北条に声をかけてきたのは、スーツ姿の二人の見知らぬ男だった。どちらもかなり高身長で体格もがっしりとしており、片方はスポーツ刈りのように髪を短く刈り上げており、もう片方は対称的に女性のように肩下まで長い髪を真っ直ぐに伸ばしていた。
こんな格好の人間に声をかけられる謂れもない北条は、彼らを見上げながら眉をひそめる。
「あなた方は……?」
こちらの身分を聞きたいのなら、先に名乗るのが筋というものだろう。向こうも北条の言い分を理解しているのか、スポーツ刈りの方が軽く会釈をした。
「突然申し訳ない。私は警視庁非公認組織、不可能犯罪特別対策科に所属する二上といいます」
よく見れば右目の下には大きく古傷の後が残り、肌もよく日に焼けていて、隙のない鋭い眼光を見せる、齢三十を少し過ぎたばかりに見える、まるで歴戦の戦士という単語を想起させるような風貌のその男は、北条に対してそう自己紹介しながら、警察手帳を開いて見せてくる。
そこには確かに、
「警視庁非公認組織? ……いや、それよりも不可能犯罪特別対策科ですって?」
「そうです。不可能犯罪特別対策科……通称「不可特」は増大する不可能犯罪の脅威に対抗するために二年前に新設された組織。最も、まだその存在を公にはされていないのでご存知ないのも無理はないでしょうがね」
「増大する不可能犯罪の脅威……しかし、それならばG3ユニットという組織が既に存在するはずですが。何故、わざわざ新たに組織の設置など?」
「G3ユニット?」
そこで二上とその脇に控えた長髪の男ははて、と首をかしげる。しかしそれからすぐに、何か得心が言ったように唇の端をあげると、二上は首を振った。
「……ああ、北条刑事。どうやらあなたは何か思い違いをしているようですね」
「思い違い、ですか?」
思い違いも何も、一連のアンノウンによる不可能犯罪の事件ともなれば、あの忌々しい「G3ユニット」の名前が出てくるのはある種当然、それどころか避けては通れないというのが正しい所ではないか、と北条は疑問を感じる。
「何も今の時代、不可能犯罪を行うのは恐らくあなたが想像しているであろう「アンノウン」だけではありません。人間もまた、同様なのです。……北条刑事にも身に覚えがあるはずだ」
「……!」
北条はそこでハッと息をのんだ。
人間の行う不可能犯罪。確かにそうだ、それは北条が危惧し、そして榊亜紀による機動隊員襲撃事件の際に実際に体験し、更には北条の風谷伸幸殺害事件への推理の中軸ともなっているものだ。信じられないことだが、この世界には超能力とかいうものを用いて、不可能犯罪を行う人間が実在するのだ。
「一般認知はされていませんが、特殊能力を持った人間による不可能犯罪の件数は3年前を皮切りに劇的に増加しています。時にはかの榊亜紀のように連続殺人事件にまで発展することもある。この脅威を見て必然的に警視庁内で組織されたのが我々「不可特」なのです」
二上は、それから、と少し間を置いてから北条の反応を伺いながら続けた。
「不可特の最終目標としては、我々人類がいずれは「アギト」にも対抗しうる手段を得ることです」
────────────ー
「氷川くん、お疲れ様」
Gトレーラーへと帰還した氷川は、そんな管理官の労いの一言に迎えられて、G3-XXのマスクを脱いだ。
「お見事だったわ、今回の戦い」
「ありがとうございます。ですが……」
しかし、念願の勝利を勝ち得たはずの氷川の表情はどこか釈然としない風だった。気になった小沢はいつものように問いかける。
「どうした? すっきりしない顔してるみたいだけど」
「ええ……。あの中野さんから渡された武器、あれがなければ危なかったなと思いまして」
「ああ、あれね……」
その武器とやら、ご丁寧に「GR-07 ケイローン」などと勝手に銘打たれていた怪しげな武装だ。自衛隊からやってきたという三人組の一人、中野 月美とやらが渡してきたものだが、その真意は果たして……。
「そもそも、何故彼女がG3システムと連結可能な装備を持っていたのか、そこがまず疑問ね。そしてそれをわざわざ氷川くんに渡しに来た」
「考えてみれば変ですよね。中野さんはG3システムにアクセスできたってことですし」
尾室も怪訝そうな顔をして腕を組み、小沢の言葉に頷いた。
氷川は脇に抱えたG3-XXのマスクを見下ろすと、先の戦いを思い返すように目を細めた。
────────────ー
そこに立っていたのは真魚だった。
見間違えるはずもない。翔一にとって短いようでとても長い時間を共に過した存在だ。少し前に自分のアパートにやってきた時以来、久しぶりに自分の瞳に映る風谷 真魚の姿を彼はそこに見た。
「……真魚ちゃん?」
ふらつく頭を何とか上げながら、翔一は視界に映ったその姿に声を漏らす。
彼女が何故ここにいるのか?
こんな所で何故俺を呼び止めたのか?
そんな疑問も浮かんでくるが今は些事だ。とにかくここは危険である。一刻も早くこの場から真魚を遠ざけなければ……。
「お前は……」
そんなアギトの頭上から、雷のエルが高い声で呟いた。そのアギトと同じく丸い双眸はしっかりと真魚を捉えて睨みつけている。そして、「慈悲のミョルニル」を前へと突き出した。
「お前もまた、
言下に、大槌の頭の近くに可視化したエネルギーが暴れ狂うように集約させられる。
アギトはそれを見て、エルロードの攻撃から真魚を庇おうとして地面をかく。そこから何とか立ち上がろうとするものの、すぐに体勢を崩してしまい、再び地面に手をついた。
「ふん!」
雷のエルが力を込めるように唸ると、その膨大のエネルギーが宙を這う眩い閃光となって一目散に真魚へと襲いかかる。普通の人間など一溜りもないような、あまりにも桁違いな威力の雷が彼女の間近で弾けた。途端に土煙が舞い上がり、余波に巻き込まれた周囲の地面が抉れ、それを見たアギトも思わず息を呑んだ。
……しかし。
「……っ!」
「……え!?」
雷のエル、そしてアギトもが、その光景に目を疑い、たじろぐ。
なんと土煙の中から現れた風谷 真魚は、アギトでさえも無事では済まないであろうほどの一撃を受けながら、かすり傷ひとつなくその場に佇んでいたのだ。そして彼女の周囲にはうっすらと、取り囲むように透明の壁のようなものが張り巡らされているようで、察するにおそらくはそれが先の攻撃から真魚を守ったようだった。
真魚は唇を噛むと、強い意思を持って眼前の雷のエルを見つめた。
────────────ー
突然、自身を苛む鋭い感覚に、謎の青年は眉をひそめた。それから鋭い視線を辺りに回す。
彼と向き合い、目の前に立っていた沢木はそれを見て、目を細めた。
「どうかしたのか?」
もうしばらく、沢木はこの廃病院の中に閉じ込められているような形となっていた。というのも、この建物の敷地全体を囲うように正体不明の不可思議な空間の壁のようなものが設けられており、外に出ようと思ってもどうやっても進めないのである。どうにかして外部に繋がる道や、その手がかりはないものかと、内観もあらかた探索してみたが、なにも使えそうなものは残っていない。
そもそもこの廃病院に存在している者自体、この灰色の服を身にまとった青年と、大時計を守るように佇むアンノウン、そして自分の三者だけであるようだ。確証はないが、おそらくあの障壁を越える手段は今の沢木には無いように思われた。
「感じます……強い力を」
眉間にシワをよせ、恨めしそうに言葉を紡ぐ青年。
沢木はそれに対して、さらに問いかける。
「力? アギトの力のことか?」
「アギト……いや、アギトよりももっと……近い」
「……近い?」
なんのことかと沢木は首を傾げた。しかし青年は彼の言葉には答えずに忌々しげに歯を食いしばり、天井を見上げた。
「ついに……ついに現れましたか、この力を持つ者が」