本日のバイトはお休みである。
料理長に訳を話したら《そう言う事なら仕方が無い。しっかりと面倒を見てやれ》と快諾して貰ったのだ。
上司とはかくあるべし。
〈意:料理長サイコー!〉
朝食の片付けが済んだころ、久々の誰かとの食事を感慨に耽る暇も無く、俺はこう言った。
「それではホームルームを始めます。席に着け―」
「はーい」
目の前には丸椅子に腰掛けるポーラの姿があった。
そして、ボロくとも黒板が有れば立派な教室だ。
「本日より訓練を行うわけだが」
「はい」
「非常に、大雑把に、言って」
「はい」
「小学校からやり直す。場合によっては幼稚園から」
「いくら何でもあんまりです! 小学生以下だなんて!」
「そうは言ってない」
「見てください! これ! これ!」
スーパーマンよろしく、開いたカーディガンから飛び出したのは、薄手のシャツの中でポヨンと跳ねる胸の膨らみである。
「ネタになるほど小さく無く、誇れるほど大きくない」
「なにが不服なんですか! どう見たって小学生よりありますよ!?」
「小学生のおっぱいなんて知らんし」
「ほら! ほらっ!」
薄手のシャツ一枚なので、形だったり色だったり色々困る。
「そろそろ気づくべき」
「何をですか?」
「それ」
「……きゃーーーーっ!」
衝動的な行動や計画性の無さ。
自己を律する力が弱いとも言うこれらは、その手の本を見れば必ず目にする発達障害あるあるだ。
その原因は、脳の一部分である前頭葉の働きが弱い、からなのだそうだ。
前頭葉ってのは、理論思考や計画性を司る脳全体の指揮官の事である。
要するに、指揮官がヘボなので脳の他の機能がきちんと働かない。
例えば。
聴覚系と思考系の連携がバラバラなので、人の話す言葉が単語の羅列のように聞こえ、理解が出来ない。
上肢と下半身の連携がバラバラなので、縄跳びが出来ない。
球技が不得手なのは言わずもがな。
全ては、これが元凶だ。
これを知った昔の俺は《お前か!》と真犯人を見つけた気分だった。
「じゃ、行くぞ」
「どこへですか?」
「ハイキング」
犯人を見つけたのならば、後は逮捕するのみである。
◆
やって来たのは、家の近くの草原だ。
周囲を森で覆われ人目に付かず、そしてまた木々の隙間からは町を見下ろせると言う、隠れ観光スポットだ。
ここを選んだのは、他人の目を過度に気にするポーラへの配慮でもあった。
「とても見晴らしが良いです。こんな場所知りませんでした」
余計なストレスは訓練に害悪なのだが……そよ風に靡く髪を抑えるその姿は、随分自然に見えた。
この様子なら大丈夫だろー。
「さて。これから訓練をする訳だが、その前に一つ伝えて起きたい事がある」
「はい」
「体感的理解って分るか? 体感つまり身体的反応を伴う理解の事だ」
「?」
「例えば友達と話をしていて、”あーあーそういう事ね”って言う状態のこと。もしくは腑に落ちた状態のこと」
「???」
「えーとな、」
説明が酷く難しいのだ。
「実際にやってみるか。突然ですがここでクイズです」
「はい」
「今から”なにか”の説明をします。それを当てて下さい」
「はーい」
「それは丸いです」
「はい」
「それは赤いです」
「太陽?」
「ブブー。それは片手で持てます」
「私もですか?」
「持てます」
「……」
「さぁ、さぁ」
「もう一声お願いします!」
「それは食べ物です」
「甘いですか?」
「はい」
「……果物ですね!?」
「はい」
「シャコって感じ!」
「Yes!」
「――です!」
「正解!」
「やったぁ!」
「今のポーラの状態のことだ。小さく飛び跳ねただろ」
「えっと」
「何かを経験した時に、体が反応したり・しなかったりする。反応しない場合は理解していないと見てまず間違いない。つまり分ったつもりになっている状態だ。これからポーラにいろんな事を言うし、いろんな事をやって貰う訳だが、常々これを意識すること」
「……狐につままれた気がします」
理解出来なくて当然だろう。
仏陀の教えを知っている方が摩訶不思議だ。
そもそも、出来たら俺はもうお役御免である。
「っと、良い時間だから先に昼飯にしよう」
「はーい」
俺は、丸くて・赤くて・片手で持てて・甘くて・果物で・シャコって感じのリンゴを食べた。
◆◆
だだっ広い草原を見渡せば、風で波打つ草々に混じるポーラの姿を、見る事が出来た。
あっちでもない、こっちでもない、草の根をかき分けること数回。
彼女が空高く掲げたのは、ただの石ころである。
「ありましたー」と言ったので「こっちもあったー」と答えた。
揃ったのは、手の平サイズの石ころと木の枝である。
俺は、不思議そうにそれらを持つポーラに、こう言った。
「石を右手で握る」
「はい。にぎにぎ」
「今度は左手」
「はい。にぎにぎ」
「宙に放り投げて受け取る」
「はいっ! ぽーん♪ いたっ!」
お約束やりやりやがって。
「石が終わったら今度は枝な」
「はい」
脳を鍛えるとは、神経細胞に刺激を与える事に他ならない。
刺激とは、知らない事を知ること・難しい事を考えること・出来ない事に挑戦すること、これらの事だ。
だが、英単語を覚える・縄跳びをするなどでは、複雑すぎて初期訓練としては不適当だ。
そこで石と枝だ。
猿が人間に進化したのは道具つまり手を使い始めたからなのだそうだ。
つまり、脳は手の影響を強く受ける性質を持つ。
これを利用し、石を握った時の感触・枝を宙に放り投げた時の感触、これらの身体的・感覚的ギャップを刺激とするのである。
一つ注意する必要がある。
この初期訓練は、狙いはともかくその行為は幼児~小学生低学年の教育そのモノだ。
誰かに見られれば幼稚だと笑われかねないので、こっそりやるのが適当である。
ただ俺が思うに。
これが、大人にも有用な基本の復習だと考える者は、余りにも少ない。
「どっちが重い?」
「石ころです」
「どっちがザラザラしてる?」
「木の枝です」
「どっちが投げやすい?」
「石ころです。石だけじゃ駄目ですか?」
「ダメです。木の枝が無いと、石ころの扱いやすさが分らないだろ」
「はぁ」
「それを実感できるまで続ける」
「実感ですか?」
「具体的に言うと、想像でその感覚が再現出来るまで」
「???」
「想像で自転車を漕ぐ感じを再現できるだろ。それだ」
「はぁ」
「右手で握るを十回・左手で握るを十回・宙に放り投げるを十回・それぞれ石ころと木の枝。これを一セットとして三セット」
「――終わりました」
「どんな感じだ?」
「意外と楽しいです。何というか、子供の頃を思い出しました」
「よし、今日の訓練修了。明日からは一人でやるんだぞ」
「はい」
因みに。
散歩が脳の回復に効果覿面〈こうかてきめん〉だから屋外の石と枝なのであって、ギャップを感じられれば訓練に使うモノは何でも良い。
フローリングvsカーペット・ガラスコップvs紙コップ、やりやすい身の回りのモノから始めるのが吉だ。
~~一週間後~~
「あのマスターさん。訓練なんですが」
「難しいか?」
「いえ。順調です」
「おぉ、えらいえらい」
「えへへ」
「それじゃ俺はこれから出かけるから」
「私ってそんなにバカですか!?」
「なんだ突然。つーか、自分は"出来てる"って思った方が良いぞ」
自分はバカだと思うと、本当にそうなってしまったりする。
「だって毎日こんな簡単な事ばかりで」
「簡単?」
「はい」
「楽勝?」
「楽勝です」
「マンネリ感は?」
「アリアリ!」
「そーか、それは済まなかった。なら」
翌朝。
ポーラを連れ出した場所はいつもの草原だが、時間はいつもでは無い早朝だ。
「おはよう」
「おはよーございましゅー」
太陽がまだ寝ぼけているのと同じように、この娘もまた寝ぼけていた。
「今何時ですか……」
「六時・AM・なう。今日からは訓練を早朝に行う」
「むにゅ……」
~~二日後~~
起きてこないと、ハシゴを登って屋根裏部屋を覗けば、案の上だ。
「すーぴー」
「健やかな寝顔だろ。この娘、三日持たなかったんだぜ?」
俺はたたき起こすべきだろうか?
否。
自力で起きないと意味が無いのだ。
計画・実行・評価・修正、このサイクルは自発でのみ効力を発する。
自分の意思でやろうとした上での失敗にこそ意味があるのだ。
”上手に間違えさせる”が先人の知恵となろう。
「そう。やらせ・無理強いでは意味が無いのだ。けっしてバイトがあるからでは無いのだ。御当主様の朝食の準備があるからでもないし、朝は忙しいからでもない。コレホントウデス」
おっと、遅刻してしまうぞ、それ出発。
◆◆
俺の家は、町を一望出来る高台で寄り集まる家々の一つだ。
一本の通りを中心に立ち並ぶ家や家、簡単に言えば集落〈コミュニティー〉である。
モデルルーム会場がイメージとして近いが、家の見た目も構造も最低限で、事実、コミュニティに住む人たちの社会的地位・収入は、お世辞にも高くない。
かと言って治安が悪くないのには理由がある。
「おや? もう仕事は終わりかい?」
庭掃除に精を出すのは、お隣のおキヌさんだ。
本名をキーリー=ヌラントと言い、御年〈おんとし〉一四五歳。
貫禄のある言動に対して見た目が随分若いのは、エルフだからである。
「今日は午後休にしてもらったんですよ。訓練がありますから」
「最近アンタん家に住む様になった、あの娘の事だね。ブドウを分けてあげるから、紹介がてら取りにおいで」
「それが、そう言うのが苦手で」
「人間関係で何かがあったのかい?」
「はい」
「そうかい。なら無理はさせられないねぇ。困った事があったら遠慮無くお言い」
「ヘイ」
その理由とは、どの家の人も顔見知りで、拒否権の無い相互協力が、求められるからである。
その集落の名を、人呼んで長屋〈ロングハウス〉。
時々メンドウな一悶着が起きるが、スローな生活故に、笑って済ませられる余裕が有るのであった。
前世の人間は、利便性と引き替えに、随分無くした様である。
◆
「ただいまー」
見慣れた我が家は、ドヨドヨした負のオーラで、満ちていた。
「しくしくしく」
どこからともなく聞こえてくるすすり泣きは、一階のキッチン兼リビングからは、死角で見えない屋根裏部屋〈ロフト〉からだった。
「上がるぞー」
ハシゴを登れば、亀の様なブランケットの包まりが目に付いた。
「おぉ、勇者よ。三日持たず引きこもってしまうとは情けない」
「私はドジでノロマなダメダメ亀です……こんな事すら出来ないなんて……」
「亀は完走したけどな」
「しくしく」
「取りあえず昼飯にするから、降りてくるべし。顔も洗ってな」
「食欲がありません」
「御当主様からステーキを頂いたぞ」
「だから要りません!」
グゥ鳴ったのは、とても大きな腹の音だ。
体は正直なようである。
「しくしく」
サラダは、てんこ盛りコーンとレタスとトマト。
サイドメニューは、透き通ったオニオンスープだ。
そしてメインディッシュの分厚いステーキ。
こんがり焼けたそれにナイフを入れれば、肉汁と共に鮮やかな赤身が露わになった。
デリシャスである。
よく世話になるおキヌさんにもこっそりお裾分けだ。
「しくしく、もぐもぐ、しくしく、もぐもぐ」
ポーラもきちんと平らげた。
二人揃って茶を啜る。
「「ぷーはー」」
食事は良い。
落ち着くし、満たされる。
口と頭が強く結びついているなら尚更だ。
食事はただの栄養だとか言っていた昔の自分を、罵ってやりたい。
「おいしかったですー」
「まったくだなー」
「御当主様に感謝ですねー」
「そだなー」
◆
「んでだ、ポーラ」
「はい?」
「何が辛い?」
「早朝訓練が辛いです……」
「なら、早朝訓練の何が辛い?」
「……え? 早朝訓練は、早朝訓練です」
「ちがうな。早朝訓練は複数の要素から成り立っている」
俺は黙ってノートを手渡した。
「行動を書き出してみろ」
「わ、まっしろ。罫線が入ってないノートなんて子供の頃以来です」
「自由帳で頭を自由調にするのだ」
「えーと、」
スルーされてしまった。
「どう書けば良いんですか?」
「思ったようにして良し」
「えーと、えーと……えー?」
「好きにして良い」
試行錯誤が重要なのだ。
「でも」
「ここは学校じゃ無いし、ノートの提出だってない。心に浮かんだ全てを、ノートに書き出す」
「ん、と……『起きて』『外出』」
「次はもっと細かく」
「『ベッドから出て』『顔を洗って』『軽く食べて』『着替えて』『外出』『野原で石と小枝を』……あ、いっけない。時間も要素なんですね」
「んだな。時系列を意識すると見直す時が楽だぞ」
「えーと……マスターさん。何か、モヤモヤします」
「【昼の訓練】ひく【早朝訓練】」
◆
「ひく?」
「そうだ。引き算」
「算数じゃありませんよ?」
「二つの差を導き出す、これは引き算だ」
「わ、びっくり。文章で算数なんて驚きました」
「そう思うなら、もっと驚けよ。それに気づいた時の俺は、変な声を出したぞ」
「んひゃん♪」
「ポーラの行く末が違う意味で心配」
「朝は出来ないのに昼は出来る。朝も昼も行動は同じ。違うのは時間だけ。早朝と昼……私は、訓練が出来ないんじゃ無くて、早起きが出来ない?」
「おぉ、偉いぞ」
「えへへ」
「どんな複雑なモノでも、実は単純なモノの組み合わせだ。今回の場合は、訓練内容は同じで時間のみ違う。それが解ったなら、あとは簡単だろ?」
「ん……時間を分解?」
「Yes」
「と言う事は、正午・午前・朝・早朝、少しづつ早くしていく?」
「偉いぞポーラ! 誉めてつかわす!」
「きゃぁぁぁぁっ♪」
難しさは、単純な問題に分解出来る。
単純な問題とは、とっかかりが明確だと言う事だ。
この攻略手法は、数学問題だろうが人生問題だろうが、変わらないのである。
~~一週間後~~
どうした事か、トントントンという包丁が奏でる音で目が覚めた。
むくりと起きて、パーティッションを越えると、エプロン姿のポーラを見る事が出来た。
テーブルに並んでいるのは、パンとか目玉焼きとかだった。
「おはよう御座います、マスターさん」
「おはよ。これは?」
「何かお返しが出来ないかと思って。ささ。覚めないうちに召し上がってください」
魔法にでも掛かったかの様に、俺は腰掛けそれに手を伸ばした。
「……うまい」
「よかった。パンはまだ沢山ありますからね」
「パンを焼いた?」
「これだけは得意なんです♪」
【早起き】と【パン焼き】の積算は【朝食】だ ――今これを言うのは無粋だろう。