上空遥か七百メートル。東京スカイツリーをも見下ろす遥かな空から、その異形の怪人は眼下に広がる豆粒のような街並みを見下ろしていた。
強硬な頭蓋に鋭く小さな瞳、天狗のようなクチバシの下に尖った歯がズラリと並んだ口を持つ。肩や胸には銀色の立派な装飾品を身につけ、左胸には羽型のバッジのようなものをつけていた。全身は塗りつぶされたように黒く、両手からは翼が生えていて、その両手の翼の他にも、背中に退化したような翼の後があった。
かつて、仮面ライダー、そして仮面ライダーになる可能性を持った超能力者達を始末すべく現れた神の使者の同族である、クロウロード・コルウス・コンカッサスである。
コンカッサスは口元に笑みを浮かべながら、低い笑い声をあげて、街並みの中の一人の青年に目をつけた。そして、右手の平をゆっくりと胸の前に持って行き、それから左手の人差し指と中指の二本指で、その手のひらの上にゼット字をなぞった。すると、コンカッサスの頭上に青白い輪が現れる。コンカッサスは一つ、小さく頷くと、青年めがけて直滑降に下降した。
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サイレンの音が鳴り響く。
封鎖された街道沿いで、北条と河野は既視感を覚える死体と向き合っていた。河野は唸るように言う。
「この仏さん、犯人は今朝発見された死体の事件と同じだな。それにまた、目撃者は無しときた」
そう、見つかった死体はまたも、腰のあたりから真っ二つに体をへし折られていたのだ。まるで何かとてつもなく硬いものを、ものすごい勢いでぶつけられたように。
「被害者の身元は?」
北条は問う。河野は頷き、答えた。
「ああ、どうやら近場のアパートに住んでいた大学生で、名前は塗丈 義之、十八歳」
「塗丈?」
「ああ、なんの群然か知らんが、今朝見つかった塗丈 文雄の兄弟らしい。ホシはもしかすると、塗丈家の一族を狙ってるのかもしれないな」
河野がそう言うと、北条は眉をひそめて考え出した。
「そういえば、少し前までこんな事件が多発していましたね」
「ああ、もしかしてアンノウンのことか。俺も同じ事を考えていたんだが、お前もしかして、これもアンノウンの仕業だなんて言うんじゃないよな。アンノウンはもう、かれこれ三年は現れてない。それとも、まさか、また活動を再開したっていうのか?」
「いえ」
北条はゆっくりと首を降る。
「確かにアンノウンは、もう長い間現れてはいません。滅んだのかもしれない。ですが、まだ滅んでいない者もいたはずです」
「滅んでいない者? 一体なんだそりゃ?」
「アンノウンと同じ、いや、それ以上の力を持ちながらも、未だに滅んでいない者、アギトですよ」
「アギトォ? じゃ、お前なんだ、これはアギトがやったってのか? そりゃあちょっと無理があるんじゃないか? え?」
「いえ、まだそこまでは……。そうだ!」
北条は、思い出したように河野に言う。
「塗丈 文雄殺害の現場に、潰れたコーヒーの空き缶が落ちいたと言っていましたね。あれを見せてもらえませんか?」
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「それにしても驚きました。いきなり津上シェフが倒れていたんですから」
加奈はレストランの休憩室で、目を覚ました翔一に笑いかけた。翔一も笑顔でそれに応え、頭をかく。
「いやぁー、すみません! 昨日あんまり眠れなくって。ははは」
翔一はそう笑いながら、体を起こそうとして、ウッとまた体に痛みを感じる。慌てて加奈が翔一に寄り添い、肩に手をかけて寝かしつけた。
「まだ寝てなくちゃダメですよ。お店を開く五時までにはまだ、時間があります」
加奈は真摯な瞳で、訴えかけるように翔一に言った。
「加奈さん……」
「翔一さん……」
二人の視線がお互いに交差する。その時だった。
「ウアッ!」
再び、翔一を頭痛が襲う。同時に、加奈も頭に鈍い痛みを覚えたが、そんな事には構わずに、翔一の肩を揺らした。
「ちょっと、翔一さん!? 大丈夫ですか!? 翔一さん!?」
翔一は頭を抱えて唸りながら、無理やり体を起こして言った。
「すみません加奈さん。俺、ちょっと行かなくちゃ!」
「行くって、どこへ……」
加奈のその問いに答えることなく、翔一は駆け足で休憩室を飛び出し、レストランの入り口から出て行って、FIRESTORMに跨った。翔一を追ってレストランを飛び出した加奈の耳には、ただバイクの発進音だけが聞こえてきた。
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昨日よりも速く翔一はバイクを疾らせた。バイクが大きなエンジン音を立てて、二つのタイヤが路上を滑る。翔一がふと空を見上げると、何かの黒い飛行物体が地面に向かって高速で滑空しているのが見えた。翔一は高鳴る胸のリズムに抗わず、さらに強くアクセルを踏んだ。
翔一がたどり着いた川の土手には一人の男が倒れていた。翔一が昨夜見たのと同じように、腰の辺りで真っ二つに体を折られた死体だった。
そして、その向こうには……。
翔一の最も恐れていた姿があった。黒い成りをした、人ならざる異形が、こちらに背を向けて立っていたのだ。アンノウン。そう呼ばれていた奴らに間違いない。翔一は思わず、拳を握りしめる。
異形の存在、コンカッサスは翔一の方を振り向く。そして大きく胸を張って、唸るように笑った。
翔一はバイクから飛び降りると、腰の前で手を交差させた。
「なぜ、何故お前たちがここにいる! どうしてまた、人間を襲うんだ!」
翔一がさらに変身の構えをとると、翔一の腹部に賢者の石の輝きを宿すオルタリングベルトが現れた。それと同時にコンカッサスが翔一に襲いかかる。
翔一はコンカッサスの右の拳を左手で受け止めると、そのままカウンターで右ひじを食らわせた。そして、コンカッサスのみぞおちを蹴り上げる。
コンカッサスが後ずさり、怯んだ隙に、翔一は右手を前に突き出した。
「変身!!」
叫び声と同時に、ベルトの両端を手で叩く。すると翔一の体が、賢者の石から発せられる光に包まれた。
そして。
「はっ!」
翔一もまた、光を纏った金色の異形へと変身した。コンカッサスがその姿を見て、怯んだように身を震わし、口走る。
「アギト……」
そう、その姿こそ翔一の変身、アギトだった。
コンカッサスは低い唸り声と共にアギトに襲いかかる。しかし、アギトは左フックをかわすと、更に返しの裏拳を左手で受け止め、空いたコンカッサスの左脇腹に二度、三度パンチを食らわせる。コンカッサスが脇腹を抑えて後ずさるが、アギトは更に左の足で追撃し、コンカッサスの腹を蹴り飛ばした。
コンカッサスは二メートルほど宙を舞って土手のサイクリングロードに叩きつけられ、身悶えする。
それから何とか立ち上がると、地面を蹴って飛び上がった。そしてアギトの方に頭を向けると、翼を羽ばたかせて、地面の上を滑るように滑空した。
とてつもないスピードでコンカッサスの硬い頭蓋がアギトの胸を襲う。ギリギリで直撃をかわしたアギトだったが、それでもコンカッサスの攻撃をくらい、吹き飛ばされてしまった。
「うわっ!」
アギトは草原に背中を投げ出し、よろめく。
それでもゆっくりと立ち上がると、再びこちらに向かって滑空してくる敵を見据えた。
アギトは激突の瞬間、横へ身をそらし、それと並行する形でコンカッサスの腹を蹴り上げる。
直撃を食らってコンカッサスが呻き声をあげ、地面に落ちた。対してアギトはすぐに体制を立て直し、体に力を込める。
すると、アギトの頭に生えている二本の角、クロスホーンが展開し、六本角へと変わった。そしてアギトの足元に炎を宿した六本角の戦士の文様が浮かび上がる。それはまるで、力を与えるようにアギトの両足に収束した。
エネルギーが収束すると、アギトは腰を深く据え、思い切り地面を蹴り上げて跳躍し、そして今ようやっと体制を立て直したコンカッサスに向かって大上段の飛び蹴りを放った。それは凄まじいスピードでコンカッサスの眼前で更に加速し、人間で言う心臓の上の辺りの胸を蹴りつける。ものすごい衝撃と共に、コンカッサスは数メートルも吹き飛んだ。
アギトは綺麗に宙を舞って着地する。対して、コンカッサスは胸を押さえて苦しみながらヨロヨロと立ち上がった。しかし、すぐに膝を折り胸をかきむしる。そして遂に耐えかねたように頭上に天使の輪を浮かべると、断末魔の声と共に地に倒れ、爆散した。
アギトはその爆発には目も向けず、ゆっくりと土手を昇り、そして倒れている男の死体を見下ろした。
ちょうどその時、警視庁捜査一課の車が現場を通りかかった。乗っていたのは北条 透。北条はアギトの姿をとらえて車を止め、窓から身を乗り出した。アギトは今、背を向けて立ち去ろうとしている。そしてその近くには、人間が倒れていた。
北条は思わず呟く。
「アギト……」
DATABASE
種族名:クロウロード
個体名:コルウス・コンカッサス
能力:時速300km/hで飛行する
カラスに似た超越生命体。その名は「激突のカラス」を意味する。