『誰かが来るだろうとは思っていたが、お前だとはな。GuardReplicant - No.7』
本当に、あの人か?
俺らを見下ろす黒いローブの人物は、俺に道を聞いたあの女〈ひと〉だったのだ。
「そうですか。魔王は生きていたと言う事ですか」
だと言うのに、雰囲気が全く違ってしまっていた。
顔と声が全く同じの別人だと言われた方がシックリくる程だ。
『私は死なんよ。そう言うモノだからな』
だが、この人物から感じる違和感はなんだ。
「ならば、もう一度死になさい!」
ナナさんの踏み抜きは、一帯を震わせ大地を砕く程だった。
突然バランスを崩したのは、ナナさんを中心に渦巻く光の奔流が立ち登っていたからだ。
俺は、それが剣技〈スキル〉の発動なのだと気がついた。
しかも。
この世界の子供なら一度は真似をし、全ての剣士が目指し、それでいて三〇〇年前を最後に誰一人として体得が許されていない伝説の剣帝技――
「オケアノスの漂流〈ショック バスター タイフーン〉!」
ナナさんの打ち抜きから放たれた剣技は、巨大な滝よりも圧倒的で、夜すら斬り断つ眩〈まばゆ〉さだった。
―― 直撃 ――
それは、疑いようのない勝利を約束する光景だった。
ここに居ないアクセルさんですら。
この俺を除いて。
『არ არსებობს〈無が在る〉』
魔王の唇が振れるや否や、悪寒が首筋に走る。
気がつけば、聖堂の外壁だった瓦礫の山からは、剣を手放してしまったナナさんの腕が力なく垂れていた。
大聖堂の中庭は墓場の様に静まりかえっていた。
我が目を疑う状況だ。
防がれたのでは無く、かき消されたのでも無く。
強いて言うなら、何事も無かった事にされた。
これを魔王の力と言うのなら、皆が畏れるのも頷ける。
「ナナさん!」
瓦礫を急いでどける。
ナナさんは痛々しい姿を晒していたが「う……」命に別状は無さそうだ。
『まがい物のお前に剣帝技は不相応だな。さて、もう一人の候補生とその師の居場所を答えろ』
俺は眼中にないらしいが、随分と馴れ馴れしい口を利く。
「逃げてください、逃げて……」
声を絞り出すのがやっとのナナさんと深い眠りに落ちたタマラ。
この二人を置いて去るなど、死んでも避けたい。
だが、ナナさんが手も足も出ない奴が相手では、残念ながら打つ手が無い。
戦闘訓練を受け、実戦用祭器〈ナンバーズ〉を使いこなす。
この誓いが俺にできる事だ。
この落とし前は必ず付けさせる。
必ずだ。
それは、振り返る事無く立ち去ろうとした矢先の事だった。
『待て』
魔王は俺を止めたのである。
「なにか、用ですか?」
『一般人に用は無いと言いたいが、この状況で息一つ乱さないならば話は別だ。お前は何者だ』
「訓練する前の自分には戻れない、か」
『なに?』
腹を括った俺は、せめてもの仕返しに、見下ろす魔王を睨み付けた。
―― 殺気 ――
子供の頃に憧れた架空のスキルだが、意外な事に魔王の態度を硬くさせる事が出来た。
伊達に死線は越えていない、と言う事だろう。
『……お前は誰だ』
「皆からはマスターと呼ばれている。それ以上でもそれ以下でも無い」
『本当の名は?』
「だから言っただろ。それ以上でもそれ以下でも無い」
『本名を捨てたか?』
「違うな。ここでは皆が俺をそう呼ぶ、だからだ」
『ほーぅ。他者の認識がお前を作る、そう言いたいのか』
「違うな。皆は俺の行動を見ている、だ」
『自分など無いとでも言いたげだな』
「それは言い得て妙だ」
『色即是空』
「空即是色」
『そうか! お前か! お前ならあれ程の候補生を育てる事もできよう!』
「俺も聞きたい。タマラに何をした」
『中々意地が悪い師匠じゃないか。弟子に大切な事を教えないなんて』
「お前、まさか……タマラに」
『その通り。魂の正体を教えた』
「それは教わるモノじゃ無い。悟るモノだ」
『だからだよ。タマラ=クシャマは、心が壊れていくその過程にあって尚、関係者全員を深い眠りに落とす魔法を行使したのだ。それ程の者が塔の女神〈オペレーター〉に成るなど冗談では無いからな』
そう言う事か。
こう言うカラクリか。
魔王との対峙が ――宿命―― 真のするべき事だったのか。
「俺は、お前を放置出来なくなった」
確定。
あのクサレ神を必ず一発ぶん殴る。
『中々良い宣戦布告だが、それには及ばない。今ここでお前は死ぬからだ』
タマラから正気を奪いそしてナナを弄んだ呪い、それを吐く唇を、塞ぐ様に俺は開いた手の平をかざした。
『……なんのつもりだ』
「色即是空・空即是色を体得してるなら、このポーズの意味が分る筈だ」
『安っぽいハッタリだ』
「そう思うならさっさとヤレよ。”არ არსებობს〈無が在る〉”んだろ?」
『……』
騒ぎが聞こえ始めた。
アクセルさんらがやって来たらしい。
『……古式に則り。神狼フィルアリアの生誕祭に、アーヤの塔で待つ。それではまた会おう。妬ましく・疎ましく・忌まわく、そして最も親しき同胞よ』
魔王が去り星空に静けさが戻った。
だが、痛々しい姿を晒すナナさんは、もう目を覚ます事の無いタマラを、泣きながら抱きしめていた。
「仏陀よ、お釈迦様よ――」
怒りも憎しみも禁じた上に、これだけの事をしでかしたあの魔王を救えというのだから、貴方の教えは本当に難しい。
◆◆◆
ナナさんに導かれるまま、下って・歩いて・また下って・また歩いた。
地上の騒ぎが全く届かないこの地下教会は、時間が止まってしまったかの様に、静かだった。
ただ、タマラの小さな呼吸のみが在ったのである。
そのか細い手をそっと毛布の中に戻すと、俺は枕元に立てかけてあったタマラの祭器〈ブレードソード〉を手に取った。
「タマラ、これを借りるぞ」
部屋の隅で控えていたのはナナさんだ。
いつもの様に静かだったが、その心の内は手に取る様に分った。
ナナさんにとっても、タマラは教え子なのである。
「あの黒ローブの女 ――魔王は俺を殺すと言った。俺はもう無関係じゃ無い。教えてくれ、全てだ」
「どうぞこちらへ。司祭様がお会いになります」
地下礼拝堂の脇にある司祭の部屋。
そこには地上のと同じ様に磨りガラスがあり、相変わらず巫山戯た司祭の人影がそれに映っていた。
一つ違うのは、その場に大勢の関係者が居る事だ。
「一刻を争う事態になった――」
「各地の騎士団を招集せねば――」
「誰の名前で招集を掛けるのだ――」
残念ながら、茶番に付き合う余裕が無い。
制止する高位の聖騎士や修道士を無視して、俺はその磨りガラス製の仕切りを払い除けた。
ガチャンと壊れた音が響く。
現れたのは、玉座の様な仰々しい椅子に腰掛けるスカーレットだった。
もちろん身長が全く合っていないので、子供の王様に見える。
「なんじゃ、なんじゃ。礼儀が成っておらんのう、主様よ」
広げた鉄扇で笑みを隠すその姿は、司祭と言うより鉄の女が適当だ。
「まさかとは思っていたけれど、やっぱりお前だったか。スカーレット=ヨハン=ファンタズマ」
「何故わらわと?」
「最も、あり得なさそうな人物だからだよ。全く。ポーラの訓練を許可したのも、選抜大会に参加したのも、全ては目論見だった ――悪女は地だったか。なんてこった」
「失敬な事を言うな。全ては聖務じゃ」
「んなら、聞こう。その聖務ってのはなんだ」
「妾の真名は、エイダ=ガードレ。主様の後ろで控えるシスターナナは、ナナ=ガードレ。我らは”ガーディアン レプリカント”。この世界の維持管理を担っておる」
「維持管理……スカーレットらは、世界を守る立場?」
「そうじゃ」
「なら、魔王ってのは世界を壊そうとしている?」
「そうじゃ」
「タマラは女神継承者。だから魔王はタマラを狙った」
「流石は主様じゃ。この状況に合って冷静じゃ」
「んじゃ、なにか? 候補生達が競っていた女神ってのは単なる象徴じゃなくて、本物?」
「うむ、見事じゃぞ。惚れ直しそうじゃ」
オホンとはナナさんの水差しだ。
ナナさんは何時もの清まし顔だが、スカーレット……エイダは渋い顔をしていた。
確かに、俺をからかっている状況ではなかろう。
エイダは咳払いの後に続けた。
「その問いへの回答は、慎重さが必要じゃ。力を有するのはアーヤの塔であり、女神というのはそれを操作する者たちの事じゃ。神殿とは、塔と女神を結びつける役を担っておる」
塔がメインフレームで、神殿がターミナルで、女神がオペレーターと言う事らしい。
「もう一つ。魔王がナナさんをまがい物と呼んだのは何故だ。二人との関係は?」
込み入った話だが、仕方が無い。
「それは……我らガーディアンレプリカントが魔王に創られた存在だから、じゃ」
「魔王が、守り手であるナナさんらを創った?」
「魔王は、かつて真ガーディアンという世界の守り手じゃった。アーヤの塔を解析したのも、神殿と祭器を作ったのも、アージプリムティアと呼ぶ女神候補生システムを作ったのも、世界を守るというその聖務からじゃ……じゃが。我らの母たるガーディアン=コントラクトはある日突然狂った。それは、主様が一番よく知っている筈。いや、主様以外には分らん」
魔王が吐いた呪いの意味を思い出す。
《არ არსებობს〈無が在る〉》
そうか、そう言う事だったのか。
「主様よ。我らの母たるガーディアン=コントラクトは、智を司る存在じゃ。対抗出来るとしたら主様をおいて他には居らん。力を貸してはくれぬか」
「分った」
「……随分アッサリしとるの。命がけじゃぞ」
「アイツは(いわば同門だ。凶行に走る兄弟弟子は)放置出来ない」
「何か因縁がありそうじゃが、主様に任せるとしよう。ナナは今後主様の指示に従うのじゃ。姉〈ナナ〉は戦闘特化型での。主様たちの力になろうて」
ナナさんは何時ものローブだったが、その下は戦闘向けの動きやすい服装だった。
その手が仮面を外す。
隠れていた素顔は、なるほど、魔王によく似ていた。
正確には、俺に道を聞いた時の魔王の姿だ。
「私はこの顔を忌み嫌っていましたが、もう、それどころではありませんので」
「ナナさんはナナさんだ。自信を持って良い」
「……ありがとう御座います。マスター」
「ったく。ワシを除け者にして楽しそうな事をしているではないか」
アクセルさんが現れた。
「魔王との因縁ならお前等より長い、それを忘れたか。エイダよ」
「案ずるな。お主〈アクセル〉は既に頭数じゃ」
作戦開始と言いたいが、一人足りない。
俺はエイダに向き直った。
「エイダ。ポーラを呼び戻してくれ。今すぐに」
「それはできん。ポーラに何かがあれば、魔王を倒せても塔が動かせん。そうなればこの世界が終わってしまう」
「分の悪い賭けは俺も嫌いだ。だが、ここが勝負の張りどころならば、全力でいくしかない。それに、最後の訓練が残ってる」
それなくして勝利は無いのだ。
◆
地下礼拝堂に封印されていた歴史書が、ペラリと言う音を立てた。
「……なるほど」
ざっくりまとめると。
この世界には、高度に発達した先史文明が存在した。
そして、大破壊という消失の危機にさらされた。
それを解決したのが主神アーヤであり、その結果がこの世界という訳だ。
あの塔は、その際にアーヤが示した”奇跡=Conregent〈コンレグエント〉”の体現だったのである。
「奇跡〈コンレグエント〉、か」
どんな意味があるんだろう。
「まーくん!」
時間を一秒でも惜しんだのだろう、ポーラはパジャマ姿のままだった。
掛けよって来たポーラを抱きしめた。
「タマラさんが……タマラさんが!」
「分っている、済まない。こんな酷い事になってしまった」
互いの無事とこれからの決意を確かめて、俺らは師弟の距離に下がった。
「ポーラに心を整理する時間を作りたかったし、訓練ももっと時間を掛けたかったが、生憎とその余裕は無くなった。済まないが気合いを入れてくれ」
「はい」
「そして、最初に伝えておくべき事がある。心して聞いて欲しい」
「はい」
「実はな……俺は異世界から来た」
「……異、世界?」