次の日の朝、
空がまだピラミッドの中に居る事を突き止め、彼女を奪還するための作戦を立てた子供達は、再びその内部に潜入するため、近くのスフィンクスの影に身を潜めていた。
「やっぱり一回侵入すると警戒されちゃうね…」
「ああ…でも空はまだあそこにいるんだ。今度こそ、助け出してみせる…」
沙綾達が遠目から確認出来るだけでも、十数体のティラノモン、モノクロモンがピラミッド周辺に配置され、厳重な警戒体制が引かれている。内部にはエテモン本人も居る筈である。
「ええ…みなさん、作戦通りにお願いします。沙綾さんも、エテモンと戦闘になった場合、勝てないと思ったら無理をせず逃げてください。その時は…僕達をダシに使っても構いません」
「ああ…俺達はそれまでになんとか空を助け出す…」
光子郎と太一の言葉に一同は静かに頷く。
子供達の立てた作戦、それは部隊を2つに分ける事、ヤマト率いる陽動隊が敵の目を引き付け、その間に太一、光子郎が空を救出するというものだ。
戦力の高い沙綾を本体に加えるかどうかで昨日議論となったが、『メタルティラノモンがピラミッドの周辺で暴れれば、収拾を着けるためにエテモン本人がピラミッドを空ける可能性が上がるのでは』という結論に達し、彼女は陽動隊に入る事になった。
(まあ私達が何もしなくてもエテモンは出てくる筈だけど…ガルルモンやイッカクモンの負担を減らせる分こっちにいた方がいいよね…そういえば…昨日アグモンにこの後の事、伝えそびれちゃったな…)
沙綾は隣にいるパートナーに目を移す。だが、流石にここでその話しをする訳にはいかない。
「どうしたのマァマ?」
「ううん…なんでもないよ、私達もがんばろうね!」
(まあアグモンはいつも通り私に着いてきてくれるみたいだし、問題はないかな……)
「それじゃあ、行くぞみんな!」
「進化だ、ガブモン!」
「僕達も行くぞ!ゴマモン!」
太一の合図と共に、皆は一斉にスフィンクスの影から飛び出していく。ヤマト、丈、の二人はパートナーを成熟期へと進化させ、それぞれ分散して敵の気を引くために動き始めた。
敵のデジモン達がガルルモン、イッカクモンに気を取られて隊列を崩す中、太一と光子郎は隠し通路からピラミッド内部に侵入する。
「アグモン、そろそろ私達も行くよ、またエテモンと戦う事になると思うから、気を引き締めないと…」
「うん、任せてよマァマ!」
一方、沙綾だけはその場からあまり動かず、アグモンをティラノモンへ、そこから更ににもう一段階、完全体へと進化させた。
「今度こそあのサルに一泡吹かせてやる…」
「メタルティラノモン!出来るだけピラミッドの角を狙って!」
"自分がここにいる"とエテモンに理解させるため、沙綾は牽制の一撃をメタルティラノモンに指示する。
意図を察した彼は、直ぐ様左手の副砲を構え、エネルギーを溜め込み始めた。
「了解した………ヌークリアレーザー!」
左手から勢いよく放たれる一本の光が、遠距離から見事逆ピラミッドの調度角へと命中し、轟音を上げてその外壁を吹き飛ばした。
(これでエテモンは私達の位置に気付く筈、彼が来るまでは………)
沙綾は前方を見る、すると、今の衝撃によって彼女達の存在に気付いたティラノモン、モノクロモンが、数頭の群となってこちら側に向かって走ってくるのが確認出来た。
彼女は一度一度目を閉じて息を吐き、静かな声でパートナーに指示を送る。
「メタルティラノモン……構えて……」
「………いいのか?」
「うん…アキラとミキを助けるためには…少しでも多くのデータが欲しいから……」
「分かった、マァマがそういうのなら…」
どちみち彼らはこの後エテモンを倒すためにナノモンが発生させるデータのブラックホールに巻き込まれて消えていく事になるのだ。
ここで沙綾達が倒しても問題はない。
だが、実際彼らは"子供達に危害を加えに来たデジモン"ではない。ピラミッドを守っているだけなのだ。結果的に消滅してしまうとしても、彼女達の都合によって多くのデジモンを一方的に消すことに抵抗を感じない筈はない。それが自らのパートナーと同じ姿なら尚更だ。
メタルティラノモン自身も、闘争心が上がっているとはいえ、敵の群の中の"モノクロモン"に銃口を向けることには躊躇いがあるようである。最も、未来のゴツモンとは別個体である事が分かっている以上、彼の場合はあくまで、"出来ることなら倒したくはない"程度のものではあるが。
メタルティラノモンは重心を下げて足下を固め、ゆっくりと右腕を敵の群れへと向ける、それに合わせて、沙綾はデジヴァイスを構えた。
「一撃で倒してやる…」
せめて苦しまないようにと願いながら、彼は自身の主砲を解き放つ。
「ギガ、デストロイヤー!」
ドゴンという音と共に打ち出された有機体ミサイルは、高速で敵の群れへと迫る。彼らが気付いた時点ではもう回避は間に合わず、蜘蛛の子を散らすように逃げようとするティラノモン達を巻き込んで、そのミサイルは巨大な爆炎を上げた。
(…ごめんなさい…それでも…私は…)
砂塵が舞い上がり視界が悪くなる中、敵のデータは分解され、沙綾は無言でデジヴァイスを操作する。彼女達の周囲にこれ程の砂ぼこりが舞っていれば、光の粒子がバートナーに流れていくのを子供達に気付かれる心配はないだろう。
「終わったぞマァマ…」
敵の群れが消滅し、データのロードが完了したところで、メタルティラノモンは口を開いた。
「うん…お疲れ様…でもまだ気を抜かないで、多分そろそろ彼が出てくる筈だから」
今は感傷に浸っている場合ではない。割り切る事は簡単ではないが、強敵を前にしては一瞬の油断が命取りになることを彼女は理解している。
爆発によって舞い上がった砂嵐が晴れたとき、二人は自分達を目掛けて一直線に走ってくるモノクロモンと彼の引くトレーラーの上に腕を組んで仁王立ちするエテモンを見つけた。
「来た!」
彼女達との距離が近くなったところで、彼は疾走するモノクロモンから飛び降りる。
「全く、逃げたかと思ったらまた現れるなんて…さっきのはちょっとビックリしたわ…でも今度は逃がさないわよ!ナノモンを探し出す前に、まずはあんた達から始末してあげる!」
沙綾達と向かい合い、エテモンは声を上げる。
(ヤマト君と丈さんは他のデジモンを引き付けてくれてる。太一君達はもう中に入ったみたいだし、ミミちゃんは戦えないタケル君と一緒にかなり後ろにいる筈…)
つまり周囲を気にする必要はない。
「やれるもんならやってみろ!」
瞬時にメタルティラノモンは左手向けて吠える。
それが戦闘開始の合図となった。
「ヌークリアレーザー!」
「ダークスピリッツ!」
光のレーザーと闇の弾丸が二人の中心で激突し、周囲に嵐のような衝撃と暴風が巻き起こる。
「へぇー…今回はちゃんと攻撃してくるのね…」
「昨日は手を抜いてやっただけだ…」
エテモンの皮肉にメタルティラノモンも皮肉を持って返す。今の攻撃は両者にとっての様子見であろう。二人の表情には余裕がある。
両者は睨み合う。
先に動いたのはエテモンであった。
「ならこれはどう?ラブ、セレナーデ!」
果たして何処から取り出したのか、エテモンはマイクを片手に熱唱を始める。子供達を何度も苦しめた"戦う気力"を奪う音波がメタルティラノモンに襲いかかった。
「メタルティラノモン!」
やはり強力なこの歌に、彼は頭を抱えて膝を折る。だが、完全体の力故か、即退化という事態は避けられたようである。
「ぐっ……この程度……オレをなめるな!」
片手で頭を押さえながらも、彼はエテモンに向かってがむしゃらに光のレーザーを乱射する。当てる事が目的ではない。歌さえ中断させればいいのだから。
「おっと!……危ないわね!……」
(流石にあの技を連発されるのは困る…とにかく歌を歌わせないようにしないと!)
「接近して!メタルティラノモン!」
「おう!」
攻撃はかわされてしまったが、歌が止まった一瞬を狙ってメタルティラノモンは走り出す。速度は落ちても、たかが10数メートルの移動など問題はない。回避後の隙をついて走りより、進化した事によっててに入れた強力な顎でエテモンへと襲いかかる。
「力比べってこと…望むところよ!」
(!避けないの!?)
沙綾はエテモンの行動に驚愕する。
攻撃を避けるのかと思いきや、彼は自主的にマイクを捨て、両手を前にして身構えた。そのまま両者は激突し、なんと彼はメタルティラノモンの突進からの噛みつきを両手でキバを抑える事によって食い止めたのだ。
(嘘!今のを止めるの!?)
さらに驚くべき事は、その状況において僅かながらエテモンが優勢を保っている事だろう。メタルティラノモンの強靭な顎が、彼に掴まれてからは一切進んでいないのだから。
(あの体格からあれほどの力が出るなんて…やっぱり伊達じゃない…)
「どうやら…力比べは…あちきの勝ちみたいね……ふん!」
「えっ!」
エテモンは勝ち誇ったように口元を吊り上げる。そのままいっそう両腕に力を込め、その巨体を持ち上げ始めた。彼の足がゆっくりと地面から離れる。メタルティラノモンもこの展開は想定していなかったのか、目を見開いて両手で口先のエテモンを払おうとするが、足が浮いている事で力が入らない上、体格上、指先しか届かず引き離す事が出来ない。
(昨日もそうだけど、なんてメチャクチャするの…いや、待って、昨日…そうだ!)
彼女は昨日のエテモンの行動で思い出す。そしてそれが現状を打開する唯一の策。
("進化"しても使える筈…だって…あの子はティラノモンなんだから!)
「メタルティラノモン!そのまま"ファイヤーブレス"!」
「!」
「なっ!」
それはティラノモンの必殺技、進化した事でより強力な力を奮えるようになった事で、彼自身も失念していた。
メタルティラノモンはハッとした表情を浮かべた後、目付きを変え、喉の奥から灼熱の火炎を沸き上がらせ、それを零距離で放出する。
「ファイヤーブレス!」
進化前と比べて劇的な違いはないが、ステータスの上昇分威力は上がっているようである。昨日は強引に突破してきたエテモンも、これにはたまらず両手を離して飛び退いた。
「アツッ!アチチ!」
「"アレ!"」
着ぐるみに火が付き怯むエテモンに、沙綾は追撃の指示を下し、ドスンと地面に着地を決めたメタルティラノモンは、素早く身体を半回転させた。進化しても健在、むしろ機械化によりさらに威力を増した強烈なテールスイングが鈍い音を立ててエテモンの後頭部へと命中する。
「ぐぇっ!?」
直撃を受けた彼の身体は激しく回転しながら大きく吹き飛ばされ、そのまま砂漠の上を数回跳ねた後、周囲の砂を撒き散らしてエテモンは停止した。
「どうだ!」
エテモンは頭を押さえてゆっくりと立ち上がる。
「よくもやってくれたわねぇ!絶対にゆる…」
『エテモン様ー!大変です!選ばれし子供達がピラミッド内に侵入しました!』
「なんですって!?」
怒りの表情を沙綾達に向け、彼が声を上げようとした時、それを遮るように小説と同じアナウンスがピラミッドから流れだした。彼の表情が再び変わる。
(よし、足止めは取り合えず成功だね)
「なんで選ばれし子供達が……まさか…ナノモンがまだピラミッドの中にいるのね…チッ、ヤツを逃がすわけには行かない…」
エテモンはくるりと反対側を向き、顔だけを沙綾達に向けて口を開く。
「覚えてらっしゃい!あちきは逃げるんじゃないわよ!後で必ずあんた達を始末してやるから!」
そんな捨て台詞を残し、彼はピラミッドに向かって走っていくのだった。
「ふぅ、なんとかなったね、マァマ、この後どうするの?」
エテモンが去り、周囲に敵がいなくなったところで、退化したアグモンが口を開く。
「ええと…もうすぐ太一君達がピラミッドから出てきて、その後エテモンと最後の対決になる筈なの。悪いけどアグモン、その時は"疲れて今は進化出来ない"って事にしといてね」
「え?…うん、分かったよ」
沙綾の頼みに、アグモンは特に質問をする事なく頷いた。
勿論これは、太一のアグモンの完全体への進化をスムーズに行うための措置である。
(多分エテモンとの決戦は、私達が余計な行動をしない事が一番被害が出ない方法の筈、その後は…)
「アグモン、そういえばその後の事なんだけど…」
昨日と同じように、"エテモンを倒した後について"話しを始めようとする沙綾だが、これもまた昨日と同じく横槍が入る。
「沙綾!無事かー!」
敵を振り切ってミミ、タケルと合流したヤマトと丈が、それぞれのパートナーに乗って彼女達の元へとやって来たからだ。
(うっ…また…昨日からなんでこんなにタイミングが悪いんだろ)
軽いため息を吐きながらも、自分の身を案じてくれた子供達に大きく手を振り替えし、沙綾もまた子供達と合流を果たす。
この時の沙綾は、まだ昨日から続くこの出来事を、ただの"偶然"としか感じてはいなかった。
エテモン編の最後までたどり着けなかった……
最後の一文の意味は、今までの話を踏まえて考えると、すぐに答えにたどり着くと思います。難しく考える必要はありません。
沙綾本人の立場ではなかなか気付きにくい事かもしれませんが…