「じゃあ結局、特に異常は見られなかったってわけ?」
病院へと戻ってきた小沢は既に検査を終えていた氷川から結果を聞くと、それを反芻した。氷川はそれに頷き、答える。
「はい、身体的な異常は特に何も。少し疲れているのかもしれない……とは言われましたが」
「なるほどね」
小沢は思案顔になりながら視線を宙に移した。そんな彼女に対して氷川は真剣な面持ちで言う。
「小沢さん、僕のことなら大丈夫です。心配ありません。僕は戦えます、G3-XXを着て、アンノウンと!」
しかし、彼の意気込みに反して、小沢は彼の目を見ずにきっぱりと言い切った。
「あなたが戦えるかどうか、それはオペレーターである私が決めることよ。いい? 氷川くん」
「それは……当然そうですが」
小沢に諭されると、氷川は歯がゆそうに下を向いて拳を握りしめる。対して小沢はどこか上の空のような素振りでそんな氷川のことを見つめるのだった。
────────────ー
ここは、どこですか?
言葉は言葉にならなかった。それは喉を通って口から出た音、というよりも不可思議な空間を媒介して伝わる頭の中のイメージのようなものだった。
テレパシー……そう言う表現で表せる類のものかもしれない。真魚にとっては不思議でもなんでもないものだが、ただ今、この状況においては何かただならぬことに思えた。
普通ではない。
「君の……可能性の世界です」
言っていることの意味がよくわからない。
真魚は心の中で首をかしげた。
「君の可能性は閉ざされてしまった。それを恐れる者達によって」
目の前に立つ白い服を着た中性的な青年は悲しげに目を伏せる。どこか遠い世界を見つめるような目だった。
「ですが、まだ終わりではありません。君は……終わるべきではない。君の中に残された私の力が、君を救えるかもしれない」
どうして、私を助けるんですか?
「……君たちの力は、私の罪だからです。君たちのような、可能性の芽を抱きながら否定される者達を私は助けなければならない」
罪……? どういうことですか?
私の力って、一体あれは何なんですか? 何のために。
真魚は自身の呪われた力のことを思い、青年を見つめる。彼女の力は特別なものであり、そしてあのアギトにも通じるものだと彼女自身も知っている。だからこそ、その問いを頭に浮かべたのだ。
「今はまだ、分かりません。私の力が君たちを助けることが出来るのか。ですが、私は君たちの可能性を見たかったのです、その美しい可能性を」
かのう、せい?
青年は微笑を浮かべながらゆっくりと頷く。そして真魚に向けて手をかざした。
「来るべき時は近づいています。今一度、君に可能性を……」
──────────ー
ピロロロロロ!
美杉の話を聞いて、ひとまず真魚の捜索に乗り出そうと車に戻ってきた北条の携帯に着信音が鳴った。スーツから携帯を取り出し、ピッとその電話に出ると、向こうからは聞きなれた声が聞こえた。
「おう、北条。俺だ」
「ああ、河野さん。ちょうど私も河野さんに話したいことがあったんです」
「俺に? そりゃ結構だが……それよりお前、聞いたか?」
通話口の向こうの河野の声音は、どこか普通ではなかった。何か奇妙な、信じられないことを話すかのような、例えるならば学生たちが興味本位でかわしあう七不思議や怪談の類のことについて噂するような口ぶりだった。北条は、真魚のことは話すにしてもその口調に興味が湧き、聞き返す。
「聞いた……というと?」
「ああ……「幽霊」の話なんだが」
飛び出したのは、思いもよらない単語。突拍子もなく、実感もなく、もちろん現実味もない、どこか稚拙ですらある、まさかこのような年配の先輩刑事の口から飛び出してくるとは思わないような言葉に、北条は思わず眉間にシワを寄せた。
「幽霊、ですか?」
「ここ最近の話なんだがな。最近警視庁に「幽霊」を見たっていう報告が多数寄せられていてな? いや、俺もこの歳になって流石にそんな、お化けの類なんて頭から信じるわけじゃないが……」
含みのあるような言い方に、北条は思い当たる言葉を口にしてみる。
「アンノウン……ですか」
「ああ、それもある。ただそれよりも気になるのがなぁ」
そう一泊おいて、河野は続きの部分を言う。
「その目撃にある幽霊の共通点が、どうもそのアンノウンに殺害された被害者である、ということらしい」
「なんですって!? アンノウンに殺害された……!?」
驚きに声を上げ、北条は生唾を飲み込んだ。まあ、そういう反応になるわな、と河野は頷き言った。
「どうもなぁ。いや、この手の話は昔からあったといえばあったんだが、最近は件数が激増しているし、何よりその共通点がなぁ……」
「それは、偶然とは思えませんね」
いや、偶然と思えないと言えば、全てがそうだ。アンノウンも今回の大事件も、そして今までさほど深刻に考えてはいなかったが、風谷真魚のこともだ。何も、偶然ではないのかもしれない。全てが必然であるかのように、音を立てて忍び寄ってくる。ジリジリと背後の闇が濃くなるように。
背中に嫌な汗がつたうのが分かった。
「それとだな、これはお前にも馴染みのある話かもしれないが……」
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同じ頃、警視庁きっての天才頭脳小沢澄子はGトレーラーにある自分のパソコンと睨めっこをしていた。青白い光に照らされながら、しきりに目の前の画面を見つめ続ける。手元のキーボードでひたすらに何かの操作を行いながら。
やがてしばらくして、忙しなく動いていた小沢の手が止まった。そして、画面から目を離し、彼女は小さくため息をつく。
「なるほどね……」
何かを確信したかのように小沢は自身の生み出した傑作、G3-XXを見つめた。
それは、驚くべきことだった。このG3-XXのプログラムはなんと、既に小沢が懸念していた「氷川、即ち装着者への負担」という問題を自身で発見、解析していたのだ。小沢の予想をも超え、そして小沢よりも早くこの問題点を見つけ出して、既に解決への手立ての演算に取り掛かっている。
小沢は、感心すると同時に自身の生み出したこの優秀なプログラムに対して、恐怖にも似た感情すらも覚えた。理論上は確かに、人間の考えうる限りの欠点、欠陥を解決することのできるシステムだ。しかしそれはどこか、創造者である小沢の手をも越えて進化していってしまうもののように思えた。
君は一体何のために、小沢澄子としてG3を開発し、アンノウンと戦っているのかね。
高村のその言葉が、頭によぎる。
「……そういえば」
思えばいつものうるさい小僧、尾室隆弘がいないことに気づいた。ここいらで茶々の一つも挟んできそうなものだが、いなければいないで若干調子が狂う。氷川には待機を命じているとして、あの凡人は一体今どこで油を売っているものか。
と、その時、尾室の言っていたある言葉が頭に浮かんできた。
「G5ユニット……」
──────────────ー
「G5ユニット……」
薄暗がりの中、必要最低限の灯りだけに照らされた警視庁の会議室で、老幹部は腕を組み、目の前の青年の提案に思案した。
その提案の張本人、尾室隆弘は背筋をピンと伸ばし、重役たちに説明する。
「はい。先日のアンノウンとの戦闘記録をご覧になったように、今、アンノウンとの戦いは、氷川さん一人では危険な状況にあります」
「アンノウンは三年前よりも更に力を増し、我々を脅かしている、というわけだね?」
顔長の幹部の言葉に尾室は強く頷く。
「その通りです。そしてこんな時、さらなる脅威に備えて僕達アンノウン対策班は、厳しい訓練のもとあの、G5ユニットを結成したんです! 今こそ、あのユニットを稼働するべきだと思うんです!」
「なるほど、言っていることは正しくその通りだ。我々としても今回の事件、今までどおり対応するにはあまりにも事がすぎると考えている」
「君の言う通り、新たな戦力の必要性は認めざるを得ない。それに上層部から直々に通達があってね」
「通達……ですか」
「そう。今回の事態は非常事態だ。ことは大きい。もちろん、君のG5ユニットの件に関しても充分に吟味し、投入可能な戦力であれば活用していきたいと考えている」
「しかしだ、それよりも今回の事件は、ただのアンノウンによる殺人事件、と割り切ることはできない」
幹部たちは次々と口を開き、今回のことの重要性について顔をしかめながら口にした。
「我々はこの未曾有の事件、いや危機に対して、
虐殺……大げさにすぎるような呼び方も、今回の事件のことを思えば納得がいく。
「これに伴い、我々警視庁としても、少々体制を変えなければならない」
「今回のアンノウンに対して、氷川主任一人の力では対応が難しいということは間違いない。だが、引いてはそれは、この警視庁という組織全体にも言えることだ」
「警視庁……ですか?」
「そう、我々警視庁の力にも限界がある。そこで、これからは協力体制をとることとなった」
「協力? 誰とです……?」
「ああ、ある意味では我々よりもその道に特化している組織」
「……自衛隊だよ」