警視庁本庁の廊下で、かつてのG3ユニットのメンバーである三人が再会の挨拶を交わしていた。
偉そうに髭など生やして以前よりも貫禄をつけていた尾室は二人に会えた感慨のあまり涙を拭う。
「うっうっ小沢さん……氷川さん……僕、僕、また二人に会えてなんていうか、光栄っていうか」
そんな尾室の情けない姿に、小沢は笑みを浮かべながら肩を叩いた。
「わかったわかった。まあでも、なんだかんだまたこの三人でやっていくことになれて良かったじゃない。……ほーら!」
世話のかかる末弟を諭すような口調で尾室に語りかける小沢。それを微笑ましそうに見守る氷川。
そんな三人に、やけにネチネチとしたこしゃくな声がかけられた。
「おや、仲良し三人組はまたこんなところで談笑ですか。愉快そうで何よりですよ」
見れば、本庁きってのエリート刑事、北條透が人を小馬鹿にするかのような笑顔で三人の基に歩みよってくるところだった。
そんな北條に対して小沢もこれでもかと言わんばかりの嫌味な笑みを浮かべる。
「ええ本当に何よりね。あんたがまたアンノウンを保護しようだなんて馬鹿みたいな事を言ってくれなくて」
「もうそんな必要はありませんよ。アギトもアンノウンも、その謎が解かれれば、自ずと我々がどうするべきなのか、その答えが見えてくるのですから。まあ、それまではせいぜい宜しくお願いしますよ? アンノウン対策班がアギト対策班に変わったりしないことを願って、ね」
北條はそう言って小さく笑うと、口をへの字に曲げる小沢の横を通り抜ける。それから数歩歩いたところで立ち止まり、「それと」と付け足しながら3人の方を振り向いた。
「感謝してください。あなた達がこうしていられるのも三年前のあの暴挙を私が上層部に黙っていたお陰なのですから」
そして、今度こそ背を向けるとツカツカと足音を鳴らしながら歩いて行った。
小沢はその背中を睨みつけながら、二人に向かって。
「三年たっても相変わらずね、あのカラス男は」
──────────
どこか見知らぬ場所。
この世の何処とも知れぬ、地上であって地上でなく、本来人間の及びもつかない世界に立ち灰色の服を来た青年は世界を見つめていた。
凍りついたかのように感情のない表情はピクリとも動くことがなく、視線もだだ一点を見つめている。
そして、その青年の背後には身なりの良い一人の男が立っていた。
男は視線だけで辺りを見回し、しばらくしてから口を開いた。
「どういうことだ。なぜ、私がここにいる」
そう言う男は、不思議そうに自分の両手のひらを見つめ、狼狽する。
それから青年の背中を怪訝そうに睨めつけ、続けた。
「私はあの時……」
「死んだはず」
その言葉を遮るように青年がそう、口を開く。そしてゆっくりと男の方を振り向いた。
「その通りです。あなたは二度死んだ者。分かりませんか、私が呼び寄せたのです」
青年のその言葉を聞いて、男の顔が驚きに歪んだ。
……昔、この男の名は津上 翔一と言った。
その名前の真の持ち主であり、そしてかつて創造主によってこの世に生まれた最初のアギト、沢木雪菜を死なせたことで、沢木哲也という名を受け、使徒として再び生を受けた男だった。
しかし彼は神を裏切り、沢木雪菜という女と、そして自分自身を救うことが出来なかった事への贖罪に生き、アギトの味方として三年前、その2度目の命を使い果たした……はずだった。
「あ、アンタは……」
沢木は口元を震わせて、青年の姿を見やる。青年はその凍てついたような顔に笑みを浮かべ、
「私も、やっと目覚める事が出来ました。そして、かつて使徒としての役を与えられたあなたに、三つめの命を授けた」
そう言う青年に対し、沢木は明らかにその表情に動揺した様子を浮かべながら言い返した。
「何のつもりだ。今さらあんたが出て来たところで、彼は……うっ!」
しかしその言葉は途中で途切れ、沢木は苦しそうに胸を抑える。突然、貫くような鋭い痛みに襲われたからだ。
そんな沢木を、青年は冷たい視線で見下ろす。
「口を慎みなさい、人間。あなたはまだ、自分の立場というものを理解していないようだ」
青年はそう言いながら、ゆっくりと沢木に背を向ける。それと同時に、徐々に胸の痛みが穏やかになっていった。
「三度目の命くらい、利口に使うことです」
「……ぐっ。なぜ、なぜだ。なぜ私を……」
「君の、記憶を借りたいのです。私が眠っている間、何があったのかを」
青年は静かに宙を仰ぐように手をかざす。そしてその手に力をこめると、眩い光が放たれた。
──────────
その日はよく晴れ渡った青空だった。
気温も普段と比べて低すぎず、空には雲一つない。風も穏やかで太陽の光が眩しく、快晴と言って差し支えのない天気だった。
そんな空をふと見上げた男が何を思ったのかは分からない。もしかしたら「今日はなんだか良いことがありそうだ」などと思っていたのかもしれない。
だとすればその男は幸せだった。
一瞬の内に、晴れ渡った空から稲妻が走り、まるで吸い寄せられるように男の心臓を貫いた。
ほとんど即死だっただろう男の体が、間髪入れずに燃え上がる。
すぐに辺りは悲鳴の渦に包まれた。
──────────
加奈は突然、自身を襲った謎の感覚に畏怖していた。
唐突に辺りの物音が一切聞こえなくなり、世界がゆっくりと動かなくなったようになる。そしてにわかに、鋭い頭痛に襲われるのだ。
最初は強く締め付けるように痛み、それと一緒に耳障りなノイズがはしる。やがてその痛みはこめかみのあたりにやってきて刺し貫くように疼くのだ。
……以前にも、似たような事があった。
もう三年も前のこと、まだ彼女と翔一が出会って間もないころの話だ。彼女の姿は唐突に、異形のものへと変貌した。
当時の悩みや不安定な感情も相まって、あまりにも突然の事に彼女の心は激しく混乱した。ただ、自分は人間ではいられないのかもしれない。そんな感覚に、世界でたった一人になったような気がした。
それはその時の彼女にとって、世界の終わりに等しかった。夢も、希望も、人間として在った彼女の中の何もかもが壊れてしまったような。
しかし、そんな彼女を救ってくれた人間がいた。世界で独りきりだった彼女の孤独を理解出来る人間がいた。……いや、彼はそれよりもずっと前から、その自分の中の孤独と戦い、人々の居場所を守り続けてきた人間だった。
その人間の名前は……。
「津上さん」
加奈は、レストランの厨房で開店の下準備にかかる翔一の背中に声をかけた。
「はい?」
すぐに、屈託のない笑顔を浮かべ、彼が振り返る。
加奈は下を向いて、少し落ち込んだ表情を浮かべた後、真摯な瞳で翔一の事を見て言った。
「……ありがとうございます」
「えっ?」
──────────
警視庁本庁地下、一般には内密にされている車庫にGトレーラーと呼ばれる大型警察用トレーラーが存在した。
かつてアンノウンと呼ばれる謎の存在が跋扈した際には、G3ユニットの主な移動手段として活躍していたものだ。現在でもそれは変わらず、「来るべき日のため」にそこにあるのだが、この三年、平和が訪れた世界ではこの巨大な鉄塊が市内を奔走することはなくなり、やがていつからか埃を被るようになっていった。
そして今、そんな「来るべき日」の到来を告げるかのように、かつてのG3ユニットの英雄がGトレーラーのもとにやってきたのだ。
「G5……ですか?」
氷川は数年ぶりとなるGトレーラーの姿を見上げながら、小沢の言葉に聞き返す。
「そうよ。Generation5、言わばG3-Xの後継機、次世代機みたいなものね」
「G3-Xの……次世代機?」
「ええ。内容としてはね、システムプログラムに拡張アプリを組み込むことでシステムそのものが拡張、パワーアップされる。更に、プログラム自体が装着者の身体能力や特性、戦闘経験などに応じて自動でその拡張アプリを作り上げて、システムに組み込んでいくの。つまり理論上は誰にでも装着することが出来、戦えば戦うほど強くなる、装着者と一緒に進化するGシステムなのよ」
小沢のその言葉に、氷川が思わず驚愕に目を丸める。
「進化する……? すごい、それじゃまるで……」
「アギトみたい?」
小沢は得意げに、氷川の先手をとって言葉を返す。
「そうね、その通り。進化するのは何もアギトだけじゃないってわけよ。……まあとは言っても」
そう言いながら彼女はGトレーラーハッチのロックを解除する。
二人はプシュー、と漏れ出すような解除音が響くのを確認してから、Gトレーラーの運転席へと乗り込んだ。
「実際にこのシステムを完成させることが出来たのは、アギト……いえ、津上君との接触によるところが大きいんだけどね」
「津上さんの……?」
「ええ、あなた覚えてるかしら? アンノウンと戦っている時の彼は状況に応じて、自分の姿を変えていたの。そして観測によればそれと同時に彼の戦闘能力も変化していた。ま、あれにヒントを貰ってね」
小沢の言葉と同時にGトレーラーの内部への扉がガタンと開き、そして懐かしい光景が広がる。
あの頃と何も変わっている様子がなかった。
管制用の少し時代遅れなパソコン、緊張感を程よく引き締める薄青色のランプに、トレーラーのスロープに据え付けられたガードチェイサー。すべてがあの時のままだった。
氷川はその光景に無意識に笑みを浮かべるが、小沢はそんなものには大して感慨を覚えることもなく、チェアに腰掛けて続ける。
「それから諸外国の技術者達と連携することになったの。どうやらこの国と違って公にはされてなかったけれど、アンノウン事件は世界中で起こっていたみたいね。秘密裏に特殊部隊が動いていたこともあったみたいだけど、どの国もアンノウンにはなす術がなかった」
小沢はそこでチラリと氷川の事を見やり、それから管制用のパソコン画面に向かい合う。カタカタ、と小沢の指がキーボードを打った。
「事態を重く見た各国が提携し、いつか現れるかも知れない未知なる敵に備えて、私の開発したG3システムを前形に造り上げた装甲スーツ。それがG5ってわけ」
小沢の指が止まると、ガタン、と音がなり、デスクの横にある壁がゆっくりと左右に開閉する。
氷川はそこに設置された強化装甲スーツの姿を見て思わず生唾を飲み込んだ。
「これは……G3-X?」
そこにあったのは、かつて氷川が英雄として戦っていた時に身にまとっていた姿、G3-Xによく似ているように見えた。氷川はそれを指さして小沢に尋ねる。
「これが、G5ですか?」
小沢はそれに対して、首を横に振った。
「G5は飽くまでも量産型の名称よ。あなたが装着するのは私が直接設計した特別タイプ。名前は、そうねぇ……」
小沢は顎に手を当てて天井を見つめ、それから閃いたように得意げに氷川を見やる。
「