あれから何回か広報活動のためにこのテレビ局に訪れていますが、そのたびにあの女性からアプローチをかけられています。そのたびに一緒に来てくださってる艦娘の方に報告はするのですが……向こうはお偉いさんのようで、中々強く言うことはできないようです。
「……はぁ……」
間宮で食事をとりながらも、気分は晴れません。広報活動自体が嫌いなわけではないですが……正直気が滅入ります。あの人、野分を見る目が尋常じゃない……なんと言うか、物凄い執念的なものが見える。だから関わりになんかなりたくないのに……。予定ではまだ何回か広報活動に行かなきゃいけないけど……嫌だなぁ。
「おーい、野分、なに浮かない顔しとるんや?」
「……え? あ、黒潮……」
顔を上げると、いつの間にか黒潮が前の椅子に座っていました。全然気づかなかったけど、いつから居たんだろう。
「どないしたんや? そんな浮かない顔をして。なんか困ってることがあるなら相談乗るで」
そう言ってこちらを見つめる黒潮に口を開けかけ……やめました。なんだか黒潮に相談すると負けたような気分になりますし。大丈夫、あれぐらい……自分一人でなんとかしないと。
「いえ、大丈夫です」
「……ホンマかぁ? なんや無理しとらん?」
「……大丈夫ですから」
野分を見てくる黒潮から視線を逸らし、急いで食事を終えると席を立った。大丈夫、黒潮に頼らなくったって大丈夫。
そんな事があってから数日後。野分はまた広報活動のためにテレビ局を訪れていた。今日は野分一人だけ……筑摩さんも那珂さんも居ないけど、これまでやってきた事をするだけだったので、問題なく活動を終えることができました。
「ふぅ~」
楽屋で水を飲みながら大きく伸びをして……はぁ、正直出撃でもしてるほうがまだ気楽なんだけどなぁ。……あれ、そう言えば。
「今日はあの人見てないな」
普段なら撮影場とかでこちらを見てるはずなのに、今日はその姿を見てない。今日は局に居ないのかな? 良かったぁ。そう思ったら気分が楽になってきた。さ、後は帰って美味しいものでも……。
「ちょっといいかしら」
そう言って楽屋に入ってきたのは例の女性だった。うそ、居ないって思ってたのに。
「ああ、今日も野分ちゃんは可愛いわね。ボーイッシュなのに女性的な柔らかさも秘めていて……まさに私の理想だわ」
「そ……そうですか……」
どうしよう。なんだか今日のこの人の女性は普段より怖い。よりによって那珂さんも筑摩さんも居ないときに……。
「ねぇ、野分ちゃん。私もう我慢できないわ。貴女がその気になればもっと輝けるのよ……そう、もっとね」
「ひい!?」
こ、怖い! もう眼の光が尋常じゃない! に、にげ……逃げないと!
「あ、逃げようと思わない事ねぇ。貴女も軍の広報活動として来てるんでしょ? それなのに逃げ出したなんてなったら……恥ずかしいわよねぇ」
その言葉に思わず体が強張る。そうだ、野分は任務でここに来てるんだ。それなのに逃げ出したりしたら皆に迷惑をかけてしまう。でも……。
「ふふ、大人しくなったわね。さぁ、私のものに……なりなさい」
女性が勢いよく野分の手首を掴んで、その勢いのまま押し倒されて……そのまま女性が顔を近づけて……誰か……那珂さん……筑摩さん……!
「おーい、野分おるかー。迎えに来たでー」
突然楽屋の扉が開けられたと思うと、聞き覚えのある声が聞こえた。それを聞いた女性が振り向く中、野分も視線を扉に向けると、そこには黒潮の姿があった。
「……野分、さっさと帰るで。まーた舞風が踊りに誘って来とるんや。野分やないと抑えきれんで」
そう言うと黒潮はまるで女性が居ないかのように野分に近づいてくる。
「ちょ、ちょっとあんた、誰よ!?」
女性が野分から手を放して黒潮に怒鳴りますが、黒潮は女性に視線すら向けずに口だけ動かして答えている。
「ああ、挨拶が遅れましたな。ウチは陽炎型3番艦の黒潮言います。野分の姉ですわ」
黒潮はそう言いながら野分の荷物を取ると、そのまま野分の腕を掴んで立たせてそのまま楽屋の出入り口まで引っ張っていきます。野分はそれに対して何もできず、ただされるがままです。
「ま、待ちなさい! あんた、私を無視するとは良い度胸ね!」
「無視なんかしとりませんわ。ちゃんと答えてます」
「こっちを見もせずによく言うわね! 良いわ、そっちがその気なら私もしかるべき行動を取るわよ。あんたの事鎮守府へ苦情を入れるし、野分ちゃんも……」
「黙れや」
女性の叫びを断ち切るように、黒潮が短く一言だけ言った。たった一言。でも、それを言った黒潮の雰囲気は普段と全然違う、野分に向けられた言葉じゃないのに、背筋がゾクリとした。女性もそれを察したのか口が閉じていて……。
「なんかやる言うなら勝手にしてもらおうか。でもな……ウチの妹になんかするんやったら相応の覚悟しとかんとアカンで……野分はウチの大事な妹や。今回は見逃したるが、今度なにかしよう思うなら……そん時は容赦せんからな」
そう言って女性を見る黒潮。その横顔は普段の彼女からは想像もつかないほどに冷たく、まるで彼女が別人になってしまったかのようで……。
「ひ……ヒィッ!」
その視線を受けた女性が悲鳴を上げる中、黒潮に手を引かれ、野分は楽屋を後にしていました。