発達障害彼女~スーパーヒロイン育成計画~   作:D1198

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スーパーヒロイン(最終話)

 マスターと呼ばれた者は、塔の中にあった。

 かつて持っていた肉体も自我も無くなり、ただ塔を操作するプロセスとして、塔の至る所に存在していた。

 塔が支える世界には無数の喜怒哀楽が永遠に存在し続けたが、一喜一憂しない代わりに押しつぶされる事も無かった。

 無数の因果を、ただ紡ぎ続けたのである。

 ところがある時、一つ瞬いた。

 塔の中に浮かぶそれは、夜の海を渡る船を導く北極星と呼ぶのが適当だろうが、それはあり得ない事だった。

 それを修正しようとした”マスター”と言うプロセスは、その機能を止めたばかりか、急激に因果を遡り始めた。

 内包していた塔の記録は大半が失われ、塔の操作能力が失われ、かつての身体が戻り、かつての自我が戻った。

 

『――ここは、どこだ? 俺は誰だ、俺はどこだ……』

 ―― こっちです ――

 北極星の瞬きでその瞳に理性が戻る。

 マスターと呼ばれた者は、導かれるまま歩き出したのだった。

 

 

   ◆

   ◆

   ◆

 

 

 気がついたら、見知らぬ場所に立っていた。

 至る所にある幾何学的な模様は、驚いた事に、形を絶えず変えていた。

 宇宙船内部を最初に想像したが、神殿が適当だと落ち着いた。

 そうだ、目の前に立つローブ姿の誰かには、そちらの方が似合っている。

 

「お前が主神アーヤだったんだな」

 

 そのローブ姿の誰かは、俺をあの世界に落っことした張本人だ。

 それとも張本神だろうか。

 その神は無遠慮に近づくと、俺の手を取った。

 

「まずは礼を言わせてくれ、サンキューだぜ。次は謝る」

 

 その神は、一歩引いた後に深々と頭を下げた。

 

「巻き込んで済まなかった」

 

 こうも直球に謝られると、用意しておいた文句の”も”の字も、言えなくなってしまった。

 ポリポリと頭を掻けば、沢山の出来事が胸裏を駆け抜けていった。

 それは大変だったが、大事なモノでもあったのだ。

 なので俺は誤魔化す様にこう言った。

 

「背後の人影は?」

「ともだちだ」

 

 アーヤの後ろには、かつて無かった複数の人影があったのである。

 真っ黒なスタンドポップ形状なのは、次元が異なるからなのだそうだ。

 その内の二つが、寄り添う様に立っていた。

 ガーディアン夫妻のコントラクトとアージプリムティアに違いない。

 俺の視線を感じたのだろうそれは、小さく揺らいだ。

 代弁するアーヤは、二人の思いを如実に語っている様に思われた。

 

「二人がすまねぇってよ」

「済んだ事だ。もういい」

 

 他のスタンドポップ達が、規則正しく揺れ始めた。

 俺にはそれが喜んでいる様に見えた。

 

「アーヤは一人じゃ無かったんだな。安心したというか、拍子抜けしたというか」

「ついさっき、再会できたんだ。何もかもポーラのお陰なんだぜ?」

 

 

 

 

 

発達障害彼女

~スーパーヒロイン育成計画~

 

 

 

 

 

「ポーラの?」

 

 そう聞いてはみたものの、俺に意識が戻ったなら、そう言う事に決まっている。

 

「手紙を預かってる。ポーラから」

 

 それは丁寧に封された上質な紙だった。

 

『オールオッケーです! タマラさんも、料理長さんも、ナナさんも、エイダも、フィルアリアも、ガーディアンさん達も、アーヤも、ぜんぶです!』

 

 短い文章ではあったが、これを書いている時の光景が浮かびそうな内容だ。

 

「そうか、やったんだな。おめでとうポーラ」

「あのなー、もうちょっと喜べよ」

「これでも十分喜んでる」

「そうじゃなくて、もっと表現しろって」

「俺はこう言う性格だ……なんだ。そのニヤつきは」

 

 アーヤがいつか見た様な奇怪な踊りをすると、空中にテレビが現れた。

 テレビ画面では無くて、テレビが空中に浮いていたのである。

 それに映し出されるのは、「俺?」だった。

 

「これはプレセンティアで魔物に襲われた時のお前だ」

『だが、化け物共よ! 割に合わないって思い知らせてやる!』

「かっけーなー」

「……あのな」

 

「これはポーラに出会った頃だな」

『今は秘密。説明したところで君は理解出来ないから。でも、本当にどうにかしたいと思うなら、付いてこい。俺はその方法を知ってる』

「これも捨てがたい」

「だから――」

 

「でもやっぱりコレだな。魔王と対峙した時」

『俺はお前を放置出来なくなった』

「やめて! はづいから! というか覗いてたのかよ!」

 

「じゃ、ここから本題だぜ。勇者よ」

「誰が勇者だ、誰が。というか、話を逸らすな」

「済んだ事は気にしない、それは勇者の資格なんだぜ? 胸を張れって」

「上手く誤魔化しやがって……」

 

「お前には一つの選択があるんだぜ。元の世界に帰るか、それとも戻るか」

「元の世界へ」

「――あっさりだな。それで良いのかよ」

「これは間違いなくポーラの字だが、貫禄すら感じる達筆だ。塔の解析に成功したポーラは何歳だ? 老いた姿を、年下となった俺に見られたくは無いだろ」

 

「でもよ、」

「手紙をここに送れるのに姿を見せないのは、そう言う事だ。本人がそれを望むなら、俺が望めるわけが無い」

 

 でも、しかし。

 何度か押し問答を繰り返す。

 アーヤなりに気にしているのだろうが、キリが無いので、こう言う事にした。

 

「これは俺らの問題だから気にする必要は無い」

「……」

 

 しばらくの迷いの後、ガバリと俺に土下座したのである。

 

「本当にすまねぇ! この通りだ!」

 

 ちょっと待て。

 

「あのな。神が人に土下座とかするなよ」

「謝って済む問題じゃねぇって分ってる! 好きにしてくれ!」

「いやだから、もう良いと」

「このとーりっ!」

 

 そこまで言うなら仕方が無い。

 仕方が無いのでバキと殴った。

 ドサリと尻餅をつく音がする。

 

「……」

 

 アーヤは沈黙していた。

 まだ気が済んでいない様だ。

 手間が掛かると言うか、なんと言う古き良き神様だろうか。

 ようし。

 

「なんだ、以外と弱っちいんだな」

「……」

「もっとこう、気合いのある奴かと思った」

「…………」

「これなら魔物の方がずっとマシだ」

「………………」

「っていうかヘタレ?」

 

 ――プチ――

 

「プチ?」

「じょぉぉぉぉぉ等だぜ! 人が下手に出てればこの野郎!」

 

 拳が飛んできた。

 躱すのも防ぐのもアレなので、そのま顔で受け止めた。

 大事な事なので繰り返す。

 顔で受け止めたのであって、殴られたとは言わない。

 

「どうした! この程度じゃビクともしないぞ!」

 

 なので殴り返した。

 

「その曲がった性根に魂刻み込んでやるぜ!」

 

 殴り、殴られた。

 殴られ、殴った。

 ドカバキと殴り合い続けた。

 

「最後まで立ってた俺の勝ちだな……」

「抜かせ……俺の方が一発多いんだぜ……」

 

 ゼーハーとは、大の字でひっくり返る、神と俺である。

 流石に疲れた。

 

「……なんで力を使わなかった」

「んなダセー事ができるかよ……」

「……使えるモノは使うべきだろ」

「大事な事は拳で勝負なんだぜ? だろ?」

「確かにそうだ。理屈ばかりじゃ回るモノも回らない」

 

 体は重いが、気分は楽だ。

 それは、アーヤも同じ様だった。

 

「もうそろそろ、帰る」

 

 アーヤが指さした先に扉が現れた。

 

「その扉から帰れる」

「世話になったな」

「世話になったのは俺の方だぜ」

 

 それは、扉のノブを掴んだ時の事である。

 

「あ、そうだ。渡したアイテムなんだけどよ、」

 

 アーヤの言葉で、ポケットを探れば程なくあの指輪が見つかった。

 異世界に来る時に、渡されたアイテムである。

 

「呪いのアイテムの間違いだろ。これは返す」

「そのままちゃんと持っとけって。お前の福音になるから」

「それはどういう意味――」

「ではさらばだ! 異世界の勇者よ!」

 

 扉を開ける前にまた落とされた。

 真っ暗な穴の中を落ち続ければ、見送るアーヤ等がどんどん小さくなっていく。

 不思議な事に、腹は立たなかった。

 

 勇者、か。

 

 俺にはまだやるべき事があるらしい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 机に向かいカタカタとキーを打てば、ベッドのある背後に、スマホを弄る気配があった。

 その人物の名は、北空煌〈きたのそら あかり〉と言う女の子だ。

 窓を介して手元に差し込む日の光から、直に日没だと知れた。

 時計を見れば案の上だ。

 

「そろそろ帰る時間だぞ」

「今日、お母さん遅いから」

 

 俺は尚更だろうとは思ったが、気にしない様に、再びキーを叩き始めた。

 この娘は、母の友人の子供で将来を約束された才女……だったのだが、十五歳の誕生日を機に、なんの前触れも無く全てを放棄してしまい、今はニートをやっている。

 ニートから自力脱出した実績を買われて、この子を預かったのだが、今日もまた、こうしてベッドに腰掛けては、無表情にスマホを弄り続けるのみだ。

 その抑揚の無い呟きは、俺には嘆きに聞こえた。

 

「……勉強しないの? 母さんに頼まれたんでしょ?」

「したくないんだろ?」

「したくない。つまらない。楽しくない」

「ならしなくて良い」

 

 無理矢理やらせて、勉学に悪いイメージもたれるよりずっと良い。

 

「俺も質問。どうして毎日来る? スマホなら自宅でもできるだろ」

「……つまらないから」

 

 含みを持たせた言い振りが気になったが、それ以上聞かない事にした。

 ピロンとは、PCがメッセージ受信を知らせる音である。

 

『From田村 ――明後日、出られる? Aさんが急に休みになって』

 

 カタカタとキーを打つ。

 

『OK』

 

 程なく返信がきた。

 

『ごっめーん。今度奢るからよろしくね!』

 

 気がついたら、北空に覗き込まれていた。

 

「たまらって誰?」

「田村、どうやったらそう読み間違えるんだ」

「誰?」

「バイト先の社員」

 

「おんな?」

「そう」

「綺麗?」

「とても」

 

「ふーん……私より?」

「方向性が違うだけで、北空も結構なもんだと思う」

 

 なんと言うか、既視感のあるやりとりだ。

 

「ふぅぅぅぅぅうっぅぅうぅぅん」

「……なんだ?」

「なんでもない」

 

 ストンと腰を乱暴に落とすと、また無表情にスマホを弄り始めた。

 それは拗ねている様にも見えた。

 気のせいだろうか……俺がそう思案に耽っていたら日は完全に沈んでいた。

 季節柄遅い時間ではないが、もうリミットだろう。

 なにより、短い丈のスカートでベッドの上で、足を何度も組み替えられたり、寝転がられると色々困る。

 そもそも、リラックスしすぎでは無かろうか。

 そうしたら目が合った。

 

「……なんだ?」

「なんでもー」

 

 逸らされた瞳は、僅かだが期待に満ちていた様に見えた。

 まったく、コイツも俺をからかうのか。

 俺はそう言う星の下に生まれたに違いない……んあ?

 

「その指輪、どうした」

 

 その北空の指には、忘れたくとも忘れられない、リングが光っていたのである。

 なにせ。

 

『【特典】運命の指輪〈エターナル リカーレンス〉:あらゆる世界に一つのみ存在する。一度装着すると、盗まれても無くしても、持ち主の所へ戻る』

 

 呪いのアイテムなのだ。

 

「え、あぁ。ごめん。つい」

 

 初めて見せる慌てた姿に驚いたが、問う事は問わねばならない。

 

「それが入っていた小箱は押し入れの奥だし、誰にも教えていない」

「なんとなく分ったから」

 

「小箱にはダイヤルロックもあるし、番号は誰にも教えていない」

「なんとなく分ったから」

 

「そもそも、なぜ左の薬指だ? シチュエーション的にオカシイと思わないか? それもなんとなくか?」

「これは私のだ、って思ったから」

 

 なんだそりゃ、と続けようとした問い詰めは、日頃のクールな言動からは全く想像できない程に、赤く染まった頬に遮られた。

 突如思い返されたのは、アーヤのセリフである。

 

《あそうだ、渡したアイテムなんだけどよ、》

《呪いのアイテムの間違いだろ。これは返す》

《そのままちゃんと持っとけって。お前の福音になるから》

 

 ならこの娘は――

 

「ひょっとして、パン焼きが得意技だったりするか?」

「なんで知ってるの? 誰にも言っていないのに」

 

 全てが腑に落ちた。

 そうか、そうだったのか。

 この娘は、あの娘だったのだ。

 嬉しさ・困惑、色々な思いが混じり合う。

 

「なんで姿が変わってるんだよ。気づかなかったじゃないか」

「成る様にしか成らないものです……あれ?」

 

 自分の発言に、その娘は頭を傾げていた。

 

「楽しい事は無いって言ってたな?」

「え、あ、うん」

「なら絵を描いてみないか?」

「……興味ない」

「やってみないと分らないだろ」

 

 俺は、鉛筆を強引に手渡した。

 その出来映えは、俺がこの娘に出来る新たな”やれる事”だったのである。

 

「絵なんか画けなくたって」

「そりゃーそうだろ。だって、これは教えてない」

「……なにも教わってないけれど」

「画ける様になったら絶対に楽しいぞ。続けてみないか?」

「楽しい?」

 

「もちろんだ。出来ない事が出来る様になる事を、君は知っているから」

「……貸して。どうしたら?」

「まずはやりたい様にやってみるといい。手法とか決まりとか、難しい事は後で良い」

「ん」

 

 机に向かい真剣に鉛筆を走らせるその姿は、間違えようのないあの娘のモノだったのだ。

 

『まーくんへ。オールオッケーです! タマラさんも、料理長さんも、ナナさんも、エイダも、フィルアリアも、ガーディアンさん達も、アーヤも、ぜんぶです!』

 

 オール、か。

 完全にしてやられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。

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