『『『雄々々々々々々々々!!!』』』
兵達の勇ましい声が山々に木霊する。
見下ろす広大な平原には、大隊が陣を張っていた。
大将は、スカーレットことエイダ=ガードレだ。
大きな馬に乗り、鉄扇を揮っていた。
本人は政治家型だと言っていたが、ナナさんは煽動型だと言っていた。
なるほど、指揮を執るのにうってつけだ。
スカーレット=ヨハン=ファンタズマであったのも、この布石だったのだろう。
アクマっ娘の本領発揮である。
その平原の遙か向こうに、一つ抜き出た峰から塔がそびえていた。
俺らが目指すアーヤの塔だ。
その麓の神殿に魔王が居る。
◆
アクセルさんが馬を止めたので、俺も手綱を引いて止めた。
手綱を握る手に力がこもる。
平原の敵陣地側には、遠近感を狂わす人影が多数在ったのだ。
鋼鉄のゴーレムだ。
全長は五~十メートルに及び、その数は見えるだけでも三〇体は居る。
アクセルさんの声には力が無い。
「一週間でよくもこれだけそろえた、と言いたいが。あの連中相手では、良くて時間稼にしかならん」
「神狼フィルアリアは、来ませんでしたね」
「言うでない」
創世記によると、フィルアリアは主神アーヤによって蘇った存在であり、ナナさん・エイダと異なる唯一の真たるガーディアンだ。
だが、アーヤが居なくなったのは人間のせいだと今でも恨んでいる。
そして、ポーラも未だ現れない。
◆
アクセルさんが馬を進めたので、俺も慌てて続いた。
ガラリと馬が道を踏み外しかける。
俺が急いで取った冒険者スキルの一つである騎乗は、レベル1だ。
無いよりは遙かにマシだが、踏み外せば真っ逆さまの断崖絶壁が至る所にあれば、正直心許ない。
意外なのはアクセルさんだ。
冒険者としても戦士としても一流のこの人が、口数少なく大人しいのである。
「意外か? ワシが消沈するのは」
「はい」
しまった。
疲れで失言してしまった。
ところが、アクセルさんは自嘲気味に小さく笑っていたのである。
「ワシにそう言うのはマスター位の物よ」
そして、背負っていた剣を引き抜いた。
シャランと鈴の様な音がする。
それは日本刀によく似ていた。
素人目にも分る程の、力を持った刀だった。
「知りませんでした。アックスやスピアなど大型の武器を好んで使う物とばかり」
「“天叢雲剣〈あめのむらくものつるぎ〉”という。友から譲り受けた名刀でな。そうそう使えなかった」
「友?」
「ガーディアン=アージプリムティア、最強の剣士だ。主神アーヤの友であり、ワシの友でもあり、そして三〇〇年前の戦いで喪った」
アクセルさんよりも強い……想像が出来ない。
「共に闘った大勢の頼もしい仲間も、今はもうエイダとナナのみよ。正直に言おう……勝てる気がせん」
俺は、タマラから借りた祭器〈ブロードソード〉を振るって見せた。
「現実ってのは、本当に厳しいですね。分の悪い賭けが、避けられない賭けだなんて」
両手剣スキルも冒険者スキルもレベル1だ。
これ以上は時間が足りなかった。
「でも誰しもそうです。それは人生ってヤツです」
祭器は、持ち主の意思に応じて、宝石・アクセサリー・武器、この三つに形態を変える。
実戦用祭器〈ナンバーズ〉の金牛宮〈タウルス〉が、ブロードソード形態を維持しているのは、持ち主がタマラのままだからだ。
つまり、俺にとっては丈夫なただの剣に過ぎない。
「だったら、全力勝負ですよ。決まっていない結果〈みらい〉は、その時に考えましょう」
だからこそ、これが切り札の一つとなる。
ハッタリがもう一度通用する魔王ではないのだ。
剣身に刻まれた文字が、応える様に虹色に光っていた。
(頼むぜ――)
ラッパの音を皮切りに、行進曲が鳴り響く。
エイダの率いる魔王討伐軍が、動き始めたのだ。
作戦開始だ。
「アクセルさん。俺らも――」
バシンとは、俺の顔ほどもある大きな手が、俺の背中を叩いた音である。
なんと言う事だろうか。
レザー製とは言え鎧越しだというのに、とても痛い。
バシンと背中をまた叩かれた。
だから、痛い。
「ガハハ!」
アクセルさんの笑い声は、腹に響く。
耳にも響く。
「マスターの言う通りよ! ワシとしたことが弱気になったモノよ!」
バシンバシンとは、アクセルさんが照れを隠す音である。
バシンバシンバシンバ――死ぬから、魔王と闘う前に死んでまうから。
「マスター、アクセル、時間です」
ナナさんも完全装備だ。
「じゃ、いきましょうか」
◆
昼間でも目立つ閃光が視界の端に見えたかと思うと、僅かに遅れて爆音が聞こえた。
エイダの率いる討伐軍と魔王のゴーレム大隊が、戦闘を始めたのだ。
歩兵・騎兵・弓兵・魔法兵・竜騎兵・人間・エルフ・ドワーフ、この世界の全ての人たちが闘っていた。
そうしたら、主戦場とは離れた山腹で、激しい爆発が起り始めた。
エイダは平原の本隊を囮にして、遊撃部隊を展開していたらしい。
森林はエイダ等にとって身を隠す場所となり、ゴーレムにとっては動きを抑える障害物となる。
遊撃隊が、崖の上から落とす岩・巨木や樹木を介したロープで足を止め、その隙に本隊が大魔法で止めを刺す。
健闘はしているが、それでも戦力差は覆せない。
俺らは黙って馬を走らせた。
彼らの決意は、一秒たりとも無駄には出来ないのだ。
「マスター! そこに一体居ます!」
ナナさんの鋭い警告でそれに気がついた。
切り立った岩の影から、一匹のコボルドが飛び出したのである。
粗雑な武具を装備したワーウルフだ。
強いモンスターではないが、仲間を呼ぶのが厄介だ。
ならば、一撃で仕留めるのが適当である。
チーターの様な狩猟種のスピードで、それが迫り来る。
3、2、1……間合い・移動力・地形・装備・そしてリズム、全てから導かれた解は?
「はっ!」
俺の意思に応じる様に、タマラの祭器〈ブロードソード〉が風音を鳴らす。
コボルドの剣が、俺の頭を掠めていった。
「GRYYYYYYY!!!!!」
クリティカル成立でコボルドは為す術も無く倒れた。
ナナさんとアクセルさんの闘いを参考に、演習済みなのだ。
「良し……次!」
ゴチンとはアクセルさんに頭を殴られた音である。
「……何するんですか!」
「たわけ! 駆け出し冒険者が、クリティカル狙いなど一〇年早いわ!」
「心配無用です! ちゃんと根拠が――」
「しかしもかかしも無い! マスターは引っ込んでおれ!」
”しかし”なんて一言も言っていないが、話が通じる気配では無い。
なので助けを求めてナナさんを見た。
「クリティカル狙いはハイリスク過ぎます。私どもに任せて下がっていて下さい」
「時間が惜しいんです。一撃で倒せるなら――」
「……」
「分りました。大人しくしています」
泣かれると何も言えなくなる。
◆◆
目の前で、アクセルさんとナナさんが、モンスターをバッサバッサと倒している。
二人にはダメージにもならない雑魚モンスターだが、その数が多すぎて遅々として進まない。
「……あの魔王、なにか企んでるな」
そう思った矢先だった。
森に住む鳥たちが、バサバサと逃げる様に羽ばたいたのである。
替わりに現れたのは、ガーゴイルの怒濤の様な群れだ。
その数は空を埋め尽くさんとする程だった。
「いかん!」
「マスター!」
二人との距離は絶妙だ。
単純故に対処しづらい作戦だった。
流石魔王と言わざるを得ない。
「破魔の白刃〈アウラ〉!」
スピードタイプであるナナさんの範囲攻撃を免れた十数体が、俺に迫り来る。
この数では防御も殲滅も不可能だ。
ならば。
先頭の攻撃をタマラのブレードで敢えて受け、その威力を利用して大きく後方に飛んだ。
「ぐっ!」
間合いを稼げたが、樹木に叩き付けられた。
痛みは、無視だ。
取り出したのは、マジックアイテム”ウィンドスクロール”だ。
一定範囲のモンスターをカマイタチで斬り刻むのである。
「「「GRYYYYYYY!!!!!」」」
一難去ってまた一難。
大盛りお待ち! と言わんばかりに、ガーゴイルの大群が更に迫り来る。
「ひつほい〈しつこい〉!」
咥えていたポーションを放り捨て、新たなスクロールを用意する。
「この間合い……勝負だ!」
ヒュルヒュル・ジャラジャラ、鎖に繋がれた回転体が、目前のガーゴイル達をなぎ倒していく。
黒くて長い髪が、フワリと舞っていた。
「あまり、無茶をしないで下さいね」
「ポーラ!」
「はい。お待たせです♪」