「お、小沢さん……?」
その場にいたG3ユニットの三人は一様に、高山の発した言葉に固まり、口をポカンと開けた。それから氷川と尾室は恐る恐る小沢の方に目を向けた。
まさか、彼女たちは知り合いだったりするのだろうか。
「な、なによ、私のこと知ってるの?」
だが、小沢の反応を見るにどうもそういう風には思えなかった。明らかに彼女は高山の態度に動揺し、意味がわからないという顔をしているのだ。
しかし高山はなおも、笑みを浮かべたまま小沢の手など握って顔を近づけてくる。「ひっ」と小沢が短く悲鳴をあげた。
「小沢さん、いえ、小沢先輩! はじめまして、これからよろしくお願いします!」
どうやら初対面には違いないようだが、ずいずいっと近寄られてさしもの小沢も気圧されて後ずさる。氷川と尾室(特に後者)は、この「小沢が押し負けている」という異様に首をかしげてお互いに顔を見合わせた。一方で対面に立つ高山の後ろに控える二人も、若干気まずそうに肩を竦めていた。
「ち、ちょっと何よいきなり、なれなれしい。私の質問に答えなさい!」
「質問?」
「だから! ……とにかく離れなさい」
小沢はそこで相手の手を振りほどくと一度、距離を置く。それから制服の具合をなおすと、一度呼吸を整えて相手のことを見やった。
「なんで私のこと知ってんのよ」
「なんでなんて、当たり前じゃないですか! あの警視庁きっての天才、小沢澄子先輩ですよね! その学歴、来歴もさることながら、若干25歳にして警察の最前線「未確認生命体対策班ことSAUL」の司令塔に抜擢され! 開発者として第四号のデザインを基にG3システムの開発を実現! 更にその後もアンノウン事件の一任者として活動し、G3システムの拡張完全版であるG3-X、そして……」
「高山三佐」
熱が入り切った様子で無心で話し続ける高山の言葉を、ようやっと後ろに控えていた一人、ショートカットの中野月美が遮った。
そこで高山ははじめて、ハッと言葉を止める。それから我に返って、恥ずかしそうに自分の頭をなでながら唖然とする小沢に向かって低頭した。
「す、すみません、つい興奮してしまって余計なことをペラペラと……」
それから改めて、呼吸を整えると。
「とにかく、その、小沢先輩のことはよく存じているんです。だからとっても、光栄で……あの、私……」
「な、なによ……?」
「ファンなんです。小沢先輩の」
「「ふ、ふぁん!?」」
高山の言葉に、弾かれたように訝しげに唸り声をあげたのは、なぜか当の小沢澄子本人ではなく尾室と氷川の方であった。
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チク……タク……チク……タク……
一定のリズムで時を刻む無機質な時計の針の音に、沢木は目を覚ました。
自分はどれほどの時間、眠っていたのだろうか。いや、本当は永遠という長い時を眠って過ごすはずだったのだが。
何の因果か、皮肉にも自身にまだその安らぎは許されていないらしい。
沢木が目を覚ましたのは相も変わらず色気のない、どこかの廃病院のような場所だった。薄汚れたベッドから体を起こすと、目の前に一体の異形が腕を組みながら静かに佇んでいた。
猛禽類を思わせるような鋭い眼光、嘴と、その下に隠れるようにしてむき出している人間の髑髏のような口。茶の体毛に覆われ、隆々とした筋肉を見せる体躯の上に金色の襟飾りを装備し、腰巻きも豪華な金属製、足にはブーツを履いている。手には鋭い爪を生やし、腕からは襟のように退化した翼が生えていた。額に三つのOシグナル、胸には両羽飾り、背中には大きな翼。神々しさと禍々しさを併せ持ち、鳥とも獣ともつかぬ威容を誇る怪人。
カモノハシの使徒、プラティパスロード・グリフォ・マニトゥードが彼のことを見つめていたのだ。
沢木は一瞬、その姿を目にして蛇に睨まれたように固まった。だが、どうやら向こうに敵意は感じられない。……少なくとも、今この場で取って食おうというつもりはないようだ。
何をしているのか、自分の監視役とでもいうのだろうか。
落ち着いてよく見ると、彼、マニトゥードの後ろには機械仕掛けの大きな時計があった。黄金の時計本体に、四人の子供の天使が寄り添っているという宗教的なデザインで、宙に浮いているかのようにも見えるそれは、どうやら沢木を目覚めさせた秒針音の発信源となっているようだ。恐らく、この上級アンノウンの能力と何か関係があるものなのだろうが、触らぬ神に祟りなしといったところだろう。
沢木はベッドの上で体を起こした姿勢のまま、辺りを見回す。目に映るのは廃病院の一室の、時の経過を思わせる薄汚れた壁や、何床も並ぶ煤けたベッド、割れた窓ガラスなど殺伐とした光景だった。だが、沢木の目当ての人物の姿はない。
「…………」
沢木はどうしたものかと一考した後、恐る恐る目の前の怪人に目をやった。相変わらず彼は無表情で、こちらを睨み続けている。
「……彼は、どこにいる?」
このまま睨み合いを続けても埒が明かない、と沢木は思い切って、マニトゥードに問いかけてみた。
コミュニケーションが通ずるのだろうか。
彼の言葉に対して、マニトゥードはしばしの沈黙を保った後……。
「…………」
無言で顎だけを動かし、窓の方を指し示した。どうやらそっちを見ろということらしい。
沢木は身を乗り出し、ガラスの割れた窓のその向こうを覗き見る。
と、その向こうの、この廃病院の隣の棟の屋上に、あの青年の姿が見えた。かつて一度、人類を滅ぼさんとしたこの世の君、黒い青年と同じ姿をした、そしてそれよりも忌むべき、恐ろしい存在。
「お前は、一体何を……」
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翔一は最近、よく同じ夢を見る。
翔一がこれまでに知り合ってきた様々な人物が、入れ替わりたちかわり現れるという奇妙な夢だ。
場所は様々だった。フェリーボートの甲板や、どこかのビルの屋上や、長く世話になった美杉家のリビングや、城北大学のキャンパス内。翔一にとっては馴染みのある場所が多かった。
そして、現れる人物も多種多様だ。一人一人だが、翔一とはそれなりに縁のある人々。
かつて共に戦った木野薫や、他にも暁号に乗り合わせた人々、そして、姉の雪菜だ。
そう、最後は必ず、彼は砂浜で目を覚ますのだ。引き潮の波に飲まれそうになって濡れている所を、助けに駆け寄ってきてくれた女学生によって起こされる。彼は、顔を上げ、辺りを見回し、そして目にする。
太陽を背に、こちらに向かって手を振っている姉の姿を。
「こっちに来て」
目を覚ます。
いつものことだった。悪夢、と呼ぶのはいささか失礼な話だが、不思議な夢だ。翔一の引きずる過去を体現するかのように、その夢には翔一と関わりのあった人物、そしてそれでいて、今は既に亡くなっている人物が登場する。
なぜ、今になってこんな夢を見るのか。なぜ、今になって思い出し、懐かしみ、悔やむのか。
過去は戻らない、それは今も三年前も、その前からもずっと変わらないことなのに。
ずっと、自分にまとわりつづけるのだろうか。その記憶は、思い出は、心残りは。刻み込まれた傷跡のように、誰もがこんなものを抱えて生きているのだろうか。
これでは、まるで。
まるで、呪いではないか。
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「おお、氷川」
「河野さん!」
広い警視庁の廊下で、氷川と河野は久方ぶりに偶然ばったりと出くわした。かつてはよく、二人で捜査なども行ったものだが。特にアンノウンが一時的に姿を消し、G3-Xの装着員を降りた直後などは随分彼の世話になったものだ。
二人は並んで歩きながら会話を始める。
「よお、どうだ最近、調子の方は?」
「ええ、色々と大変ですが、頑張っています」
「うん、うん。まあ、Gなんとかいうのも、新しくなったんだろ?」
「G3-XXです」
「あーそうだ。まあなぁ、三年前は色々あったからな。ほら、あいつ、北条もな? 前は随分お前とも争っていたが、今は別のことに興味を持ったみたいでな?」
「別のこと、ですか?」
「ああ、まあどうやらあいつとしては、刑事の血が騒ぐんだろうな。風谷伸幸事件をまた洗い直したい、なんて言い出してなぁ」
「風谷伸幸事件……」
氷川はその事件に思いを馳せる。彼にも馴染みの深い、いや、北条、河野、氷川の三人を繋ぐ大きな事件だ。
……そして、あの風谷真魚や津上翔一すらもその線上にあった。
「でも、一体なぜ?」
「さあな。ま、あいつの刑事の勘ってところじゃないか? ただ、厄介なことになったみたいだがな」
「厄介なこと?」
「なんだ、聞いてないのか?」
河野は少し意外そうな顔をする。三年前なら氷川は、こういうことは自分よりもいち早く耳に入れて動いてそうなもんだが。
「なんでもな、風谷真魚が失踪したらしい」
河野の言葉に、氷川は目を丸める。
「ま、真魚さんが!?」
「ああ、なんでも数日前から家に帰らず、居場所もわからないまま連絡が取れなくなったらしい。それでこっちでもちょっと捜索中なんだが、いかんせんアンノウンのこともあるからな」
「まさか、そんなことが……」
自分の知らぬ間に、随分と大変なことになっていたようだと氷川は驚いた。
「わかりました、僕の方でも自分なりに捜索してみます!」
そう言って河野に会釈し、走り出そうとする。そしてしばらく行ってから、思い出したように立ち止まり、河野の方を振り向いた。河野の方も、「なんだ?」という様子で首を傾げる。
「すいません、河野さん。空にいる鳥を撃ち落とすにはどうしたらいいと思いますか?」
「鳥をぉ? それは一体、なんのことだ?」
「いえ、ふと思っただけなんですが」
年の功、ということもある。次の敗北は絶対に許されないのだ、どんなことでも聞いておこう。
河野はしばし考えたあと。
「そりゃあ銃の性能も必要だがな、それが確かならあとは人間の腕次第だよ。まあ、腕利きの猟師ってのはまず一発、威嚇の弾を撃つんだ。そして鳥が飛び立ったところをしっかり狙い撃つんだ」
河野は、ご丁寧に猟師の身振りなどを真似しながらそう教えてくる。
「なるほど、ありがとうございます! 参考にします」
氷川はそれを聞いて、元気強く彼に頭を下げると今度こそ走って行ってしまった。そんな彼の背中を、不思議なやつだなぁ、と河野は見送った。
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北条はパチリと目を見開く。
「よし」
長考の時間は終わった。一通り情報の整理を終え、今度は実際に動き出す晩だ。
だがやはり、先決は風谷真魚の捜索だろう。今、最も重要な情報を握っているのは間違いなく彼女だ。
北条はそう決心すると、拳を握りしめて立ち上がり、歩き出した。