ー「ヨハネの黙示録」第六章第二節よりー
進化
「何の偶然だったか、だけど今日はお前に会えてよかったよ、翔一」
「はい、俺もです!」
人懐っこい笑みで翔一は頷く。それを見て国枝も口角をあげた。そして、穏やかな目で言う。
「大事にしろよ、お前のそういうところ」
それから少し視線を落とし、また遠くを見つめるように続けた。
「確実なもの、決してなくならないものなんてもんはない。もしもそれに気づかず手元にあるものを失えば、そこにあるのは後悔と、消えない痛み。その先には何も見えやしない」
遠い日の記憶、戻らない景色、会えない人。全ての幻想は鮮やかで、今を生きる者達に過去への回帰を叫ぶ。しかし、それは決して叶わない、届かないのだ。それでは、そのはるか彼方の岸辺の過去を、幻想を、人々を、一生悔やんで生きていかなくてはならないのだろうか。
「いや、それでも無くならない、お前の言った「美味しい」っていうことだけが、本当は一番大切なのかもしれない。まだ、こんな俺にも残ってくれてるからな」
「先生……」
国枝はギュッと拳を握る。自分に力を込めるように。逃げることをやめ、踏ん張るための力を蓄えるように。
「今度は俺も、無くさないようにしないとな。だから翔一、お前も大切にしろ」
そしてサッと人差し指で翔一を指す。
「どんな時も、「美味しい」って言えるようにな」
「任せてください!」
翔一は満面の笑みで答え、バイクに跨った。
──────────────ー
国枝に別れを告げ、河原沿いを走っていた翔一は唐突に鋭い頭痛に襲われ、思わず車上でバランスを崩しかけた。その翔一の体に何者かの腕が振り上げられ、翔一はバイクからはじき飛ばされて地面に転がった。のたうち、痛みに悶えながら、前方を見やると、そこには黒色の怪人シケリオスの姿が。
「!!」
そしてなんとその後ろには翔一の見知った人物の姿があった。
髪の長い中性的な美青年。氷のように冷たい瞳で蔑むようにこちらを見つめている。着ている服の色は変わっていたが、あれは間違いない。かつて人間の未来を奪い、それを絶やさんとした強大なる存在だ。三年前の最終決戦で、翔一は決死の思いで彼に挑み、そして撃退させたのだった。
「な、なんでまた、お前が……」
その問いに答えるはずもなく、青年はさっと翔一に手を向け、冷酷に呟く。
「やれ」
その言葉を合図に、シケリオスは猛然と翔一に挑みかかった。
翔一も対するために構え、力を込める。ベルトが出現するのとほぼ同時に、シケリオスの拳が唸りをあげて襲いかかった。それを交わしながら翔一はベルトの力を解放し、その両端を気を込めて叩く。と、オルタリングから光が溢れ出し、翔一を包み込んだ。そしてその眩い光を纏いながら、シケリオスの脇腹に強烈な拳を叩き込む。
「グゥ!?」
その一撃にシケリオスが唸り声をあげ、腹を抱えながら後ずさった。
そしてすぐに体制を立て直し、敵意を込めて光に包まれたアギトを睨みつける。アギトも隙のない構えでそれに応えた。
対峙する白と黒の異形を眺めながら、青年は満足げに微笑む。
「アギト……お前は一体……」
「ヌゥ!!」
まずシケリオスが踏み込んだ。鋭い右の拳がアギトを狙う。
が、アギトは半身を折ってそれをかわし、続けざまにくる左のアッパーも、右足を軸として体を回して見切ると、空になった胴に強烈な左の一撃を叩き込む。更に、相手が怯んだところを間髪入れずに流れるような動作で右拳で顔を殴り、左の膝でよろめく相手の胸を蹴り上げた。
シケリオスの頑強な肉体が宙に舞い、硬い地面を転がる。一撃一撃が大地をも揺るがすその威力に、シケリオスは立ち上がろうとして思わず手をついた。それから憎々しげにアギトを睨めつけ、地面を蹴ると猛々しく襲いかかった。
両者の拳が交差し、それぞれお互いの胸に直撃すると、打ち分けるように双方が後ずさる。シケリオスは以前の戦闘よりも更に強化されたアギトのパワーに、「グヌゥ」と唸り、エンゼルハイロウを展開させると「無限のエストック」を取り出した。そしてアギトに向けて構えると、それを振り上げた。
アギトは冷静に、向けられた武器の軌道を見切ると右に斜めに後ろに前にと、見事な動きでかわす。更に敵の剣をかいくぐると背中合わせの状態から、肘打ちを叩き込み、敵の振り返りざまの左のカットを身を低くしてかわすと、カウンターにパンチの連撃を放った。
胸、腰、腹、そして顎と続けざまに決めると、最後には渾身の蹴り上げをみぞおちに見舞い、敵の体を優に数メートルは蹴り飛ばした。
肘をついて立ち上がろうとするも、強烈なダメージに唸り声をあげ、シケリオスはよろめく。それに対し、アギトは静かに腰を据え、必殺のポーズをとった。それと同時にアギトの力の紋章が、余りにも膨大なエネルギーとして形をなし、宙空で可視化した。それは竜の頭部を模して二重に展開され、倒すべき敵としてシケリオスを捉える。
シケリオスが何とか両足をついて立ち上がろうかという瞬間、アギトは地面を蹴って飛び上がり、空中で一回転すると、そのまま大上段の両足蹴りをシケリオスに向けて放つ。それは凄まじいスピードと重さで、形をもって具現化した二重のエネルギーを吸収しながら、シケリオスの胸に吸い込まれるように叩き込まれた。
シャイニングシュート。食らった瞬間、シケリオスは耐えきれずにその場で内部から爆散し、炎をあげて消滅した。
その光景を見て、謎の青年は目を細める。
「お前は一体……どれほどの……」
炎の中から現れたアギトは、その青年の視線に気が付き、そちらに向けて歩み寄ろうとした。
しかし。
ヒュオオオオオオッ!!!
「!!」
突然、突風かと思えるほどの猛スピードの何者かがアギトに向けて飛来し、それを遮った。何者かはその速度でアギトをなぎ払い、吹き飛ばしたのだ。
アギトが受け身をとって着地し、見上げると、それは空中を旋回してからゆっくりと地面に降り立った。
白を基調とした衣装と体色に、黒の羽が混ざり、肩や腰には金色の装飾品を身につけ、サンダルのような履き物に、布製の腕巻き。顔は鋭い眼光と鳥類特有の嘴に特徴付けられ、両腕は滑空するために翼型となっていた。さらに背中には、腕のものとは別に羽を生やし、胸には両羽の飾りをつけている。
鳥型の上級アンノウンの中でもまた異質、それはなんと始祖鳥の祖霊たる使徒、アルキオプテリクスロード・ウォルクリス・プリーモだった。プリーモはアギトに向けて手をかざす。すると、一迅の強い風が吹き、アギトの体を吹き飛ばした。
「ウワッ!!」
河原の草むらに転がったアギトは、すぐに体制を立て直し、急襲の敵に焦点を合わせようとする。
が、しかし、既に敵の姿は視界から消え失せていた。そしてまた、アギトにとって最も警戒すべきもう一人の敵、謎の青年も、アギトが目を向けた時には忽然と、その場からいなくなっていた。
後にはただ、動揺して辺りを見回すアギトの姿だけがあった。
──────────────ー
「すみません、こんなところまで送って頂いて……」
道端で出会った女性に、なんとレストランAGITOまでおぶって送迎された加奈は、その女性の体力と膂力に驚きながらも低頭した。それに対して相手は爽やかな笑顔で首を振り、答える。
「いえいえ、これも私の職務の一つですから」
「職務、ですか?」
「はい。市民を助ける、これ第一です。父の教えですから!」
「お父さん……」
父。
その言葉を聞いて、加奈は俯いた。
それに気がついて、女性は加奈の顔をのぞき込む。
「あれ、どうかしました? まだ気分が悪いですか」
「あ、いえ……」
それもありますけど……。
加奈の父は以前に亡くなっていた。それも、とても奇妙な死因で、だった。
不可能犯罪、恐らくは世の中でそう呼ばれているものだろう。あの「アンノウン」と呼ばれる存在に、父も狙われたのではないだろうか。
父の死、それは加奈にとって恐怖を与える出来事だった。
……見えざる恐怖を。
「あの、お名前を伺ってもいいですか? せっかく助けて頂きましたし、いつかお礼を……」
話を逸らそうとして、加奈は女性に伺う。女性は闊達そうに頷くと、はにかんで敬礼し、言った。
「
彼女の自己紹介に、気さくで明るい人だな、と感心し、加奈も思わず笑顔になる。
「岡村 加奈です。このレストランでシェフをやっています」
と、相手は見る間に目を丸めて、驚いたように口を開ける。
「シェフさん!? ってことは料理がお上手なんですか!?」
「え? ああ、はい。人並みには」
「へぇ〜すごいな! 私、料理はからっきしで! でも美味しいもの大好きなんで、今度食べに来てもいいですか?」
「それは、是非いらしてください! とっても美味しいですから!」
「わぁ〜、嬉しいなぁ……っと!」
素直な顔いっぱいに笑顔を広げたあと、月美は思い出したように自分の腕時計に目をやる。それから慌てたように服装を正すと、加奈にお辞儀をした。
「もうこんな時間かぁ。すいません、私ちょっと用事がありますので、これで……」
「あ、すいません。引き止めちゃって」
「いえいえ。では、失礼しまーす」
月美はピョンと加奈に背を向けると、軽快に立ち去ろうと歩き出した。その背中に、加奈は時間を取らせては悪いと思いつつも、直感的に疑問に思ったことをぶつける。
「あの、何をしていらっしゃるんですか?」
随分体力がおありのようですけど。
すると、月美はサッと顔だけ振り返り、白い歯を見せて応えた。
「平和を守ること、ですかね」
DATABASE
種族名:イールロード
個体名:アンギラ・シケリオス
能力:体エネルギーを電気として蓄える
電気鰻に似た超越生命体。名は「刺客のウナギ」。超能力者ではなく変身能力者をターゲットに活動する。