発達障害彼女~スーパーヒロイン育成計画~   作:D1198

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訓練概要〈シラバス〉

「モガモガモガ」

 

 これは水の中をもがく音である。

 

「プハッ!」

 

 これは水面上に顔を出した音だ。

 

「モガモガモガ」

 

 泳げる俺が何故再びモガモガしているのかと言うと、足を引っ張られているからである。

 俺の足つまり川底の方を見てみれば、長い髪をユラユラさせながら、危機迫る顔で俺を引っ張るあの娘が居た。

 

「っ! っ!」

 

 溺れる者は藁をもつかむと言うが、死ぬ気なんざねーじゃねーかよ。

 そうと分れば、いっせーのーせ。

 

「「モガモガモガ」」

 

 

 ポタリポタリと雫が地面に落ちる。

 見ろよ、雫は俺の体力の様じゃないか。

 

「つ、疲れた……」

 

 俺らは船頭さんに助けられたのである。

 

「にーちゃん。心中とは感心せんでー」

「違うんです……助けようとしたんです……」

「若いと色々あろうがなーその娘とちゃんと話し合うんやでーほななー」

「ありがとーございましゅー」

 

 船頭さんの船こぎをなんとか見送ると、そのまま大地に背を預けて仰向けだ。

 大樹からの木漏れ日が躍動的にキラキラと光るのは、額から伝う川の水が、目に入ったからである。

 

「暖かい地域の、暖かい季節の、暖かい時間で、助かった……そうは思わないか、そこの女の子」

「しくしく」

 

 同じく助かったあの娘も、少し離れたところで、さめざめと泣き崩れていた。

 

「で、なんで身投げ?」

「しくしく」

「……学業?」

「今、そんな事でって思いましたね!?」

「言ってねーよ!」

「あー! やっぱり思ったんだ!」

 

 肩を怒らせながら俺に詰め寄ろうとしたその娘は、ビタンと何も無いのに転んだ。

 

「しくしく」

「運動神経も、ダメか」

「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく」

 

 

◆◆

 

 

 茶屋から出た俺は、川辺の賑わいから離れた小さなベンチに、腰掛けた。

 

「はいどーぞ」

「ありがとう御座います」

 

 何日もマトモな物を口にしていなかったらしいその娘は、トレーに載った軽食を、瞬く間に平らげた。

 腹が膨れたせいだろう、その表情は随分落ち着いていていた。

 

「見ず知らずの方に、ここまで親切にして頂いて。なんてお礼を言って良いのか」

「乗りかかった船だから」

 

 乗りかかった船か、自分で言ってそう気がついた。

 

「悩みを聞いて進ぜよう。吐き出すだけでも楽になる」

「え、でも、見ず知らずの方に」

「赤の他人だから、だと思わないか? 何のしがらみも無いぞ。俺は」

 

 小さな口が語り始めたその娘の悩みは、聞き覚えのある事だった。

 

「……何やっても駄目なんです」

「ふむ」

「気が散りやすくて集中出来なくて」

「ふむ?」

「人の話が聞けなくて。後先考えずに思いつきで行動して」

「……」

 

 そしてそれは、身に覚えのある事でもあった。

 

「不器用で球技とかさっぱりで、せっかく入った学校も追い出されちゃいました」

「先生に?」

「いえ、学友からです。お前みたいな奴は学校の恥だから出て行けって」

「なるほど」

 

 友達では無く学友と言う辺り、随分深刻そうだ。

 

「何が分るって言うんですか。普通な人に、私の気持ちはわかりません……」

「ネガティブを直そうとポジティブに振る舞うけれど、何も出来ないままだから結局は失敗ばかり。人の失望を買い、そしてどうせ私なんてと自暴自棄」

 

「貴方を殺して私も死にます!」

「どこからだしたの そのほうちょう!?」

「包丁は女の子の嗜みです」

 

 どこの世界の嗜みだ。

 おっといけない、ココは異世界だ。

 

「それ、なんとかなるかも」

「それって何がですか?」

「何も出来ない自分って奴」

「……」

 

 なんとまぁ空虚な笑みだろうか。

 昔の自分が写る鏡を見ている様で、結構辛いモノがある。

 人生これからって若さなら尚更だ。

 

「できっこありません。実際にできませんでしたから。自分を変えようって、変えたいって。何度も、何度も、何度も。でも何をやってもダメでした」

「やり方が間違っていただけ」

「そんな事ありません! 精一杯努力してきました!」

「本当に?」

「本当です! 辛かった! どれだけ辛い思いをしても、なに変わらなかった!」

 

 ベンチから立ち上がり、俺を見下ろすその娘の頬を、涙が伝っていた。

 その気持ちはよく分る。

 だけれども、だけれどもだ。

 ”自分に対して怒れる”なら、その状況はこの娘が思っているよりずっと良い。

 

「努力とは」

 

 だから俺はこう切り出したのである。

 

「辛い目にあう事では無い。その対価……違うな。”何か”を出来るようになる事で、辛い・苦しいは極力排除するべき代金に過ぎない。安く買い叩くべきモノ、が例えとして適当かな? 君は、根本的に間違えている」

「……どうして言い切れるんですか」

「今は秘密。説明したところで君は理解出来ないから。でも、本当にどうにかしたいと思うなら、付いてこい。俺はその方法を知ってる」

「……本当ですか?」

「あぁ」

 

 そうか。

 そう言う事か。

 俺がここに来た理由は、この娘だったのだ。

 この娘は昔の俺だ。

 

 

◆◆◆

 

 

 この世界には、女神になる為の養成校というのが存在する。

 その女神ってのは、神に祈ったりお告げをしたりする巫女の様な存在らしい。

 この世界の娘なら、誰もが一度は夢見る職業なのだそうだ。

 そしてこの娘も、その例外では無かった。

 

「おまたせ、しました」

 

 俺の家は、機能的にもデザイン的にも質素限りない。

 なのに鮮やかさで満ちていたのは、その娘の黒く長い髪が湿り気を帯びて艶やかに光り、纏う湯気が幻想的で神聖をイメージさせるからである。

 女神はここに居るぞ!

 俺は細心の注意を払って、その娘を椅子に誘った。

 

「はい、どーぞ」

 

 差し出したのは、果汁を水で割った飲み物だ。

 ジュースとも言う。

 

「恐れ入ります」

 

 風呂上がりなのは、臭いを気にしていたので、帰宅早々風呂を勧めた結果である。

 グレーの半袖半ズボン。

 その娘は、暑さ故に薄手のそれを何かと気にしていた。

 

「俺の着替えで申し訳ない。女っ気が無くてね」

「……いえ」

 

 年齢は、十代だろうか。

 湯上がり肌を考慮しても随分若い。

 幼いと言っても良い。

 色々怖いので、実年齢は聞かない事にした。

 にしても、ずいぶん可愛い娘だ。

 同じ黒髪ロングでも、しぶりんみたいなクール系じゃなくて良かったぜ。

 

「……おいしい」

 

 飲み物を気に入った様で、張り詰め感がみるみる緩んでいく。

 釣られてこちらも、一安心だ。

 

「御当主様が食べる食事の余り物を頂けるんだ。高級ブドウだぞ、それ」

「……働いてるんですか?」

「なんだ、その意外そうな顔は」

「平日の昼間でしたからてっきり」

「そりゃひどい」

 

 見つめ合い、指折り数えて1・2・3。

 俺らは「「あはは」」吹き出した。

 この娘の名前を、”ポーラ=ノーザンスター”と言う。

 北極星、旅人を導く星……おぉぉ、壮大というか、格好いい。

 俺の名前は無難すぎるから、少し羨ましい。

 

 

◆◆

 

 コトリ、俺はコップを固めに置いた。

 先生が教卓に諸々を置く感じだ。

 

「早速だけれど本題だ。俺がポーラに伝えられるモノは、克服方法だ」

「克服……”方法”?」

「そう。生憎だけれど、女神養成校での勉強なんて俺は知らないし、知る余裕も無い。だから、それを如何に上手く身につけるか、その方法を伝える」

 

 出会って数時間の男の家で風呂に入るってのは、相当追い詰められている証しだ。

 俺も気合いを入れよう。

 

「そんな事が出来るんですか?」

「その前に、才能って何だと思う?」

「凄い人の事です。私なんかが持って無くて……私なんかが手に入れられなくて……」

「はいはい。ストップ」

 

 落ち込む時間など与えはしないぜ。

 

「もっと具体的に」

「……」

 

 黙りこくってしまった。

 いきなりは無理か。

 

「では、どういう時に才能が有ると言う?」

「……普通の人が出来ない事を、簡単にできる人を言います」

「そだな。簡単に言うと、成長が早い人の事だ」

 

 例えば高校野球、一年生で四番バッターなら才能あり。

 また或いは飛び級、小学生が大学に入れば才能あり。

 

「こういった人々が時間経過と共に能力をあげて、大人になって偉業を成し遂げたりして、素晴らしい才能だと人々は言う」

 

 ステータスっぽく言えば成長速度だ。

 

「はい……」

 

 ずーんと落ち込んでいた。

 

「はいはい。自己嫌悪はストップ。では、もう一度聞くぞ? 才能とは何だろうか」

「できる事です」

「正解。出来ない事が出来るようになる能力、これが才能の本質だ」

「私なんて、何やってもダみぇ、」

 

 俺はポーラの頬をつまんで引っ張った。

 

「いちいち落ち込むな。引き上げるのが面倒だろ。えいえいえい」

「いひゃいでしゅぅ!」

「どの口が言うか、この口が言うか。えいえいえい」

「にょびましゅ! やめにぇー」

 

「もういわないか。えいえいえい」

「いいましぇん!」

 

 

 

 ポーラは涙目で頬をさすっていたが、俺は何食わぬ顔で果汁水割りを飲んだ。

 

「ここから本題。では、出来ない事が出来るようになる能力とは、なんだ? 何が原因で、その能力が発生すると思う?」

「えーと」

「それは、ここだ」

 

 俺は、自分の頭を指さした。

 頭蓋骨にあるタンパク質の塊、一千億個の神経細胞からなるネットワーク、人を人たらしめている存在。

 脳が、その能力を生み出している。

 相対性理論を発見した天才科学者だろうと、高校生天才棋士だろうと、変わらない基本原則だ。

 

「頭ですか?」

「そう。正確には頭の中に在る神経細胞だ」

 

 発達障害とは、何らかの原因でそのネットワークに偏りが生じてしまっている結果だ。

 ここでは、その原因は問わない。

 重要なのは、神経細胞は三ヶ月で新しいネットワークを構築するという、科学・医学的事実だ。

 つまり、ポーラを長年苦しめてきた偏った特性を訓練によって治す事が出来る。

 

「良く聞くんだ。天才と鈍才は同じ土俵に立っている。”天賦の才”とか神が与えた才能なんて言葉が在るが、ただの化学反応に過ぎない」

 

 そうだ、彼女は発達障害なのだ。

 彼女に既視感を持つのも当然だ。

 俺が積み立てたモノを使って、彼女を救うのだ。

 

「どーだ。驚いただろ。やる気出ただろ。才能とは、けして太刀打ちできない相手ではないんだぞ」

「あのぅ……」

「なんだよ。もっと驚けよ。俺がコレに気づいた時は変な声だしたぞ」

「んひゃん♪」

 

「そう言うのは、男の前でやらない方が良いと思うぜ」

「シンケイ サイボウって何ですか?」

「……へ」

「才能とは神様がお与えくださったモノです」

 

 しまったーーーー!

 ここは異世界ファンタジーワールドだったぁぁぁぁぁ!

 

「……」

 

 やべぇ、不信めいた眼差しだ。

 宗教絡みは面倒なのだ。

 なにせ神様が保証してくれるので、考える事を放棄できてしまうのだ。

 これって超面倒、どうしよう。

 

「シンケイサイボウとは精霊の事だ」

 

 おぉ、俺ナイス。

 

「精霊?」

「そうだ。怒りの精霊・哀しみの精霊、人間の中にはこれらの精霊がいるだろ? この事だ」

「そうだったんですか! 凄いです!」

「これは秘密だから誰にも言わないように」

「はいっ!」

 

 人は俺を誹るやも知れぬ。

 ならば俺はこう言い返そう。

 

『嘘も方便』

 

 仏教用語だぞ。

 ざまーみろ。

 

 

◆◆

 

 

「カァカァ」

 

 気がつけばカラスが鳴く時間となっていた。

 なので俺は、ポーラを玄関に案内した。

 

「では明日からと言う事で、今日はもうお終いだ。俺も仕事があるから、明日の昼に来ること」

 

 これ以上、この娘を独身男の家に置いておくのは、よろしくない。

 

「あのぅ」

「質問か?」

「お名前をまだ伺っていません」

「言ってなかったっけか」

 

 ポッと頭に浮かんだのは、某有名SF映画のワンシーンである。

 

「俺はマスターと呼べ。返事をする時は”Yes,マイマスター”だ」

「マスターさんですか。ふつつか者ですが末永くよろしくお願いします」

 

「だから"Yes, マイマ……"へ?」

「お願いします」

 

「あ、ああ。こちらこそお願いします」

 

 何か違和感を感じたが、気にしない事にした。

 ポーラの様なタイプは理論の飛躍をしてしまう物なのだ。

 それに、今後の訓練で治るのだから、何も問題は無い。

 

「それじゃ、お休みなさい」

「はい。お休み」

 

 俺はパタンと玄関の扉を閉めて、ポーラを見送った。

 そして、ゴソゴソとベッドに潜り込む。

 

「なんか……疲れた~~~」

 

 とにかく寝よう。

 細かい事は明日だ、明日。

 神経細胞の回復は睡眠が基本なのだ。

 

「何か忘れてる気が……」

 

 そう考えていたら、いつの間にか夜が明けていた。

 チュンチュンと、新しい一日の到来を祝う雀たち。

 俺はせかされる様にベッドから這い出した。

 バイトは朝早いのだ。

 

「……へ?」

 

 毎朝配達される瓶牛乳を取ろうと扉を開けたら、朝露に濡れたポーラが立っていたのである。

 何というか、”私、一晩中待って今した”感がアリアリである。

 残念な事に、残念なので、キャッキャウフフ感は無い。

 

「寮……追い出されて……行くところが無くて……」

「我慢だけは何度も繰り返してきたから、それだけは上手い、と。俺、うっかりしてたな。すまんかった」

「ぐしゅ」

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