再会と躍動
「また随分と突然ですね……」
イギリスのロンドンに事件の捜査として出向いていたところ唐突に、緊急でとんぼ返りのように帰国を要請され、たった今東京の羽田空港へと降り立った、高身長に黒い上着を羽織った若い男は自分を出迎えた何人もの警察官とその先頭に立つ二人の自分の同輩、北條透と尾室隆弘に向かってそう言った。
彼の姿を見て、北條は少し意外そうに尋ねる。
「おや、ご一緒ではなかったのですか」
「ご一緒?」
なんのことか、と男は首を傾げた。
と、その背後から不意に3人に向かって聞き覚えのある女性の声が掛けられる。
「氷川君はいつまでもおしめのとれない赤ん坊じゃない……そうでしょ?」
それは勝気な口調、芯にある我の強さを感じさせる声音。
微かに懐かしいような声に思わず男、氷川誠は反射的に振り向いた。その後ろで、応えるように北條がフッと口角を釣り上げる。
氷川はそこに立っていた久々な姿に思わず感慨の声を漏らした。
「小沢さん……?」
「久しぶりね、氷川君」
──────────
冷蔵庫に入れてあった食べ物もいつの間にかほとんどなくなっていて、葦原涼は仕方なく近場のコンビニに食料の買い出しに出ていた。チビが転がり込んでからというもの、食料の減りが早い。特にどうやら育ち盛りだったようで食べる量がとんでもなく、最近では自分でなんとか冷蔵庫をこじ開ける方法を覚え、知らない内に食べ物を引っ張り出しているような様子も見られるのだ。
ため息をついて人通りの少ない街路を歩いていた涼は、向こうから慌てた様子で走ってくる1人の少女の姿に気がついた。少女の方は何かから逃げるように後ろを向いて走っているため、涼の姿には気づいていないようだ。
涼は少し顔をしかめると、立ち止まってその様子を伺う。と、少女は涼の目の前まで走ってきてようやく前を向き、ぶつかりそうになったところで、
「わっ!」
と体制を後ろに崩した。少女がコンクリートの地面に尻餅をつく。その拍子に少女の手から色々なものがこぼれ落ちた。
スナックなどの菓子類やカップ麺、それにペットボトル飲料の飲み物がいくつか。コンビニの商品にあるようなラインナップだが、袋に入れられていない事からも、これらの物をどうやってこの少女が手に入れたのか、大体の予想がつく。
少女は、涼を見上げると睨みつけ、「チッ」と小さく舌打ちした。背中のあたりまで伸ばしたストレートの髪を茶に染め、少し丈の大きい赤いコートに下はレギンスを吐いている、年齢は15~17程度の少女だった。目つきといい格好といい、どうやらあまり大人しくない年頃のようだ。
少女はそれから辺りに散らばった物を拾い集めると、サッと立ち上がって涼の横をすり抜けて行こうとする。が、すかさず涼がその片手を掴んでそれを制した。
「待て」
涼がそう言うと、少女が明らかに不機嫌そうに涼を睨みつける。
「なんだよ」
女子にしてはなんとも荒々しい高圧的な口調で、少女は答えた。涼は少女の抱えてる食べ物に目を落とすと、少しため息をつく。
「またガキか……」
────────ー
「なんですって! じゃあアンノウンが!?」
帰国早々、本庁へと呼び戻されたかと思えば更に緊急会議へと引っ張り出され、幹部会の上役三人から放たれた言葉に、氷川誠は真っ先に反応した。
既に訳知り顔だった北條透と尾室隆弘はその横で神妙に頷き、小沢澄子も納得した様子で首を小さく振った。
「なるほど、このメンバーで呼び出されるくらいだからまあそんな所だろうとは思っていたけど、まさか本当にそうだったなんてね」
それに対して上役三人の内、真ん中に座った最も腰の重そうな老幹部が口を開く。
「我々もつい先日北條主任の報告を受けたばかりでね。複数の警察官の目撃証言や実際に不可能犯罪で殺害された可能性が高い被害者達の件についても上がってきている。信じ難いことではあるがアンノウンの再出現という可能性を考慮しなければならないだろう」
「そんな馬鹿な! 一体なぜ、今頃になって!?」
氷川が勢い余って机を手で叩いた。見かねた左方に座る眼鏡をかけた上役が彼を諌める。
「落ち着きたまえ、氷川主任。確かに疑問点は多々あるが、実際に目撃されているのは事実だ。我々としては現状、一連の事件についての情報を集め、アンノウンの復活が確かな事ならばそれに対策していく以外、どうすることもできないと思っているのだが」
「まだそんな事を言っているのですか!」
その言葉に対して次に口を開いたのは北條だった。北條は訴えかけるような視線で上役三人を見ると、まくし立てるように言う。
「アンノウンが絶滅したと思われながら出現したというケースはこれが初めてではありません。そうなれば我々としては、もしかしたらアンノウンが不滅であるかもしれないという線についても考慮していかなくてはならないはずだ。そして! ……もし仮にそうであったとするならば、G3-Xだの、時のG5だのがいくらアンノウンと戦ったところで、問題を先送りにしているだけに過ぎない。今、再びアンノウンが動き出した以上、我々に求められているのは、このアンノウン事件の根幹にある謎を解明することなのです。……我々自身の手で」
G3-X「だの」という表現が気に食わなかったのか一瞬北條を睨みつけた小沢だったが、彼の言う事にも何か思う所があったのか飲み下すように再び前を向く。
それから北條の後を取るようにゆっくりと口を開いた。
「概ね、私も北條主任の意見に反対はありません。ですが、G3-X……いえ、そう、今はG5でしたか、所謂「未確認生命体対策班」改め「アンノウン対策班」のやっていることが無駄である、という意見には同意しかねます。例え彼の言うようにアンノウン事件の謎を解明する事が出来たとしても、アンノウンに対抗する術を持たなければ全てが無駄になってしまうからです」
──────────
「はぁ? 誰がガキですって?」
涼の言葉に少女は視線を鋭くする。
「なんなのアンタ、なんか文句あんの」
威勢のいい言葉を吐き捨てながら睨みをくれる少女を見て、涼は再度嘆息した。
「お前、親は」
涼がそう聞くと、少女の目線が更に厳しくなる。それからバシッと涼の手を振り払うと。
「なんでそんなこと言わなくちゃいけないのよ、関係ないでしょ」
「ああ、そうだな。こっちもお前みたいなガキに一々構っていたくはない」
涼がそう言ってうんざりした様子で大人しく手を放すと、少女は怪訝そうな表情で涼の姿をまじまじと見やった後、彼の言葉に対しては特に何も言わず背を向けて走って行った。
涼は静かに遠ざかるその背中を見送った。
──────────
一方その頃、美杉家には一人の訪問者がやってきていた。スラリとした長身に大学の学生鞄を肩に提げた青年は、表札を確認した後に少しだけ母屋の窓の方を見上げると、インターホンに指を伸ばした。
ピンポーン
呼び鈴の音が静かに小玉する。
しばらくして、ガチャリと家の扉が開くと、そこから一人の少女が現れた。この家の風谷真魚だ。
真魚は
「はいはーい」
と訪問者に応えるようにして、駆け寄ってくる。そしてその姿を見て目を見開いた。
「久しぶり、真魚ちゃん」
青年がそう言って軽く手をあげると、真魚の表情がゆっくりと笑顔に変わり、そして驚き混じりの笑みになった。
「真島くん! 久しぶり! あ、せっかくだし上がって行きなよ! お茶くらい出すからさ」
そう言って嬉しそうにはしゃぐと真魚は手招きをして真島 浩二を家の中に招き入れた。
「そっか〜、真島くんも医大生だもんね。忙しいんだ」
真島を家の中に引き入れた真魚はお茶を差し出しながら頷く。
「うん、まあね。まだまだペーペーなんだけど、ほんっと、大学が忙しくてさ〜」
真島が疲れた様子で伸びをすると真魚は微笑ましそうに笑った。
「でもなんか、真島くんも変わったよね。垢抜けたっていうか、成長したっていうか」
「そう? まあ、そりゃそうか、なんてったって医大は大変だからさ、嫌でもそうなっちゃうよ」
それにさ、と真島は遠くを眺めるような瞳で続ける。
「今はちゃんとした目標があるからね」
そう言って誇らしげに笑う真島に真魚は神妙そうな表情を浮かべて聞いた。
「木野さんのこと……?」
木野 薫。かつてあの凄惨なあかつき号事件を体験し、そしてこの世で三人目のアギトとして覚醒した男。過去を呪い、己を呪い、光の力の気まぐれによって数奇な人生に弄ばれた人間の一人だ。
一時は津上や葦原とも相争いあうこともあったが、自身の内にある弱さを打ち破ることで彼らと共に戦い、そして壮絶に散って行った男である。
彼は今も、真島にとっての師であり、二人目の父にも似たような存在だった。真島は、しかし笑顔を崩さずに。
「……うん。昔はさ、こう、見返してやるっていう気持ちだけで具体的な目標とかも何もなしにアギトの力が欲しいって思っててさ」
真島はそこで、少しだけ視線を落とすと、グラスに入った麦茶に口をつける。それから。
「でもそれ、結局意味ないじゃない。アギトの力を持ったって、医者になったって、結局それは自分自身なんだからさ。力とか技術とか、それを使うのも自分自身なわけ。だからその自分から逃げ続けてたら、どっちにしたって何も意味ないんだなって。アギトの力を無くしたからって俺に出来ることが何もないわけじゃないんだなって」
それから懐かしそうに、電球の光を照り返すグラスを眺めて続けた。
「それをあの日、アギトの力をなくしても、アンノウンに襲われた津上さんを助けた木野さんのオペを見て教わったんだ。だから、俺も木野さんみたいになりたい。アギトになるんじゃなくて、誰かを助けられる「人間」になりたい。それが、俺の居場所なのかなって」
そして、自分の事をマジマジと見つめている真魚の視線に気づき、慌てて恥ずかし紛れで両手をふるう。
「あ、ごめん、なんか勝手に語っちゃったりして! 今の、忘れていいから」
それから無理やり、麦茶を一気に飲み干そうとする真島に向かって真魚は首を振った。そして、
「ううん、それすごくいいかも」
と満面の笑みを浮かべた。