テールランプが眩しい夜の街道を、翔一はバイクFIRESTORMを走らせる。相棒が奏でる振動に身を委ねながら、ハンドルのグリップを強く握りしめる。翔一は強く思った。
あってはいけないんだ、あいつらが、また動き出すなんて!
そして、その不安な内心を表すようにアクセルを踏み込んだ。
翔一が現場にたどり着いた時には、既に現場には無惨に体を腰のあたりからへし折られた男の遺体だけが残っていた。翔一は思わず眉を寄せる。そして、感傷に浸るよりも前に辺りを見回した。まだ、この惨状を作り上げた張本人が近くに潜んでいるのかもしれない。
翔一は何と無く、自分をせせら笑った。
死んでしまった人間に対して、ここまで冷たい自分がいる。生きている人間に対しては、彼は常にとても優しく、献身的にさえ接してきた。人を助ける事は無条件に厭わなかった。しかし、彼がそんな生き方をしていたのには、彼自身のその優しさ以外にも理由があった。彼は、生きている事こそが素晴らしいと思っている事、そして、他人の感じるその素晴らしさを守ることを、自らの生き甲斐、自らの「場所」としていることだった。だから、死んでしまった人間に対しては、人並みの、いや人の死に対して慣れすぎてしまった翔一は人並み以下の感情しか持ち合わせることが出来なくなってしまったのだ。
翔一はゆっくりとバイクから降りた。あたりに全身の注意を向けながら、男の死体に近寄る。当然、死体はピクリとも動かない。
翔一は結局、ついに「奴ら」の姿を確認することもなく、再び愛車に跨ってその場を走り去っていった。
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「珍しいわね」
イギリスの名門大学の教授としての席に、つい一年半前に就いた小沢 澄子は、久しく言葉を交わしてすらいなかったかつての同僚からの連絡に、思わず頬をほころばせた。彼女は、この大学では「鉄骨」と呼ばれている。自分の主義主張は決して曲げず、頑固で自己中心的、授業に遅れようが何しようが決して頭は下げない。そのくせ、間違った事は絶対に言わないという所以から、そのあだ名がついた。一部では超人なのではないか、という噂すら立つほどだ。
そんな彼女が珍しく笑顔を見せている、などと言ったら、彼女の生徒たちはどう思うだろうか。
「あなたから連絡をくれるなんて。それでどう? 上手くやってるの?」
今、彼女が手にとっている受話器の向こうには、かつて仮面ライダーの一人として本当の超人達と共に戦った「人間」の英雄、氷川 誠がいた。
『はい、前までは少し寂しくも感じていたんですが、今は何とかやっています。小室さんも、今やG-5ユニットの教官として頑張っているとか』
「そう、小室くんね。彼も達者そうで何よりだわ。それで、あなたがわざわざ私に連絡を寄越すなんて、何かあったのかしら?」
「はあ、いえ、実は僕も仕事の都合上
「ああ、そのことね。ええ、その通りよ。色々と報告したい事も出来たしね。それにしても」
小沢は微笑みながら、卓上のワッペンに目をやった。「G3」と書かれた、かつての思い出の品だ。
「あなたと話してると、昔を思い出すわぁ。早いものね、あれからもう三年。G3ユニットは解散、三人とも、別々の道を歩んでいるなんてねぇ」
受話器の向こうで、氷川がそれに頷くのが小沢にも分かった。
「同感です。みんな平和になって、それは本当によかったと思うのですが」
フフ、と小沢は笑う。
「それにしても変わらないわねぇ、あなたも。その様子だと小室君も変わりなさそうだわ。じゃあ、そろそろきるわね。今度、
「はい、是非」
氷川のその言葉を最後に、小沢は受話器を置いた。それから、既に消灯した書斎の中で一人、机の上に置いたワッペンを懐かしそうになぞる。
「G3ユニット……か」
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翌朝、事件のあった公園は警察官によって封鎖された。遺体のある場所はブルーシートで囲まれ、既に鑑識が集まっている。
報告を受けて現場に現れた、捜査一課の北条 透は、先に現場にいた河野刑事に頭を下げた。河野は北条を見ると一つ頷き、北条と並んで歩きながら話し始めた。
「ひどいもんだ。死体は腰の辺りから真っ二つに折られてやられてる。見るか?」
北条はブルーシートの囲いをくぐって中に入る。既に路上に流れた血は乾き切っていて、死体の色は蒼白に変わり、温度を感じさせない。河野は慣れた目つきで死体を見下ろしながら、北条に淡々と説明する。
「被害者の身元は、塗丈 文雄二十九歳。近場の工場の従業員らしいんだが、人間関係にトラブルがあったような話は出ていないらしい」
「なるほど。しかし遺体の状況から見て、他殺であることは間違いなさそうですね」
北条は河野の説明に頷き、言う。しかし、河野は納得がいかなそうに首を傾げた。
「それがな、奇妙な話なんだが、犯行に使われた形跡がある凶器が見つかっていないんだ。人間をここまで完璧に壊せるようなもんだから、簡単に持ち運びできるはずもないと思うんだが」
それと、と河野は更に続ける。
「現場近くに、潰れたコーヒーの空き缶が落ちていた。何かのタイヤで踏み潰した跡のようなものがついていたみたいなんだが」
「何かの……タイヤ?」
河野は頷く。
「ああ、おそらくはバイクのタイヤなんじゃないかと言われている。まあ、そこら辺は鑑識の結果を待つしかないな」
河野はそう言って話を区切ったが、北条は目を細めて考える。
「バイクの……タイヤ」
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「おはようございます!」
岡村 加奈は今朝、いつもより少しはやくレストランAGITΩにやってきていた。鈴の音を鳴らして店に入る。普段なら明かりが着いていて、翔一が笑顔で彼女を迎えるのだが、今日は違っていた。レストランはガランとしていて、人の気配はない。翔一はまだ来ていないようだった。
まあ、今日はいつもより早いし。
加奈は自分で自分を納得させて、支度を始める。
彼女はこのレストランAGITOの従業員の一人であり、翔一とは一応、「それなりの仲」である。三年前、ひょんな事から翔一と知り合い、そして彼女もまた、翔一と同じ特別な力に目覚めたのだった。しかしながら、彼女は力を扱うことは出来ない。彼女はその力を恐れていた。人間とは違うその力を。そのため、力を制御する術を覚えてからは一度もその力を使ってはいない。そもそも、人間には本来、不要な力だろうと彼女は思っていた。
彼女がバッグを置いて、コック服に着替えようとした時だった。入り口の方で、ガタンと誰かが倒れこむような音が聞こえた。加奈が慌てて玄関の方へ戻って来ると、なんと上着とヘルメットを着けたままの翔一が、そこに倒れていた。
「津上シェフ!」
加奈は急いで駆け寄り、翔一を抱き起こした。翔一は眠ったように目を閉じていて、どうやら気絶しているようだった。加奈は何度か、翔一の肩を揺らす。
「津上シェフ! 津上さん! ……翔一さん!」
しかし、翔一は未だ、力なくうなだれるだけだった。