発達障害彼女~スーパーヒロイン育成計画~   作:D1198

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御柱の御許で3

 世界に異常が現れていた。

 浮いている小石を蹴飛ばしたら、地に落ちること無く、空に消えていったのである。

 

「まーくん、あれを」

 

 ポーラの指す方を見れば、穴の開いた空を見る事が出来た。

 赤く染まる空に、真っ黒な亀裂が入っていたのである。

 

「世界の終わり〈リミット〉が近いな」

「はい」

 

 それらは、塔を動かす女神が四年間も居ない結果だ。

 魔王の大規模な魔法の行使も、影響していると見るべきだろう。

 

「行こう、ポーラ。これ以上は待てない」

「……はい」

 

 俺たちが抜けてきた森の茂みからは、追いつく者は誰も現れなかった。

 

 

 アーヤの塔は大きかった。

 くり抜いた山に埋め込んだ、と言われれば信じてしまいそうな程だ。

 裾は滑らかに広がっており、登るにつれて細い筒形状になっていた。

 遺跡の様な、石を積み立てた様な表面をしていなければ、それこそ軌道エレベーターだろう。

 山肌が残るその塔の根元に在るのが、神殿である。

 所狭しと並ぶ石柱が、平らな屋根を支えていた。

 それは古代ギリシャ建築に似ていた。

 俺は、見物客にでも話しかける様に、歩み寄った。

 

「正直に言うと、神殿の前に突っ立っているとは思わなかった。兄弟子よ……いや、姉弟子か?」

 

 魔王は振り向くこと無く、神殿を見上げていたのだった。

 

「この神殿に入れるのは日没後以降だ。だからこうして刻を待っている」

「貴女が創ったんだろ? 何故そんな不便な事をした」

「創ったのは我の片割れだ。迷い故に消えてしまったがな」

 

 魔王は振り向いた。

 端正な目鼻立ちは、黒いフードに隠れて全く窺えなかった。

 

「何をしに来たと言いたいが、お前なら何があっても来ると思っていた」

「俺も、貴女がそう思うだろうと思った。ほら、俺らは同門だ」

 

 一瞬ではあったが、魔王の気配は、驚いた事に、優しいモノだった。

 

「そうだ。それが、我らが唯一共有するモノだ。よかろう、直々に引導を渡してやる」

 

 瞬間移動か、それとも時間停止か。

 魔王はローブに隠していた細い手で、俺の首を掴んでいた。

 ギリと首がねじれる音がする。

 

「あぐ、」

「ところで、お前の弟子はどうした?」

「……直に来、る」

「まぁいい。直ぐに会う事になる」

 

 俺は、手にしていた両手剣をなりふり構わず打ち下ろした。

 断った筈の魔王は陽炎の様に消え、呪いを吐く手は、俺の背中に宛がわれていた。

 魔王のそれは、俺の出来の悪さを嘆いているようにも聞こえた。

 

「悪あがきも良い所だ。見るに耐えん……死ぬが良い!」

 

 俺の体は間も無く風船の様に弾けて消える、筈だった。

 それを防いだのは、パラパラ漫画の様になんの予兆も無く魔王の頭上に現れた、ポーラである。

 その手の祭器〈ナンバーズ〉は、音を出す程に濃い光を放っていたのだ。

 流石の魔王も驚いた様だ。

 

「空間転移〈コンサブダクター〉だと!?」

 

 それはポーラが得た新たな力だった。

 転移先は登録者〈おれ〉の居場所に限定されるが、他の空間転移とは異なり、水中だろうと荷物があろうと、行使条件が一切ないのが特長だ。

 

「やぁっ!」

 

 宙を舞うポーラは、手にする盾型祭器の先端を、魔王めがけて打ち下ろした。

 ガチリと鈍い金属の音がする。

 

「っ!?」

 

 貫く筈の盾の鋭い先端は、魔王の指で止められていた。

 ポーラの体は、空中で固定されてしまっていた。

 

「真たるガーディアンのスキルを再現するとは、少し驚いたぞ。だが、これまでだ」

「ポーラ! あと少し堪えろ!」

 

 唯一自由である彼女の目配せに応じて、俺は切っ先を魔王に向けたまま踏み込んだ。

 

「これで隙を突いたつもりか! ――არ არსებობს〈無が在る〉!」

 

 俺らは、魔王が吐いた黒い霧〈のろい〉に包まれた。

 

 

◆◆

 

 

《――最初に伝えておくべき事がある。心して聞いて欲しい》

《はい》

《実はな……俺は異世界から来た》

《……異、世界?》

《そうだ。突拍子もない事だが……どうした?》

 

 ポーラは不満だと頬を膨らませていたのである。

 

《知ってました》

《……話した事は無かった筈だけれど?》

《タマラさんから聞いたんです》

《……ひいきした訳じゃ無いぞ。タイミングの話だし》

《ぷーーーーっ》

 

 ポーラの頬を一回突いて、引っ込めた。

 

《そしてもう一つ、これが本題だ。魔王は呪いの言葉を持っている》

《呪い?》

《そう。非常に強力な奴だ。これをどうにかしないと勝利はない》

《がんばります》

 

《それじゃ足りない》

《大丈夫です。今までだってそうしてきました》

《あのタマラが、だぞ。実力はお前が一番よく知っている筈だ》

《……》

《だから、それを防ぐ手立てが最後の訓練となる》

 

 俺らは、地下教会を抜けて町中の公園にやって来た。

 町の傷跡を気にしながらも、俺は隣のポーラにこう言った。

 

《何が見える?》

《中庭です》

 

《もっと詳しく》

《芝生・岩・沢山の木が在ります》

 

《よし、岩にしよう。岩をよく見るんだ。何が見える?》

《……岩です》

 

 俺は手頃な二つの小岩を石畳に落とした。

 一つは粉々に砕けたが、もう一つはコツンと音を立てたのみだった。

 ポーラは少し驚いた様だった。

 

《違う種類なんですか?》

《砕けた石は雲母といって、見ての通り非常に脆い。無事な石は花崗岩といって丈夫だな石だ》

《初めて知りました》

《もう一度聞くぞ。何が見える?》

 

《花崗岩と雲母です……あの、これはどういう意味なんでしょうか》

《あらゆるモノ・コトの意味を決めるのは人間なんだ。ポーラが自身が示した様に、ポーラにとってただの石だったモノは、知る前と後で、その意味が変わってしまった》

 

《これはいけない事なんでしょうか》

《分類すること、コレによる知識を分別智という。だが、あの魔王に対抗するには、それの対極にある知恵を体得する必要が在る。それが無分別智だ》

 

《つまり……分別智と無分別智は、中道に基づく対の関係?》

《正解だ。ポーラ、自分の手を広げてみろ。どうだ?》

 

 俺は見えるかとも言わなかった。

 ポーラはじっと両手を見ていた。

 

《えっと》

 

 目を凝らしたり、両手でじゃんけんをしたり、指を絡めたりするポーラに、俺はただこう言った。

 

《それが、俺の伝える最後だ》

《あの、》

《詳しく説明したいが、できない。言葉・文字にした時点で分別智になってしまうから》

 

 これは、人間のハードウェア的な限界と言っても良いだろう。

 

《期限は魔王軍に対して総攻撃を仕掛ける一週間後だ。ポーラ=ノーザンスター。もし間に合わなかったら、お前は置いていく》

《連れて行くって、さっき》

 

 不覚にも、込み上げるモノがあった。

 

『タマラ、頼みがある』

『マスターの事ですもの。大概のことは聞き入れますわ』

『継承式前に、一日分の時間を作れないか? 大事な話だ』

『求婚?』

『あのなー……最後の訓練の事だ。最後だから、ポーラと一緒に伝えたい』

 

 それは、判断ミスという後悔だ。

 この償いは容易ではあるまい。

 

《分りました。必ず体得します、必ず間に合わせます。だからもう安心して下さい》

《安心?》

《はいっ!》

 

 

◆◆◆

 

 

 あれから一週間 ――タマラの心を奪った黒い呪いを、振り払う様に、その娘は凜々しくも現れたのである。

 

「馬鹿な! 無間地獄を抜けただと!?」

 

 堪えた。

 ポーラは魔王の呪いを堪えた。

 いや、乗り越えた!

 良くやった! もう卒業だぞ!

 

「馬鹿な! 何故だ!」

 

 魔王に止められていた因果が動き出す。

 

「最大顕現! リングリンッロンド!」

 

 ポーラの盾は、機構的に開いた隙間から翼を展開すると、はち切れんばかりの光を放ち始めた。

 それは、厳寒の冬を解かす春の太陽に他あるまい。

 

「バースト!!!」

 

 光速で撃ち出された盾の杭〈パイルバンカー〉が、魔王を貫いた。

 

「Ahaaaa!」

 

 ポーラの全力に、魔王は悲鳴をあげた。

 

「ありえん! あり得ぬ! 真理を得た我が負けるなどあり得ぬ!」

 

 俺はありったけの力で、後先考えず踏み込んだ。

 

「予想通りしぶとい!」

「貴様! 何を隠している! それを寄こせ!」

 

 魔王の手が俺の首を絞め込んだ事と、俺の手にある両手剣が魔王の体を貫いた事は、同時だった。

 魔王のそれは絶叫だ。

 

「Ghaaaaaaa! ――こ、れ、は、祭器〈デバイス〉!? 我が見落とした!? 反応が無いのは何故だ!」

「祭器ってのは、持ち主の意思に応じて形状を変えるってのを忘れたか! 心を失って尚タマラは闘う事を放棄していない!」

 

 剣身に刻まれた銘が光を放つ。

 

「タマラ! 一丁頼むぜ!」

 

 懐かしい声が聞こえた様な、気がした。

 

《最大顕現! シルバーベル! ストライク!!!》

 

 機構的に開いた鍔から、光が迸る。

 弾けた魔王の体が、あり得ない角度に傾いた。

 

「――!」

 

 声にならぬ声、それは魔王の断末魔だった。

 女神継承者の二連撃でちりぢりになった魔王の体は消滅 ――に抗っていた。

 

『呪われよ! 呪われよォォォォォォohhhhhhhhhA!!!』

 

 あえぐ無数の亡者の顔が、黒いローブに浮かんでは消えた。

 何という呪詛だろうか、何という負の力だろうか。

 けれど意味は無い。

 俺は、その言葉を吐いた。

 

「”無いが在る”訳がないだろ! 大馬鹿野郎!!!」

 

 力のよりどころを失った魔王の姿は、今度こそ完全に消滅したのである。

 

『!!!――。』

 

 死ねば仏、弔いをと思ったが時間が無い。

 

「ポーラ! 神殿へ!」

 

 神殿の柱に在る灯火が、消えてしまえば手遅れとなる。

 

「まーくん!」

 

 ところが、ポーラが突然俺の手を引いたのだ。

 

「一体何を――」

 

 その直後、俺は爆発的な閃光に貫かれたのである。

 

   ◆

   ◆

   ◆

 

 遠くで地鳴りの様な音がする。

 それが間近で起っていると確信しているのに、それに距離を感じるのは、何故だろう。

 ……目を開ければ納得した。

 盾を背に、俺を守ってくれている女の子が居たのである。

 地形を変える程の圧倒的な爆発だと言うのに、その爆心地だと言うのに、人間どころか岩すら為す術が無い破壊的な嵐の中だと言うのに、その女の子は息一つ乱さず祭器を行使していたのだ。

 そのイメージは、雨宿りしている男の子に傘を差しだした年上の女性〈ひと〉だろう。

 目が合うと、その女の子は不安にさせまいと俺に微笑んだ。

 ……なんてこった。

 文句の付けようが無いスーパーヒロインが、ここに居たのだ。

 

 

◆◆

 

 

 鬱そうとさえしていた森林は、根こそぎ無くなっていた。

 至る所で燻っていて、土なのか石なのか見分けが付かない。

 ポーラに支えて貰って飛び越えた土手は、クレーターの一部だった。

 塔には傷ひとつ無かったが、神殿は崩れ落ちていた。

 魔王は、自分が倒される事も勘定に入れていたのだろう。

 ったく。

 用意周到というか、卒が無いというか。

 

「恐るべし……かな。なんて言ったら良いのか正直分らない」

 

 俺の心中を察したポーラは、寄り添ってきた。

 

「コントラクトさん、助けられませんでしたね」

「あぁ」

「皆も死んじゃいました」

「……そうだ、な」

 

 その結果の重さに、俺もその手を握り返した。

 

「直にこの世界も終わります。残念です」

「できる事はまだ在る」

 

 

 崩れた神殿を分け入っていくと、瓦礫に崩された祭壇があった。

 

「ポーラ。この瓦礫を取り除けるか?」

 

 祭器の力で重力から解放された瓦礫が、神殿の敷地外へ、流れる様に空中を滑っていく。

 ポーラは作業しながら、俺にこう言った。

 まるで料理しながら買い物を依頼でもするかの様だ。

 

「できる事って、なんなんですか?」

「ガーディアン=コントラクトは、なぜ世界を破壊しなかったと思う?」

「……できたのに神殿と祭器を創りナナさんらを産み出した。つまり、」

「そうだ。彼女も最後まで自分と闘っていたんだ。だからこれが、残された手段となる」

 

 最後の残骸を取り除くと、洞窟がその姿を現せた。

 真っ暗で、石を投げても音一つ帰ってこなかった。

 見上げれば、アーヤの塔が真っ直ぐにそびえていた。

 繋がっていると言わんばかりだ。

 

「ガーディアン=コントラクトは、この塔を参考にして、神殿と祭器を創ったらしい」

「でも、まーくん。洞窟に入って済むなら神殿を創る理由が……安全装置?」

「おぉ、偉いぞ。正解だ」

「えへへへ♪」

「と言う訳で、行ってくる」

 

 ところが、服の裾を掴まれたのである。

 ポーラに。

 

「放せよ。入れないじゃないか」

「もう騙されません。私が行きます」

「騙すたーなんだ、人聞き悪い。俺が行く」

「誤魔化されません! 私が行きます!」

 

「あのな。ポーラの方が若いだろ」

「だったら尚更です」

「年上の言う事を聞け。つーか師匠だし」

「わがまま言わないで下さい!」

 

「おまいう?」

「お前が言うなですか!? 駄目ったら駄目です!」

「実は、呪文が必要なんだ。なんと言ってもアーヤの塔だし」

「教えくれれば一挙解決です」

 

「ヒミツ♪」

「キモイです!」

「ひでぇっ!」

「どっちがですか! 私の気持ちに気づいてるのにずっと無視して!」

 

 息を切らし頬を赤く染めたポーラの姿は、愛くるしかった。

 この女の子の精一杯は、美しくすらあった。

 

「……バレてたのか」

「バレバレです。だ、か、ら、私が行きます」

 

 だからこそ、守らねばならない。

 

「ポーラを喪って一生後悔しろって? エグイなー、お前」

「ち、ちがいます! そんなんじゃなく……」

「これ、返しておいてくれ」

「……」

 

 ポーラは、俺が差し出したタマラの剣を、躊躇いながらも受け取った。

 

「創祖神アーヤは、その身を犠牲にしても、世界の・皆の存在を願った。その結果がこの塔でありこの世界だ。だから、死ぬ事は無いだろ」

 

 ポーラは剣を抱きしめた。

 ここに居ないタマラに頼っているかの様だ。

 

「でもそれじゃ、お話し出来ないし、お料理だって食べて貰えないし、寝顔だって見られません」

「聞いててこっぱづかしいぞ」

 

「私だってそうです!」

「だから、この塔の秘密を解き明かせ。そうすれば皆が助かる。コントラクトもエイダもナナもアクセルもタマラも、そして俺もだ」

 

「それは、コントラクトさんですら出来なかった事ですよ……」

「大丈夫だ。ポーラなら絶対できる。なんて言ったって、俺が育てた女の子はスーパーだからな」

 

 ポーラはもう止める事は無かった。

 だから俺は一歩踏み出した。

 手を入れ、足を入れ、踏み入れる度に、自分が薄れていった。

 すべき事は全てした。

 できる事は全てやった。

 例え完全な無になろうとも、これで良い。

 

「必ず助けます! 皆も! 世界も! まーくんも!」

 

 俺には託せる者がいるのだ。

 俺は新生を意味するその言葉を唱えた。

 

――Conregent〈コンレグエント〉!――




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