「お、おい、あの子もデジモンを連れてるぞ……って進化まで!」
「もしかして……あの人も、私達と同じじゃないかしら?」
「あいつらは、味方……なのか?」
目の前の光景を見た子供達の反応は様々であった。
ただ、少なくとも困惑し、驚いているという点については全員共通のようである。
ゴーグルの少年は赤い恐竜の姿に声を上げ、ボーイッシュな少女は恐竜の後ろの沙綾を見つめる。
顔立ちの整った金髪の少年は、突如現れた二人に対し、ほんの少し疑念を抱いているようだ。
「少なくとも、敵ではないと思いますよ」
「光子朗……」
先程初めてパートナーを進化させた少年、"光子郎"が、にらみ会う様に立つ2体を見てそう呟いた。
"敵の敵は味方"。恐らくそういう意味だろう。
「そうだな。あの恐竜、俺と同じアグモンから進化してたし……後ろの子は女の子だぜ? 大丈夫だよヤマト」
ゴーグルを着けた少年、太一が、光子郎の言葉を肯定し頷く。最も、彼の場合はほぼ直感だけのようだが。
「……そうだな。どっちにしても、やっと見つけた俺達以外の人間なんだ。とにかく助けよう!」
緑色のノースリーブを来た金髪の少年、ヤマトが回りに声をかけた丁度時、
向かい合っていた2体が、戦闘を開始した。
「ティラノモン、右足を狙って。 あの"黒い歯車"が、アンドロモンの暴走の原因だから!」
「オッケィ! 行くぞぉ、ファイヤーブレス!」
アンドロモンの右足に僅かに見える歯車に向かって、ティラノモンは遠距離から強烈な火炎放射を放つ。
ゴツモンとベタモンのデータによる影響か、直進する炎は以前よりも更に激しいようだ。
しかし、相手は格上の完全体、そうやすやすと攻撃が通る筈がない。
「侵入者を……排除する……」
アンドロモンは一切慌てる様子も見せず、自身の手首をさながらドリルのように高速で回転させ始めた。
それは先程、カブテリモンを一撃で沈めた彼の必殺の構えである。
「スパイラル、ソード!」
瞬間、振り抜かれた腕から放たれる衝撃波が、猛進する炎を真っ二つに切り裂いきながら、ティラノモンへと襲いかかる。
(!)
見ればすぐ分かる程の力負け。
更に、彼女達が今戦っている場所は、屋外とはいってもあくまで通路の延長の様なもの。逃げ場などはない。
最も、そのような回りの環境は、戦う前から既に彼女の頭には入っている。今まで冒険してきた二年間の日々は伊達ではないのだ。
「ティラノモン、しゃがんで防御だよ! まともに受けちゃいけない!」
「うん!」
沙綾の素早く的確な指示の元、即座にティラノモンは頭を抱えてバタンとその場に倒れ込み、後方の彼女も、一緒に腰を屈めて耳を押さえた。
直後、
「っ!」
ドガンという音が辺りに響き、二人の真後ろの通路出口がガラガラと崩れ落ちる。
「さすがは完全体、強くなっても、やっぱり部が悪いね」
「危なかったぁ……ありがとうマァマ」
幸い、今の攻撃によるティラノモンのダメージはない。
しかし、今の力の差から、勝負が長引くと敗北するのは間違いなく此方であろう。
(やっぱり簡単にはいかないか……しかたない)
「ティラノモン、"アレ"やるよ!」
ただ、力で負けているからといって、それだけで勝負が決まるわけではない。沙綾達は"経験"と"作戦"によってその差を埋めることが出来るのだから。
「オッケィ、マァマ!」
その言葉と共に、ティラノモンは直立するアンドロモンに向かって勢いよく、無謀にも見える突撃を開始した。
「ガトリング、ミサイル!」
「ファイヤーブレス!」
アンドロモンの胸のハッチから放たれる二つの小型のミサイル。
此方を追尾し、先端部分から銃を乱射するそれをみても、彼の脚は止まらない。走りながら得意の火炎で撃墜し、一気に間合いを詰める。
そこから両爪を高く振り上げ、自身より遥かに小さな目標に向かって、全体重を掛けて降り下ろした。
「いくぞっ! スラッシュネイル!」
だが、いくら相手が小さかろうと、元々の戦闘力が違うのだ。
「ふん……」
「! ぐっ、ぐぐっ……」
降り下ろされた両腕は、逆にガッチリとアンドロモンの両腕によって受け止められた。
衝撃から、パキパキっと、相手の足元のタイルにヒビが入るが、引き裂くどころか、攻撃を受け止めて尚、アンドロモンは全く微動だにしていない。更に、
「侵入者を……排除する……」
「ぐっ!」
その体制を維持したまま、アンドロモンは再び胸部のハッチを開いた。
勿論、この状態で先程のミサイルを受ければ、どうなるかなどいうまでもないだろう。
しかし、
「今っ!」
後方で、黒髪の少女の声が上がった。
アンドロモンは知らない。いや、予想すらしていなかっただろう。
ティラノモンにはまだ、『第三の腕』とも言える武器があることを。
「うおぉぉぉ!」
赤い恐竜が咆哮を上げる。直後、
腕を固定されたままのティラノモンが、身体を強くひねり、『第三の腕』、その太い『尻尾』を、バチンと、アンドロモンの細い右脚へと、思いきり叩き付けたのだ。
「!」
それは完全に相手の虚を付く『テールスイング』
二人が冒険の中で会得した、一度きりだが万能の『奇襲攻撃』である。
アンドロモンも例に漏れず、突然の衝撃に思わず掴んでいた両腕を離し、ダンっと、先程のカブテリモンのように工場の外壁へと叩きつけられた後、バタリとその動きを止めた。
(よし! 上手くいった。 まあアンドロモンはこんな攻撃じゃ倒せないけど……でも、"黒い歯車"なら)
それは正に沙綾の読み通り。
今の衝撃に耐え兼ねたのか、うつ伏せに倒れるアンドロモンの右足から、"黒い歯車"がフワリと外れて宙に舞う。
勿論、これを逃がすわけにはいかない。
「ティラノモン、あれを逃がさないで!」
逃げるように空高く飛び上がる歯車に、沙綾は追撃の指示を下した。
あれを破壊するまで、彼女は気を抜くことが出来ない。
「任せてマァマ!」
そして、そんなパートナーの期待を胸に、ティラノモンはしっかりと狙いを定め、遥か上空に向かってその大きな口を開く。
そして、
「ファイヤーブレス!」
必殺の火炎放射。
一直線に延びる本気の炎が、逃げるように空へと舞い上がる歯車を追いかけ、やがて、青い空に浮かぶ黒い点を正確に直撃した。
それを確認して始めて、沙綾はその小さな胸を撫で下ろしたのであった。
「嘘、アンドロモンに……一人で勝っちゃった……」
「嘘だろ!?」
選ばれし子供達は口をポカンと開け、目の前で起こった出来事に目を丸くする。当然だ。何せ彼らが三体がかりで倒せなかった相手を、突然現れた少女が一人で制圧したのだから。
「……あの子、何者なんだろう?」
眼鏡を掛けた年長者である、丈が、彼女に疑問を持つ。
子供達の位置からでは少女の声までは聞こえなかったが、仕草を見た限り、彼女が恐竜に指示を出していたのは間違いない。
そして、そのあまりに的確な恐竜の動きに驚いているのだ。
「とにかく、行ってみようぜ! 直接話せば、いろいろ分かるだろ」
太一が走りだし、皆それに続いて一段下の階にいる沙綾の元へと向う。
いきなり現れ、自分達の危機を救った謎の少女が、果たして何者なのか
その答えを確かめるために。
(勢いでやっちゃったけど………多分、大丈夫だよね……)
戦闘が終了した後、自分が早々に歴史に介入してしまったことに改めて気づいた沙綾は少し不安に感じていた。
(カブテリモンへの進化は終わってたし、後は誰がアンドロモンを止めるかの違いだけ……でも、反省しないと……)
何せ元いた未来に帰れるかどうかが掛かっているのだ。
迂闊な行動は慎むべきだろう。
そんな反省をする沙綾の隣に、戦闘終了と共に成長期に退化したアグモンがパタパタっと走りよる。
その様子は、まるて親へとすりよる子供のようだ。
「マァマ見てた! ボク、ちゃんと黒い歯車を壊したよ!」
「うん、すごくかっこよかったよ、流石だね!」
「ふふふ、わぁい!」
自分の勇姿を誉めて貰えたアグモンは、その場で手を挙げて跳び跳ねる。さしずめ、彼女の誉め言葉こそが、彼にとっての何よりの褒美といったところだろうか。
「ふふ、お疲れ様、アグモン」
そして、沙綾が喜ぶアグモンの頭を優しく撫でている時、今しがた動きを止めたばかりのアンドロモンが、ムクリと身体を起こした。
「……こ、ここ……は?」
恐らく先程の戦闘でも、彼自身ダメージを殆ど受けていないからだろう。アンドロモンはなに食わぬ顔であっさり立ち上がり、沙綾達の元へとゆっくり近づいてきたのだ。
「ア、アンドロモン! この、マァマに近づくな!」
「?」
気づいたアグモンはすぐに表情を変え、再び沙綾を背にして向かい合うが、当の彼は、そんなアグモンをキョトンとした表情で見つめている。
「大丈夫だよアグモン、もう、アンドロモンは元に戻ってる筈だから」
「……う、うん」
「貴女達は……? 」
不思議そうに此方を見ながらそう口を開くアンドロモンに、先程までの暴走の痕跡はない。
沙綾は威嚇するアグモンを頭を撫でて制止させ、軽い自己紹介をしようと口を開きかけた、丁度その時
「ええと、私達は……」
「おーーーい!」
「!」
不意に彼女の後ろから、恐らく自分を呼んでいるであろう声が聞こえてくる。
(あっ! そういえば!)
彼女がはっとしたように先程まで子供達がいた場所をみあげるが、既に彼らはそこには居らず、気づいた時には、既に沙綾達の真後ろ、半壊した通路出口に、7人の子供と、アグモン、ガブモン、テントモンを除くそれぞれのパートナー達の姿があったのだ。
アンドロモンとの会話に割り込むように、その中の一人、ゴーグルの少年が振り向いた沙綾へと即座に声を掛けた。
「さっきのをすごかったぜ! なぁ、君も、俺達と同じなのか?」
「あっ……えと……その……」
遠目から見るのとは全く違う。
ずっと読み続けていた小説の登場人物達が、自分の目の前に並んで、自分に声を掛けているのだ。流石に沙綾も動揺を隠しきれない。
思考が上手くまとまらず、なかなか言葉が出てこない。
「ちょっと太一! いきなり過ぎよ。 その子も困ってるじゃない」
「あっ……ごめんな、その、ビックリさせるつもりじゃなかったんだ」
沙綾の心臓がバクンバクンと音を上げる。
加えて、彼女のいた未来では、彼らは皆世界的有名人である。
「う、ううん……だ、大丈夫……です……じゃない、大丈夫だよ」
やや片言ぎみにも、どうにかこうにか彼女はそう言葉を捻り出す。だが、
「そっか、じゃあ改めて聞くけど、君も俺達みたいに、気づいたらデジタルワールドに来てたのか?」
「ねえ、お姉さんは何処から来たの? 僕達と同じキャンプ場?」
「君以外には、誰もいないのかい? 」
「」
一編に押し寄せてくる質問の波に、沙綾の停滞した思考は全く付いていけない。結果、
(ダ、ダメだ……落ち着け私! とにかく、頭を整理出来るまで時間を稼がないと、またさっきみたいな事になっちゃう)
「……あ、あの、取りあえず貴方達のデジモン達も心配だし、いったん中に入って、ゆっくり話さない……かな……?」
お茶を濁した発言で、とりあえずその場を凌ぐ事にしたのだった。
「俺は八神太一、こっちは、あっ、もう知ってると思うけどアグモン。」
「よろしくねぇ。」
その後、傷つき、退化した3体のパートナー達に手を貸して、正気に戻ったアンドロモンと共に工場の中に入った沙綾達は、ひとまず自分達の自己紹介をすることになる。
「うん、た、太一君だね……よ、よろしく」
ヤマトから始まり、光子郎、空、ミミ、丈、タケル、そして最後に太一が自分とパートナーを紹介した後、皆の視線が沙綾達へと集中した。
(……ふう、意識しちゃダメ……自然にしなきゃ……)
先程よりも、幾分かは気持ちに余裕が出てきたのだろう。
「それで、君の名前は? 何処から来たんだ?」
「私は…」
(落ち着け……大丈夫……普段通り、普段通りに話すだけ)
先程は不意討ちの様に声をかけられ、頭が真っ白になってしまった沙綾だが、もともと子供達によるこの手の質問は、過去に来た時点ですでに予想は出来ていた事である。
そのため彼女は、目を覚ましてからアグモンと現状の確認を行った際に、"自分達のこの時代での設定"についても、粗方話をつけている
(大丈夫……矛盾はない筈……)
「ふぅ……まず、私の名前は猪狩 沙綾。こっちはパートナーのアグモンだよ。太一君と同じだね」
まずは自身とパートナーの紹介を簡潔に済ませ、続けざまに先程作った"設定"を話す。
「私も、気づいたらこっちに来てたの、たぶん、似たような感じじゃないかな?」
「……やっぱりか……」
そこからは、子供達の質問と沙綾の返答が交互に続いていく。
「いつ頃こっちに来たの?」
「うぅん……はっきりとしないけど、大体2週間位前かな」
「こっち来る前は、どこにいたんですか?」
「静岡のお家に居た筈なんだけど……」
「すごく戦い慣れてるみたいだけど、何でだい?」
「この2週間ずっとアグモンと二人だったからかな……元々は逃げるために覚えたんだけどね」
「ここで何してたんだ?」
「アンドロモンを探していたの。いいデジモンって聞いてたから」
「元の世界にどうやったら戻れるの!」
「ごめんなさい。私もそれを探していたところ…」
「そんな………」
各々が気になった点について質問をし、彼女がそれに答えていく形になる。
"設定"の内容は嘘ばかりではなく、本当のことも一部混ぜてある。 彼女は必要な所でしか嘘をついていないのだ。
例えば住所を偽った事についてもそうだ。
沙綾の時代と太一達の時代では、住んでいる地域は同じでも、その在り方は大きく異なる。
万が一会話の中でその食い違いが発生した場合、修正が効くものならばかまわないが、致命的な墓穴を掘ってしまえば、それは沙綾への不信感へと変わる。ならば、最初から彼らが余り知らないであろう地域にしておく事で、会話の中で食い違いが起こる可能性は大きく下がり、適当に流す事も容易になる。
いつ来たのか、という質問の答えにしてもそうだ。
まさか今来たばかりと言う訳にもいかず、この時点では皆、すぐに帰れると言う希望を捨てていない。
ならば、出来るだけ日数を少なくするのが妥当なのだが、余りに少ないと、今度は沙綾の経験の多さが逆に足を引っ張りかねない。
元の世界に帰れる方法など、今知ってもどうしようもない。
逆に本当の事と言えば、名前は勿論、アンドロモンを探していたのも事実だ。
後は、戦い慣れている、という点に関しても、元々逃げるために覚えたのは間違いない。先程の戦闘で見せた尻尾による奇襲など、その最たるものだ。
偽りを語る自分に彼女は後ろめたさを感じるが、ここに来た以上、それは覚悟しなければならないことは沙綾が一番分かっている。
そして、
「私の事は、だいたいこんなところかな……」
子供達の質問にある程度の答えを返した沙綾は、今度は逆に質問を投げ掛ける。
「あの、それじゃ、次は私が質問しても言いかな?」
彼女の問いかけに、その場の全員が頷く。沙綾は緊張を振り払うように一度息をはき、彼女のこれからを左右する重要な
「あなた達は、これからどうするの? もし元の世界に帰れる方法を探すなら、私も……その、一緒に行っちゃ……ダメ……?」
そう、彼女の目的は、この選ばれし子供達に付いていく事が大前提なのだ。此処で皆の口からNOと言われればおしまいである。
先程、図らずとも彼等の戦いを邪魔した身としては、皆の答えが少し怖いのだろう。沙綾の表情は僅かに固い。
だが、
「本当か! 勿論、いいに決まってるじゃないか! なあ、みんな」
沙綾から見れば、先程の戦闘は、彼らに無駄に危機を与えてしまっただけなのだが、本人達から見れば、それは全く別である。
自分達の危機を身をていして守った彼女の提案を断る者は、その場には誰一人としていないかった。
「ああ、むしろこっちから頼みたいくらいだ」
「そうよ、一緒に行きましょう!」
「僕も賛成です」
「僕もだ」
「うん。私もサンセー! やった! 女の子が増えて、私うれしい!」
「よろしくね。えと、沙綾さん」
「みんな……」
にこやかに向かえ入れてくれる子供達に、沙綾は心が温かくなるのを感じた。同時に、後ろめたい気持ちは、今までより強くなる。 ただこればかりは、今はどうしようもない 。しかし、せめて出来るだけの笑顔を見せようと、彼女は微笑んだ。沈み切っていた心に、僅かな光が差したように。
「ありがとう……これからよろしくね!」
「ボクもわすれないでよぉ」
彼女の冒険はここからがスタートになる。やらなければならない事は途方もないが、彼らといれば不思議と出来そうな気がした沙綾だった。
ここから本格的に物語がスタートします。
主に彼女の視点から物語を見ていくのは、今までとかわりませんが、彼女の目的の1つに"過去を変えない"というものがあります。
よって、原作に沙綾が絡まない回については1話まるごとスキップすることもおおいと思います。
その場合、前書きか、本文に、あらすじを書くようにしますので、ご了承ください。