私、過去に来たんだ…… (追記版)
「……………あぅ……」
タイムマシンとなるゲートを潜った後、沙綾の意識は一度なくなり、次に目を開けた時、彼女は冷たい床の上に、うつ伏せに倒れていた。
「……うぅん……此処……は……?」
まだ覚醒仕切っていない頭を抑えて起き上がり、彼女は周囲をキョロキョロと見渡す。視界に映るのは、隣で自分と同じようにパタリと倒れているアグモン、そして、見覚えのある巨大な工場の一室。
『何故自分はこんな所に?』と、一度目を閉じ、彼女は自身の記憶を辿ってみることにした。
直後、
「っ!」
まるで電撃が走ったかのように、その意識が一気に覚醒する。
(……そっか、私、過去に来たんだ……)
間違いではない。
沙綾が今居るのは、先ほどまで地獄と化していた北側の大部屋だ。ただ、今彼女の目に写るのは、何もない殺風景な内装のみである。
恐らく時間を移動しただけで、場所はそのままなのだろう。
(……なんだか、実感が沸かないなぁ……)
静まり返った空間の中、改めて彼女は思う。
先程の出来事は、本当にあった事なのか、
自分は悪い夢を見ていたのではないか、
そんな事を自問自答しながら、彼女は隣で寝息をたてるパートナーの身体を軽く揺する。
「アグモン、ねえ、起きて!」
言いながら、徐々に大きく揺らしていく。
何度か繰り返す内、アグモンはゆっくりと目を開き、その小さな身体をムクリと起こした。
「……ぁれ……マァマ……ここは……?」
「覚えて……ない?」
先程の自分と同様、頭を押さえながら回りを見回すアグモンに、沙綾は僅かばかりの願いを込めてそう問いかけた。
しかし、
「……あっ! そっか……ボク達は……」
アグモンのその反応に、沙綾は改めて、先程の出来事は全て事実なのだと理解する事になるのだった。
しばらくして、
「ふう……じゃあ、行こっか……」
「……うん」
沙綾とアグモンは自分達の状況を一通り確認した後、部屋を出ることにした。
最早、彼女達が"過去の世界"に来てしまった事は疑いようがない。ならば、今は目的を果たすため、出来ることをしようというのが、話し合った末の二人の意見である。
(……まずは、アンドロモンを見つけないと……)
"選ばれし子供達がこの世界に来て間もない頃に自分達を送る"、ここに来る前、クロックモンは確かにそう言っていた。
この工場は、彼女が知る小説では物語序盤で登場する施設である。
それならば、選ばれし子供達は近々この工場に来る。もしくは、もう既にこの工場から去っている。
いずれにしても此処の主、アンドロモンに会えば、彼らの行方が分かる事だろう。
そう考え、沙綾はこの工場のどこかにいるアンドロモンを探す事を決めたのだ。
だが、
「誰も居ないね……」
「そうだねぇ……」
コツコツと、二人の足音だけが通路に空しく響く。
当たりをよく見ながら、施設内を彷徨くその様子は、まるで、未来でのデジャブのようである。
アンドロモンを探しながら、沙綾は思う。
(さっきも……同じことしてたんだよね……あの時はまだ…アキラも…ミキも……)
「……っ…………」
そう考えると、彼女の脳裏に嫌でも"あの瞬間"が浮かび、抑えていた涙が溢れてくる。
(……ダメだ……泣いてる暇なんて……ない。 私達には、まだやれる事があるんだから)
思考を一度クリアにして、彼女は今自分がするべき事に意識を向けた。後ろを歩くパートナーに悟られないように、沙綾は出来る限り自然に涙を拭う。
最も、二年間を共に過ごし、彼女の事を"母"と慕うバートナーには、そんな弱さを隠しきれるはずはなく、
(マァマだけは……絶対に、ボクが守るから……)
その華奢な後ろ姿を見て、アグモンは沙綾に聞こえないように、心の中で強く誓ったのだった。
そして、しばらくして、
涙も止まり、気を持ち直して工場内の探索を進めていた沙綾は、その一室のドアをガチャリと開けて入った直後に、短い悲鳴を上げた
「きゃっ! ……ビックリしたぁ……って!」
「どうしたのマァマ!」
沙綾の背中で前が見えなかったアグモンは、目付きを変え、慌てて前へと出ようとする。勿論、不測の事態から主を守るために。
しかし、彼女が驚いたのは、別に敵に遭遇したからではなく、
「……み、見つけちゃった……アンドロモン……」
「えっ!?」
未来でカオスドラモンに胸を貫かれ、その身体を光りの粒子に変えたデジモンは今、沙綾の目の前で、下半身を歯車と歯車の間に挟まれた状態で機能を停止していた。
まさに、"小説"にて選ばれし子供達が始めて彼と遭遇した時と同じように。
「やっぱり、夢でも何でもないんだね……」
消えたはずのデジモンが目の前に居ることで、再度、彼女は自分が間違いなく過去に来たことを実感する。
しかし、だからこそ、彼女はいつまでも未来の惨劇を引きずっている訳にはいかない。
心配そうに見上げてくるアグモンに、少し無理矢理にでも笑顔をつくり、彼女は口を開いた。
「……でも、もう大丈夫、踏ん切りはついたから」
「マァマ……」
「それより……アンドロモンがこの状態ってことは、まだ選ばれし子供達はここにはきてないみたいだね」
「えっ、そうなの?」
沙綾は確信を持って話をするが、アグモンは分かっていない。小説の詳細まで覚えている彼女と違い、アグモンは過去の出来事についてそれほど知識はない。
沙綾がたまに話すのを聞く程度である。
「うん、今ここに挟まってるアンドロモンを引き抜いた後、黒い歯車で暴走する彼を選ばれし子供達が助けたって、本には書かれてるから」
「ふぅん、そっかぁ、分かったよマァマ」
彼女は饒舌に語り、バッグから本を取りだすと、パラパラとページをめくってアグモンに見せる。
アグモンに人間の字は分からないのだが、基本的に彼は沙綾の言葉を疑うことはない。彼女がyesと言えば、それがアグモンにとっての答えなのだ。
子供達がまだここに来ていない事に若干の安心感を覚えた沙綾は、腕を組み、次に取るべき行動を考え始めた。
(まだ選ばれし子供達がここに来てない事は分かったけど、問題は何時来るかだね。ここで待っててアンドロモンが起きちゃうと面倒だし……どうしようかな……………あっ!)
そこで彼女は思い出した。
先程アグモンに見せたページの少し後を開く。
(やっぱり! 子供達がアンドロモンを起こしたあと、一回停電が起きてる)
これならば、工場の中にさえいれば何時でも分かる。
そう考えた彼女はひとまず、この場を後にすることを決めた。
「ねぇマァマ、アンドロモン助けないの」
「助けたいけど、出来るだけこの時代に沿うようにしないと……余計な事して歴史が変わっちゃったら、本当にどうしようもなくなるし……」
「ふぅん 、そっかぁ」
質問をするアグモンに優しく答え、彼もそれに頷く。二人は一度その場を離れ、少し歩いた先にある小部屋へと入り、ひとまずそこで腰を降ろして待つことにした。
「ここは……制御室になるのかな?」
「せいぎょしつ?」
部屋にはよく分からない精密機械が幾つかおいてある程のもので、他にはこれといったものはない。この工場は全て機械化して動いているため、それを管理するための装置だろう。
「ねえマァマ、これなんだろう。」
「うぅん、多分、この工場の機械を管理するものじゃないかな。」
「ふぅん……ボクにはよく分かんないや」
「まあ、私もよく分かんないんだけどね。 ちょっと見せて」
子供達が来るまで暇を持て余していた沙綾は、その装置を調べて見ることにした。最も、彼女自身何かが解るとは思ってはいないが、そうしている事で、少しでも頭を動かし続けようと思ったのだ。
そして、
「……あれ、ここ、手が置けるようになってる。」
正に『手を置いてください』と言わんばかりに作られたその場所に、沙綾は興味をそそられたのか、ゆっくりとそこに手をかざす。すると、
「きゃっ!」
その装置は作動を始め、近くの小型のモニターに文字が表示された。『登録完了』と。
驚いた沙綾は手を素早く戻し、ピョンっと、素早くその装置から離れ、アグモンと顔を見合わせた。
「だ、大丈夫かな?」
「ボクに聞かれても……」
沙綾の心配を余所に、その装置は呆気なく停止した。
ほっとした沙綾がふと何かに気づいたように声を出す。
「あっ、だから開いたんだ!」
彼女は未来で此処に来たときの事を思い出す。なんとなく違和感を感じた沙綾ではあるが、門を開けた後に、門を開ける登録をしたのだ。違和感の正体は恐らくそれだろう。
それ以降、さすがに懲りたのか、沙綾は部屋の機器には手を付けず、小説を読み返し、これから起こる事ことに対して考えを巡らせ、方針を頭の中に簡結にまとめた。
そしてそれらが終了した後は、アグモンと他愛のない話をしながら時が立つのをひたすら待つ。
アキラ、ミキの話を避けて話す沙綾に、アグモンは痛々しさを感じていた。
そして………ついにその時は来る。
小一時間ほどが経過した頃だろうか。
突如、ガシャン、と言う音と共に部屋が闇に包まれる。
「!」
最悪一日二日は此処で過ごさなければいけないかもしれないと思い始めていた沙綾は、思いの外早い異変の訪れに、内心ドキっとする。
どうやら、クロックモンは本当に、『子供達と出会える絶好の瞬間』へと、沙綾達を跳躍させたようだ。
「来たっ」
「ど、どうするの、マァマ?」
暗闇の中で顔を見合わせ、静かに声を出す沙綾に、アグモンは問いかける。
すると、彼にとっては意外とも言える答えが帰って来た。
「うーん、しばらく何もしない」
「えっ? う、うん」
あまりに拍子抜けなその答えに、アグモンは思わずそんな声出し、キョトンとした表情を見せて頷いた。
それもそうだろう。先程沙綾は、選ばれし子供達が来るまで此処で待つとアグモンに言ったのだ。ならば、彼らがこの場所へと訪れた今、何故自分達は何もしないのか。
疑問に思うアグモンだが、そんな彼の表情を見て、沙綾は小声でその理由を話す。
「えとね、この後、アンドロモンと選ばれし子供達が戦う事になるんだけど、そこでパートナーの一匹が始めて成熟期に進化するの。私達はその後に出ていこう……歴史に余計な事をしないために……」
そう、この工場で、選ばれし子供の一人、『泉光子郎』のパートナーテントモンが、カブテリモンに始めて進化を遂げるはずなのだ。
沙綾の登場はそれを阻害しないとも限らない。
初進化のタイミングをずらすと、この後の展開に響く可能性を否定できない。
それを危惧しての待機である。
「うーん、難しいけど、とにかくボクはマァマについてくよ」
「うん、頼りにしてるよ、アグモン」
「任せてよ!」
そして、
遠くの方で大きな音が数回鳴った後、部屋に光が戻る。
「あっ、やっと明るくなったね」
小説の通りであるなら、この後、別れて工場を探索していた子供達が合流し、グレイモンとガルルモン、そしてアンドロモンが戦闘を始めるはずである。
「よし、そろそろ行くよ、アグモン」
「うん!」
二人は部屋を後にし、音を頼りに選ばれし子供達の元に向かう。
憧れていた小説の登場人物に会えるのだ。普段の彼女であれば両手を上げて喜んでいただろう。
今はそこまでの気持ちは沙綾には沸いて来ないが、それでも、その足取りは先程までよりは軽い。
段々と大きくなる戦闘の音、
そして、
(! あれが……選ばれし子供達と、そのデジモン……!?)
「わぁ! 強そうなデジモンだねマァマ!」
薄暗い通路を抜けた先、空が見える吹き抜けの屋外で、遂に彼女達は、小説の場面をその目で見る。
「行けー! カブテリモン!」
二人のすぐ前では、今まさに進化したカブテリモンが、アンドロモンと衝突し、激しい力比べをくりひろげていたのだ。
彼らの隣には、恐らく今までの戦闘で体力を削られたであろうグレイモン、ガルルモンが、重なりあうようにして倒れている。
そんな中、選ばれし子供達は皆、今沙綾が立っている少し上の階から、声援と共にその光景を眺めているようである。
「カブテリモン、右足だ。右足を狙うんです!」
背の小さい少年が、カブテリモンに攻撃の指示を出す。
小説通りであればこれが決め手となり、暴走するアンドロモンは我に返る。
しかし、そこで予想だにしない事が起こった。
「メガ、ブラス……」
「おい!ちょっと待て光子朗、下に誰かいるぞ!」
「!」
(えっ、まずっ! なんでこのタイミングで!)
ゴーグルを着けた少年の大きな声に、アンドロモンを除く、その場の全員の視線が沙綾達へと集まってしまったのだ。
「えっ!? あれは……に、人間!?」
「ほら見ろ! やっぱり人がいたじゃないか!」
「何ですって!」
そしてそれは、今、正に右足に向けて自身の必殺を放とうとしていたカブテリモンも同じである。勿論、敵がその隙を見逃してくれる筈がない。
「スパイラル、ソード!」
「う、うおぉ!」
一瞬の隙を疲れ、アンドロモンの必殺がカブテリモンに直撃する。
それは、本来なら起こり得なかった事態。彼女の登場で必殺のタイミングを逃したカブテリモンは、工場の壁に勢いよく叩きつけられ、そのまま、ズシンと崩れ落ちた。
「カ、カブテリモン!」
「お、おい、こりゃ流石に不味くないか……」
「不味いなんてもんじゃないよ! こっちにはもう戦えるデジモンなんていないんだぞっ!」
青髪の少年が頭を抱える姿が沙綾の目に映る。
選ばれし子供達にとっては最早絶対絶命であろう。
「ねえマァマ、これも本に書いてある事なの?」
「…………ううん、書いてない……」
パートナーがツンツンと背中をつつく中、その原因たる少女はゴクリと生唾を飲み、そう答えた。
「えっ!?」
(……どうしよう……やっちゃった……)
沙綾は考える。
(クロックモンは"あまりにも歴史からかけ離れた事はするな"って言ってた。)
一瞬の間に、
(その範囲が何処までなのか分からないけど、結果的に黒い歯車が破壊されれば……アンドロモンの暴走は収まる筈……)
それは小説の知識があるからこその判断
(じゃあ、初進化自体は出来てるし、仮に私がアンドロモンを止めても、多分歴史に変化はほとんどない……? というより、もう私がやんなきゃ、あの人達の旅が此処で終わっちゃう!)
「マァマ! アンドロモンがこっちに来る!」
三体の成熟期を戦闘不能にしたアンドロモンは、機械的に、ただ最も自分に近い位置にいる沙綾達へと標準を合わせたようである。
それと同時に、迫り来る驚異から主を庇うかのように、黄色い体がグイっと沙綾の前に飛び出る。
「マァマに手出しはさせない!」
「っ! 予定変更だよアグモン、アンドロモンを止めて!」
「うん! 任せてマァマ!」
沙綾の言葉にアグモンが元気よく頷く。同時に彼女のデジヴァイスが光り輝いた。
「アグモン進化ァァ!」
アグモンの進化が始まる。身体は大きくなり、赤い身体、鋭い爪を持った文字道りの恐竜へと姿を変えた。
「ティラノモンッ!」
沙綾を守る様に、赤い恐竜が今、暴走する人造人間の前へとズシンと立ちはだかる。
この回で少し疑問を持つ方もいるかもしれませんが、仕様です。