デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

76 / 76

この度、読者の紫魚さんからこの小説のイラストを頂きました。驚くぐらいの完成度の高さに作者は感無量です。


【挿絵表示】

沙綾とアグモン、イメージイラスト


【挿絵表示】

冒険初期、敵からひたすら逃げる沙綾とコロモン


【挿絵表示】

沙綾とティラノモン+選ばれし子供達


【挿絵表示】

ファイル島編ラストバトル、エンジェモン対ダークティラノモン


【挿絵表示】

ヴァンデモン編ラストバトル、発動ムゲンキャノン

どれもこれも甲乙付けがたい作品です。紫魚さん、ありがとうございました。



友情と愛情、疑念と嫉妬《1》

「ねえ太一さん…ミミさん達だけ残して来てよかったのかな…」

 

明かり差す森の中、不安そうにタケルが前を歩く太一へと呟く。

沙綾達がメタルエテモンを退けてから一日が経過した頃、選ばれし子供達もまた彼女と同じこの第二階層へとその足を踏み入れていた。歴史通り、仲間の死を直視した事でこれ以上進む事を拒んだミミと、それに付き添う丈の二人を残したまま。

その影響も大きいのだろう。穏やかな森の雰囲気とは裏腹に皆の空気は若干重い。

 

「仕方ないだろ…ずっと彼処にいたって何も解決しないんだ…ピッコロモン達のためにも、俺達は早く先に進まないと…」

 

「うん…それは分かってるんだけど…」

 

「心配すんなってタケル…丈だって付いてるんだ、きっと大丈夫さ…」

 

タケルへと視線を落とし太一はその肩をトンと叩く。

だが、言葉とは裏腹にその声には何処と無く何時もの覇気がない。ただ、それは二人の身を暗に心配しているというものではない。実際、メタルシードラモンという最大の驚異が消えた以上、あの場に止まっている限りは二人の身の危険は反って少ないのだ。

彼の"気掛かり"はまた別にある。

 

「…ですが、やっぱり戦力的に少し不安ですね…ミミさん達もそうですが、沙綾さんも結局見つかってませんし…」

 

「……ああ…アイツ、また一人で突っ走ってなきゃいいんだけど…」

 

後ろから話に入る光子朗の言葉に、太一の表情が僅かに曇る。

彼の表情が優れない原因、それは未だ行方の分からない沙綾の事である。

昨日半日を費やして近辺を捜索した太一達だったが、結局何の収穫も得られないまま約束となる正午を迎える事になった。結果これ以上の捜索は意味がないと判断した一行は、書き置きに残されていた『後で合流する』という彼女の言葉を信じ、この場まで進んで来たのだ。

最も今しがたの太一の発言に対して、光と空は若干納得がいかないようであるが。

 

「珍しいね…お兄ちゃんがそんな事言うなんて…何時もは言われる方なのに…」

 

「ホントどの口が言うんだか…」

 

空の厳しい眼差しに太一の眼が泳ぐ。

 

「うっ……な、なあ光子朗、俺ってそんなに毎回…えと…先走ってるのか…?」

 

「…失礼ですけど、僕も空さんと同じ意見です」

 

「…ハハ…マジかよ」

 

三人の呆れ果てた視線に耐えかねたのか、太一は苦笑いの後そそくさと前方に目を移す。

 

「と、とにかく早く行こうぜ!さっさと沙綾と合流して、一気に残りのダークマスターズも叩いちまおう!行くぞアグモン!」

 

勢いに任せて話をうやむやにし、ため息混じりの三人を置いてくようにそのまま彼はスタスタと歩いていく。

ただ、そんな太一のおどけた態度が項をそうしたのか、場の雰囲気は先程よりかは幾分軽くなった。

しかし、

 

「ちょっと待てよ」

 

それも一瞬の事。

今まで黙したまま列の最後尾を歩いていたヤマトがその場でピタリと立ち止まり、グイグイと進む太一を呼び止めた。

 

「…太一…お前何そんな呑気な事言ってんだよ!」

 

「えっ?どうしたんだよ急に」

 

僅かにだが怒気を含んだその声に、太一、そして皆も驚いたのかその足を止めて一様にヤマトへと振りかえる。

 

「さっさと沙綾と合流する?…ふざけるなよ!アイツのアグモンがホエーモンを殺した事、忘れた訳じゃないよな!」

 

「ヤマト…」

 

拳を硬く握りそう声を上げた彼に、太一や皆の表情も自然と真剣になる。沙綾が居なくなって以降皆はあまりこの話題に触れてはいなかったが、もちろん彼らとて何も考えていなかった訳ではない。

 

「…忘れてねえよ…だけど、それは何もアイツだけが全部悪かった訳じゃないだろ…元はといえばメタルシードラモンがホエーモンを人質にした事が原因だ」

 

「はい…それに…僕達も考えなしにデジヴァイスを手放してしまいました…もしラストティラノモンが彼処でメタルシードラモンを撃ってなかったら、やられていたのは僕達の方かもしれません…」

 

「私も同感だ…心苦しいけど、ヤツの言っていた事に違いはない…私達が負けてしまったら、それこそ世界は終わりなんだから…」

 

太一の意見を援護するように光子朗、そしてテイルモンがそう続ける。

"歴史の流れ"を踏まえれば、実際はラストティラノモンが手を下さなくても彼らが負ける事などなかったが、知らない以上そういった結論になるのは至極当然だろう。

空を始め他の面々もそれぞれ思うところはあるようだが、彼らの意見に大筋で同意なのか、テイルモンが話終えた後、固い表情をしながらもヤマトを除く全員が小さく首を縦に降った。そして、

 

「だからさ…アイツがした事はたぶん"俺達全員の責任"なんだ…なら、それをちゃんと沙綾に言ってやんねえといけないと思う…違うかヤマト?」

 

一呼吸を置いた後、皆の意見を締めくくるように太一はヤマトへとそう問いかける。

恐らくいつものヤマトなら、嫌々だろうともそれが全員の総意ならば納得しただろう。しかし今回ばかりは違った。

太一を睨むその眼差しがより厳しさを増す。

 

「…俺だって分かってるさ…アイツの言ってた事が全部正論だって事くらい……けどな!もしあの時人質に取られたのがホエーモンじゃなかったら?空やアグモン、ヒカリちゃんだったらどうなんだ!仕方がないってお前は割り切れるのか!太一!」

 

「お前っ!沙綾がそんな事許す訳ないだろ!」

 

「沙綾が許さなくても、進化したアイツのアグモンなら独断で動く!この前みたいにな!」

 

「くっ…それは…」

 

言い返せず言葉に詰まる太一を横目に、ヤマトの声は勢いを増していく。

 

「お前達だってそうだ!撃たれたのがホエーモンじゃなくて自分の身内だったらどうなんだ!それでも沙綾と合流した方がいいなんて言えるのか!」

 

それは余りにも酷な"もしも"の話。

だが極論ではあるものの、皆はホエーモンの件を始めアグモンの"暴走"を数回見てきているのだ。この場にいる誰一人としてヤマトの意見を真っ向から否定しきれる者などいない。彼の問いかけに全員が一様にうつ向き、場が静寂に包まれる。

しばらくそうした雰囲気が続いた後、多少の冷静さを取り戻したのか、ヤマトは静かに再び口を開いた。

 

「確かにアイツらは強いよ…旅にしても戦いにしても俺達なんかよりもよっぽど手慣れてる。正直頼りになるさ…でも、仲間だって言いながら沙綾は肝心な事は何も話してくれないじゃないか…そんなヤツをこの期に及んでまだ黙って信用しろってのか…」

 

以前のヤマトならば、沙綾の合流について此処まで意固地になる事もなかったかもしれない。しかしそれは、あくまで沙綾達が"自分達と全く同じ立場の仲間"であるという前提の下成り立っていたのだ。彼女の口からそれが偽りだと伝えられている今、ラストティラノモンの行動が引き金となり、彼のみならず沙綾本人への不信感もより増大しているのだろう。

そしてそれはヤマトだけに限った話ではない。

 

「…ヤマトの言いたい事も、少しだけ分かる気がするわ…」

 

「確かに…それも一理あるとは思いますけど…」

 

空や光子朗を始め、皆不信感とまでは行かずとも、多少なり彼女に対して違和感のようなものを覚えているのは間違いない。加えてホエーモンの一件があった以上、今の沙綾を100%庇護出来る者などこの場にはいないだろう。

ただ一人を除いては。

 

「……それでも…俺は沙綾を信じるよ…」

 

皆が言葉を濁す中、太一ははっきりとそう言い切ってみせた。静かではあるが、その目と雰囲気でそれが口から出任せでない事は誰の目にも分かる。しかし勿論その姿勢だけで今のヤマトが納得する筈がない。

 

「根拠はなんだよ。まさか"今まで助けられてたから"なんて言う訳じゃないよな?」

 

「…そ、それは…」

 

太一は困ったように頭をかく仕草を見せる。

確かに沙綾が子供達の旅を助けていた事は事実ではあるが、彼女の目的が別にあると知った以上、ヤマト達からみればそれは"目的の達成に必要だから助けた"と感じるのが当然。沙綾を信じる強い"根拠"には最早成り得ない。

そしてそれは太一も理解している。ただ彼の場合、理解して尚依然として沙綾を信じる気持ちに迷いがないのだ。しかし、本人もその理由を上手く説明出来ずにいるのだろう。歯痒い表情をしながらもそれ以上の言葉が出てこない。

 

「どうしたんだよ。あれ程言い切ったんだ。ちゃんとした理由があるんだろ太一!」

 

「ぐっ…」

 

先程と同じようにヤマトの言葉が熱をおび始める。

だが、言い返せない太一が必死に理由を探っていたその時、助け船を出すかのようなタイミングでガブモンが両者の間に割って入った。

 

「そこまでにしようよヤマト…太一に当たっても仕方ないよ」

 

「そうでっせヤマトはん…言いたい事は分かりますけど、一端落ち着きなはれ」

 

ガブモンに続き、テントモンもヤマトを引き留めるようにその肩にスッと手を乗せた。

 

「お兄ちゃん…」

 

「…チッ」

 

回りを見れば、今しがたの言い合いの影響だろう、タケルも怯えた表情でヤマトを見ていた。それが決め手になったのか、彼の体から熱が冷めていく。

若干不満そうな顔をしながらも、肩に置かれたテントモンの手を優しく振りほどきながらヤマトは太一達に背中を向けた。

 

「………悪かった…ちょっと頭を冷してくる…」

 

「あっ!待ってよヤマト!」

 

「………」

 

スタスタと森の横路へと歩いて行くヤマトをガブモンが追いかける中、太一は掛ける言葉が見つからず、黙ったままその後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

暫くして、

 

「ねえ、太一」

 

「うん?…ああ空か」

 

ヤマトがいなくなった事で一事休憩となった一行。

皆の輪に入らず、一人思い詰めた顔をしながら腰かけていた太一に空が声をかけた。

太一の隣にしゃがみこみ、空は少し聞きずらそうに口を開く。

 

「あの…さっきの話なんだけど…」

 

「はは……カッコわりぃよな俺。結局何も言い返せなくてよ…」

 

空の表情からおおよそ何を言いたいのか察したのか、太一はそう言いながら自嘲気味に苦笑いを浮かべた。

そんな彼に対し、空は首を横に振る。

 

「ううん、そんな事ない…それよりごめんなさい。私こそ、あの時ヤマトに何も言えなかった…沙綾ちゃんの事は信用してるのに、ヤマトの言う事が正しいって…そう感じちゃって…」

 

言いながら、空は抱えた膝に顔を埋めた。

 

「前にメタルティラノモンが言ってたの。"詳しい訳は話せないけど、沙綾ちゃんと自分はみんなを大切な仲間だと思ってる"って…それなのに私…」

 

人一倍沙綾の身を案じていた彼女の事、僅かにでも疑った自分自身を悔いているのだろう。

 

「いや、空は間違ってねえよ…変なのはたぶん…俺の方なんだと思う」

 

「えっ?」

 

「結局分からないんだ…沙綾を信用してる理由がさ…お前みたいに前から付き合いがある訳じゃないし、同じ選ばれし子供って訳でもない…ヤマトが言ってたみたいにアイツの事なんて何も分かってないのに、何で俺はそんなに沙綾の肩を持ちたがるんだろうな…」

 

宙をポカンと見上げながら、太一は深いため息をついた。今まで気にした事がなかったが、改めて考えてみると一体何時から自分がこの考えに至ったのかすら彼には分からない。気がついた頃には仲間以上に沙綾を気にして行動している自分がいただけの話。

 

「ホント、何時からこうなっちまったんだか…」

 

二度目のため息。

最も、そこまで話してその"理由"が分からない者など当人しかいない。まして、"虚空を見つめたまま呆然とため息をつく"など驚くほど典型的な症状である。当然空がそれに感付かない筈がなかった。

 

「…………」

 

「ん?どうしたんだ空?」

 

一瞬目を伏せて寂しげな表情を見せた空に太一は気づいたが、反対に彼女はそれを悟られまいとしているのか、太一に背を向けながらスッと立ち上がった。

 

「…ううん…何でも…ない…なかなか帰ってこないし、私、ちょっとヤマトを探してくるね…」

 

「えっ、お、おい!」

 

太一の返事も待たずに、空は呼び寄せたピヨモンを連れてまるで逃げるように早足でその場から離れていく。

呼び止める太一の声が聞こえていない筈などないが、それ以降空が振りかえる事はなかった。

 

「無視って……一応慰めたつもりなのに、俺何かアイツを怒らせる事言ったのか?」

 

その場に一人ポツンと残された太一は、不思議そうな顔を浮かべながら遠ざかるその背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で、

 

「ねえマァマ、なんだか昨日より敵の数が増えてない?」

 

「うん…思った以上に向こうも私達を警戒してるみたいだね…」

 

選ばれし子供達のいざこざなど露知らず、巨木の根元を掘っただけの即席の隠れ家から僅かに顔を覗かせ、沙綾はひっそりとアグモンにそう呟いた。

仕方がないとは言え、やはり究極体を倒した事が災いしたのか、ピノッキモン配下の追っ手は時間が経過する事にその数を増やしているのだ。目に写るだけでも、クワガーモン、スナイモン、それに加えてフライモンの群れが空を飛び回り、地上ではブロッサモンを筆頭としたベジーモン達植物系デジモンが彼女達のすぐ近くを彷徨いている。今はまだ見つかってはいないが、こんな即興の隠れ家など何時発見されてもおかしくはないだろう。

 

「うーん、このまま待ってても減る気がしないし……仕方ない。アグモン、鬼ごっこになるだろうけど、振り切って一旦来た道を戻ろっか」

 

「えっ、いいの?せっかくここまで来たのに」

 

「…うん。今のままだとピノッキモンに近付くほど余計な敵が増えちゃうと思うし、だからってここに隠れててもその内きっと見つかっちゃう…それに、私達がいなくなれば向こうもちょっとは油断するかもだしね」

 

「…でも、みんなに先を越されちゃうかもしれないよ?」

 

「それは多分大丈夫。これだけの敵がいる間はみんなだって簡単には動けないよ」

 

「そっか、分かったよマァマ!」

 

素直に頷くアグモンに僅かに微笑み返した後、沙綾は飛び出すタイミングを息を潜めてじっと伺う。何せこれだけの数を一匹も殺さずに逃げ切らなければ行けないのだ。今のアグモンの戦闘力を考えると、ベジーモン程度のデジモンならば護身の技でさえ致命傷を与えかない。

 

(今頃みんなはどうしてるだろ…順調にいってればだぶんそろそろ太一君とヤマト君が喧嘩する頃だと思うけど…)

 

敵デジモンの動きと配置に注意しながら、沙綾は小説に置ける皆の様子を思い浮かべる。

ジュレイモンに利用されたヤマトと太一の衝突。

自分がその場にいれば多少なりともブレーキくらいは掛けられたのにと考える沙綾だが、ピノッキモンの確実なロードを優先する以上それはどうにもならない事である。

 

(今は気にしても仕方ないか…私は私の出来る事をやるだけ)

 

空に目をやれば、分散したのかクワガーモン達の数は先程よりも少なくなっている。このチャンスを逃す手はないだろう。

 

「アグモン、準備はいい?」

 

「うん、いつでもいけるよ」

 

短い言葉でパートナーの意図を察知したアグモンがコクりと頷く。そして、地上のブロッサモン達が自身の方向から目を反らしたその瞬間、沙綾は穴蔵から飛び出し素早く指示を出した。

 

「ティラノモンで一気に駆け抜けるよ!行こう!」

 

「オッケー!アグモン進化ァァァ!」

 

沙綾と同じく飛び出したアグモンが一瞬の内にその体を成熟期の赤い身体へと進化させる。

ズシンと言う地鳴りを上げて着地したティラノモンに敵デジモンがピクリと反応し視線を向けるが、彼は両腕で沙綾を素早く抱きかかえ、相手が動くよりも早く地面を蹴った。

 

「後ろだけじゃなくて前にも注意して!」

 

「分かってるよマァマ!」

 

立ち並ぶ木々を器用にかわし、時に焼き払いながらティラノモンは速度を上げていく。

後方や左右、そして上空と至るところから敵デジモン達の声が飛び交う中、沙綾とティラノモンの何度目ともなる逃走劇が幕を明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は再び戻り、選ばれし子供達が休憩を取るエリアから少し外れた森の小道。

 

「ねえ空、大丈夫?」

 

「…うん、心配しないで…何でもないから…」

 

隣を歩くピヨモンにそう返しながら、空は森の中をさ迷うように歩く。

本人は努めて平静を保とうとしているようだが、先程の太一の様子がどうしても頭から離れないのだろう。言葉にこそしなかったが、あれは最早そう"宣言"されたに等しいのだ。誰の目から見ても一目で分かる程、彼女の表情は沈んでいた。

 

「太一と何かあったの?さっき一緒にいたみたいだったけど」

 

「ううん…ホントに何でもないのよ…」

 

「…空」

 

一応空自身は笑って返したつもりだったのだが、それが余計にピヨモンを心配させているようである。

 

(バカ…私、こんな時に何考えてるのよ…今考えるような事じゃないのに)

 

懸命に思考を切り替えようとするが、ここは静かな森の中、神経を邪魔するものがない分、反って意識がそちらに向いてしまうのだろう。彼女が何を考えても最終的には同じところに辿り着く。

皮肉にも、状況は違えどその様子は先程の太一とよく似ていた。

 

(太一の…バカ…)

 

心の中で呟く度にそれは虚しさへと変わっていく。

空は自分自身の性格をよく分かっている。太一の気が此方を向いていない以上、強引になれない自分には何も出来ないという事も。精々邪魔をせず離れて見守る事が関の山だという事も。

 

(…落ち込んでも仕方ないのにね…)

 

「空!ねえ空ったら!」

 

「えっ!?」

 

バサバサと羽ばたきながら自身の耳元で喋りかけていたピヨモンの声で、空はハッと我に返ったようにその目をパチクリとさせた。

 

「ピ、ピヨモン…どうしたの?」

 

「もう、ホントに大丈夫なの?ずっとぼーっとしてるよ」

 

「だから心配しないでって。それで、どうしたの?」

 

パートナーに悟られないように空は強引に話を切り替える。ピヨモンもピヨモンで、先程から続く大丈夫の一点張りにいい加減追及する事を諦めたのか、地面に降り立った後、彼女は小さなため息を吐いた。

 

「はぁ…向こうの方から何か聞こえるの…たぶん話声だと思う。ヤマト達じゃない?」

 

「…あっ…そっか。私、ヤマトを探しに来たんだっけ」

 

そう言われて空はようやく自身がここまで来た"一応"の目的を思い出した。ピヨモンの指差す方向に目をやると、少し先、木々の合間に僅かに開けた場所が見える。この広い森の中、闇雲に歩いていただけでヤマトの痕跡を見つけられたのは幸運だろうと、空はそちらに向かう事を決めた。

 

「行ってみましょう」

 

再び二人は歩き出す。大した障害もなく、しばらく進むと彼女達は目的の開けた場所へとたどり着いた。

遠目からでは分からなかったが、この場所に木々が見えなかったのはこの辺り一帯が大きな泉になっていたからのようだ。

 

「へえ、こんな所に泉があったのね」

 

「綺麗なところ…でも、ヤマト達はいないみたい…ピヨモン、ホントにこっちから声がしたの?」

 

空は周囲をグルリと見渡してみるが、そこにヤマトらしき姿は見当たらない。彼女は足下で湖を覗くピヨモンにそう声を掛けてみた。しかし次の瞬間、

 

「フォフォフォ、一日に二人も此処を訪れる者がいるとは、珍しい事もあるものです」

 

「だ、誰!」

 

ピヨモンではない第三者の声が不意に響く。

咄嗟にデジヴァイスを構え空がもう一度辺りを注意深く見てみると、彼女達のすぐ近く、数ある内の一本に過ぎないと思っていた巨木が不意にくるりと振り返り、その幹に刻まれた老人のような顔を除かせた。

 

「空っ!下がって!」

 

見たことのないデジモンにピヨモンも臨戦体制を取る。しかし、二人の警戒とは裏腹に、そのデジモンの物腰は柔らかかった。

 

「ああ、これは申し訳ない。驚かせてしまいましたかな?私はジュレイモン。この森の長老と呼ばれております。」

 

「えっ?」

 

大きな杖を付き紳士的なお辞儀をするその姿に、空は若干躊躇う。ジュレイモンと名乗るそのデジモンから敵意は特に感じられず、理性的な対応は正に長老と言った雰囲気を醸し出していた。

老人のような姿も手伝ってか、攻撃してくる気配のないジュレイモンに、程なくして空とピヨモンは警戒を緩めた。

 

「えと、こちらこそごめんなさい。敵かと思っちゃって…」

 

「フォフォ、いやいや、気にしていませんよ。確かに今この森はピノッキモンの手下で溢れていますから」

 

空達の態度を咎める事もせず、ジュレイモンはニコっと優しげな笑みを浮かべる。そんな彼に、空は先程気になった言葉を問いかけてみた。

 

「…あの、さっき一日に二人って…」

 

「はい。確かヤマト君でしたか、今の今まで此処にいたのですが…」

 

「!」

 

恐らく入れ違いになったのだろう。しかし、空が彼らとすれ違っていない以上、二人は皆の元へ引き返した訳ではなさそうである。

 

「ジュレイモン、ヤマトがどっちに行ったか分かる?」

 

そう問いかけた空に、ジュレイモンは杖で自身の背中側を指した。それは皆とはますます離れる方角、彼女の"何故そっちに"という表情を悟ったのか、空が言葉を発する前にジュレイモンはそれに答えた。

 

「ここから北にしばらく進んだ所で、ピノッキモンの手下達が集中しているエリアがあります。恐らくそこに向かったのではないかと…」

 

「えっ?どうして一人でそんな所へ…」

 

「決着を付けに行ったのですよ。自らの疑念に…」

 

「疑念に決着?どういう事?」

 

ヤマトの行動も謎だが、ジュレイモンの言葉は二人には更に意味が分からない。そんな首を傾げる空達を見据え、巨木は順を追って説明を始める。

 

「…先程ヤマト君がふらっと此処に来られた時、彼は何かに迷っておられるようでした…見かねた私が声を掛けると、彼は言ったのです。"疑いが疑いを呼んで、何を信じていいのか分からない"と…」

 

「「……」」

 

「よくよく話を聞けば、仲間の一人について悩んでいた御様子…どうすればいいかと問うヤマト君に私は答えました…"悩んでいるくらいなら直接本人に問うてはどうか"と、それで何も話して貰えないのなら、"貴方自身の覚悟と決心"を示してみるのも一つの方法なのではないかと…」

 

そこまで話を聞いて、空の中で点が線に繋がる。

 

「まさか、ピノッキモンの手下達が集まってるエリアって…」

 

「森の噂ですが、選ばれし子供の一人がその辺りに潜んでいると聞いています…」

 

「…沙綾ちゃん…やっぱりそう言う事ね」

 

空は思わず溜め息が溢れそうになる。 

当然だ。無理をするなと散々忠告したにも関わらず、またしても彼女はそんな危険な場所にその身を置いていたのだから。最も、彼女が太一と同じく人の意見を聞かないなど最早何時もの事、今更驚くような事でもない筈。しかし、

 

(あれ…私、なんでこんなにイライラしてるのかしら)

 

何故か今の空は、そんな沙綾に確かな苛立ちを感じていた。

 

「ねえ空、いったん戻ってみんなにこの事伝えた方がいいんじゃない?」

 

「そ、そうね…教えてくれてありがとうジュレイモン」

 

ヤマトだけならともかく、沙綾もいるならば全員で移動した方がいいと判断した空は、ジュレイモンにそう伝えると踵を返し、ピヨモンを進化させるため再びデジヴァイスを取り出した。此処から皆のいる場所までバードラモンならば数分と掛からない。全員を乗せてからヤマトを追い掛けても充分余裕があるのだ。

だがパートナーの進化が完了し、空がその背中に乗ろうとしたその時、不意にジュレイモンが再び彼女に声をかけた。

 

「フム、空さん、でしたか…貴方も大変ですね、人知れず苦悩されているようで…」

 

「えっ?」

 

不意に投げ掛けられたその言葉に、思わず空はドキリとして振り替える。

 

「フォフォフォ、歳柄、色々な相談をよく受けるもので、雰囲気で分かってしまうのですよ…貴方の場合は……その原因は"嫉妬"、っといったところでしょう?」

 

「い、いい加減な事言わないでよ。私が誰に嫉妬してるっていうの?」

 

見に覚えのない"言い掛かり"に空は否定するが、まるで全てを見抜かれてるようなジュレイモンの雰囲気に焦っているのか、彼女にしては珍しく言葉にトゲがある。

知らず知らずの内に、空はジュレイモンにペースを握られていた。

 

「フム、では帰る前に一度その泉を覗いてみて貰えませんか?それは自らの心を映す鏡とも言われております。時間は掛かりません。さあ…」

 

「……分かったわ。覗けばいいんでしょ」

 

僅かに考えた後、空はバードラモンに乗るのを止め、ジュレイモンに促されるままに湖を覗き込む。この瞬間まで空には自信があった。仮にこの泉が心の中を映す鏡だとしても、そこに映るのは以前からの想い人の姿の筈だと。

しかし、

 

「ウソ…!」

 

現実は違った。

長い黒髪に白い肌、泉に映った自身の姿は太一などではなく、

 

「沙綾…ちゃん…どうして…私、嫉妬なんて…」

 

まるで信じられないものでも見たかのように小さくそう呟いた後、空はその場で棒立ちになった。

そんな彼女の背後で、ジュレイモンは妖しく語りかける。

 

「"大切な人を取られた"と感じるその心、決して恥ずべき気持ちではありません。ですが、貴方はそれを心の隅に追いやり、自ら気付かないふりをしているのではないですか?」

 

「!」

 

その言葉に空は鳥肌がたった。

ピヨモンにさえ話していない自身の悩み。それをこのデジモンはさも簡単にいい当てて見せたのだ。

思えば、先程沙綾に感じた過剰なイライラも、彼の言うように嫉妬だと考えれば合点がいく。

泉から目を移し、空はジュレイモンへと振り替えった。

 

「慎ましく身を引くのも一つの美学です。しかし、それでは貴方の望む"者"は手に入らない。他者を退け自らを誇示する事も時には必要なのです。"恋愛事"ともなればそれは尚更…」

 

「………」

 

話が進むにつれて核心へと迫るその内容に、空の意識はジュレイモンの言葉に吸い寄せられていく。そう、彼はその豊富な経験と巧みな話術を武器とするデジモン。心の隙をつかれた空は、それに抗う術を知らない。

 

「貴方、空に何を吹き込もうとしてるの!」

 

「待って…続けて、ジュレイモン」

 

「そ、空!」

 

ジュレイモンに目をやったまま、空は片手で威嚇するバードラモンに待ったを掛けた。最早彼女にとってこのデジモンが怪しいという事など見えてはいない。

 

「貴方は優しい方のようだ…ですが、そのせいで損な役回りになる事が多い…たまには我が儘にならなければ、貴方はずっとその役割から抜け出せませんよ」

 

「……私は…どうすればいいの…?」

 

既にマインドコントロールは磐石。そう"確信"を持った相手は止めを下す。

 

「何、難しい事ではありませんよ。言ったでしょう。他者を蹴落としてこそ勝ち取れる物もあるのです」

 

「蹴落とす…私が…沙綾ちゃんを…」

 

空は僅かに戸惑った表情を見せてはいるが反論する様子はなかった。ジュレイモンの言う通り、空は今まで自分よりも他人を優先して考えてきた。この旅に置いても彼女が自身の我が儘を押し通した事などほとんどない。

"たまには我が儘になってもいい"、その言葉で、彼女の中の張り詰めた糸がプツリと切れたのだ。

 

「…沙綾ちゃんを倒せば…太一は私を見てくれるの?」

 

「フォフォフォ…その先は御自分で考えてみなされ。私の出来る助言はここまで、後は貴方が決める事だ…さあ、もうお行きなさい…」

 

「あっ!ちょっと待って!」

 

ジュレイモンの仕事はこれで終わり。茫然と立ち尽くす空に背を向け、彼はそんな言葉を残して森の奥へと去っていく。元々が木の姿である彼は、そのまま周囲の森と同化するように消えていった。

 

「私は貴方を応援していますよ…空さん」

 

最後にそんな声だけが、静かな森へと木霊した。

 

 

 







今回はここまで。
本当はヤマトとジュレイモンの会話も書きたかったのですが、話が長くなりすぎるので断腸の思いでカットしました。
さて、やっと太一、空、沙綾の関係性が微妙に変化していきそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。