バレンタインと葛藤
2月14日……そう、バレンタインである。キリスト教の行事であり、本来男性から女性に対して赤い薔薇の花を贈る慣習が、日本ではお菓子業界の陰謀により女性が男性に対してチョコレートを贈る……謂わば男性陣は現実を再認識させられる行事だ。ただ、この日に限っては女性から逆プロポーズが許される。
そのバレンタインを前にして紗奈は、下準備を周到に行っていた。役所に婚姻届を既に取りに行ったので、如何にしてチョコと一緒に、貴夜に受け取らせるかを考えていた。因みに、その頃貴夜はプログラムに埋もれながらPCとにらめっこしていた。
話が逸れたが、チョコの方も何を作るのか決まっている。貴夜はあまり甘すぎるチョコは嫌いなので、少し値が張ったが高カカオチョコレートを買って何回か試しに作って叶などにも押し付けてみて味の感想を聞き、納得のいくものが作れるようになった。パウンドケーキなので、甘さを押さえられてても美味しいものになったので当日に貴夜に差し入れと言う名の本命チョコと婚姻届と言う爆弾を渡す……そんなことを企んでいた紗奈の顔は、子供の教育上宜しくないレベルの妖しい笑みだった。幸いにも紗奈以外その場に誰も居なかったので、被害はなかった。
「あーもうっ……毎回バグってやがる」大学のラボで、ほぼ2徹目に入ってハイになった貴夜は明日予定されていることを忘れていると言うより覚えていなかった。なんならカフェインを摂っても摂り足りない状態の人間に言ったところで馬の耳に念仏だろうが……息抜きに貴夜は携帯を見た、内容は結婚についてのサイトだった。一応貴夜も考えているのだが、踏ん切りがつかなかった……意気地無しと言われても仕方がない。
「とりあえず帰るか……」そう言って貴夜は帰る準備をして帰路についた。
(まだ夜の10時……今から帰ればある程度休める……何か学内の雰囲気が浮かれてるような雰囲気だったな……近々何かのイベントがあるんだろうか)と思考しながら電車に揺られていた。無駄でも思考に耽っていると、睡魔に負けることがないので、思考の種を模索していた。暫くして自宅の最寄り駅についたので電車を降りて、改札を抜けて夜風に吹かれた。
「寒っ……まだ2月だもんな……うん? 2月……嫌な予感がする」と身震いが途中から意味が違うものになっていた。まだ松葉杖なので、出来るだけ急いで帰宅する貴夜だった。
時は満ちて、2月14日……世間一般は平日なのだが、紗奈達は本来まだ大学に行かなくても良いのだが、貴夜はAIのプログラムとPCの画面に今日もにらめっこしていた。紗奈は貴夜が大学に行くのは解っていたので、一応義理チョコも用意していた。まぁ、紗奈と貴夜が付き合っているのは周知されているし、紗奈自身がコネだけでラボに入った訳ではないのもあって、ラボに居づらいわけではなかった。強いて言うなら、紗奈は実際にプログラムを組むのは得意ではないが、明文化させるのが得意なので若干畑違いな気がしていたが、案外頼りにされたりしているので杞憂なのだが……
私はラボにいた他の学生に義理又は友チョコと称して渡して回り、最後に貴夜に渡そうとして、話し掛けた。
「貴夜……進捗はどう?」と私はラボにいた貴夜一人に対して訊くと、
「まだ追加のブラックボックスの基礎部分しか出来てない」と答えた。つまり今月末には目処がたっていると言外に言っていた。
「なら私も手伝えることある?」
「残念ながらまだ無い」
「有ったら教えてよね……後、はいっ、これ差し入れ」と私はラッピングしたパウンドケーキを渡した。まだ爆弾を取り出さずに様子見をすることにした。
「食べて良いの?」
「その為にもって来たんだし……」
「なら後で食べる」
「今食べて欲しいんだけど……」とジト目で言うと、
「今日何日だっけ?」と貴夜が何かに勘づいた。
「2月14日だよ……」と呆れながら私は言った。
「バレンタインか……別に必要なかったんだけどな……」と照れ隠しながらもツンデレを発動させていたので、
「素直じゃないなぁ-……とりあえず感想教えて、今すぐにね」と私が茶化しながらも迫ると、貴夜は素直にパウンドケーキを口のなかに放り込んだ。
暫く貴夜が吟味し終わると、こう言った。
「美味しいよ……甘さが控えめだったし、好みの味だった」とまだ態度はツンデレを引きずっていながらも、発言だけは素直に言った。本人が相当喜んでいる時しかこんな露骨なツンデレをしないので、付け入るなら今の内だな、と思い本題を切り出すことにした。
「ねぇ貴夜、少し外に出ない? ほんとはこのまま出掛けたいけど……」
「昨日嫌な予感がしたから、ちゃんと睡眠とったし、何ならそんなに根詰めなくてもいい進捗だから良いよ」
「ありがとう、貴夜……なら、私についてきて」
「分かった……紗奈の常識はたまに信頼なら無いけどな……」と余計な一言を言われたが、このあと私が企んでいることは見透かせてないようだったので、特に何も私は言わなかった。
近くの大きな公園中にある、カフェに入ると、それぞれ注文して私は本題を切り出した。
「見て欲しいものが有るんだけど……」と私はバックの中から婚姻届の入った封筒を取り出して貴夜に渡した。婚姻届以外にも考えていたが、流石に重すぎると思った結果、実利も兼ねた婚姻届になった。
「ふぅーん……どれどれって…………」と中身がなんなのか理解した貴夜は、そっと封筒の封を戻して無かったことにしようした。
「それで見てほしいものって? ……ジョークは良いからさ」
「何言ってるの貴夜、その封筒の中身が見て欲しいものだよ?」と満面の笑みを浮かべて何時ものように言うと
「分かったよ……ったく重すぎんだろ色々と」
「一応プロポーズちゃんとさせてよ……なぁなぁになるのは嫌だし」
「あのなぁ……俺が意気地無しになっちゃうじゃん……ちゃんとプロポーズしようとしてたのにさ……」と貴夜が毒づきながら言った。
「あっちでも私に背中任せてくれたし、こっちでも信頼してくれてるしさ……あぁ……なんかじれったい……ええい単刀直入に言う……私と結婚しなさいっ」と言いきってから思った。
(やってしまった……変に気を張りすぎて、言おうとしたことが頭から吹っ飛んだ……なんと言うかワガママな言い方になっちゃった)と顔を赤くしながら思っていると
「紗奈らしい、ほんとに安心したかも……」と貴夜が言った。
「その代わり、婚約指輪は貴夜がだよ?」
「急に現金だな……結婚指輪じゃ駄目なのか?」
「お互いがつける指輪って婚約指輪だよね?」
「何いってるんだが……サナが言ってるのは結婚指輪だよ……ただ、家柄的に紗奈だけがつける婚約指輪も必要だもんな……結婚指輪は日常でつけるものだし……」と私の勘違いを訂正してくれたが、少し遠い目をしていた。
「貴夜、どうしたの?」
「そうなると、経済的にな……ダイヤってなると結婚指輪以上に婚約指輪は根が張るから……うーん」
「まだ、そこら辺は置いとこう? 言い出した私が言うのはアレだけど……」
「そうだな……」
「で、返事は?」とさりげなく流している貴夜に結論を私は迫った。
「だから、病室の時にも言ったけどさ……こんな俺を好きでいてくれるのならって可笑しいな、こんな俺で良ければ喜んで、が正しいか」
「なら良かった。その婚姻届ね、私が書かなきゃいけないところは書いてるから」
「そうか、お前が確信犯か」
「別にいいじゃん、後さ一応私の住所貴夜の実家にしてるんだけど、いい?」
「事情さえ話せば親父たちも理解してくれるしいいとは思うけど、一緒に住むのは4月以降になりそうだな」
「言われてみれば……そう言えば家だって時期が時期だから見つからなさそう……私のパパを頼ってもいいけど、自力で見つけたいし」
「なら、これを出すのは3月だな……ある程度見通したってからしたかったけど、誰かさんが先走ってくれたからね」
「皮肉らなくてもいいじゃん……けど考えて無かったのは本当だから、完全に反論出来ないよ」
「まぁ、今週末とりあえず指輪は見に行くか」
「本当に!?」
「乗りかかった船だしな……ただあんまり期待しないでね……」
「解ってるよ……貴夜の給料3ヵ月分がどれくらいか判んないしさ」
「善処はする」
結論から言えば企みは成功だった。SAOの時以上に幸せな時間を過ごせると思うと嬉さのあまりに自分を抑えられないので外では堪えつつも、その日はその幸せな気持ちに浸る私なのだった。
次回、ナキのの葛藤、と言う嘘予告