今回は少し短いです。
「……こ…ここは……?」
「……に、人間がいっぱい……」
照りつける夏の日差し、騒がしいセミの鳴き声、そして、見覚えのある広い公園を行き交う多くの人々、
エテモンを撃破し、次元の歪みに吸い込まれた太一とコロモンは、気がつけば目の前に広がるその光景に目を丸くしていた。
「俺達……帰ってきたのか…って沙綾……お前もアレに呑み込まれたのか……?」
そう言いつつ、太一はコロモンを挟んで反対側に並んで立っている彼女に視線を向ける。だが、そこには、
「…あ……あ……ど、どうしよう…私…アグモン…お…置いてきちゃった……」
元々白い顔を更に青白くし、明らかな動揺と共に微かな声で呟く彼女の姿があった。辛うじて聞こえた彼女の話す内容に、太一は周囲を見回すが、やはり沙綾のアグモンの姿は見当たらない。そのかわり、近くで無邪気にボール遊びをしている少女を見つけ、その少女へと声をかけた。
「ごめん、ちょっと聞きたいんだけど…この辺りで……えーと何て言うか黄色い……これくらいの…怪獣? 見なかった?」
「?」
太一の話す言葉の意図が分からなかったのだろう。少女は首を傾げる。しかし、彼の側にいるコロモンに彼女が目を映した時、その表情は一変したのだった。
「ひぃ! うわぁぁぁん!」
見たこともない生物に対する恐怖からか、少女は大きな声で鳴き始め、周囲を歩く人々の視線が太一達にあつまっつしまう。
「ねぇ太一?ボク変かな?」
最早太一達にとってデジモンの存在は当たり前であるが、一般的にはそうではない。その辺りの認識を太一は完全に失念していたのだ。慌ててコロモンの口を塞ぐ太一であるが、周囲の視線はどんどん増えていく。
「ふがふが……ふがふがふが!」
「しまった……そりゃそうだよな……一旦場所を変えよう、沙綾、こっちだ!」
「!?」
このままではいずれ警察でも呼ばれかねないと、太一は片手にコロモンを抱き抱え、もう片方の手で沙綾の手をガッチリと掴んだ後、その場から逃げるように走り出した。
(どうしよう……早く戻らないと……)
太一に手を握られ、人混みを避けて東京の街を走る沙綾だが、異性に手を握られているという意識は今は欠片もない。
それもそうだろう。何せ"時間の流れ"が違うデジタルワールドに、何も知らないアグモンを置いてきてしまったのだ。彼女は今気が気ではない。
(こんな事なら始めて"こっち"に来たときに時間の流れの違いぐらい説明しとくんだった……いや、大丈夫…落ち着け私……アグモンは大丈夫……きっとみんなが支えてくれてる筈……でも……早く…戻らないとあの子、きっと私が全然戻ってこないって不安で泣いちゃう……うぅ……こんな事なら……)
何度自分を落ち着けようと思っても、彼女の思考はグルグルと同じ所を回るばかりで一向に冷静になれない。
そうしている内に、沙綾の手を握る太一がとあるバス停の前で一度立ち止まった。釣られて彼女も足を止める。
「…お台場…間違いない…ここはオレん家の近くだ!帰ってきたんだよ俺達!」
「えっ……あ…うん……そうだね……」
生きるか死ぬかの冒険から開放されたことを確信した太一は、喜びからかか笑みを浮かべるが、沙綾の返事はそっけないものである。
太一は自分が失言をしてしまった事に気づく。
「……悪い、遂舞い上がっちまった…アグモンの事が心配なんだよな………」
「……」
(……アグモン……)
彼の言葉に沙綾は無言で頷く。その様子は正に、心此処に在らずといったところである。太一は少し困った表情を浮かべた後、口を開いた。
「沙綾お前、家は東京じゃなかったよな……考えてもどうにも出来ないし、一旦俺ん家に来いよ…アグモンも何処か別の場所にいるかもしれないし……このままじゃ帰れないだろ?」
この時点の太一は、まだ自分達だけがこの世界に戻ってきた事を知らない。
そして沙綾はその誘いに対して、この先の展開を頭に描こうとするが、やはりアグモンの安否が気になり思うように思考が纏まらない。結果、
(……考えてもしかたない…多分太一君について行く事が一番早く向こうに戻れる方法……"あの人"もそこにいる筈だし……)
「……うん……そうだね…ありがとう…」
自信のなさげな小さな声で、彼女はそう呟いた。
「…ただいまー、いや…ごめんくださーい…」
自身の体感時間で既に何年、何ヵ月の時間を向こうで過ごした太一は、久し振りとなる我が家に、少し躊躇いを見せながら玄関のドアを開ける。
「……なんだ…よかった…ちゃんと俺ん家だ……沙綾、上がってくれ」
「…うん……おじゃまします」
太一がコロモンを連れて真っ先に自宅のキッチンへと向かい、沙綾は彼に促されるまま、小さめのソファーがあるこの家のリビングへと通された。
「母さん達、何処に行ったのかな? あっ、コーラでいいか?」
「気にしないでいいよ…」
ソファーに腰を下ろし、努めて平静を装っている沙綾だが、その足は小刻みな貧乏揺すりを繰り返している。
勿論、異性の家へと招かれたからではない。
先程街中を走り回っている時に比べれば少しは落ちついたものの、依然アグモンが心配で仕方がないことに違いはないのだ。
(早く…早く…早く…)
太一がこの世界の異常にデジモンが関わっている事に気付き、再びデジタルワールドに戻るその瞬間を彼女は今か今かと待ち望む。
そして、
「……おい……なんでカレンダーが"あの日"から変わってないんだ……!?」
冷蔵庫からコーラを取りだし、その取っての部分に掛けられたカレンダーが彼の目に止まった瞬間、太一はその場で硬直した。コロモンが不思議そうに彼を見つめる。
「あの日って?」
「俺達がサマーキャンプに出掛けた日だよ! どうして……時間が全然すすんでない!? 沙綾、これはどういうことなんだ!?」
なんとなく沙綾ならば分かると思ったのか、太一は彼女へと話を振る。だが、実際この時点で正解な答えを速答する訳にもいかない沙綾は、内心で小さなガッツポーズを決めながらも、首を横に傾げた。
「えと、私に聞かれても……」
(やっと気付いてくれた!)
「そ、そうだよな……一体……向こうで何が……」
答えを得られず頭が混乱する太一、そして、
この時、この家の、恐らく寝室であると思われる扉が、ゆっくりと開かれていく。沙綾も含め、太一とコロモンはその方向へと視線を動かした。そこには、
「……お兄ちゃん……帰ってきたの……?」
背丈の小さい、タケルと同じぐらいのショートヘアの少女が、パジャマ姿でその場に立っていたのだった。
選ばれし子供の本当の八人目、この先光の紋章を手にすることになる太一の妹、
「ヒカリ!起きてたのか……母さん達は!?」
「…何行ってるの…? 今朝お婆ちゃんのお家に行くって言ってたじゃない……」
「!……そう……だったな……」
八神ヒカリ
未来に置いて、"世界"を跨ぐ外交官、宇宙飛行士、世界的ファッションデザイナー、など、何処か近寄り難い雰囲気を持つ子供達の中で、お台場幼稚園の先生という彼女は、間違いなく一番庶民に近く、井ノ上京と並んで親近感を持たれやすい存在である。
沙綾も、担任を持って貰った事こそないが、通っていた幼稚園に勤める先生ということもあり、その姿は実際に何度も見ていたし、会話をした事もある。最も、ヒカリが"世界を救った存在の一人"だと理解したのは、それからもう少し先の話となるのだが。
(この子が…ヒカリ"先生")
「……お兄ちゃん……キャンプに行ってたんじゃないの……それに……この人は……? 」
「……あっ、ああ…えーと、俺の友達だ……沙綾って名前なんだ……」
突然現れた妹に、太一は慌ててコロモンを動かないように押さえつけ、冷や汗をかきながらそれに答える。
「あの、よろしくね…ヒカリ"ちゃん"……」
今まで先生として見ていた人に対して、この呼び方に違和感を持ちながらも、沙綾は座ったまま少しだけ頭を下げた。ヒカリもそれに答えるように軽い会釈を交わす。
そして、隠すように押さえつけられているコロモンを一目見て、
「……コロモンも一緒なのね……」
「お前!こいつの事知ってるのか!?」
「何言ってるの……コロモンはコロモンでしょ……やっぱり……キャンプなんか行ってなかったのね……本当は何処に行ってたの……? 向こうって、コロモン達の世界……?」
「えーと……その……」
不自然な程的確に核心をつく彼女に、太一は完全に困り顔を見せ、横目で沙綾へと助けを求める。だが、彼女は目を会わせてはくれず、太一は悩んだ末、隠しきれない事を悟ったのか、
「……分かったよ……実は……」
今までの出来事をヒカリへと話始めたのだった。
少し見切り発車ぎみになってしまった今回。
一気に太一達がデジタルワールドに戻る所まで書こうと思っていたのですが、原作と余り変わらない上、文章にすると結構グダグダになりそうでしたので、一旦ここで切って、少しだけスキップする事にしました。ご了承ください。