バコッという鈍い音と共に、工場の床が凹む。
「あ……」
叩きつけらた2人の身体は、まるでスーパーボールの様に高く跳ね、
「あ……あぁ…」
力なく宙を舞う"それら"はやがて霧の様に呆気なく消滅した。
「あ…う……う…」
沙綾はガクリと膝を付く。声にならない声を上げ、涙を流しながら消えていく親友達をただ見ていた。見ているしか出来ない自分を呪いながら、
そして、
「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」
言葉に成らない絶叫と共に彼女はその場で崩れ落ちる。
目の前で起きた事を受け入れる事が、今の彼女には出来なかったのだ。
『次はお前だ。』
ただ、そんな少女にも魔竜は容赦しない。
ゆっくりとその右腕のアームが沙綾を捉えようと伸ばされる。捕まる事は即ち、先程の二人と同じ末路を迎えるという事。だが心神喪失の彼女には、それから逃げる気配がまるでない。そこへ、
「マァマに手を出すなぁぁ!」
壁に叩き付けられ、その後沈黙していたティラノモンが咆哮を上げて立ち上がり、そのまま魔竜に向かって怒濤の勢いで疾走する。
「ダイノキック!」
全体重を乗せた飛び蹴りが、彼女を殺そうとする右腕に直撃するが、やはり、その身体に傷を付けることはできない。
しかし、真横からの衝撃によって、その軌道を反らす事は出来た。ずらされた右腕は轟音を立てて沙綾すれすれの床へと突き刺さる。
『……まだ邪魔をするか…』
「マァマに指一本でも触れたらボクは許さないぞ!」
『…フン…鬱陶しいハエを落として何が悪い……』
「何だとっ!」
『……話は終わりだ…』
突き刺さったアームを抜き上げ、魔竜は沙綾と、彼女を守るように立つティラノモンに向かい、次はその左腕の爪を振り上げる。だがその時、
「待って! 」
その声は、機械竜の直ぐ後ろから聞こえた。
クロックモンである。
「開くから……ゲートを開くから…
もう、誰も殺さないで下さい。」
その言葉に、あわやティラノモンに降り下ろされようとしていた機械竜の手が寸手のところでピタリと止まった。
『…最初からそう言えばいいものを…』
彼はゆっくりと手を下ろし、クロックモンの方へと身体の向きを変える。その目には沙綾達などもう映ってはいないのだろう。少しの警戒心もなく、敵意を丸出しにしているティラノモンに背中を向たのだ。
最も、折角生まれた離脱のチャンス、ティラノモンとしても、この隙を逃す手はない。
「マァマ!」
彼は未だ両腕を床に付けて泣きじゃくる沙綾を強引に抱え、距離を取るべく後ろに下がる。
「マァマ!、大丈夫!?、マァマ!」
沙綾を下ろし、ティラノモンは彼女の肩を軽く揺すり、問いかける。
しかしやはりショックが大きいのか。彼女は泣くばかりで、彼の声にも何の反応を示さない。
「しっかりして! ねぇ マァマ!」
「行き先は、32年前のスパイラルマウンテン、選ばれし子供達がムゲンドラモンを倒した直後の、その場所だ」
「分かりました…」
魔竜はクロックモンにそう伝え、クロックモンは頷く。
「やめなさい! クロックモン!」
アンドロモンはそれを止めようと、身体に力を入れるが、最早その身が限界を迎えているのだろう。片膝を付くのが精一杯な状態だ。
「すみません。 アンドロモン。もう…限界なんです。同胞が壊されて行くのを、自分達のために立ち上がってくれた者が消されていくのを見るのは、もう…」
うつ向いたまま、アンドロモンに謝罪の言葉を口にする。3日間もの間、この地獄の中心にいた彼は、普段なら絶対に行わない時空の操作を開始した。
その能力によって、機械竜の右手側の空間が歪む。徐々にそれは大きくなり、まるで小型のブラックホールの様だ。
「…そこに入れば、…あなたの望む"過去"に行くことが出来るでしょう。」
目を伏せながら言うクロックモンに対し、機械竜は『そうか』と短く答え、その歪みに向かい真っ直ぐに歩き出す。だが、地面を這うように、歪みとデジモンの間にアンドロモンが割り込んだことで、その足は一度停止する事になった。
「"ムゲンドラモン"、あなたをこの先にいかせるわけにはいきません」
ムゲンドラモン
それは、かつてデジタルワールドを支配した、ダークマスターズの一人、
破壊するためだけに作られた存在。マシーンデジモンの王とも言えるデジモンだが、目の前に居るデジモンは、似ている箇所はあれども、姿は完全に別のデジモンである。しかし"ムゲンドラモン"と言われたデジモンは、その言葉を否定することなく、アンドロモンを見下しながら、冷酷な声を上げる。
『アンドロモン……どの道お前は……ここで破壊するつもりだった…』
左手を突きだし、最早動くことすら儘ならないアンドロモンの身体を、その巨大な爪が貫通する。
「ぐおぁ」
爪を刺したまま、身体か火花を散らすアンドロモンに対して"ムゲンドラモン"はさらに口を開き、自身の今の名前を口にした。
『今は……カオスドラモンだ……』
爪が引き抜かれる。
バチバチ、と機械がショートする音がむなしく響き、選ばれし子供達に助けられ、また、彼らを何度も助けたそのデジモンは、"最後まで彼らを助けようと"、その身を散らした。
カオスドラモンと名乗るそのデジモンは、邪魔者が消えたことにを確認した後、時空の歪みへと再び歩き出す。
最早このデジモンの障害となる者はこの場には居らず、カオスドラモンの歩みが止まる事はない。
『後は、選ばれし子供達だけだ。 待っていろ、必ず破壊スル。』
そんな言葉を残して、そのデジモンは歪みの中へと消えていくのだった………
「…ァマ! ねぇ! マァマ!」
何も考えられず、何も聞こえず、ただただ泣いていた沙綾が、ティラノモンの呼び掛けにやっと反応を見せた。
「ティラノ…モン……」
大きな目を充血させ、未だ涙を流しながら少女は
「あの…デジモンは……?」
と、弱々しく消えてしまいそうな声で、彼に問う。
「分かんない、クロックモンが何かしたみたいだけど、アンドロモンを殺して、何処かに消えちゃった。」
目を伏せて、先ほど後方で起きたことを彼女に伝えた。
「………………」
しばらくの沈黙の後、沙綾は呟く。
「私が………大丈夫って…言ったから……私が…門を開けちゃったから……二人は……全部……私のせいだ…」
再び下を向き、ポタポタと涙で床を濡らす。
「ミキ………アキラ……」
消えてしまった親友達の名前を呟きながら…
「マァマは悪くない! 悪いのは全部アイツだ! ……ッ」
声を上げて全力で彼は叫ぶが、体力が限界まで来たのだろう。ティラノモンはその言葉の後、アグモンに退化してしまった。
「アグモンッ! アグモンッ!」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけ…マァマは絶対…悪くないから!」
過剰に心配する沙綾に対し、アグモンは大丈夫だと告げ、さらに力を込めて彼女の非を否定する。
そして、
「そうです。あなたは悪くない。悪いのは……私です。」
先程まで、部屋の中心にいたクロックモンが二人の直ぐ後ろに立ち、アグモンの言葉に続く、二人が振り返り、クロックモンを見上げる形になる。
「原因である私が…あなた達にこんな事を頼むのは、間違っていると分かっています。ですが、御友人を助けると言う意味でも、お願いします。」
クロックモンは、両手を地面に付き、頭の下げて頼み込む。
「過去を、守って下さい。」
沙綾とアグモンは突然の言葉に目を丸くする。
今、このデジモンはなんといった。
"御友人を助ける"
その意味を知りたい沙綾は、涙を拭い、赤くなッた目をクロックモンに向けて、質問する。
「どういう事?………二人を…助けられるの?」
「はい。 御説明します。」
顔を上げ、クロックモンは、沙綾とアグモンに説明を始める。 特に沙綾は泣くことも忘れ、その言葉を一言足りとも聞き逃さない様に耳を傾けた。
「以上です。」
クロックモンの説明が終わる。 沙綾はその内容に驚きながらも、彼の語った事を頭の中でまとめる。
1、まずあの赤い魔竜、カオスドラモンは32年前の選ばれし子供達を殺す為、過去のスパイラルマウンテンに向かった。
2、このままでは恐らく過去が変わってしまい、同時に今の"現在"が変わってしまう。それも悪い方向に。
3、それを防ぐ為、沙綾とアグモンをそれよりも遥かに前、選ばれし子供達がこの世界に来て間もない時代に飛ばす。
4、子供達と共に旅をし、力を付け、協力してカオスドラモンを倒す。
5、その後、向こうの世界にも居ると言う、クロックモンに、今の少し前の時間に、再び飛ばしてもらう。
6、ミキとアキラが殺される前に、この世界のカオスドラモンを倒す。
簡潔に言えば、こういう流れである。
話が難しい為、今の沙綾は状況を整理することで精一杯だ、アグモンに至っては、おそらく理解すら出来ていないだろう。
「お願い出来ませんか……」
静かに沙綾を見る。
彼女は、隣にいるアグモンへと視線を向けると、「マァマについていく」と何時もと同じ返事が返ってきた。
このデジモンにとっては彼女のいる場所こそ、自分の居るべき場所なのだ。
何時もの無邪気さはないが、こんな状況でも、一瞬の迷いもなく自分に付いてくるパートナーに、沙綾はこの上ない安心感を覚える。
そして、
まだ頭も、心も整理の付かない沙綾だが、親友を救える方法がまだあるのならと、
「分かりました。」
簡潔にそう答えた。
あの破壊の化身と二度も戦う事に恐怖がないはずがない、勝てる気など、今の彼女は微塵にも思ってはいない、だからその時まで力を蓄えるのだ。そして必ず、
「報いを受けさせる。」
激しい悲しみのあと、まだ混乱している頭でも、その怒りの気持ちだけは、ハッキリと理解できた。