発達障害彼女~スーパーヒロイン育成計画~   作:D1198

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運命の出会いは身投げから

 賑やかな町をふらふらと当ても無く歩く。

 そしたら、目の前を行き交う人々の体が、俺のと作りが大体同じだと気がついた。

 日本語なのか、俺が日本語として認識しているだけなのかは分らないが、字も読める程度に大体同じ。

 建物は大体どれもレンガ色だが、その作りも元の世界のと大体同じ。

 中身もそうだ。

 例えば食堂の店員は、軽やかに客を案内していた。

 

『いらっしゃいませー。ダイナーヒンデンブルグにようこそー』

 

 運送のおじさんは、酒樽を積んだ馬車を走らせている。

 

『そこのけそこのけお馬が通るー』

 

 役場のカウンターには順番を待つ人々の姿があった。

 

『三番のカードをお持ちの方は、六番窓口へー』

 

 そして学校。

 敢えて詳細は語るまい。

 

『先生おはようございます!』

『はい。おはよう』

 

 この異世界がどういう経緯を経た世界なのかは知らないが ――前世これは前の世界という意味だが―― 前世が参考になる経緯を経ている世界だと分った。

 人は生まれて、学校に行って、何らかの職業に就き、貨幣を使って経済を回す。

 そして、大きな交差点では軽装の騎士が槍を立てていた。

 言うまでも無く治安維持、つまり警察だ。

 

「んで」

 

 真っ直ぐ伸びる道路の結構先に、尖った建物が見えた。

 どうやら教会らしい。

 

「宗教も完備、と」

 

 結論。

 この世界は前世と大して変わらない。

 インターネットが伝書鳩・トラックが馬車に戻っただけだ。

 強いて言うなら。

 

「ウェーン!」

「シスター! 弟が転んだ!」

 

 庭ではシスターさんが、転んだと思われる子供の擦り傷に、石をあしらったペンダントをかざしていた。

 すると、みるみる傷がふさがっていくのである。

 これは魔法だ。

 言うまでも無く異質なシロモノだが、社会がこれだけ似通っているならば、人類にとって魔法は道具に過ぎないのだろう。

 

「置いてくぞー」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 目の前を、剣を携える騎士・メイスをぶら下げた聖職者が、通り過ぎた。

 そしたら続いて、ワンドを杖替わりにする魔法使いが「若いってのは良いのぅ」・弓を持つエルフ「あの二人は本当に飽きませんね」・斧を担ぐドワーフ「一向に進展せんから、飽きてくるわい。ふわー」、仲間であろう三人がやっぱり通り過ぎた。

 

 ファンタジー異世界で使命ねぇ。

 やっぱり、苦楽を共にした仲間と共に、見つけた伝説の剣で魔王を倒すのかなー。

 やだなー。

 前世じゃ、流石に戦闘訓練はしてないんだよなー。

 イチから始める事になるな-。

 まぁ、前世で縁の無かったヒロインと出会えるならー。

 

”カラン”

 

 音を立てたのは、ポケットから落ちたあの呪いの指輪だった。

 捨てるのも危険だというので持ち歩く事にしたのである。

 

「それはそれで携帯方法を考えないと、っと。待てって」

 

 コロコロと転がり、コツンと誰かの足先に当たった。

 

「申し訳ない。それは俺の、」

「……あー」

「あー?」

 

 ”あー”が、その誰かの声だと理解するのにすこし時間が掛かった。

 

「あー……あぁぁ……あー」

 

 黒髪ロングは柔らかなクセっ毛で、目尻は温和に下がっていた。

 ゆったりとしたワンピースは、それに隠れているだろう中身を、ソーゾーしてしまう曲線を描いていた。

 ぽっちゃりよりは、ふんわりしたが適当だろうか。

 随分とエチエチな娘だが、どうやら悩み多き年頃のご様子。

 

「あー、あー、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 事実、その溜息はモコモコである。

 実際、その娘は前を見ていないし、指輪にも気づいていない。

 ただ、ふらふらと歩くのみ ――その娘はコテンと倒れた。

 何も無いところで躓いた。

 おいおい。

 

「君。大丈夫か?」

 

 そしたら彼女は、俺を見て、周囲を見て、最後に自分の姿に気がついた。

 

「……っ!」

 

 そして、すっくと立ち上がり。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 何度も謝り倒しながら、後ずさりで、どこかに行ってしまった。

 なんというか、妙に親近感を感じさせる娘である。

 

 

◆◆

 

 

 あらゆる結果は、準備の帰結にすぎない。

 グダグダ言っていても仕方が無いなら、行動が肝要である。

 と言う訳で冒険に出発だ。

 町を出て直ぐのモンスターならどうにでも成るだろう。

 

「これください」

「まいどー」

 

 なけなしの十ゴールドで、棍棒・丈夫な旅人の服・薬草を購入。

 

「町の外へはどう行ったら良いのでしょう?」

「ここをまっすぐ行くと東ゲートがあるよ」

 

 我ながら完璧な計画〈ゲームスタート〉だ。

 そうしたら、デカイ壁とデカイ門に阻まれた。

 高さは棒高跳び選手なら辛うじて越えられそうだが、その大きさは先が見えない程に長い。

 この町をグルッと囲っているらしい。

 門番を勤める屈強なおっさんいわく。

 

「町の外に出るには資格が要るよ。資格を取るには冒険者ギルドで試験を受けねばならないよ。試験を受けるには養成所に入学する必要があるよ。入学するには金が必要だよ」

 

 つまりは、自動車免許と同じだ。

 だが使ってしまったので所持金はゼロ。

 ファンタジー世界なのに、なんという世知辛さ。

 見上げれば、頭上に一番星だ。

 つまりは、今晩寝るところすら無い。

 

「どうするんだよ! 進退窮まったよ!」

 

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

 

「ホーホー」

 

 夜も更ければフクロウも鳴く。

 大通りから住宅街を抜け、静かな山の中に至れば、目の前に大きな館が建っていた。

 手にあるのは、求人票である。

 一晩の宿を求めて、教会に行ったら、こうなったのだ。

 

《働かざる者食うべからず、です》

 

 とはシスターの弁。

 ぐうの音も出やがらない。

 それは良いのだが、良くないのはこの求人票だ。

 

『急募! 調理補助・年齢不問。 アットホームな職場で働いてみませんか?』

 

 臭う。

 臭うなんてもんじゃない。

 ヤバ臭がプンプンだぜ。

 だが「グゥ」と腹が鳴れば、そうもいかない。

 賄い付き・住宅補助は、おいしすぎるのだ。

 

「ごめんくださーい」

 

 勝手口すら立派なお屋敷だ。

 さぞイケメンな執事が出てくるかと思えば、コック姿のオークが現れた。

 何を言っているか分らないと思うが、そのまんまである。

 

 厨房衣は、はち切れんばかりの筋肉でパンパンに膨らんでいた。

 下あごから飛び出る牙は、丸太すら砕きそう。

 両手には、猛獣すら真っ二つにできそうなデカイ包丁があった。

 どこからどう見ても『オレサマ オマエ マルカジリ』だ。

 

「オマエか? 新入りってのは」

 

 臭いなんてモンじゃねぇ。

 

 

「えーと、トマトが十キロ、豚肉が五キロ……」

 

 あれから一週間が過ぎた。

 俺は、今日も調理補助と言う仕事に勤しんでいる。

 

「ダンナ。ここにサインをしてくれよ」

「牛乳が一瓶足りない。サインは揃ってからね」

「ったく。今度のダンナは固くていけねぇや」

 

 こんな風に、業者が運んでくる肉や野菜の確認をしたり、厨房の掃除だったりと、地味だ。

 地味なのだが、整備を受けない機械は壊れる。

 機械は人間が作った物。

 厨房も人間が作った物。

 掃除とは厨房の整備。

 こう考えれば、身が入る。

 なにより、料理長だ。

 

「食材の確認が終わりました」

「ご苦労」

 

 丸太すらへし折る筋骨隆々な腕だというのに、魚を綺麗に捌き、出汁を素早く取り、四季を感じさせる綺麗な盛りつけをする。

 こうして、見ているだけでも得られるモノが多いのだ。

 見かけで判断してはいけないと、反省しまくりである。

 にしても、なぜオークがこんなに器用なんだろうか。

 

「料理長のお母さんは女騎士だったとか?」

「正解だ。よくわかったな」

 

 マジで?

 馴れ初めが気になります。

 

「ところで新入りよ。皿洗いはどうした」

「終わってます」

「もうか? オマエは手際が良いな」

「んへ?」

「早いって誉めたんだよ」

「あ、どうも」

 

 トロいだの、ボサっとするなだの、前の世界で言われ続けてきた俺が早いだって。

 訓練の甲斐があったってモンだ。

 

「ほらよ。今月分の給金だ。色を付けておいた。早く国に帰れると良いな」

「料理長ーーーーっ!」

 

 止めてくれよ、惚れてまうやろー。

 

 

「帰ってメシだ♪ タコ・キュウリの酢和えと、脂がのったブリ焼きだ♪ どこからどう見ても酢ダコとブリだ♪ モノの名前は、前世と大体同じ、なぜだろうか? 美味しいから問題なしー♪ ……おー」

 

 それはそれは、綺麗な光景だった。

 ゆったりと流れる大きな川・それをまたぐ大きな石橋、そして古風な町並み。

 それらが夕日を浴びれば、SNSで見る様なワンショットである。

 

「いいねボタンが無いのが悔やまれる……あれ?」

 

 件の指輪をレンズ替わりに覗いていたら、一人の女の子に気がついた。

 俺は、その娘に見覚えがあった。

 転んで、謝り倒して、走り去った女の子なんて、そうそう忘れまい。

 

 その石橋の上は、酒場に繰り出す人・仕事を終えた人で賑わっていると言うのに、その娘のみが陰鬱な空気を漂わせていた。

 なんというか、みすぼらしい姿になってしまっていた。

 髪はぼさぼさ、服はどろどろ、一番ヤバイのは目の虚ろさ加減だ。

 レイプ目ではなく、一切の希望を棄てよの類いってやつ。

 何があったのだろう、いや、どうするべきか。

 赤の他人に過ぎないし、余りの悲壮さに声を掛ける事すら躊躇われるのだが……なんか、引っかかるのである、この娘。

 

 

 そうこうしていると、その娘は欄干〈らんかん〉の上へと登り始めた。

 欄干とは手すりの事である。

 序でに言うと、脱いだであろう靴が綺麗に揃えられていた。

 なんというか、身投げって感じだ……身投げ?

 

「まてまてまてーい!」

「誰ですか! 貴方は!」

「この間、君の転倒を目撃した通行人だ!」

「それって赤の他人じゃ無いですか! 放してください!」

 

 その娘の腰回りをガッチリとホールドしたのは、言うまでも無く緊急時だからだ。

 老若男女問わず、人というのは結構重いのである。

 

「そうだけど! 他人でも制止する状態じゃね?!」

「……え?」

「身投げかと思ったんだけど、違った?」

「いえ、間違ってません。合ってます」

 

「そうか。それなら結構」

「やっだー。もー」

「あはは」

「あはは……は、は、放してください!」

 

 その娘は、欄干の外側にポツンポツンと備えられた小さな橋塔に、しがみついていた。

 なので、引っ張ってもなかなか引き戻せない。

 

「だから落ち着け!」

「貴方になにが分るんですか! 私はもうダメなんです!」

「何も分らんけどさ! 早まるなって!」

「早まってませんから!」

 

 その娘が、片脚片手をブラブラしているのは、既に落ちかかっているからである。

 体重は俺の半分程だろうとも、踏ん張りが効かないならば、結構辛い。

 

「嘘つけ! どうみても、未練アリアリじゃねーかよ!」

「未練なんてありません! 私はこのまま飛び込むんです!」

「未練無い奴は、そのまま、フーっと死ぬんだよ! 迷ったりしないんだよ! あ、もう起きないと、そんな感じで道路とかに飛び出すんだよ!」

「……え?」

 

 まったく、これだから若い奴は……その娘の腰回りに腕を回している俺は、ある種の臭いを感じ取った。

 この娘の尊厳に関わるので、言葉を選ばねばならないだろう。

 

「……お風呂入ってない?」

「死にます! 死んでやりますから!」

 

 グラリと世界が傾いたのは、欄干に載せた俺の腹を支点に、俺の足が浮いてしまったからだ。

 YABAI。

 

「落ち着け! 今の無し!」

「女の子に臭いとかあんまりです! 生ゴミの様な臭いなんて!」

「だから今の無し! つーかそこまで言ってねぇよ!」

「だからこのまま死なせてください!」

 

 グラリグラリと世界が傾き続けるのは、俺がズルズルと引っ張られているからだ。

 もちろんカウントダウン中。

 

「だから落ち着、け……?」

「え、」

「わ、」

「「いっやーーーーっ!」」

 

 ザッポーンと言う音がしたのは、俺ら二人が橋から落ちたからである。


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