その声
風谷真魚の捜索に乗り出した北条は、卓越、洗練された手腕で聞き込み調査を行い、すぐに彼女が最後に目撃されたという美杉邸近くの商店街にまで行き着いた。流石はエリート刑事の手練ともいうべきか、彼の調査、洞察は常にとてもロジカルであり、それでいて自身の直感をも無視しないものである。
だからこそ、不謹慎ながらも彼は感じていた。この風谷真魚の失踪という事件に対して、どこか一連の事件の核心へと繋がる直感と、それに対する自身の胸の高鳴りを。
間違いない。彼女の失踪は、今回のアンノウンの再出現と何らかの関係があるはずだ。
北条はそう確信を持って、更なる聞きこみ調査を開始しようとした。
その時。
「失礼ですが、北条刑事ですか?」
「……え?」
突如、自身を呼び止める声の存在に、北条は思わず声を漏らしながらそちらを振り向いた。
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「うわっ!!」
雷のエルの一撃が、アギトを大きく吹き飛ばした。橋梁の上から、一気に河原の土手に突き落とされたアギトは体をよじると、何とか肘をついて起き上がろうとする。
そんなアギトを追撃するように、雷のエルは大きく跳躍してそのすぐ近くに着地すると、自身のエンジェル・ハイロウを展開し、そこからおよそ一メートルはあろうかという長大な大槌、「慈悲のミョルニル」を取り出した。そして体制を立て直そうとしているアギトに対して、その巨大なハンマーを怪力にものを言わせて振り払った。
アギトの胸を打ち付けると同時に、「慈悲のミョルニル」は自身の秘めたる力を電気のエネルギーとして解放すると、強力な雷撃を放った。
「うああぁっ!!」
雷を纏った大槌による殴打をまともに食らったアギトは、再び大きく宙を舞うと、そのまま地面を転がり、体のしびれと痛みにあえいだ。ビリビリと、体の中に刺激が走り続けている感覚に陥る。
「ぐっ……うぅ……」
だが、それでもなお気迫で体制を立て直すと、力を振り絞って自身の腕を胸の前でクロスさせた。
そして、オルタリングの両端を思い切り叩くと、賢者の石から更なるパワーを解放させた。アギトの体が眩い光に包まれ、その姿が一度溶岩のごとき高熱を纏った隆々とした強固な外骨格に包まれた後、ひび割れと共にそれが剥がれ落ち、新たに白銀の肉体が新生する。
シャイニングフォームへと自身を「進化」させたアギトは、改めて、今しも迫り来る強敵を見据えようと構えを取ろうとした。
しかし。
「……っ?」
不意に、別の何者かの気配を感じ取って、辺りに目を向ける。いや、気配というほど確かなものではなかったかもしれない。アギトという戦士へと変身したことで備わった超感覚を持ってしてようやっと気づけるほどの、極めて微かな何か。あまりにも茫洋として曖昧で、空漠とした存在感。
姿も臭いもない何者かがこちらを見つめているような、落ち着かない感覚がアギトの注意を逸らした。
なんだ? 何がいる?
何が……俺を見つめているんだ?
まだうすら寒い春前の風にそよぐ河辺の草原を見回すが、どこにもその感覚の正体らしきものは見当たらない。ただ、静寂がせせら笑うかの如くその答えを彼に突きつけるのみ。
「ふんっ!」
刹那、風切り音と共に衝撃がアギトを襲う。雷のエルは、目の前の敵が見せた数瞬の「致命的」な隙を見逃すはずがなかった。「慈悲のミョルニル」を叩きつけられたアギトはよろめきながら後ずさる。
逃すまいとすかさず、雷のエルは間合いを詰めて、今度は上段から大槌を振り下ろした。大振りを背中に叩きつけられたアギトは、視界が滲むほどの一撃に、両手をついて地面に倒れ伏した。
「ぐぅっ……!」
即座に、何とか起き上がろうともがいてみるものの、エルロードの攻撃をまともに数度として受けたダメージは、簡単には振り払うことの出来るものではなかった。
雷のエルは、足下で足掻くアギトの姿を悠々と見下ろすと、「慈悲のミョルニル」を握りなおす。
「アギト……地に落ちた翼よ。ここで滅びるもまた運命……」
透き通るような、響き渡るような、鼓膜を揺さぶる高い声音に、まるで何か決められた筋書きを淡々と読み上げるような無機質な口調で上級アンノウンはそう口にした。
そして、手にした大槌を上段に振り被った。同時に、奔流する膨大なエネルギーが光の束としてその槌頭に収束し始める。正しく渾身の一撃をアギトに目掛けて振り下ろそうというのだ。
だが、その時だった。
「翔一くん!」
その行為を制止しようとするかのように、突如としてどこからともなく響き渡る誰かの声。思わず心安らいでしまうほど聞きなれたような、それでいてどこか、何かがかつてと変わってしまったような。静かながらも確かな強い力を秘め、安寧と畏怖という二つの感情を同時に与えるようなその声音に、何を思ったのか雷のエルは手を止めると、声のした方を見やる。
アギトもまた、揺らぐ視界の中にその正体を捉えようとした。
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浅野一輝は、気だるげに教会の裏庭に腰を下ろして、ぼんやりと空を眺めていた。所々に叢雲が青空を覆い隠していて、今日の空模様はあまり芳しくはなかったが、それでも矢張りこうしていると落ち着くような気がする。これは彼の何とない趣味のようなものだった。
今日も今日とて、というより昨日からだが、さやかは何処かへと出張っており、教会にいる「先生」も今は外している。一人でいる時、彼は大抵、空を見つめることに心奪われるのだった。そこに何かが映っているような、あの夏の日に自分が目指していた場所があの向こうにあるような……そしてあの時失ったものがそこで待っているような、そんな不思議な気分になるのだ。吸い込まれるように、誘われるように。
と、そんな彼の周囲で不意に、コロリと小さな石が震えるように細動した。同時に、辺りに生える草花も静かに、しかし確かに周期を一致させて揺らめき始める。最初は小さく、やがて少しずつ広がりながら大きなざわめきを伴って。
更にそこから、小石を初めとしてコンクリートブロックの破片やら、投げ捨てられた空き缶やら、一輝を取り巻くあらゆるものが振動を始めると、今度は左右に無秩序的に転がってぶつかったり、果ては宙に浮かび始めたりする始末だ。
そして当の一輝本人は、こんな心霊現象とも思えるような異様が周囲で起こっていようとも、まるで頓着することもなく、未だ無感情に空を見上げているばかりだった。
グシャッ
おもむろに、宙に浮かんだ空き缶が一瞬の内にひしゃげるように潰れ、ものすごい力で捻られたかのようにねじ切れる。続けて、今度はなんとコンクリートブロックの破片がミシミシと音を立て始めると、幾ばくもしない間に耐えかねたように大きな亀裂を生じさせる。それは網の目のように広がり、今しもそのブロック片を粉々に砕いてしまおうかという所だった。
「あー、またここにいたの」
そんな時にかけられた彼女の声が、一輝の心を呼び戻す。彼がハッとしてそちらを振り向いた途端、空き缶の破片も、壊れかけのブロックも、空中で静止していた石や砂利も、全てが糸が切れたように地面に落ちた。しかし一輝はまるで存在しないかのように、そんなものには目もくれずに、自分に声をかけてきた少女に向かって返事をする。
「帰ってきてたのか、さやか」
奔放に辺りをほっつきに出たかと思えば、いつの間にか帰ってきて知った風な顔で裏庭の入口の方からこちらを眺める顔なじみに、一輝はため息をついた。それに対して、さやかの方も彼の周囲を見回してから肩を竦めて返す。
「帰ってきてたのか、じゃないわよ。また力を使っていたの?」
「……ああ、これ?」
「無意識に使うの、やめなさいって言われたでしょ? ほんと、呑気なんだから」
「何言ってんだよ、お前の方こそイタズラに力を使ってるじゃないか。どうせ今日もそうだろ?」
「それにしたってさ、あたしは相手を選ぶからね。……それにしても」
そこでさやかは一度、そこに散在する「力の痕跡」に改めて目をやると、壊れかけのブロック片を足で小突きながら感心したように頷いた。
「相変わらずすっごい力ねぇ。無意識でこれか」
しかし一輝は、相変わらずつまらなそうにその言葉にもそっぽを向くのだった。