選ばれし子供達がサーバ大陸へと舟を出してい一週間が過ぎた頃、ファイル島、クロックモンの隠れ家では、何時ものように何かを考え込む彼の姿があった。沙綾を助けるための『革新的な方法』を模索するクロックモンにとって、それは最早日常的な光景なのだが、今彼が頭を捻っているのはその事についてではない。
「ふむ…」
自分以外は誰も居ない部屋で、彼は一人呟く。
ここ数日、この部屋で『革新的な方法』を考えていたクロックモンであるが、実際のところ、そのような方法が直ぐに頭に浮かぶ筈もなく、何か切っ掛けを掴む事は出来ないかと、彼は一度沙綾が初めてここに来たとき、彼女が話していたこれまでの話を思い返していた。
「どう言うこと事でしょうか。」
どこか腑に落ちない表情で彼は首を捻る。
「あの時は彼女への罪悪感が強くて気付きませんでしたが…」
そして、話しを思い出していく内、クロックモンは沙綾の話した内容の中に、一つ不自然な点を見つけたのだ。
とは言っても、それは別に『革新的な方法』に繋がるようなものではない。ただ、その一点が彼の頭を複雑にする。
「おかしい…それは……それなら、未来の私は、なぜ……」
深く考え込むクロックモンだが、彼はそこで一度考えるのを止める。
「いや、今この事を考えても答えは出ない。それより、彼女を救う手段ですが、恐らく此処に居るだけでは、もうまともな案もでないでしょう。」
一週間に渡り、地下でひたすら考え続けた彼は、そう結論付けた。そもそも、クロックモンが何故こんな所でひっそり暮らしているのかといえば、それは自身の力の危険性を熟知しているからである。
カオスドラモンのように、自分の力を悪用する者が何時現れるか分からない。未来のクロックモンが何故工場に居たのかは今の彼には分からないが、少なくとも今までの彼は、この場所から出ることには躊躇いがあった。
「外に、出ますか。必要以上の事をしなければ、歴史的にも問題はないはず。」
それでも、沙綾を救うための手掛かりを求めて、彼女の宝物を手に、今クロックモンは、久しぶりとなる外の世界へと足を踏み出すのだった。
一方、その頃サーバ大陸では、
スカルグレイモンの暴走から丸一日が経過し、一行は今再び広大な砂漠を歩いていた。
急激なエネルギー消費によって眠り続けていたコロモンも、今朝皆の起床と共に無事に目を覚まし、涙ぐむ太一に抱きしめられながら、昨日の暴走を皆に謝るのだった。
「ねぇ…マァマ、何処まで歩くの…ボクもう疲れちゃったよ…」
「うん…流石に暑すぎるよね…たぶんもうちょっとだと思うんだけど…」
何時ものように子供達に続いて歩く沙綾とアグモンだが、この炎天下の中、体力にはそれなりに自信がある彼女でさえ、あまりの暑さに玉のような汗が流れる。他の子供達もそれは同様だが、太一は自分よりも、弱ったコロモンを気遣うように歩いていた。
「見て、パルモン!大きなサボテンよ!」
「えっ!」
ミミが前方に巨大なサボテンを発見する。この暑さをしのぐため、その影で一時休憩をしようと一行は我先にと走り出した。沙綾も一応それに続くが、皆とは違い、その表情は優れない。残念ながら、彼女は既に知っているのだ。
(蜃気楼なんだよね…あれ…)
近くまで走ってようやくそれに気付いた子供達は、落胆のあまりその場に崩れ落ちるのだった。
だがそこで、
『選ばれし子供達よ』
「「ゲンナイ!」」
打ちひしがれる皆の前に、ファイル島で会って以来交信の途絶えていたゲンナイが、再びホログラムで姿を表したのだ。突然の登場に皆は驚くが、太一は彼の姿を見て即座に食って掛かる。
「やいじじい!お前の言う通りタグと紋章を手に入れたけど、上手く進化しなかったじゃないか!それどころか、俺達はみんな死にかけるし、退化したコロモンはかわいそうに丸一日眠ったままだったんだぞ!」
「私紋章なんか欲しくなーい。」
「タグと紋章はお互いに引かれ合う。お主達が望む、望まないに関わらず、いずれ紋章はお主達の元に現れる筈じゃ。」
「ふざけるなよじじい!」
コロモンの容態が歴史よりも重かった事による反動か、太一の怒りもそれに比例するように大きくなっている。
今にもホログラムに殴り掛かりそうな彼を見て、沙綾と空は慌てて両方から彼の肩を押さえるようにして、それを止めに入った。
「ちょっと太一、落ちついて!」
「そうだよ!とにかく、このお爺ちゃんの話しを聞こうよ。」
「えーと、お主は、誰じゃ?」
沙綾を見たゲンナイはポカンとしながらそう口にする。
実際、ファイル島で彼が現れた時、離れた位置にいた沙綾は、一人だけゲンナイとは会っていない。二人はこれが初対面なのだ。
「誰って…俺達と同じ選ばれし子供だ!」
「なんじゃと!…そんな筈は……お、お主、デジヴァイスは…持っておるな。ではタグと紋章は持っておるか?」
太一の言葉に驚いた表情のゲンナイは、矢継ぎ早に沙綾へと質問する。彼女が首を横に振ると、彼は神妙な顔つきで下を向き、聞き取れない程度の小言で呟いた。
「…そんな…まさか八人目……辻褄は…合わんこともない…」
納得するようにゲンナイは再び沙綾を見るが、当の本人は困った顔をしている。それもそうだ。歴史を知っている彼女にとっては、今ゲンナイが考えている事が手に取るように分かるのだから。
(ゲンナイさん、絶対勘違いしてるよね…困ったなぁ、"それは違います"なんて言えないし…)
自分が選ばれし子供ではないと確実に証明する手段は、自分の素性を明かす事以外には存在しない。そのような事をこの場で暴露する訳にはいかない以上、今沙綾に出来る事は精々黙ってこの話が終わるのを待つしかない。
(まあ今の所はそれでも問題はないけど…)
「そんなことより、グレイモンがちゃんと進化しなかった理由を説明しろ!」
話しを逸らされ、痺れを切らした太一が再び声を荒げる。
「すまんすまん、だから落ち着け。訳を話そう。正しい育て方をせんと、正しい進化はせん。グレイモンがきちんと進化をしなかったのは、お主の育て方が間違っておったからじゃ。」
「正しい育て方ってなんだよ。」
「選ばれし子供達よ、正しいそ#$€%,#"(<$」
ようやく本題に入るという所で、ゲンナイの声にノイズが混ざり始め、ファイル島の時と同様、そこでプツンと映像が途切れてしまった。
「あのじじい、また大事な所で!」
煮え切らない答えに太一は悪態をつくが、空はそんな彼をなだめながら、何かを閃いたように表情を明るくして一行に声をかける。
「まあまあ、とにかく、正しい育て方なら、沙綾ちゃんの育て方を参考にしたらどうかしら。進化してもティラノモンはちゃんと沙綾ちゃんの言うことを聞いてたんだし。」
「えっ!私っ!?」
「それは名案だな。」
彼女の発言にヤマトを始め、全員が期待の目差しを沙綾へと向けた。本来の歴史であれば、皆はここで一度自信を無くし、意気消沈する場面であるが、今回はお手本となる存在が近くに居たため、それが回避されたのだろう。要は、"パートナー達が完全体に至るまでの過程"が少し変更されたということだ。
「よかったねマァマ、ボク達誉められてるよ。」
「そ、そうだね…」
アグモンは嬉しそうに沙綾を見上げるが、話しを振られた彼女の方は戸惑いを見せている。
確かにアグモンとは最良の関係を築けているとは思うが、"正しく育てているか"と聞かれれば、沙綾も子供達と同様、それほどの自信は持てない。
それにもう一つ、先程のゲンナイが話す正しい進化とは、『デジタルワールドを救うという目的に向いている進化』という意味である。即ち、進化先はワクチン種、データ種などが望ましい。だが、沙綾が進化させたメタルティラノモンはウイルス種、性質だけを見れば、この目的においてあまり向いているとはいえない。それに加え進化させる方法も、紋章の補助により自身の"気持ち"が大きく反映される子供達と、ほぼ自力での進化である沙綾とでは違いがあるのだ。
協力出来る事はしてあげたいと願う沙綾も、果たして参考にされていいものなのか判断に困る。
(うぅん、まあどのみち最後には無事に進化出来る筈だし、今はそれでみんなのモチベーションが保たれるなら、いいのかな。)
考えた末、最後にそう判断した彼女は子供達に向き直る。今さらになって、少し恥ずかしくなったのか、彼女は顔を赤らめ、
「うん。」
と、照れを隠すように、短くそう答えるのだった。
場所は再びファイル島に戻り、
「とりあえずここまで来てみましたが」
クロックモンは今、かつてデビモンによってミミと光子郎が飛ばされた、ファイル島、古代遺跡の前へと足を延ばしていた。
「何かヒントになるような物があれば、話は早いのですが……」
彼自身、『革新的な方法』自体がそこいらに転がっているなどとは考えていない。あくまでそれを思い付く切っ掛けが欲しいだけである。この遺跡には、デジタルワールドに関する古くからの情報が多く残されているため、まずはこの場所から調べてみようというのがクロックモンの考えなのだ。
早速遺跡の中へ入ろうと、彼は時計型の機械の足を動かすが、その時、空からドスンという音と共に、赤く、大きな身体をもった昆虫が、まるで入り口を塞ぐように立ち塞がった事で、その足はすぐに停止する。
「ク、クワガーモン!」
自慢のハサミを2、3度クロスさせ、こちらを睨むクワガーモン。その行動から、クロックモンを狙っているのは間違いないだろう。
「まさか、そうそうにピンチに陥るとは…」
呟くクロックモンの声には焦りの色が伺える。
彼もまた、目の前のデジモンと同じ成熟期ではあるが、ずっと隠れて暮らしていたのだ。戦闘などは今まで一度として行った事はない。強力な力を持ってはいるが、いざ戦闘となると、彼の能力は精々成長期レベルが関の山だろう。クワガーモンと戦って勝てる見込みなどまずない。移動速度もクワガーモンの方が圧倒的に早く、逃げ切ることも不可能といっていい。
しかし、その状況において、クロックモンは"焦り"の表情は見せても"絶望"に顔を歪ませる事はない、
(落ち着け。大丈夫の筈だ。余程の事をしなければ、少なくとも"私は此処では死なない。")
"未来の世界で自分が生きている"という、ある意味最強の保険を持っている事がその理由である。
ジリジリと前を向いたままに後退するクロックモンに、遂にクワガーモンがハサミを広げて襲い掛かる。
「くっ!」
反射的に目を閉じ、防御の構えをとるが、
「ハンティング、キャノン!」
やはりそれは必要ではなかった。
クロックモンの右隣をすり抜けるように、強力なエネルギー弾が飛来するクワガーモンのアゴへと直撃し、怯んだ所を続けざまに2発、今度は腹と右足に同様の攻撃が命中する。
クロックモンの頭の上を飛び越え、彼の前へと着地を決めた半獣人型デジモンは、その腕に装備されたブラスターを相手へと向けて威嚇をしながら、後のクロックモンへと問いかけた。
「大丈夫か?」
「すみません。助かりました。」
思わぬ新手に、勝てないと悟ったクワガーモンは、踵を返して大空へと逃げて行くのだった。
「あなたはケンタルモンですね。危ないところを救って頂き、ありがとうございます。」
クワガーモンが去った後、"偶然"そこにいたというケンタルモンに、クロックモンは再度感謝の意を伝える
「いや、気にすることはない。それより、この遺跡に用があると見えるが。」
「はい。少し中を見て回りたいと思いまして。」
「そうか。私はこの遺跡の番人、差し支え無ければ、同行させてもらいたいのだが。」
「分かりました。」
「うむ、では行こうか。」
素性の分からない者に対する警戒だろう。ケンタルモンは一歩詰めより自らの同行を申し出る。クロックモンとしても、彼が着いてくることに特に問題はないため、あっさりとこれを了解し、二人は共に遺跡の入り口へとむかう。
機械の足で地面を踏みしめ、沙綾を助けるため、彼の長い旅が今始まろうとしていた。
クロックモンの冒険が遂にスタートです。
前半部分のクロックモンの疑問、皆さまには分かりましたでしょうか。
もし分からなくても、今は問題ありません
沙綾達の物語と平行して、これから彼も後を辿るように冒険を繰り広げます。
彼の武器は基本的に、今回のような"歴史の流れを利用した間接的な自己防衛"になります。公式の設定でも「戦いには絶対参加しない」と明言されていますので。
沙綾が過去に来てからの伏線は、主にこのクロックモンパートにて回収を行っていこうと思います。
ご意見、ご感想等お待ちしております。