夜露死苦
「ここに集まってもらった理由は、既に見当がついているかな?」
警視庁本部、その上層階にある会議室に朝早くから集合させられたG3ユニットの三人は、目の前に居並ぶ上役幹部たちを目にして唾を飲み込んだ。
なんとも勿体ぶった、格式ばった召集である。いつもの老いぼれ三人衆はもちろんのこと、その他にもこの警視庁で一度は目にすることのある顔ぶれがズラリと彼らの前に並んでいた。そのどの面もまた、例外なくしわしわのよれよれで、全く頭のお固い方々であろうことは想像に難くない。
「この度のことは、ある意味では革新的な試みと言えなくもない。3年前より続く、この一連の事件にとって、ね」
そのしわしわ頭のうちの一つが口を開く。その言葉に小沢は気圧されずに頷き、返した。
「だいたいのことは把握しています。私が耳にした限りでは今回の事件に関する、ある種の妥協点的打開案である、とのことでしたが」
本当は私たちの仕事内容に不満があるということですよね、はっきり言いなさいよ。と大声で口走りたくなる気持ちを必死に押さえ込みながら、務めて冷静に小沢は言葉を紡ぐ。
上役たちもその言葉に「正しく」と頷いた。
「その通り。その言葉はアンノウンの脅威に対する対抗策として、君たちだけではなく、我々警視庁という組織全体が問題を共有するという意味だ。そして、組織とは得てして個に似ることもある」
「これまでの事件を経て、我々警視庁もまた、単体では力不足であるという認識を強めざるをえない」
要約すると、おまえ達に問題がある。今のままではアンノウンに対抗するには実力不足だぞ、と上から物申されているようだ、この老人達は。
短気な小沢は、思わず椅子を蹴っ飛ばしてやりたくなる衝動に駆られた。
「入りたまえ」
そんな小沢の気持ちなど知る由もなく、老幹部の一人が会議室の中央扉に向かって声をかける。すると、一拍おいてからその扉がゆっくりと開かれた。
そしてそこから、小沢たちの見知らぬ三人の男女が会議室の中へと入ってきた。三人一様に濃い緑色の制服に身を包み、姿勢よく背筋を伸ばしていて、扉をくぐるとおもむろに幹部達に向かって頭を下げた。
「君たちにとっては新しい風になるな。だが、これがより良い刺激となり、さらに君たちを鼓舞してくれることを我々は期待している」
「彼らは自衛隊八王子駐屯地より派遣された精鋭、一連のアンノウン事件についても聡く、自衛隊組織の中では専門といえるほどだ」
「さて、自己紹介してもらえるかな?」
真ん中に座った重役がそう唱えると、入ってきた三人のうち、1番背の低い長髪の女性が敬礼をし、口角をあげた。一見すると自衛官とは思えないほど落ち着いた美貌の持ち主で、どことなく危うい魅力があった。それは、女である小沢澄子であっても、思わず目を奪われてしまうほどのものだった。
「自衛隊八王子駐屯地普通科所属、
三等陸佐……といえば相当な大物であろう、警察組織でいえば警部以上、警視にも相当する階級といえるのではないだろうか。しかし、どう見積っても今自己紹介した女性はせいぜい二十代であろう。そんな若年でその役職につくなどと、普通ならば考えられないことである。
警視庁きっての天才頭脳、小沢澄子ですら肩書きは警部、G3ユニットの管轄内でのみ限定的に警視と同等の権限を与えられているに留まる。それなのに、恐らくこの高山という女は小沢よりも年下である。一体どれほどのエリートだというのだろうか。
「同じく、
「中野 月美三等陸尉です」
と、脇の二人が続けて敬礼をする。一人は長身口ひげの真面目そうな男、もう一人は闊達そうなショートヘアの女性だった。
氷川らは交互に顔を見合わせつつも、入室してきた三人に目を向ける。向こうもまた、初めて見るG3ユニットの面々に思うところがあるのか、視線を合わせてきた。
「立場上、彼らは研修生という名目で君たちの活動に限定的な範囲で帯同する。つまり、警視庁で行動する限り一応は君たちの部下につくという形になるわけだが」
「これは警視庁、自衛隊両組織における交流、協力の最前線となる。以後、この体制の要となっていく、といっても過言ではない」
「君たちには軽率な行動は慎み、両組織にとって価値のある関係を築いていくことが求められているということだ」
なんだそれ、お偉いさん同士の顔色の伺いあいなら、手前で勝手に済ませてろ。
と、小沢は苦虫をかみつぶす。
それになんだこの青二才の顔ぶれは。ろくに前線で戦ったこともないくせに。こんな何処の馬の骨かもわからない有象無象がこのアンノウン、そしてアギトに関連する事件に対して、一体どれほどの洞察があるというのか。現場では間違いなく私たちの方がプライオリティがあるはずだ。
特に気に入らないのが、あの最初に自己紹介をしてきた高山とかいう女だ。何を考えているのか知らないが、この私に向かってさっきからずっとガンを飛ばしてきている。もしやこの天才頭脳、小沢澄子に対する挑戦、と受け取ってもいいのだろうか。万が一そう言うことならば、こちらは喜んで受けて立つわ、なんなら今ここで。
と、最初から軽率全開の思考を飛ばしつつも、小沢は自分も向こうに対して軽く頭を下げた。
「我々にはない知識、そして技術が彼ら自衛隊には備わっている。G3ユニットにはそれらの力を吸収しつつ、今後のアンノウンへの対抗手段を増やしていってほしい」
「高山くんたちもまた、G3ユニットから多くを学び、協力していってほしい」
高山は静かに微笑み、頷いた。
「はい、もちろんです。これからよろしくお願いします」
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一方その頃、同じ警視庁に所属するエリート刑事の北条 透は、缶のホットコーヒーを片手にため息をついていた。彼は缶コーヒーが嫌いであるが、今の知識と状況を整理し直すために、半ば形式的にそれを購入したのだった。
とにかく、今の優先順位はなんだ。
昨夜、美杉教授から伺った風谷 伸幸の情報についてもう一度考え直すべきか。あるいは先日から失踪しているという風谷 真魚の捜索に乗り出すべきか。
もちろん、抱える仕事はそれだけではない。ただでさえアンノウンが世間を賑わせている今、既に自分のデスクには処理するべき職務が山積みとなっている。
アンノウン、風谷 伸幸、風谷 真魚、アギト……この事件は一体なんなんだ。
そもそも、この事件の始まりはなんだ? アンノウンによる最初の殺人は……3年、いやおよそ4年前だ。だが、更にその前には暁号事件が起こっている。そしてそこに居合わせた人間はアギトの力、あるいはその前段階の超能力を発現させたのだ。
しかし、更に以前では風谷 伸幸が沢木 雪菜によると思われる超能力によって殺害されている。この手口は暁号事件の乗客である榊亜紀が、自分を含める「アギト捕獲作戦」のメンバーである機動隊を狙った連続殺傷事件の犯行と同じ……。
ならば、この犯行が沢木 雪菜によるものであれば彼女は当然、少なくともアギトになる前段階の強い超能力を発現していたのは間違いない。そして、自身の犯した罪と、その力に耐えきれなくなり自殺した。
そして更にそれより以前、風谷 伸幸の配偶者である風谷 朱美が亡くなっている。なんの偶然か彼女の死因も自殺だ。加えて美杉教授曰く、彼女は強いサイコキネシスを発揮していたという話だ。ならば、彼女もまた、いずれはアギトになりうる存在だったのか?
もしそうだとするなら、この一連の事件の本当の始まりは風谷 朱美なのか? それともまだ、自分が知りえていないだけで、さらに遡った過去に始まっているのか。
「……多すぎる」
そう、謎が、多すぎるのだ。
風谷 伸幸殺害事件で何が起こったのか。風谷 真魚があの手紙から見たものはなにか。彼女はどこに消えてしまったのか。風谷 朱美の身に何が起こったのか。何故、沢木 雪菜は風谷 伸幸を殺害したのか。
アギトとは善なるものか、害をなすのか。
何よりも、だ。もし無作為にアギトになるべき人間が覚醒を続けているというのなら……。
自分の知らないアギトは他にもいるのではないか?
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食材の買い出しは、レストランAGITOのこだわりだ。レストランで扱う食材は、翔一の目利きによって選ばれるものがほとんどで、業者からの配達を頼む場合もあるにはあるが、メジャーではない。
とにかく、実際に目で見て、感じて自分の仕込む食材を選ぶ、というのが大切であるらしい。
そんなこだわりを尊重して、加奈もこの買い出しを日課としている。最も、彼女には翔一ほどの目利きの力はないのだが。
今日も、見慣れた商店街を歩き回り、食材を探して回る。野菜類、特に消費の激しいキャベツとトマトがきれかけだったので、まずはそれを見つけなければ。それから長くもたない貝と、翔一の好物であるピーマンを探そう。
ああ、普通っていいな。何も怖くないって素晴らしいな。こんな、普通がずっと続いてくれればいいのに。
と、そんな時。
「自分のことを怖いと思って、毎日を過ごしてやいないか?」
不意に背後から、そんな声がかけられた。
加奈は硬直する。おそらく自分にかけられたものだ。
こわい? 自分を?
……そうだ。毎日そう思っている。分からない自分、不思議な自分、自分とは何なのか。どうなってしまうのか。
でもそんなの、他人から言われるのは余計なお世話ではないか。
「この世界で自分は独りだ」
デリカシーのない背後の声はさらに続ける。
「自分を理解出来る人間は存在しない。……自分の弱さを、脆さを解ってくれる人間なんて存在しない」
アギト、人ならざる存在。
私はそうなった。突然、なんの因果もなく。誰の説明もなく。何故自分なのか、何故おそろしいのか、何故恐れられるのか。
自分は強くはない。それを、アギトを受け入れられるほど。
なのに何故、どうして私が? アギトってなに? 恐ろしいって何?
……私って何?
「その力が、怖いか?」
背後の声はそう問いかける。ズケズケとここまで物申すなんて、一体誰だというのか。その声の主に、何がわかるというのか。加奈はそれを確認しようとも思わなかった。
「……いえ、私にはいますから。私を、理解してくれる人が」
加奈はきっぱりとそう言い捨てて、硬直を振り払い歩き出す。声の正体を確かめようともせずに。
「そうか。だが、俺はここで待っているぞ。……ずっとな」
すこぶる余計なお世話だ、図々しい。
加奈は少し不機嫌になりながら商店街へと溶け込んで行った。どこか心の中で、その声に心を揺さぶられるものを感じながら。
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警視庁本部の廊下、会議を終え、氷川、尾室と共にGトレーラーへと戻ろうとしていた小沢は、向こうから歩いてくる顔ぶれを見て、一瞬すくんだように足を止めた。
先程紹介された、これから自分たちのもとで「研修」を行うという三人組だった。向こうも既にこちらに気がついているようで、目を合わせながら迫ってくる。
なにくそ、ここで負けてたまるか、と意を決して、小沢も胸を張りながら堂々と、もし向こうが止まらなければ突き飛ばしてやろうというくらいの気持ちで歩き出した。
幸いなことに彼らは、小沢たちの前にまで来るとしっかりと歩みを止めた。そして何か言いたげな表情をしながら頭を下げる。
相変わらず、真ん中の高山さんとやらは小沢のことだけを見つめているが。小沢は相手のその態度にイライラとしながらメンチを切り、喧嘩腰の口調で先に口を開いた。
「あ〜、あんた達、確かさっきの。研修生だっけ? まあ何がしたいのか知らないけど、実戦経験もろくにない少し訓練を詰んだだけの素人が、私たちの足を引っ張らないように気をつけなさい」
正しく、上層部が仰っていた「軽率な行動」である。彼女のその開幕早々、頭部に危険球を放り投げるような言動を耳にして、氷川は梅干しを噛み潰したような顔になり、尾室に至っては神経性の頭痛と胃腸炎に同時に襲われてぶっ倒れそうになったほどだ。
しかし、そんな後ろの彼らの気持ちなど露ほども知らない小沢はなおも高山から視線をそらさない。と、そんな彼女に対して、高山は笑顔を絶やさないまま、漏れ出したように呟く。
「本当に……」
あまりに小さい、羽虫のさえずりのようなトーンが余計に小沢の神経を逆撫で、彼女は歯をむいた。
「なに! 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
ああ、もう終わりだ。完全に亀裂が走った。自衛隊と警視庁の関係はお先真っ暗だ。
と尾室が頭を抑えて壁にもたれかかる。神経性の腰痛が発症したのだ。
そして、遂にその小沢の言葉に、相手の高山が口を開いたのだった。
「本当に小沢さんだ〜!!」