外と純情だね。
ポーラは意外と普通だった。
えーと、つまり?
「私だって分りませんよ! ええ、まったく!」
「聞いてねぇよ」
原因は分った。
ならばするべき事は一つだ。
「スカーレット=ヨハン=ファンタズマよ。俺の門下生となれ」
「ほ、ほんとうか? ホントウに良いのか?」
「門は開けておくから、いつでも来るが良い」
「まーくん?」
「この子は偏った知識に振り回されてるだけなんだよ。訓練すれば自然と分別を心得る」
「マスター」
「教える立場と言うのも得るものが多い。二人にとってもこれは良い事だ……なんだよ。言いたいことはハッキリ言いなさい」
「そういう風に言われるとなにも言えなくなりますー」
「見事な手管ですわー」
そうだろう、そうだろう。
「スカーレット=ヨハン=ファンタズマよ! しっかりと訓練に励むのだ!」
「わらわの主さま~~~」
抱きつかれた。
はっはっは、マセた童〈わらべ〉よ。
そうしたら頬にチューもされた。
はっはっは、よせやい照れるぜ。
そうしたら二人が、
「「……」」
◆◆
決勝戦の日がやって来た。
観客で埋め尽くされる巨大な闘技場〈コロッセウム〉が緊張感を帯びているのは、控えている二選手のプレッシャーを受けているからだろう。
とうとうポーラとタマラが雌雄を決するのだ。
屈強な料理長も少なからず影響を受けているかの様だ。
「実際の所、どうなんだ」
ウォーミングアップしている二人を捉える双眸は、狩人の様に光っていた。
「素直に考えてポーラの分が、悪いです。才能有る者が舐めプレイをするのは、漫画〈フィクション〉だけですから。現実に居る彼らは研鑽を怠らない」
「敵〈タマラ〉に塩を送りすぎたのではないのか?」
「確かに統計確率〈ロストテクノロジー〉は完全予想外でした。ただ……」
どんな偉人も、人間である以上間違える。
頭の良さと判断力ってのは、近似だがイコールではないのだ。
つまり、ポーラが勝利をタマラからぶん獲れるかどうかは、ポーラ次第と言う事になる。
相手〈タマラ〉は努力する天才だ。
ポーラ、お前はどう攻める?
「得てして、現実ってのは分が悪いもんですから」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、か。師匠も辛いところだなと言いたいが、よく分らんな」
「何がです?」
「お前がただの一般人だというのがだ。勇者・王とは言わんが、もっと名が知れ渡っていても良さそうなもんだが。今まで何をしていた」
「気づくのが遅すぎたんです。俺は」
「そうか」
『最終試合! 開始!』
タマラは煌びやかな片手剣を、ポーラは身の丈ほどもある盾を、顕現させた。
構える。
そうしたら突然、ざわついていた闘技場が、静まりかえった。
対峙する二人の気迫に黙らされたのだ。
――シン――
耳が痛いほどの静けさだ。
だが、この拮抗は何時までも続かない。
なにせ、タマラはもちろんポーラも実は、せっかちだ。
先手はポーラだった。
『割り算の種類は幾つある!?』
高速回転する盾が、鎖をのたうちさせながらタマラに向かう。
『余りが出る割り算と小数を出す割り算!』
タマラの防御が成功した。
〈注:一般的には等分除・包含除を指すそうですが、ここではこうします〉
タマラのターンだ。
『ゼロは偶数か!? それとも奇数か!?』
打ち抜かれた剣風が、石床を破壊しながらポーラに向かう。
『どちらでもありません!』
ポーラの防御が成功した。
〈注意:その筋では派閥がある様で、偶数派が多数的のご様子。個人的見解ですが、正の整数と負の整数を向きを持つベクトルとして考えるとスカラーになるので、ここでは偶数でも奇数でもないを正解とします〉
二人はバックステップすると、大きく構えた。
小手調べ〈あいさつ〉は、終了だ
タマラが僅かに早かった。
『同様に確からしい!』
これは、タマラの主力である統計確率〈ロストテクノロジー〉の用語だ。
教科書をひもとくと『一つの試行において,根元事象のどれが起こることも同じ程度に期待できるとき,これらの事象は同様に確からしいという』とある。
イミフ。
ひっじょぉぉぉに大雑把に言うと、『サイコロは全ての面を同じ程度・割合で出す。これを”同様に確からしい”と定義する』と言う意味だ。
正しくあろうとするあまり、日常からかけ離れた言葉になってしまっていて、理解して貰おう感が全く感じられない残念事例である。
もちろん理解してやる感は前提だ。
切っ先を掲げていたタマラの姿がかき消えたかと思うと、次の瞬間にはポーラに肉薄していた。
瞬間移動〈インスタント・ゼロ〉だ
タマラの防ぎようの無い筈の攻撃は、耳障りな金属音と共にポーラの盾で止まってしまっていた。
ポーラが防いだのだった。
俺がその意味を理解する前に、ポーラは攻撃を繰り出した。
『試行と事象!』
は? ポーラがロステクを使った?
高速回転しすぎたポーラの盾は、巨大な竜巻を生み出した。
頑丈な城壁さえ破壊してしまいそうな大気の渦が、タマラを襲う。
為す術も無く飲み込まれたタマラは……渦を切り裂き姿を再び現した。
タマラは防いだが、僅かに動揺してしまったらしい。
その証に、美しい金色の髪を乱し、その手を小刻みに震わせていた。
『ポーラさん……貴女、』
『統計確率〈ロストテクノロジー〉が、生徒会長だけの専売特許だと思ったら大間違いです!』
流石の料理長も呆けていた。
「ポーラ嬢ちゃんにも教えたのか……随分嬉しそうではないか。マスターよ」
家に置きっ放しのノートを見るなとは、俺は一言も言っていない。
つまり、必要だと判断したのだろう。
俺のお咎め覚悟で。
「こりゃー卒業も近いな」
統計確率〈ロストテクノロジー〉を持つ者同士なら、それは決定打にはならない。
ならば候補生等の常套手段である論理学〈ハイエンシェント〉だ。
ポーラが仕掛けた。
具現化した光体顕現〈Augoeides:アウゴエイデス〉は、巨大な古竜〈エンシェントドラゴン〉!
『この機は逃しません! 二人の門番!』
天国と地獄に通じる二つの扉があり、それぞれには門番が一人ずつ居る。
扉の秘密を知っている二人の門番は、どちらかが必ず正直に答え、どちらかが必ず嘘をつく。
だが、どちらが正直か嘘つきかは分らない。
質問は一回限り。
天国に行きたい貴方は、何と聞く?