沢木が目を覚ました時、そこはどこかの寂れた廃病院のようだった。辺りには人の気配はなく、まだ日も暮れていないというのに辺りは静まり返っている。
自分がベッドの上に寝かされていた事を知ると、沢木はゆっくりと半身を起こし、周囲に目をやった。
どうやら随分長いこと使われていないらしく、人の跡がない。ただいくつものベッドと、台に乗せられた良く分からない器具だけが不気味なほど整然と並んでいる。
と、そんな沢木に向かって、静かな声がかけられた。
「目が……覚めましたか」
見れば、そこには灰色の服を着た青年が立っている。相も変わらず感情を殺したような無表情でこちらを見ながら、青年はゆっくりと近づいてきた。
沢木は彼の姿から視線を離さずに問う。
「あなたは……一体なぜ」
途切れるように語尾が掠れた。青年は沢木としばし目を合わせた後、チラリと窓の外に目をやり、それには答えずに言った。
「君の記憶を借りました」
超然として掴みようのない声色。何よりも無感情で何よりも無関心なその声に、沢木は思わず唾を飲み込む。
「君は、自分のした事の愚かさに未だ気づいていません」
それからゆっくりと、その冷たい視線を再び沢木に向けた。その視線はどこか違う世界を見ているかのように遠く、じっと目を合わしているとその向こうの世界に吸い込まれてしまいそうだった。
「アギトの力……あれは存在してはならない力なのです」
ぐっ、と沢木が唇を噛んだ。
やはりそれか。
しかし彼は、決してあの時の選択を後悔するつもりはなかった。青年の視線にも負けまいと、沢木は相手を睨みつける。
と、青年はフイと目を逸らし、
「君はかつて、人間の中に眠るアギトの力を覚醒させた。しかし、そのようにしてアギトの力を得た者は皆、その力のために過ちを犯し、苦しみと悲しみを抱えただけだ。愚かなことです」
静かな声が、静まり返った部屋中に響きわたる。
「所詮人間に、アギトの力を正しく扱うなどということはできません。あなたがそう望んだとしても、これは変わらないでしょう」
「……」
沢木は拳を握りながら尚も青年を見つめる。
「……それは違う。アギトはきっと、この世に希望をもたらす、そんな存在になれるはずだ」
強い思いを込めて、沢木は臆することなくそう言った。青年はその言葉に少しだけ反応すると、視線を下に逸らす。
「希望……ですか」
そう静かに呟いた。
そして、不意にその表情に僅かな笑みを浮かべた。
「それならばその希望……私が摘み取りましょう」
相変わらず無感情、無関心な声音で放たれた言葉。しかしその言葉に、沢木は青年の絶対の自信ともとれる強い意思を感じた。
「どういう意味だ!」
沢木は震える声でそう問う。
青年は静かに答えた。
「君たちが遥か古代と呼ぶ時代にやり残してきた私の役目を終えるのです」
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爽やかな空気と、眼下に広がる若草で覆われたなだらかな斜面の風景が心地よい川の土手沿いに、涼はバイクを止めていた。
隣には、先ほど厄介な騒動から助け出してきた少女を座らせて。
少女の方はと言うと、仮にも手を貸してやったと言うのに一言もなく、大人しくしてはいるものの気だるげに地面に片手をついて腰を下ろしているなど、態度がよろしくない。
涼はそんな姿を見ても大して不快感を抱いた様子もなく、隣に座り込んだ。
「あんなところで、なにやってた?」
何となく、世間話をするような体で話しかける。少女はフンとそっぽを向き、
「別に」
それから付け加えるように。
「ていうか、勝手な真似すんなよ。あんたが来なくたってあれくらい、あたし一人で何とか出来たんだから」
随分とご機嫌斜めな返しに、涼はクスッと苦笑いした。
「そうか、そりゃ悪かったな」
どうやら自分が予想していたのとは違った言葉だったらしく、少女が怪訝そうに涼の方を見た。それから伺うような目線で、
「あんた、初めてじゃないよね? さっきあたしを見つけたの、偶然か?」
「さあな。まあ、嫌な運だけは強いみたいだ」
嫌みのこもったような事を爽快そうに言ってのける涼に、少女はブスっとした顔をする。
涼は川沿いの景色を眺めながら、まるでなんでもない風にポツリと聞いた。
「お前、親いないだろ?」
「えっ」
思わず少女が驚いたように目を丸めた。涼は図星かと少女に横目をやる。
「な、なんだよ。なんで……」
「見れば分かる。独りっきりの奴と会うのはこれが初めてじゃない。何人もそういう奴らを見てきた」
過去を思い起こすように、涼は遠くの青空を眺めた。
父親を失った元恋人、一緒に生きていける人間を探していた女、今から逃げようとしていた少年、夢を断たれた走り屋、そしてあの日出会った子犬。
みんな独りだった。
涼は多くの出会いと別れを繰り返し、そんな孤独な人々の身近にいた。
……いや、涼自身もまた、孤独な存在だったのだ。
だからこそ、はっきりとわかった。孤独な現実を抱えている人間のことが。
そんな涼のことを、少女は呆気に取られたように見つめる。
「お前、逃げようとしてるだろ」
「逃げようと……?」
「ああ。現実に背中を向けて、跳ね返っていればいつか、何かが変わると思ってる」
それからチラリと少女を見やり、飄々と言う。
「俺から言わせればお前みたいなガキの生き方は危なっかしくて見てられないな」
と、涼の思った通りその言葉が気に入らなかったのか、少女は顔をしかめる。
「なんなのよあんた、余計なお世話だっての!」
それからサッと立ち上がり、涼を見下ろしながら強い口調で言った。
「それに、簡単に諦めて跳ね返ったり、逃げたりする事もしない奴なんて嫌い!」
誰かに向かって吐き捨てるようなその言葉。少女はそれだけ言うと涼に背を向けて歩き出した。涼はその背中にしばらく目を細めていたが、立ち上がって何か声をかけようと一歩踏み出した。
と、その時、物陰から何者かが涼と少女の間を割るように現れた。
「!」
一体どこから現れたというのか。涼の目の前にはいつの間にか、明らかに日常の光景では有り得ない異形が映っていた。少女の方も何か異変に気がついたのかこちらを振り向き、そして息を呑む。それから涼と目を合わせると、無言の内の「逃げろ」というメッセージを感じ取り、すかさず走り出した。
涼の目の前には、絢爛な装飾を身につけた黒褐色で長身の人型が立っていた。その装飾からは人間的な知性さえ感じられる一方、その漠然として不気味な立ち居振る舞いからは、この存在との意思疎通がまるで不可能なのだと思い知らされる。
その怪人はイールロード・アンギラ・シケリオス。電気鰻の起源である上級天使で、額には三つのOシグナル、背中には大きな翼を生やし、豪奢な胸飾りも両羽のものであった。
シケリオスは涼を睨みつけると「フンッ」と声を上げた。表情の変化はなかったが、小馬鹿にするような笑いに似たものが感じられる。まるでちっぽけな虫を嘲るかのような声音だった。
涼はシケリオスを目にしてすかさず、胸の前で腕をクロスさせ、変身のための構えをとった。シケリオスは悠然とただただその動作を見つめているだけだ。
こいつ、一体何がしたい?
涼は怪訝に思いつつも、迷いなくその腕を振り払い変身した。
「変身!」
その姿が緑色の鎧のような皮膚に覆われ、涼はエクシードギルスへと変身する。その様子を物陰に隠れて見ていた少女が、驚愕に目を見開き、そしてゆっくりと拳を握りしめた。
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その頃氷川は、Gトレーラー内で小沢、尾室らと共に先ほど行われた会議の内容と、不可視のアンノウンについての討議をしていた。
「突然頭痛に襲われた?」
氷川の戦闘中の報告を聞いて、小沢は顔をしかめる。氷川は一つ頷くと、状況の説明をした。
「はい。僕がアンノウンによると思われる攻撃を受けた際、敵の姿はどこにもありませんでした。すぐに僕も体勢を立て直そうとしたんですが、その時によく分からないのですが……頭痛に襲われたんです」
氷川は自分のこめかみの辺りを抑えながら言う。
「それと関係があるのか分からないんですが、それからぼんやりとアンノウンの姿が見えるような……そんな感じがしたんです」
氷川の報告を聞くと、小沢は小刻みに頷きながら「なるほどねぇ」などと呟いた。
頭痛、か……。
小沢はふと何を思ったか、G3-XXの装甲スーツに目をやった。もしかしたら……そんな予感が彼女の頭をよぎった。
更新が細切れで申し訳ありませんm(_ _)m
アンノウンのネタ切れがこわいので近々活動報告でこういう怪人を出してほしいみたいなのを募集しようかとも思ったんですが需要あるんですかね(笑)
まだまだ読んで頂いてるユーザーさん少ないので無理かな……