かつて、気の遠くなるほどの途方もない昔、全ての空が暗雲で覆われ、楽園を戦火にくべた暗黒の時代があった。「闇」が生み出したる傲慢な人の子が世界を支配せんと思い上がり、これに対して「光」を除いた全ての使徒が人を滅ぼし、あるいは服従させんと地に降りた。
中でも、「闇」と「光」に次いで生まれた「命」は人の行いに強く反発し、数にして2億にも昇る使徒を率いて、人類に戦いをしかけた。彼こそが「闇」が作り出した土塊達を動く者に変えた張本人だったからである。この争いはおよそ40年にも渡って苛烈を極め、豊かだった大地の半分を焦土へと変えた。
最初の10年は「恐怖の時代」として使徒側の完全なる有利が続いた。人の抵抗は微々たる者であり、また、眷属への虐待を目の当たりにした使徒達の憤怒の猛攻は凄まじく、その年月のほとんどを、人間は逃げ隠れて過ごすだけに留まった。彼らは地上においては最も貴き所にあったために争いを経験したことがなく、それに対応するための武器も力も持たない、未熟な存在だったからだ。
しばらくの間これを見ているに留まった「光」だったが、やがてこの戦に悲しみ、自らも地に降り立った。彼は全ての使徒の中で「闇」に最も近い形を持っていたが、このために「闇」が自らに似せて生み出した人間が、光の似姿でもあったためだ。彼は人に同情し、その味方をするために、ほかの同胞を敵に回すことを選んだ。
地に降りた「光」は人間に戦う術を教えた。自らの支配域である炎の知識を与え、それによって武器を生み出し、身を守り、あるいは攻撃する手段を伝えた。こうして人は戦争と殺戮を覚えた。
また「光」は自らの力をさずけようと、禁忌と知りながら人と交わった。これによって生まれた子供は半人半獣の悪魔であり、とても強かったものの、獰猛で攻撃的で、無限の食欲を持っていた。彼らは力を制御することが出来ず、知恵もほとんどなかった不完全な存在だったので、人間からは「ネフェリム」と、そして使徒からは「ギルス」と呼ばれて忌み嫌われた。
こうして訪れた次の10年は「楽園喪失の時代」となり、人間側の反撃が始まった。人は作り出した兵器や、生まれた闘争心で使徒に抗い、またそこから生まれた「ギルス」が暴虐を尽くし、使徒達を食らった。最も、彼らは人間側の戦力と呼ぶにはあまりにも横暴で、腹が減れば人をも襲い、大地をくらい、川を飲み干し、時には同士討ちなどもすることがあった。また、あまりにも強すぎるために体が保たず、寿命はおよそ5年ほどしかなかった。
この時代には使徒の側も数を減らし、また、楽園は人の生みだした兵器によって本格的に荒れ果てていくこととなった。
「闇の力」テオスは、一連の出来事を知り、ついに看過できぬと見て、使徒達の言葉に従い、自ら、弟たる「光の力」プロメスを討たんと出陣した。それと同時に残りの5人のエルも現世に向かい、地上に蔓延る「ギルス」達の掃討に乗り出した。
プロメスもまた、自身の犯した行いの罪深さに気づいていたが、それと同時にこの争いが始まることを諌められなかったテオスにも同等の罪があるとして、彼に反論した。これにより、「光」と「闇」は永く殺し合うこととなる。
テオスとプロメスの戦いは凄まじく、いくつもの星を壊し、テオスの力を浴びれば、星は全てを飲み込む闇の塊と化し、プロメスの力を浴びれば、宇宙を照らす巨大な炎へと変じた。こうして宇宙を飛び回り、兄弟であった2人はいつしかお互いに憎しみあいながら世界を飛び回った。
この戦いもまた10年続き、これを「黄昏の時代」と人々は呼んだ。
最後の10年は「日食の時代」である。長きに渡る戦いは終わり、
裁定は厳しいものであった。プロメスの反乱、ギルスの出現、楽園喪失。エル達は「既に人はプロメスの子となった。彼らみな、地を枯らし、力に溺れるギルスであろう」と言い、その従えた動物たちも含めて地上の全てを洗い流すことを決めた。
こうして、全てを滅ぼさんと大洪水がもたらされた。「地」が叫べば大地が裂け、「水」が叫べば海が溢れ、「風」が叫べば山が剥がれ、「雷」が叫べば町が溶け、「月」が叫べば星が落ちた。こうして地上は40日もの間、大洪水に見舞われて水の底に沈んだ。
しかしテオスは自らが生み出した命たちの運命に深く悲しみ、エル達を裏切って人間に方舟を作らせると、人を含めた全ての動物たちをつがいで1匹ずつその方舟に乗せ、洪水から生き延びさせた。
やがて水が引き、41日目の朝に再び大地が姿を現すと、人の生き延びたるを見てエル達は怒った。彼らの言うところ、「彼らみな、もはやあなたには従わないでしょう。プロメスの血を受けた悪魔なのですから。いずれは邪悪な力を手にして、あなたに牙をむくだろう」と。これに対してテオスの言うところ「私の言葉に逆らい、争いを起こした罪はお前達にもある。それを止められなかった罪が私にもある。ならば人間が再び地に満ちて繁栄するまで、私たちは眠り、答えを待とう。人間が私たちに逆らう者なのかどうか」と。
こうしてテオスとエル、そしてその使徒達は長い眠りにつくことになった。ひとつの楽園だった大地は分かたれた荒野へと姿を変え、全ての生き物は自ら生きるために獲物を取らなければならなくなった。
地上へと降り立った人間にはもはや何も残されておらず、彼らもまた他の獣たち同様、地を這う猿として過酷な再出発をしなければならなくなった。しかして、プロメスの光を受け、いつの日にか必然的に彼らだけが英知を進化させ、万物の霊長となる宿命を手にしながら……。
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少女が目を覚ますと、そこは見覚えのない場所であった。質素なカーテンから差す陽の光が眩しい、これまた質素なベッドの上だ。視線だけを動かして辺りの様子を伺うと、今、自分がいるこの場所はお世辞にも広い場所ではなく、どうやら一人暮らし用のアパートの一室であることが分かる。それも、デスクやチェアなどの地味な内装から、ここに住んでいるのは少なくとも女ではなさそうだった。
我に返り、ガバッと身を起こす。それと同時に気配に気づいたのか、少女の側からは死角になっているキッチンの方から、一人の男が顔を出した。それは彼女も知っている顔だった。
状況を飲み込むために一度、少女はパチクリと瞬きをしてみる。
「……」
「目が覚めたか。何があったのか知らないがあんまり無闇に動き回らない方がいい」
相手は涼しげにそんなことを言ってくるが、今目が覚めたばかりの少女、さやかにはやっぱりイマイチよくわからない。気がついたら他人の男の部屋にいる、というのは流石に見過ごすことの出来ない異常だろう。
「なんであたし、この部屋にいるんだっけ」
怪訝そうにそう聞いてみると、この部屋の主、葦原涼は一つ嘆息したあとに面倒くさそうに答えた。
「お前がフラフラになっている所に運悪く出くわしちまってな。そのまま気絶されたもんで放っとくわけにもいかず、俺の部屋までおぶって来たってわけだ」
いや、それで自分の部屋に連れてくるかよ、と少女は眉をひそめたが、涼は先手を打つように気だるげに更に続ける。
「病院の方がいいなら自分で行くといい。だがひとつ言っておくと、俺にガキの趣味はない」
「ガキ」という一言が気に障ったのか、さやかは何か言い返そうかとこわい顔で口を開きかけたが、そこで何かを思い出したように目を見開く。そして気分が悪そうにベッドに体を倒した。
「そっか、あたししくじったんだ……」
「しくじった?」
意味ありげな表現に、涼が反応する。さやかはそれには答えず、独り言のように天井を見上げながら言った。
「あの時、急に頭が痛くなって、気分が……」
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同じ頃、未確認生命体対策班改めアンノウン対策班に所属するG3ユニットの3人はいつものようにGトレーラーの管制室に集まっていた。
「自衛隊との協力体制?」
そして、そこで尾室の報告を聞いた小沢は氷川ともども顔をしかめ、そう聞き返していた。尾室は神妙そうに頷きながら二人を交互に見やる。
「はい、どうも上はそう考えてるみたいですよ。警察だけでは最早アンノウンには対応できないって、だからこれから自衛隊との協力関係になるかもしれないって」
「……」
尾室の言葉に、小沢は明らかに気に入らなそうな表情で自身の椅子に背中をもたれかけた。それからブスっと言葉を投げる。
「なるほど、つまり私たちの働きぶりが気に入らないと、そう言いたいわけだ」
「いや、まあそういうわけじゃないとは思いますけどね。実際、氷川さん一人に戦わせるのは、僕も危ないと思いますし」
このまま放っておくと、罵詈雑言を吐きながら机の足などをけりはじめ、果ては自分に当たってくるのではないかというきな臭い雰囲気に怯え、尾室は慌てて、なるべく彼女の気分を逆立てないように気をつけながらなんとかフォローをした。それでもどうやら彼女にとってはデリカシーが無かったようで、途中でギロリと睨まれた。
「協力体制……ですか」
ただ、黙って聞いていた氷川が一言、ポツリと漏らしたので、二人ともそれ以上は危ういやりとりを続けはしなかったのだが。
それから、小沢が不思議そうな顔で氷川に聞く。
「どうした? あなたも何か不満? もしかして自分の力不足なんじゃないかとか思ってる?」
「……いえ、そういうわけではないんですが。その……」
氷川は少し考え込むように下を向きながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「僕としては大歓迎です。一緒に市民を守るためにアンノウンと戦ってくれる仲間が増えるなら、こんなに心強いことはない。ただ、もしそんな仲間が増えるんだとしたら、それは一体どんな人なのだろうかと……」
突拍子もない、なんとも風変わりな考え方だった。今からそんな、どこの誰かもわからない人間の人格について思いを馳せるとは、なんとも。
ほとほと、天才の小沢でも彼の思考回路には時折、驚かされることがある。いや、あるいは呆れる、というものに近いかもしれない。ただそこに、不思議と嫌悪感などの不快な感情は全く混じらないのだが。
「どんな人って、まあ、程々には立派な人なんじゃないの? 命をかけて誰かのことを守ろうっていうんだから」
「やはり、そうですよね。きっと、頼もしい仲間ができる、僕はそんな気がします」
「はあ?」
あまりにも純粋すぎる氷川のセリフ。尾室と小沢は思わず顔を見合わせて、眉をひそめた。それから小沢はため息をついて、諭すように言う。
「氷川くん、期待するのは結構だけど、人間はそんな簡単なものじゃないわ。「良い人」とか「悪い人」とか、そういう言葉じゃ割り切れないものなの。私たちがこの先、どんな人物と協力関係になるのかは分からないけど、誰しもに必ず、薄暗い部分というものはあるものよ。もちろん、高潔な部分もね」
だから、と更に小沢は続けた。
「あまり他人に期待しすぎるべきではないわ」
氷川はそれを聞き、少しシュンとしながら何度か頷く。
「なるほど、そういうものですか……」
そんな二人を見て、尾室が何か、場を盛り上げようとくだらない戯言を言おうかと思案した時だった。
ピ──ー!
突然、Gトレーラーのアラートが甲高い音を立てる。3人ともが、敏感にその報知に反応した。
それはアンノウン出現の合図だった。