「ウオオオオアアアアア!!」
雄叫びと共にギルスがシケリオスへと踊りかかった。叩き壊さんばかりの拳がシケリオスの腹部を強烈に襲う。ドムッとという鈍い音ともにその一撃がまともに炸裂すると、更にギルスは攻撃の手を緩めることなく敵を猛襲した。鋼鉄の壁をも粉々に砕くほどのパンチが、幾度となくシケリオスの体に叩き込まれる。
……しかし。
「ヌッ!」
シケリオスはその全てを微動だもせずに受けきると、こんなものかと言わんばかりに両手を広げ、ギルスを挑発した。
「っ!」
ギルスは一瞬、動揺したように手を緩めたが、すぐにその感情を絞り出した咆哮によって消し去り、今度は更に敵の顔面に向かって殴りかかる。一撃、二撃と拳が決まるが威り狂ったギルスが続けてもう一発を見舞おうとした時、その拳をシケリオスはガシリと掴んだ。
「ンン~」
まるで力を測るかのようにしばし、その手でギルスの押し込みを受けるが、すぐにその手を捻りあげるともう片方の腕でギルスの脇腹に痛烈なひじ打ちを入れた。
「グアッ!」
葦原涼の視界が、冗談などではなく一瞬霞んだ。思わずその場に膝をつきそうになるのを気合でこらえ、お返しに右薙ぎのラリアットを放つ。が、シケリオスはそれを身をかがめて悠々とかわして見せると、涼の拳を掴んでいた手を放し、そしてそのままその腕を振り上げて溝落ちに叩き込んだ。
まるで肝の臓を直接思い切り殴りつけられたかのような。エクシードギルスの姿となり、普通の人間とは比べるべくもないほどの強靭な肉体を得たはずの涼が、それだけの衝撃を感じていた。こみ上げる吐き気をこらえつつも、後ろにフラフラと後ずさるギルスに、シケリオスは優雅な動きで背を向けながら追い討ちのごとく裏拳を叩き込む。
「グアアっ」
たった二撃の内にもはや足を踏ん張る力さえ失っていたギルスは、大きく宙を舞った。ギルスはそのまま近くに停車してあった車のバンパーに背中から激突する。幸い、車体がクッションとなって気絶することこそなかったが、頭の中がものすごい速さでかき回り、手足がふらついた。
このままでは……まずい!
ギルスとしての戦いの敗北、その意味するところはほとんど死に等しい。
俺は……不死身だ!
涼は壮絶な気力で自身を振るい立たせると足に全身の力を込めて大きく跳躍した。
特に止めるでもなくシケリオスがギルスの動きを超然と眺めていただけだったのは幸運だった。ギルスは一跳びでバイクの前までやってくると力尽きたように変身を解除し、バイクに跨った。それと同時に物陰から、まだ逃げていなかったのか、先ほどの少女が飛び出してきて急いで後ろに乗ろうとしてくる。呆れと焦りで表情を歪め、半ばバイクを発進させながらも彼女を後ろに乗せると、思い切りアクセルを踏み込んだ。
シケリオスは慌てることもなくその様子を眺めていると、バイクが走りはじめるのと同時にゆっくりと歩き出した。
が、すぐに何かに感づいたかのようにどこかを見ると、涼達とは全く別の方向に向かって歩き始めた。
──────────
その頃北条は、職務の合間を見つけて河野からの情報を頼りに、日政大学とやらの場所へとやってきていた。そう、あの風谷伸幸についてより深く知るためにだ。
彼は三年前、この風谷伸幸事件こそがアギトとアンノウン関連の事件に繋がる鍵だと考えていた。そして実際に彼はアギトになってしまった人間、沢木雪菜の暴走が風谷伸幸を死に至らしめたのではないかと言う一つの推論にたどり着いた。今となっては真相こそ分からないが、その結論に間違いがあったとは思っていない。
しかし、未だ明らかに不明な点が多すぎた。アギトの力とは本来なんなのか。いかようにして現れるのか。アンノウン事件との根本的な繋がりはなんなのか。
三年前、アンノウンが忽然と姿を消したことで、あるいはなんとなく北条の中で、この事件も共に雲散霧消してしまった気になっていた。だが、こうして再びアンノウンが現れ、その結末が本当に「ただあれだけ」のものだったのか疑問が湧いてきたのだ。
そしてまだ、アンノウン関連の事件に対する根本的な手がかりは自分だけでなく誰も、おそらくその一番の当事者として戦ってきた津上翔一にさえ分かっていないだろう。まだ、まだなにか、分かっていない事があるに違いない。
更に言うならばもう一つ、かつて木野薫邸から発見したあの手紙だ。風谷真魚に解読を頼んだものの途中から彼女の精神が不安定なものになった(何かに取り憑かれたようにひたすら空中を見つめていた)ため、ひとまず彼女にあずけ、そのままうやむやになっていた。
彼女にその続きを問いたい、と北条は思っていた。あの手紙も何か、大いなる手がかりを秘めている予感がするのだ。
「警察の方……ですか。うちで何か?」
北条は老齢の学長のもとを尋ねると、手帳を見せて捜査への助力をお願いした。学長は北条が警察と知るや否や恐れ多しとばかりに腰の引けた態度となり、萎縮してしまう。北条は、何も自分は学内犯罪を暴こうとかいうわけではないのだが、と心で思うが、このご時世だ。学校などというものは殊更、世間からの評判や目線を気にする必要がある。警察と言われれば縮こまってしまうのも無理はないのかもしれない。
北条はため息をつきつつもそう思い、なるべく相手に圧力を感じさせぬよう、物腰穏やかに言った。
「ええ……いや、正しくは昔起こったことについて聞きたいのですが。……風谷伸幸事件のことについて」
──────────
今日の夕飯はどうしようか。
そんな事を考えながら、真魚は美杉家への帰路を歩いている途中だった。
翔一がいなくなってから真魚は多くの事を覚えた。というより、自分に思ってた以上に多くのことを出来る才能があると知った。ほとんどは、昔は翔一に任せきりにしていたものばかりだ。
料理もその一つだった。
翔一がいなくなってから、ポツポツと美杉家では自炊の気が起こった。が、そもそもずっと翔一に頼りきりだったこともあり、美杉教授の料理の腕はお世辞にも上手いとは言えず、太一に至っては論外である。ここは女手の私が何とかしなければと奮起し、思い立ったのだが、これが始めて見ると意外に面白い。
もちろん翔一のものには遠く及ばないが、料理の腕はそこそこのものになったのではないかと今では自負している。
そう、そんなことを考えながら歩くいつもと変わらない、そんな帰り道だった。大学に入ってから買った、少しお洒落な鞄を揺らしながら歩く。
いつもの交差点を曲がった辺りで、ようやっと真魚は異変に気がついた。
なんと人通りが全くないのだ。それどころか人の声も気配も、まして葉ずれの音や風が通り抜ける音まで一切の気配がなかった。まるで世界から切り離されたかのように辺りが全くの沈黙に包まれていたのだ。こんな時間に、この通りがここまで沈黙していることなどありえるだろうか。
見たところ、それ以外は何も変わらないように見える。いつもの道だ。いつもの、交差点だ。考えるあまり変な脇道に迷い込んでしまったわけでもない。
「おかしいな」
知らずの内に独白していた。
首を傾げつつも、まあ気のせいかと振り払い、歩き出そうとした時だった。
交差点の角から一人の男がゆっくりと歩いてきたのだ。
全身を灰色の衣服に身を包んだ、女性と見紛うばかりの美しい容姿の男だった。以前、真魚は似たような姿形の男を見たことがあるような気がするが、それがいつのことだったのか霞がかかったように記憶は定かではない。
真魚はその男の姿を見た途端、何故か彼に釘付けとなり、じっと固まってしまった。恐怖とも恍惚とも違う。何か不思議な感情に支配されて、当然のことのように体が動かなかったのだ。
やがて男は真魚と一つの道路を跨ぐくらいの距離までやってきて立ち止まると、静かに口を開いた。
「やっと見つけましたよ」
淡々とした口調には感情や感傷といったものがまるで感じ取れず、意識を傾けていなければ、ただ「言葉」という音を聞いているような感覚に陥ってしまいそうになる。
「君は……始まりの記憶を見ましたね」
意味のわからない言葉を、男は口にする。いや、この空間そのものが本来異質であるはずなのだが、真魚にはそれを感じ取る余裕が無かった。
「その記憶は、人間が持ってはならないものです。今、君はその記憶に知らずの内に蓋をしてしまっているようですね。ですが、その記憶そのものが人間の中にあってはならないものなのです。手放して貰いますよ」
男はそう続けると、ゆっくりと真魚に向かって手をかざした。その手から目を覆わんばかりの眩い光が放たれて、真魚は思わず目をつむる。が、すぐにその光が何かに遮られるようにパシュン、とはじけた。
それを見た男が、眉をひそめる。
「なに? 今のは一体……」
怪訝そうに真魚を見つめるが、すぐにまた無表情に戻り自分の手をさする。
「……そうか。そういうことであれば仕方がありません」
そして冷酷なまでの口調で最後にこう囁いた。
「それならば君には……消えてもらわなければならない!」
──────────
ピーという高い報知音と共に、Gトレーラーに電撃のような一報が入った。
「付近を警邏中のPCよりアンノウンによると思われる犯行が発生したとの入電中。繰り返す、付近を警邏中のPCより……」
その報せを受けた小沢が反射的に動き、マイクのスイッチを入れると、
「Gトレーラー出動します!」
と高らかに宣言した。
それと同時にGトレーラーは音をあげて発進する。
気の早い氷川は既に装着の準備を終え、ハッチの前に立っている状態だった。
「では、G3-XXも出動を!」
氷川がそう言い、新たなる装甲に歩み寄ろうとした時だった。
「あ、待ちなさい!」
氷川よりもせっかちで一本気なはずの小沢が珍しく、氷川を引き止める。氷川は不思議そうに首をかしげ、小沢のことを見やった。
「どうしたんです? 早くG3-XXを!」
そう急かされるものの、小沢の頭にはまだ先の氷川の言葉があった。突然の鋭い頭痛。アンノウンの姿が見えるようになったという現象。
一体これの意味するところはなんなのか……。
小沢は横目で進化したG3の装甲に目をやる。まさか、また……?
「小沢さん!」
焦燥したような氷川の訴えに小沢は我に返り、思わず、
「え? え、ええ、そうね。G3-XX、出動!」
と頷いてしまう。
まさか、思い過ごしだといいのだが。
Gトレーラーから、特別性の白バイ、ガードチェイサーに跨ったG3-XXが出動した。市街を駆け抜け、一気に報告があったという砂浜の近くまでやってくる。
氷川はサッと身軽にガードチェイサーから降りると、辺りに目をやった。
風の音だけが、急き立てるように騒がしく響いている。氷川はガードチェイサーからGM-01を取り出すと、辺りに警戒しながらゆっくりと歩き始めた。
G3の踵がギシッと砂を踏みしめる。
と、不意に何者かの気配を感じた。それと同時に「ウィイイイイイ」とG3に搭載されたシステムの1つが起動を開始する。氷川は何かに導かれるように右前方に目をやった。
いた!
今度こそ、氷川の目には謎のアンノウンの姿が捉えられていた。
まだ多少判然としない部分はあるものの、前回とは比べ物にならないほどはっきりとその姿が目に映る。
透明でひらべったい傘のようなものを頭に被り、黒と白の混じった法衣のようなものを纏っている山伏のような姿のアンノウン。ハイドロゾアロード・ヒドロゾア・エレクトリスだ。
なぜ今、敵の姿が目に映っているのか、そんな事を不思議に思っている場合ではない。
氷川はすかさずGM-01をアンノウンに向かって構えた。それに呼応するようにエレクトリスの腕がフラリとこちらに向けられる。
氷川の動きは早かった。エレクトリスの動作が完了するよりも前に、自然と前方へと回転し、敵の放った雷を完全に背後へと置き去りにしていたのだ。そして、そのままマシンガンを構えると無心に的に向かって引鉄をひいた。
薬莢が宙を舞い、エレクトリスに命中する。怯んだようにエレクトリスは後ずさり、声をあげる。更に氷川が発砲しようとした時、フラリとエレクトリスの姿が消えた。
今度は不可視になったというよりも唐突に消失したという感じで、氷川はすぐさま辺りに目をやった。
一瞬の静寂、そして。
ドカッ!
「うわっ!」
不意に、何の前触れもなく背後からたたきのめされた。構えもろくに取れずに氷川はよろめくが、何とか向き直る。いつの間にかエレクトリスは自身の背後へと回り込んでいたのだ。
氷川は至近に迫った敵に向かって今度は拳で応戦しようとする。が、殴りつけようとした瞬間、すぐ目の前にいたはずのエレクトリスがまたも消え去る。
そして再び、後部からの衝撃によろめいた。先と同じようにいつの間にかエレクトリスに背後を取られていたのだ。
「くっ!」
歯を食いしばりながらも氷川は即座に足を踏ん張り、体制を立て直してエレクトリスを向きやる。下手に手を出せば、また厄介な能力を使ってくるかもしれない。なるべく隙を見せないように構えながら、敵の動きを待つ。
ゆらゆらと不気味に体を左右に揺らしながら、誘うように対していたエレクトリスだったが、こちらが向かっていかないと分かると、奇妙なフォームで向こうから踊りかかってきた。相手が両手をふりかぶった所に、氷川は相手の空になった胴めがけて手刀を繰り出す。鈍い音と共に敵が「グエ」と声を上げて怯むと、さらに前のめりになった敵の上半身に膝蹴りを食らわせた。
続けて敵に向かって渾身の拳を叩き込もうとした氷川だったが、一瞬の間に敵は再び目の前から姿を消す。三度、敵を見失ったかと思われたが。
「はっ!」
氷川は咄嗟に、背後に向かってその姿勢のまま見もせずに回し蹴りを放った。と、見事にその蹴りが、虚空から現れたかのように飛びかかろうとしていたエレクトリスに命中する。敵が一瞬に移動している時、かならず自分の背後に回っていたことから、敵の行動を予測したのだ。
敵は胸部にまともに蹴りを食らって大きく宙を舞い、地面に叩きつけられた。それを見た氷川はガードチェイサーへと走り寄ると、後部に備え付けられていた大型銃を取り外し、アタッシュモードから組み立てた。G3-XXへの改良と共に威力を大幅に強化された元GX-05「ケルベロス」、新たな名を
氷川はそれをガシャリと構えるとフラフラと立ち上がろうとするエレクトリスに向けた。そして、自動照準が相手を完全に補足するのと同時に引鉄を引く。その瞬間、鈍い衝撃と共にライラプスが火を吹いた。
たった一秒の間に百もの強化徹甲弾が敵の体内に炸裂し、それと同時に小爆発を起こす。その一斉砲火を浴びて、断末魔の声と共にエレクトリスは木端微塵となって爆散した。
氷川はそれを確認してからゆっくりと構えを解いた。そして、無意識のうちにガードチェイサーに寄りかかっていた。
──────────ー
「真魚が帰っていない!?」
城北大学での長ったらしい講義を終えて、夜遅くに帰宅した美杉教授は、息子太一の言葉に思わず声をあげた。太一は頷きながら口をすぼめ、
「うん。真魚姉ったら飯も作らずにどこか行ったまま帰ってきてないんだよ。たまんねえよ。俺腹が減ったよ〜」
あまり心配した様子ではなく、むしろうんざりしたように体をだらりとさせながら太一はぶつくさと言う。しかし美杉教授は怪訝そうな顔を浮かべた。
「だが、帰ってないっていうのは一体なんで?」
「知るかよ。真魚姉だってもう歳だからさ。まあたまにはこういうこともあるんじゃない?」
「いや、しかし何の連絡もなしにこんな時間まで帰らないなんて……」
美杉教授は顎に手を当てながら眉を潜める。
「あーもう何でもいいからさ。お父さん、早く飯」
体は大きくなったにも関わらず、未だに冗談のような不謹慎なことを言う息子にめっと顔をしかめながら、美杉教授は声をあげた。
「ご飯なんか食べてる場合じゃないだろ! とにかくまずは電話だ!」
「え〜!」
そういえば前に翔一君も、いきなりいなくなった事があった。最も彼はなくしていた記憶を取り戻したという事情があり、次の日になって連絡を入れてくれたものだが。
美杉教授は慌てる指先で真魚の電話番号にかけながらぼんやりとそんなことを思い出していた。
何となく嫌な予感がした。真魚のことだけ、というよりも何か漠然とした悪寒にも似た感覚は、翔一のことを思い出した時に一層強くなったように思えて、思わず身を震わせた。
何か……何かとてつもなく恐ろしい事が起こっていなければいいが。
美杉教授は祈るようにコール音の木霊に耳を傾けた。
DATABASE
種族名:ハイドロゾアロード
種族名:ヒドロゾア・エレクトリス
能力:稲妻を呼ぶ
電気クラゲに似た超越生命体。名は「電気のクラゲ」。