"はじまりの街"から工場エリアへの移動を終えた3人は、一歩を踏み出すと同時にその変化に気付いた。
「あれ、門、閉じてるね」
周囲一帯に何もない所に不自然に存在するこの工場は、普段であれば常時開門いており、誰でも自由に内部に入ることが出来るようになっている。
しかし今その門は固く閉ざされており、中には容易には入れそうにない。
元々余り人気のない場所ではあったが、工場も閉じているのでは、誰も来ないのだろう。
今此処には沙綾達3人以外の人間は、誰も居ないようだ。
「ただ閉まってるだけじゃないかよ。」
門の前に立ち、その呆気なさすぎる結末に、アキラは肩を落とす。
「でも、確かに雰囲気は変わったわね。何か前より不気味。」
ミキも腰に手を当てて呟く。確かに、何もない場所にポツンとある人気の全くない工場。不気味に映らない訳がない。だがミキのその言葉に対して、沙綾はどこか腑に落ちない表情でそれに答えた。
「うん……でも、本当にそれだけなのかな?」
「どういう事?」
沙綾は隣を見ると、パートナーであるアグモンが不思議そうに彼女を見上げている。視線をアグモンに向けたまま、沙綾は困ったように言葉を続けた。
「なんて言うかなー。 何となく空気が重いと言うか、プレッシャーを感じると言うか。ゴメンね、私にも良く分かんないんだけど。」
腕を組み、考えながら答える沙綾にも、どうやら明確な答えは分からないようだ。
「とにかく、中に入れないんならここに居ても仕方ないな。 一旦帰って、また行き先考えようぜ。」
「そうね、残念だけどそうしましょう。」
アキラとミキはそう言うと、端末を使って再び"はじまりの街"に帰るため、工場に背を向けて歩き出す。
しかし、やはり煮え切らないのだろう。特にアキラは、露骨な溜め息を漏らしながら端末に歩いていくのだから。踵を返す二人それを見たアグモンは、門を見上げる沙綾のシャツの裾をひっ張る。
「マァマ、ボク達も行こうよ」
「うーん、 そうだね。残念だけど」
(門開かないかなー)
煮え切らないのは沙綾とて同じである。アグモンにはそういいながらも、彼女は願いながら名残惜しそうに門へと手を触れるのだった。
「あれっ?」
すると、どうだろう。
ピコっと、何かが作動したような音と共に、今まで固く閉じていた門がゆっくりと"ゴゴゴ"、と言う音を立てて開いていくのだ。
「えっ!?どうしたんだ!」
「門が…開いてく!?」
突然の出来事に、全員、特に沙綾は驚き、しばらく言葉を無くす。
沙綾はただ門に触れただけで、別に特別な事などしていない。当たり前ではあるが、強引に力でこじ開けた訳でもない。ただの少女である彼女が、巨大な鉄製の門を力づくで開けるなど、不可能だ。門が開いた理由について、彼女は皆目見当がつかない
「マァマ、すごーい」
一番に声を上げたのは彼女のパートナーであった。
アグモンは無邪気に跳び跳ねながら、沙綾にキラキラした目を向ける。
「あ、あはは、なんか分かんないけど、開いちゃったね」
沙綾は驚きながらも、振り返り、戻ろうとしていた全員に問いかける。
「どうしよっか?」
それに対する二人の答えは言うまでもない。
小説『デジモンアドベンチャー』
元、選ばれし子供の1人、高石タケルが、自分達の冒険を綴った小説。
その中に、この工場も登場しており、まだ物語が始まって間もなく、選ばれし子供達はここで、黒い歯車が埋め込まれたアンドロモンと対峙した。
アンドロモンに埋め込まれた黒い歯車は、選ばれし子供達によって破壊され、彼は正気に戻り、子供達を見送った。
(やっぱり、選ばれし子供達が訪れた場所って、それだけでワクワクするよ)
沙綾は今、小説のこの場面が頭に浮かんでいた。
実際に見た訳ではないが、まるで経験した事のように、思い浮かぶ。 それほど彼女はこの小説を読み込んでいるのだ。
だが、門を潜り抜け、工場の中に入った3人は、そこで絶句する事になる。
「えっ…」
「これは…ど、どういう事だよ…」
選ばれし子供達が活躍した時代とは異なり、この時代の工場は、本来ならマシーン型デジモンが多数生息しており、入り口からでもその姿を確認することが出来る。
しかし今その姿は一つとして見えず、何より門の外からは分からなかったが、その内部は至る所が崩れ、壁には穴が空き、瓦礫が散乱している廃墟のような有り様である。
その様子はまるで、何者かの襲撃を受けたような。
「ひでぇ」
「「…………」」
アキラが呟き、2人は言葉を無くす。
パートナー達も動揺を隠せず、いつも無邪気にはしゃぐアグモンも、今は目の前の事態に口を開けたまま固まってしまっていた。
「奥に行ってみよう」
しばらく立ちすくんだ後、静かにそう言ったのはアキラだった。
「でも!」
ミキが声を張る。この現状を見れば、明かにここが普通出ないことが分かる。彼女はアキラの意見には反対なのだ。それを説き伏せるように、彼は少しだけ声を大きくして口を開く。
「まだ奥に誰か居るかも知れない。ここで突っ立ってても何も分からない」
アキラは続ける。
「俺達はここが変わった原因を突き止めるために来たんだ。このまま帰ったら意味ないだろ」
アキラの言葉に沙綾も続いた。
「私も、奥に行ってみる事に賛成かな。大丈夫だよミキ。いざとなったらバックアップもあるんだし」
バックアップ
デジタルワールド研究家、泉光子郎率いる研究チームが発案し、発展させたシステムである。
現在のデジタルワールドは、ゲートを通る際に、自分とパートナーのバックアップを取られる。
これにより、デジタルワールド内で"もしも"の事が合った場合も、バックアップが作動し、人間は現実世界に、デジモンははじまりの街に強制的にログアウトする仕組みだ。
この安全の確保と言うのもデジタルワールドが世界的に広まった要因の一つだろう。沙綾の後押しもあってか、ミキは一度目を閉じて深呼吸をし、
「……………そうね。分かったわ。行きましょう」
と、覚悟を決めたように、2人の意見に頷いた。
「よし、何があるか分からない。とりあえずゴツモン達を進化させよう。その後、手分けして工場内を調べようぜ。何かあったらデジヴァイスでみんなに連絡な。」
アキラの言葉に2人は頷く。
まとまって行動した方が言い様に思われるが、進化したデジモンは、身体が大きくなるため、通路等ではお互いが邪魔になる事がある。それに加え、この工場の敷地は比較的大きく、まとまって探していると、文字通り日が暮れてしまう。
2年間の冒険を得て、その事理解している沙綾達は、反論をせず、頷いた。
「じゃぁ、行くかゴツモン。」
「ガッテン、アキラ」
アキラのデジヴァイスが光り、ゴツモンがその姿を大きく変化させる。鎧の様に硬化した身体、たくましい四足の足、頭には立派な一本の角を生やした成熟期デジモン、モノクロモンへと進化を果たした。
「先にいくぜ。」
モノクロモンに股がり、2人を見下ろしながらそう言い残すと、アキラは真っ直ぐ工場の奥へと進んでいく。
その姿は正に『自分が原因を突き止めてやる』と言わんばかりであり、気合いに満ちたその後ろ姿を、沙綾とミキは頼もしげに見ていた。
アキラを見送った後、次はミキが行動を起こす。
「私達も行きましょう。ベタモン」
「はーい、ねーさん。」
ミキのデジヴァイスが光る。同時に、ベタモンの体は光と共に大きく縦へと伸びていき、やがて長い身体を持つ海蛇型のデジモン、シードラモンへと進化した。
このデジモンは本来水辺で力を発揮するデジモンだが、陸上でもある程度の活動は可能である。
「じゃぁ沙綾、また後でね」
ミキは沙綾にそう伝え、シードラモンを連れて西側の通路に向かって歩き出した。
遠ざかる背中を横目に、最後に残された沙綾も、デジヴァイスを手にアグモンを見る
「さぁ! 私達もいくよ。アグモン」
「オッケー、マァマ!」
沙綾のデジヴァイスも先の二人同様輝き、アグモンの体が目映い光を放ち始めた。
「アグモン進化ー」
黄色の小さな身体は、みるみる大きくなっていき、その体色も真っ赤に染まっていく。
手足の爪は更に鋭さをまし、もはや凶器とさえ呼べるだろう。
顔はアグモンの特徴を残しながらも、その力はアグモンの比ではない。
「ティラノモン!」
進化の完了と共にティラノモンは自身の名前を力強く叫ぶ。
アグモンと言えば、小説の主人公、八神太一のパートナーとして有名なデジモンであり、その進化先も、同じくグレイモンが抜群の知名度を誇っている。
しかしデジモンの進化は一つではない。育て方によって進化先が変わるのがデジモンなのだ。
沙綾自身、闘争心の強いグレイモンよりも、穏やかな性格のティラノモンの方が、自分に合っていると考えている。
初めて進化した際、体格差を考えずにじゃれついてきたティラノモンに沙綾が殺されかけたこともあったが、裏を返せば、性格面はアグモンと変わらないと言うことだ。
沙綾は進化したパートナーを見上げ、口を開く。
「じゃぁ、私達はこっちだね。行こう、ティラノモン。
」
「うん、マァマについてくよ。」
進化しても相変わらずなパートナーに彼女は苦笑する。
そして、1人と1匹はミキが向かった先の反対側、工場の東側の探索を開始した。
バックアップの設定については、02の最終回で、大人になった太一達が自分の子供をためらいなくあのクレイジーな世界に送り出していた事に疑問を持ったため作りました。
多分これなら安心ですね。