答えを先に言えば『天国かと聞かれたら何と答えますか?』と相手に聞いて、この問題の肝である”どちらが正直でどちらが嘘つきか”という要素を無効化すればいい。
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まずはとっかかりから。
組み合わせ、つまり考えるべきパターンは四つある。
正直者の扉が天国・正直者の扉が地獄・嘘つきの扉が天国・嘘つきの扉が地獄、この四つ。
正直者な門番に聞いた場合は何も問題が無いが、どちらが正直か分らない。
キーは嘘つき門番だ。
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身近なモノで実際にやってみると理解が早い。
かつて俺は、嘘つき門番を一人芝で演じてみる事にした。
後ろ手に消しゴムを隠し、エアー友達に『消しゴムを持っていますか?』と聞かれたとする。
嘘つき門番と言う役の俺は『持っていない』という嘘を当然つく。
では『消しゴムを持っていますか”と聞かれたら何と答えますか”?』
こう聞かれたらどうだろうか。
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この問いは二つの要素で出来ている。
”持っているか?”と”何と答えるか”だ。
実際に持っているが、嘘つき役なので持っていないと答える。
だが、何と答えるかという質問に対しても嘘をつくので、持っていると答える。
消しゴムを天国に、持っているかを扉に、置き換えれば終了だ。
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この論理のポイントは、二つある。
一つ目。
この質問は正直者の門番に影響を与えないので、どちらが嘘つきか正直か分らなくても問題がない事。
二つ目。
質問は一回限りと指定されているだけであり、二つの質問を一回でする事が、文法上可能な事。
無効とはこう言う事である。
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ポーラの古竜が、火炎を噴き出した。
収束されたそれは、最早ビームの様だ。
そして、タマラへ直撃。
勝負が付いたと誰もが確信したその直後に、火炎は、折れ曲がり上空へ消えていった。
巻き上げられていた舞台の瓦礫が、重い音を立てて落下する。
至る所では、融解した舞台が、赤褐色にただれていた。
古竜の攻撃による余波で舞台は半壊だ。
砂塵が吹き払われる。
現れたのは膝を落としつつも剣を掲げ続けるタマラの姿だ。
自然災害にも等しいあの圧倒的な攻撃を、タマラは防御したのだ。
俺は開いた口を塞ぐ事が出来ない。
事実、会場は静まりかえっていた。
となりの料理長も同意見の様だ。
「女神選抜会は何度も見てきたが、これほど凄まじいのは初めてだ」
二人の持つ上級者用祭器〈ナンバーズ〉は、”訓練”に設定されている。
”実戦”に設定されれば、二人は大軍に匹敵する存在となるのだ。
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ポーラは驚きを直ぐに納めた。
二人は視線を交わすと歩み寄り、そして互いの祭器を互いに向けた。
これは宣誓だ。
『ポーラさん。この関係はこれで最後になりましょう。次に会う時はどちらかが女神継承者となっているでしょうから』
『生徒会長、いえタマラ! 全身全霊を持って貴女を倒します!』
詠唱前だというのに、二人の背後で光粒子が踊り始めた。
二人の思念が強すぎる結果だ。
顕れた光体は、宝石の様な武具を纏った女神だった。
光り輝くその姿は、畏怖すら感じさせる。
事実シスターナナの独白は、懇願の様に聞こえた。
「神よ、主神アーヤよ。何故です。学園が設立されて三〇〇年、なぜ二人を同時に遣わしたのです。時代が異なれば双方がその銘に恥じぬ継承者になったでしょうに……」
吸って、吐いて、吸って。
双方が閉じていた目を開いた。
『『二つの泥だんごを一つに固めた子供が1+1=1だと言った! この誤りはなにか!?』』
二人は、同時に産み出した光の中へ消えていった。
◆◆
町から集落に至る坂道は、舗装されていない道・安全柵の無い崖・息の切れる勾配……いつも通りだった。
藪の向こうでは、いつも通り、妖精たちが歌っている。
一晩経ったからだろう。
集落の賑わいは元に戻っていた。
俺の目の前にある俺の家の玄関も、何も変わらない。
煙突から立ち上る煙も、いつも通りだ。
何時の頃からか、日常となった光景だ。
俺は、意を決して努めて日常的に扉を開けた。
「ただいまー」
木材を組み合わせただけの丸テーブルには、なんの飾り気の無い食器が並んでいたが、それに盛られた食事は、随分と豪勢だった。
少し離れたところで大釜に向かっていたポーラだったが、手早く盛った皿をテーブルに置いた。
「さささ。冷めないうちに召し上がって下さい」
「あぁ」
カチャリカチャリ、食事の音のみが、響く。
何か言うべきだろうか、何が言えるのだろうか。
《お前は良くやった》
《惜しかったな》
《あともう少しだった》
《失敗の方が得る事が多い》
色々な言葉が浮かんだが、どれも言えなかった。
そんな事は、ポーラが一番よく知っている。
くそう。
折角ポーラが腕を奮ったってのに、なんの味も感じないぞ。
くそう。
「……さん」
「んぁ?」
チンと鳴った食器の音は、試合終了の音に聞こえた。
「ごめんなさい。私、負けちゃいました」
「……」
タマラは単位と答え、ポーラは分野と答えた。
タマラの回答は、数学問題おいて『単位の指定が無い場合は、それが最小単位だと暗黙の了解が在る』と言う意味だ。
ポーラの回答は『学問だろうが宗教だろうが、人間が創りだした知識体系には有効な範囲がある』という意味だ。
どちらも正しいのだが、ポーラの回答は一般的すぎたのだった。
「ポーラ。俺は卒業だなんて言ってないぞ」
「……それってズルいです」
「ほら」
意を決して俺の腕の中に飛び込んで来たポーラは、暫くじっとしていたが、声と体を震わせ始めた。
「う、ぅ、ぅぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺ができる事は、腕の中で悲嘆に暮れる教え子の全てを受け止めることだ。
一滴たりとも取りこぼす事は許されないだろう。
自分の辛さは知り尽くしていたが、身近な人の辛さがこれ程辛いとは思わなかった。
◆◆
この都市国家〈プレセンティア〉は三つの堅牢な城壁を備えている。
内側の二つと異なり、馬車駅があるのはここが最外殻だからだ。
馬車と言っても、一台一台は長くてそれが連結されているのだから、どうやっても列車に見える。
更には、分厚い装甲に覆われ、武装した兵士たちが車両の要点に配置されているのだから、どことなくスチームパンクさも感じさせられる。
都市国家〈ポリス〉同士を結ぶ大動脈が、この様な武装商隊〈アーマードトレーダー〉なのだ。
そんな物々しい中にあって、比較的華やかさを感じさせる武装商隊があった。
ノーザンスター商会所属 武装商隊”ミッドナイトダンサーズ”だ。
もう数刻でポーラが乗り込む車両である。
「ポーラ。これを持って行け」
料理長が手渡したのは料理長謹製の弁当だ。
「ありがとう御座います。料理長さん」
時間が欲しいとポーラが言い出したのは数日前のことだ。
がむしゃらに走ってきたのだから一ヶ月の帰省は良い機会となるだろう、俺は二つ返事で許可をした。
汽笛が鳴った。
先頭にある車両からは噴煙が上がっていた。
地竜が火を吐いたのだ。
象より巨大で馬並み走るらしいのだが、燃費が凄まじく悪いらしい。
その物々しさに、俺は一抹の不安を覚えた。
「ポーラ。祭器は持ったか?」
「はい。ここに」
ポーラの手首にあるネックレスは、祭器が形を変えたものだ。
優勝者で無いポーラは、本来は持てないのだが、実績が評価され使用を許可されたのである。
ポーラの力は今や一軍に匹敵する。
俺が心配するなどおこがましい、か。
「ポーラ様。時間です」
「はい」
そう言うのは護衛と道案内の女騎士だ。
ユーリさんは色々と手際が良い。
「まーくん。それじゃ行ってきます」
「気をつけてな。親父さんによろしく」
咆哮とともに車輪が回り始めた。
ポーラは、見えなくなる前に客車に入ってしまった。
何故だろうか、哀愁が絶えない。
料理長が口を開いたのは、汽笛の音すら聞こえなくなった頃だ。
「それで、これからどうするつもりだ」
「まだ決めてないようです」
「マスターよ、お前の事だ。国に帰るのは諦めたのか?」
がむしゃらだったのは、ポーラだけでは無かったらしい。