発達障害彼女~スーパーヒロイン育成計画~   作:D1198

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実セン編
ターニングポイント


 育成校の一画に、静かな場所がある。

 学舎や運動場などの賑やかな場所から離れており、そして日当たりの良い場所だ。

 卒業生がコッソリ持ち込んだであろうベンチに、肩の力から何から何までドサッと落とし込む。

 仰げば、柔らかな日差しとそよぐ風があった。

 ピクニック日和だ。

 事実空には、穏やかな雲と雲と雲。

 

「雲よ、お前はどこへいくー」

 

 視線を少し下げると、芝生や樹木の緑色を背景に、訓練に励むタマラとスカ―レット〈のじゃロリの事〉を見る事が出来た。

 タマラは指導役だ。

 スカーレットを、畳む様に背中を押していた。

 

『頭……心と体は、緻密に繋がっています。体の強ばりとは心の強ばり。強ばっていては、訓練効果も半減してしまいます。ですから、このように、体を、ほぐす、のです……いいかしら?』

『わかったのじゃーーーーーーあぁぁぁあ』

 

 タマラの指導役も板に付いてきた様だ。

 肩の荷が下りたように、もう一度空を見れば、やはり雲が浮かんでいた。

 

「雲よーお前はどこへゆくー」

 

 そうしていたら、木々の向こうから、太鼓やら何やらの騒がしさが、微かに届いた。

 近々執り行われる継承式の準備だろう。

 この世界で最も古い都市であるこのプレセンティアは、早々にお祭り状態だ ――俺の視界の隅にキラリと光る何かがあった。

 それは祭器〈イヤリング〉だった。

 ポーラはネックレスだが、タマラはイヤリングなのだ。

 タマラはいつの間にか俺の隣に腰掛けていたのである。

 この距離まで気づかないとは、随分と気が抜けてしまったらしい。

 

「スカーレットは?」

「寄宿舎に連れて帰りました。なんだかんだ言って、まだ幼いですもの。きっと良い夢を見てますわよ」

「そうか」

 

 タマラは、バスケットから茶器を取り出し始めた。

 これからお茶会だ。

 

「今日のミルクは、クルラの名産ですわよ」

 

 手際よくそれでいて品良くミルクティーを準備していった。

 

「クルラって北東にある辺境だっけか?」

「あら酷い。辺境だったのは昔の事で、今では随分発展しましたのよ」

「へー」

 

 白い細工が成された丸いテーブルに置かれたのは、ミルクティーだ。

 チチチと鳥が鳴く。

 これはちょっとしたデートだろう。

 役得役得と言いたいが、タマラは直に生徒会長から女神継承者となる。

 そうすれば、簡単には会えまい。

 

「タマラ、頼みがある」

「マスターの事ですもの。大概のことは聞き入れますわ」

「継承式前に、一日分の時間を作れないか? 大事な話だ」

「求婚?」

 

 タマラが俺をからかう様になったのは、何時の頃だったか。

 俺は努めて冷静に言う。

 

「あのなー……最後の訓練の事だ。最後だから、ポーラと一緒に伝えたい」

 

 何故だろうか。

 タマラが紅茶を飲む様は、動揺を飲み込むように見えた。

 

「私たちを鍛え終えた以上、マスターは、国にお帰りになりますのよね? 船でも飛龍〈ワイバーン〉でも魔法でも行けないという彼方の国へ」

 

 詩的な言葉が似合う娘である。

 

「無理を承知で申し上げます。この地に留まって頂けませんか?」

 

「……留まる?」

「皆が喜びます。スカーレットもポーラさんも。そして私も」

 

 すっくと立ち上がったタマラは、背を向けたままだ。

 礼儀正しい娘にしては、珍しい。

 

「最後の訓練の件は承りましたわ。スカーレットの様子を見てきますわね」

 

 そそくさと立ち去るその後ろ姿は、何故だろうか。

 気恥ずかしさの余り逃げ出す女の子……青春の一ページ的な印象を俺に与えた。

 俺はベンチに全てを預ける。

 

「ポーラもだけれど、俺がもーすこし若ければ、なぁ……ん?」

 

 立ち去るタマラの後ろ姿が一瞬揺らいだ様に見えたのだが……気のせいだったらしい。

 

 

《それで、これからどうするつもりだ》

 

 料理長の言葉が頭の中で繰り返される。

 手がかりは、あの塔だ。

 未来と理と秩序の象徴であるアーヤの塔。

 あの塔にはこの世界の全てが記されているという。

 いや、この世界そのものなのだという。

 タマラが女神になればその塔の秘密が分る。

 そうすれば、元の世界に帰る手段が得られるかもしれない。

 だが、そうなった時俺はどうするべきか。

 

 望郷の念は募る。

 だがこの世界の人たちと深く関わってしまった。

 考えても答えは出ない……と言うよりは、考えるほど泥沼にハマる。

 まぁ、いいか。

 行き来出来るかもしれないし、なら今考えても仕方がない。

 できる事をしておこう。

 

「ったく。あの俺っ子クサれ神め。次に会ったら文句の一つでも言ってやらないと……んぁ?」

 

 記憶を探れば、ナナさんとあのクサレ神が着ていたローブは、同じジェ○イっぽいデザインだったのだと気がついた。

 

「アーヤの塔……主神アーヤ……まさか、なぁ」

「ちょっと良いかな?」

「はい?」

 

 背後にフードを被った誰かが立っていた。

 真っ黒なローブ姿で、シ○卿そのままだ。

 

「キルセドニア=シアトリー校に行きたいのだけど、この道で合ってる? 久しぶりに来たから随分変わってて分らないのよね」

 

 だがその物言いは、ずいぶんとサバサバしていた。

 警戒すべきなのか、判断に困る。

 

「あ、ごめん。これはいくら何でも失礼だった」

 

 フードに隠されていた素顔は、化粧っ気の無い美人さんだった。

 それでいて肩に掛かる程度の短い髪は、水の流れの様に輝いていた。

 ちゃんと手入れをしていて綺麗なものだ。

 この雰囲気……ナナさんに母親が居ればこんな感じなんだろう。

 

「あぁ、観光ですか? 継承式が近いので今は見学も出来ませんよ」

「いやいや。優勝者の居場所は既に抑えてて――」

 

 抑えてる?

 

「二人の候補生を育てたという人物を探しているのよ。知らない?」

「それは――」

 

 俺が答える前に、その人は続けた。

 せっかちと言うよりはリーダータイプかもしれない。

 

「なんでも、背が高くて、凜々しくて」

「ほうほう」

 

「屈強で、見目麗しい」

「んあ?」

 

「文武両道の偉人と聞いてるけれど」

「は、はぁ」

 

 噂とは尾ひれ背びれが付くモノである。

 照れるが素直に白状するべきだろう。

 

「そうだ、そうそう。似顔絵がある。ほら」

 

 ハンサムだ。

 イケメンだ。

 ぶっちゃけていうと、俺とは似ても似つかぬ色男である。

 

「……」

 

 正直に言うべきだろうか。

 だがこの人の夢を壊すのも忍びない。

 だがしかし!

 ぬぉめまいが!

 

「どうかした?」

「いいえ、すみません、ちょっと気分が」

「そう。引き留めたのは、悪かったかな。お大事に」

 

 その美人さんの後ろ姿は、無駄なく正確で非常に洗練されていた。

 アスリート系だ。

 もしくは武道。

 まさに、闘う女は美しい系であろう。

 だが。

 何故俺は母親だと思ったのだろうか。

 母親以前に、ナナさんの素顔すら知らないと言うのに。

 

「それに、変な事を言っていたな。優勝者の居場所を”抑えてる”とは」

 

 その美人さんの姿が、夕日に染まる町の陰に消えた頃の事だ。

 悲鳴の様な鐘の音が町を切り裂いたのは。

 

◆◆

 

『カンカンカン』

 

 それは、ここに来て一年以上経つが初めて聞くモノだった。

 

『カンカンカン』

 

 その鐘の意味を理解する直前に、町全体が激しく震えた。

 建物の向こう側にあるであろう町の北側に、刃の様な火焔が立ち上っていた。

 そうしたら、屋根越しに見える背の高い建物が、何処かの炎にあぶられて夜の暗がりに浮かび上がり始めた。

 それが一つや二つでは無かった。

 事実、怒声と悲鳴が至る所から聞こえていたのだ。

 一際おおきな悲鳴に振り返ると、町で一番大きな宿場の外壁には、ナニかの鋭利な足先に貫かれている人影が映っていた。

 振り払われると、その人影はドサリと言う音と共に見えなくなった。

 

―― カツンカツン ――

 

 石畳を砕きながら夜の町の陰から現れたのは、八つの鋭利な足と十六の牙と三十三の目を持つ、巨大な化け物だった。

 俺にできる事は、声を絞り出す事のみである。

 

「……なんだ、あれ」

 

 強いて言うなら、巨大な蜘蛛としか言いようのない化け物だったのだ。

 それは、鳥類の様に地面をついばんでは、ナニかを飲み込んでいた。

 

―― バリボリ ――

 

 それは、まるで骨付き肉をまるごと食っているかの様な音を、牙の奥から漏らしていた。

 

『足りない』

 

 俺を捉えた三十三の瞳は、そう言わんばかりにギラついていた。

 こちらに向きを変えた。

 最初は頭、その次は足、最後は全身で。

 固い石畳を砕きながら、大地を震わせながら、俺に迫り来る。

 

―― 闘う? 守る? ――

 

 あほう。

 逃げるのみだ。

 何故なら、

 

「戦闘訓練なんてしてねぇ!」

 

 こんな事なら、冒険者だったらしい料理長に闘い方も教わっておくべきだった……と思ったが二人の訓練でそれどころでは無かった。

 早々に息が切れ始めたのは、日常の運動訓練が健康維持レベルだからだ。

 

「くっそーーーっ!」

 

 背後に、重苦しくて鋭利な音が迫っていた。

 振り返らずとも、明白な大ピンチだ。

 運の悪い哀れな誰かの、悲鳴と潰れる音がどこかでした。

 死ぬ! これは本気で死ぬ!

 誰かが”諦めるか?”と俺に問いかけた。

 

「……否! 断じて否!」

 

 たとえ心残りがあろうとも、やれるだけの事はしてきたのだと、すべき事をしてきたのだと!

 今際の際に誇れる様に、自分に胸が張れる様に、あの時から生きてきた!

 

「あの時あの部屋でそう決めた!」

 

 転がっている鉄の棒を、拾い構える。

 振り返れば、目の前に異形の魔物が迫っていた。

 顔面が知覚部位なら神経の塊の筈、ならば激しい衝撃を与えれば突破口が開ける、それに賭けるしか無い。

 ところが。

 吸って吐いて・吸って吐いて・吸って吐いて……何度繰り返しても、俺の体は落ち着かなかった。

 恐怖という厄介な奴が、俺の中で暴れまくっていたのだ。

 手足が震えて鉄の棒を振るどころか、頭すら止まってしまっている。

 

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 命運が尽きかけたその刹那。

 

《聞きなさい、旅人よ。その苦しみは、お前自身が生み出している》

 

 血管が破裂しそうな程に激しい鼓動が、一気に落ち着いた。

 鉄棒の長さは二メートル、これは魔物の間合いとほぼ同等だ。

 ならば、踏み込んでヤツのタイミングを外すのみ。

 俺は、ありったけをその打ち込みに注ぎ込んだ。

 

「でぇえぇぇぇえぇいいいいっ!」

 

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

 

 頭の中は真っ白で、重力感が無かった ――俺は死んだのだろうか。

 

―― ドスン ――

 

 一瞬とも永遠とも言える世界は、芯を揺さぶられる様な衝撃と共に、終わった。

 冷たい感覚は石畳によるモノだろう。

 僅かに遅れて痛みもやって来た。

 俺はたぐり寄せる様に四肢をまさぐる。

 

「……よし、生きてる……」

 

 化け物はひっくり返ってバタバタと暴れていた。

 この機を運を逃がすな。

 逃げるのだ。

 

『『『カチカチ』』』

 

 だが耳障りな音に取り囲まれてしまっていた。

 それは、人々と建物を蹂躙してきたであろう異形のモノたちの嗤い声だった。

 

「万事休す、か」

 

 俺は残った力を拳に籠めた。

 

「だが、化け物共よ! 割に合わないって思い知らせてやる!」

 

 

 突然吹いたのは清浄な風だった。

 その清々しさは、化け物という悪い霧を振り払わんばかりだ。

 

「七星連撃〈セブン スラッシュ〉!」

 

 凜とした声が鳴ると、今まさに俺を襲おうとしていた一体の化け物の、その成れの果てが宙に舞った。

 片手剣を構えるシスターナナが、そこに立っていたのである。

 ローブを翼の様にはためかせる姿は、地に降り立った天使と言っても良い。

 

「狼藉はそこまでだ! くせ者共!」

 

 ナナさんの後ろ姿が目の前に在ると言うのに、残りの化け物がなます切りにされていった。

 最後の一体が倒された時には、ナナさんは遠くで剣を鞘に収めていた。

 目の前にあった筈のナナさんの後ろ姿は、消えていた。

 

「……残像?」

 

 理解が追いつかない。

 

「ミスターマスター。ご無事ですか?」

 

 歩み寄るその姿はどう見ても騎士である。

 いや、聖騎士が適当だろう。

 

「え、あ、はい」

「よかった。貴方に何かがあればタマラとポーラに合わせる顔が無くなる」

「あの、一体何が」

「魔物たちの襲撃を受けました」

「まもの?」

 

『GHOOOOO!!!』

 

 それは新手の咆哮だ。

 全長は三階建ての建物を越えて、全身の至る所からドロドロに熔けた溶岩を吹き垂らしていた。

 俺を見下ろすその様は、大入道である。

 片手で建物を崩す様は、襖〈ふすま〉でも開ける気軽さだ。

 

「タイタニックブラスト!」

 

 その魔物を倒したのは斧と槍の複合武器〈ハルバート〉だった。

 風船の様に膨らみ弾けた魔物の腹から、それが貫いて行ったのである。

 魔物が雪崩の様に崩れ落ちた。

 姿を現したのは、プレートメイルを装備した中年男性だった。

 戻ってきたハルバートを掴み取るその技が、歴戦さを物語る。

 

「間に合ったようだな」

 

 なんと言う剛胆な笑みだろうか。

 

「遅いぞ! アクセル! 何をしていた!」

 

 ナナさんの知り合いらしい。

 

「無茶を言うモノでは無いわ。こちとら十体撃破してきたのだからな」

「私は二〇です。言い訳は見苦しい」

「こちとら全て大型よ。中型以下のナナと一緒にするでないわ……っと、撃破数争いをしている場合では無かったな。無事だったか。マスターよ」

「え、あ、はい」

 

 この人は俺を知ってるらしい。

 

「全くヒヤヒヤさせる。だが首の皮一枚で繋がった」

 

 理解が全く追いついていないが、とにかく言うべき事を言わないと。

 

「何処のどなたか存じませんが、お陰で助かりました。なんとお礼を言って良いのやら」

「ったく、薄情なヤツだの―……ほれ」

 

 その渋い戦士が、懐から取り出したネックレスを装備すると、料理長に変身したのである。

 外したら、渋い戦士に戻った。

 

「……なん?」

「これは、姿を変えるマジックアイテムでな。ワケありで姿を偽っておった。許せ」

 

 混乱を極める。

 

「アクセル。ミスターマスターに説明を」

「うむ。実はなマスターよ……世界に危機が迫っている」

「……は?」

 

 なんというか、もうすこし、マトモな説明をして欲しいって思うんだ。

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