COC「傀逅」リプレイ   作:又左衛門

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3日目-2

 羽星バイパスは、駅前のビルディングが立ち並ぶ市中核部のほど近くからベッドタウンとして機能する北部までを繋ぐ自動車専用道路である。

 2台のバイクは市内のランプから道のりをしばらく進み、AIbotからの通信指示に従って路側帯に停車した。

『通報によれば、もう間もなくターゲットが通過します』

「結局今日も走ってるんだね。平日から元気だなあ」

 今までの人生で暴走族なるものを目の当たりにしたことがない甲斐は、どこか呑気な心持ちである。

 一方小笠原は、逸る血を抑えきれないようにそわそわしている。

 やがてどこからか、羽虫のようなか細い音が聞こえてきた。途切れることなく続くそれは2人の後方、南側から聞こえてくる。そして、徐々にその音量を増している。

 小笠原は、すぐにそれと分かったし、遅まきながら甲斐も気付いた。もう聞き間違えようもない、それは恐ろしいスピードで近づきつつあるバイクの排気音だった。

 サイレンサーの中身を抜いたけたたましい排気音をまき散らし、1台のバイクが2人の脇を通過した。

 通りすがりざま目に映ったのは、日章旗のペイントが施されたロケットカウルに3段シート、極めつけに竹槍マフラーと、昭和の時代に取り残されてきたような一種様式美を感じさせる族車スタイルだった。見栄えの派手さだけを追求したようなスタイルとは裏腹に、恐ろしいまでの速度だった。強烈なドップラー効果と風圧が凄まじいまでの車速を伝えた。事前情報は、恐らく誇張でも何でもない。

「あれか、追っかけるぞ!」

『任務開始:ターゲットの拘留、及び都賀交番への連行』

 高速チェイスが始まった。

 

「中々ええ趣味しとるやないか」

 小笠原が皮肉でなく褒め称えるのは、暴走車とそのスタイルである。チェイスを初めて程なく、2人は暴走バイクを視界にとらえる程に迫っていた。

 先ほど眼前を通過した際はバイクそのものしか目で追えなかったが、こうして同速度で後ろから見ているとよく分かる。白く裾の長い特攻服と、同色のボンタンが激しくはためいている。当然の如くノーヘルで、その頭髪は派手な金色に染められていた。

「そう……ですかね」

 曖昧に甲斐は受け流す。バイクと同色のヘルメット内部には無線で接続されたスピーカーとマイクが内蔵され、コミュニケーションに支障はない。

 とぼけた会話を交わす余裕があるのは、バイクに搭載された高機能AIとやらが運転をアシストしてくれているお蔭である。アクセルワークとハンドリングの稚拙さも、操縦者の意図する通りの速度と体勢に帰するようフィードバックされている。

 突如、暴走車の車体が大きく左右に振れた。

 操縦ミスでは、ない。明らかにこちらの追跡に気付いていた。

 それは前方から後方に流れゆく一般車を避けるだけではなく、それら搭乗者の危険意識を、憎らしいほど効果的に煽っていった。それは取りも直さず巡行速度で走る周囲の車の急減速、蛇行に繋がる。

 バイパスは片道2車線、両車線を並走するトラックが煽りを受けて蛇行し、甲斐と小笠原の目前でその間隔を危ういほどに縮めた。

 甲斐は急加速で難なくその間をすり抜けたが、小笠原は殆ど間一髪だった。

左のミラーが接触、破損しガラスが飛び散って後方に流れていく。

「クソが!」

 中々の手管であると言わざるを得ない。一歩間違えれば転倒間違いなし、更にノーヘルとあっては即死すら避けられないような状況下において、若者特有の無鉄砲さというだけではない、飛び抜けたクソ度胸とテクニックだった。それも随分手慣れている。

 事実、急に左右に振れる障害物と化した車に戸惑い、小笠原もそれを避けようとハンドル捌きに大わらわである。

 最早、周りの景色がその輪郭を留めず、色彩だけを残して後方に流れゆくほどの高速だった。速度メータに気を配る余裕もない。ヘルメットのシールドに時折バチバチと破裂音めいてぶつかるのは、前方車が巻き上げる小石だろう。

 その後も、一進一退の攻防が続いた。逃げきろうとする暴走車に、2台が必死に食らいつく。

(俊亮くん、やるのう……)

 小笠原が感心するのは甲斐の危機回避能力だった。進路を妨害する車たち――実際の所一般車の走行を妨害しているのが他ならぬ自分たちなのだが――を危なげなく躱し、どれだけハードなチェイスを経ても先頭車に殆ど距離を開けられていない。路側帯へ、追い越し車線へ、あらかじめ決められたルートを辿るように淀みのない動きで車体を縫うように走る。「ひいっ」「うあ……」とスピーカを通して悲痛な叫びだけを聞いているととてもそうは思えないが、初心者のなし得る動きではない。無論AIのサポートがあっての事ではあるものの、それに加えて甲斐自身が持つ『出来る限り危険を避ける』というある種臆病とも言える気質が、相乗効果を生んでいた。

 いくつのランプを通過したのだろう。少し余裕の出てきた小笠原が辺りの景色に意識を向けると、既にかなり郊外に近づいている事が知れた。高架の下には随分緑が増えてきている。抜けるような青空の下、視界の限りバイパスは直線状に続いている。

どこまでも続くような道路を、3台のバイクが駆け抜けていく。

 結局折れたのは、先頭の暴走車だった。諦めたように減速し、路肩に停める。後続の2人もそれに続いた。

 派手派手しいバイクから降り立ったのは、若い男だった。上背はさほどないが、首から顎にかけて厳めしいラインを描く、眉の薄い強面だ。自慢のトレードマークなのだろう、幾分風に乱れたリーゼントを両手で整えている。幾台もの車両が傍らを高速で通り過ぎていくその横で、2人と1人は対峙した。

 ヘルメットを脱ぐ甲斐と小笠原に向ける眼差しには敵意こそあれ、怯えの色は全くない。睨みあげるような三白眼には、胆力と気迫が溢れていた。

「随分元気がええのう」と小笠原。

「なんだテメぇら?」

 暴走族OBが現役世代にパーティー券を押し売りするかのような横柄さそのものの小笠原の態度にも、返ってくるのは反骨精神あふれる反発のみだ。

「俺が『乱刃アルティメット』の百目鬼と知った上で喧嘩売ってんだろうな、コラ」

 俺ぁこんなとこで油売ってる場合じゃねえんだ、と凄んで見せる。乱刃アルティメットというのは、この百目鬼とかいう男の率いるチームであるようだった。

「その恰好、ポリ公か?」

 ん、そうか、という顔を2人はした。すっかり忘れていたが、2人が今身に纏っているのは警官の制服だった。冷静に見れば、異形感甚だしいバイクに跨る制服警官など、違和感でしかないだろう。

「何でもええがな。そんな事より兄ちゃん、スピード出し過ぎや」

「白バイでもパーカーでもねえ、んな派手なバイクでしょっ引こうなんて笑わせんじゃねえ……テメぇらほんとにポリか?」

「こ、これは暴走車両用の特殊なバイクで……」

 気迫負けと身分を偽る後ろめたさで、甲斐はタジタジになっている。百目鬼の眼差しが鋭くなった。

「どこの署のモンだ、言え」

「……羽星署です」

 それを聞くと、いきなり百目鬼がものも言わず殴り掛かった。

返答を返した甲斐にでなく小笠原に攻撃するあたりが、如何にも喧嘩慣れしている。小笠原が舌を巻くほどの鋭い踏み込みだった。

 上体を引きながら躱し、カウンター気味に百目鬼の頬のあたりを撃つ。

手応えあり、と小笠原はみた。だが、こういった手合いがこの程度で戦意を喪失することはまずないと、経験的に知っている。

 しかし少なくとも、文字通りの出鼻を挫くには足りたようだ。百目鬼は更なる暴力には訴えず、「よく俺の前に抜け抜けと姿を現せたな」と殆ど地団駄を踏まんばかりにまくし立ててきた。

「兄弟たちみたいに、俺の事も監禁しようってのか?」

 汚ぇぞ、兄弟を返せ、と喚き立てる百目鬼だが、2は話に着いていけない。ぽかんと口を開けるのみ。

 口角泡を飛ばして罵る内容を整理していくと、どうやら乱刃アルティメットという暴走族チームの構成員である百目鬼の実の兄弟たちは、ここ半月ほどの間で芋の蔓を引くようにこぞって警察に連行されてしまったようだった。

 それ自体は別段珍しい事でもない。暴走行為の取り締まりも警察の業務だ。

 だが、2週間拘束されっぱなし、連絡もないというのはいささか腑に落ちない。

「あいつらは、都賀交番にいるはずだ。そこから出ていくのを見てねぇ」

「そら妙なハナシやな」

 それが真実であれば、尚更信じがたい。家裁の裁きを経て少年院に送致されるにせよ、まずは検察に身柄を送られる筈だからだ。

 こうしちゃいられねえ、と百目鬼は我に返ったように踵を返してバイクに跨り、セルを回す。轟音と共にエンジンがスタートし、電光石火のシフトチェンジを経てすぐさま発進した。あっという間に加速していく。

「ちょ、ちょっと待って……!」

「何を1人で盛り上がりくさって……待たんかい!」

 慌ててヘルメットを被りなおし、百目鬼の後を追う。

 ビハインドはたったの数秒、そもそも、2人が今駆るバイクの基本性能は百目鬼のそれを遥かに上回る。たちまちその背に張り付くところまで追いつくことは出来たのだが、その先はどうにも攻めあぐねてしまった。

『あいつ、兄弟がどうとか言うとったな』無線マイクを通して、現状の確認をする。

『ですね。都賀交番に向かってるんだと思いますが』

『……確かに、拘留期間を過ぎても出てこんっちゅうのは、妙やのう』

 ま、あいつが嘘を言うてないとしてのハナシやけど、と小笠原は懐疑的な態度だった。

『……まだ何も分からないんすから、兎に角追い掛けるしかないですよ』

『せやな。都賀交番っちゅうたら、このちょっと先や。追い込みかけるで』

しかし、追いすがる相手を撒くことにかけて、現役暴走族たる百目鬼の腕は一級品だった。

 すり抜け。急ブレーキ。ローリングに次ぐローリング。

 手練手管を尽くして周りの混乱を巻き起こす。

 クラクションとブレーキ音が、バイパス上に飽和した。

 運送トラックの一団がそれに巻き込まれ、ついに嵐の後波打ち際に打ち寄せられる木枝のように、トラックの巨体をはじめ10台余りの車両が完全に道を塞いでしまった。

 甲斐も小笠原も、ぶつからずに急停車するので精一杯だった。後輪を滑らせるように、ブレーキ痕を黒々と残しギリギリで止まる。

「うわ、酷いな」

 2台のバイクを含め、路側帯一杯まで車両はひしめき合いっている。横転している乗用車すらあった。

とてもではないが、すり抜けて追うことの出来る状況ではない。

 トラックの運転手が車から降り、もう既に背中も見えない百目鬼に向かって口汚く罵り声を上げている。

 

『任務更新』

警察署からここまで甲斐のバイクのリアシートにずっとしがみ付いていたAIbotが、突然割り込んできた。

『推奨:撤収。推奨:撤退。任務は完了しました。後は、彼らに任せましょう』

「なんやポンコツ、撤収ってのはどういう意味じゃ」

『任務は完了しました。後は彼らに任せましょう。都賀交番の者たちが任務を引き継ぎます』

「うーん、彼が自分で交番に行くんだから、わざわざ連行する手間が省けたってこと?」

 AIbotは応えない。

「どうしましょう?」

「放っとけってなら、それでええんちゃう。ここで撤収して日銭が貰えるなら、おれはかまへんで」

「うぅん……」

「俊亮くんは反対か?」

 珍しく、小笠原が他人の意見を覗った。百目鬼が何度も口にした「兄弟」という単語が、どうにも引っ掛かっていた。

 決めかねているのは、甲斐も同様だった。無法な事が起きているのであれば、それは良くない事だと素直に思う。ただ、わざわざ交番に乗り込んでどうこうしようというほどの強力な動機がある訳でもない。

「はっきりせんやっちゃのう」と言いながら、小笠原もその場をすぐには動こうとはしなかった。

『推奨:撤収。推奨:撤収』

「じゃかましい!」

 小笠原は不快感を煽るように眼前を煩わしく飛び回るAIbotを殴りつけようとするが、すいっと軽やかに躱される。そのまま『撤収:推奨』と言いながら2人の間をぐるぐる回るドローンを、うんざりした顔で見るしかない。

「俊亮くん」

「なんですか?」

「行こか、交番」

「……いいんですか?」

「この目で確認するだけや。見届けたら、それで終い」

猜疑心と道義心、そしてわずかながらの反骨精神が、決して積極的では無いながらも2人の行動を決した。

業務の引継ぎを見届ける、という名目には確かにそれなりの正当性がある。AIbotもそそう判断したのか、それ以上口を挟むことはなかった。

「あそこの隙間、ゆっくり進めば何とか通れそうですよ」

 そう言って先発した甲斐は事故車の間をするりと抜け、小笠原は無様に車体のサイドカウルを擦って、ようやく抜けた。

 

 幸いにも、その次のランプを降りたすぐ先が都賀交番だった。

 市のほぼ端に位置すると言って差し支えないこの辺りは、起伏にこそ乏しいものの市街よりも5割増しで緑が多い。田畑が偏在する長閑な風景の中に、都賀交番はあった。田舎の交番、という言葉がしっくりくるような平屋の小ぢんまりとした作りである。

 交番の正面玄関の脇には建屋の規模にしては立派な来客用の駐車スペースがあり、その中のひと枠に、1台のバイクがサイドスタンドを立てて停められていた。見間違えようもない、百目鬼のバイクである。

「……何だか、ちょっと不安になってきました」と甲斐。

「何がや?」

「いや、だって怖いじゃないですか」

 どうやら、暴走族の事を言っているようだった。初めてそういった人種とその振る舞いを目の当たりにして、甲斐は今更ながら腰が引けてしまっていた。

「なんや、いきなりヘイトスピーチか? あんなんでも同じ人間やぞ!」

「いや、そういう問題じゃ……」

 かつて同じ轍を通った側の人間として百目鬼に同情的な立ち位置を取ろうとする小笠原だが、その言い様は全くフォローにはなっていない。

「それより、交番に入るなら着替えなきゃマズいんじゃないですか?」

 指摘されて、確かにと小笠原は頷いた。今は警察官制服を着用しての絶賛変装中である。偽造の警察手帳にしろ、現職の警察官には見せるなと頼佳に釘を刺されたことを忘れた訳ではない。

「ちょっと、そこの物陰でサっと着替えよか」

 バイクシート下の収納スペースは、市販車のそれよりもずっと大きかった。そこから元々着替えを取り出し、駐車スペースの車と車の間でそそくさと着替える。警察署に出勤した時の服装、甲斐はカーゴパンツにネルシャツとノースリーブのダウンジャケット、小笠原は例によってストライプスーツの中は派手な柄の開襟シャツである。

「いやあ、この季節でも流石にバイクで高速は冷えますね」

「……せやな」

 実の所、痛覚を失っている小笠原は寒さも全く感じてはいないのだが、そこは甲斐には伏せている。別に、不調を黙っているのに大した理由がある訳ではない。ただ、積極的に話すような事でもないと思っているだけだ。

 そうとは知らず、正面入り口のガラスドアを脇から顔だけを覗かせて中を覗う甲斐。傍から見れば怪しいことこの上ない。

「今は誰もいないみたいですけど……変ですよね。表にバイクも止まってるのに」

「誰もいないなら、お邪魔しようや」

「……ですね」

 誰もいないのなら気を使う必要もないのだが、甲斐は極めてそっと重いガラスドアを押し開けた。小笠原も後に続く。

 一見して、何の変哲もない交番内の風景だった。入って正面に応対用のカウンター。その奥にデスクと椅子が2つずつ。奥の壁には書類棚。インテリアは、どれも飾り気を排したライトベージュ1色である。観葉植物の1つもない。

 部屋の明かりは付きっぱなし、デスクの上には飲み残しのマグカップが放置されており、つい今しがたまで誰かがいたような気配すらある。

「すみませーん」と甲斐。

「お邪魔さん」と小笠原。

 たったひと間の交番である。目に映る所に人がいないとなれば、当然返事もあるはずがない。

「何や留守かいな」

「お出かけ中ですかね……」

 突然、甲斐が驚愕の声を上げた。

その視線の先にある、入り口からはカウンターに隠れて見えていなかったそれは、リノリウムの床に赤々と散る血痕だった。

「……血やな」

「ですよね……」

 まだ乾ききっておらず、半ば液体の質感を残している。ぽたぽたと垂れたような滴の数々、その奥に一際大きな赤黒い血だまりが床のど真ん中にでかでかと残されていた。

 甲斐はそれをみてビビりまくっているが、小笠原は相変わらず呑気に構えている。

「血、血が!」

「そら交番なんやから血も流れるやろ」

「いやそんな事ないでしょ!?」

「血気盛んなヤツもおるからな。誰かひと暴れしたんやろ」

 物騒な経験談にも、甲斐は全く納得した様子はない。

「まあ、荒そうな人でしたけど……それにしても、さっきの人もいませんよね」

「そういや、おらんのう」

 うーん、と甲斐は唸る。

「どこかに連行されたとか……」

 そう言いながら、デスクの上を見る。

 そこには、1冊の紙ファイルが乱雑に置いてあった。表題には「日報」とある。

 ここに何か書いてあるかもしれない、と甲斐は手に取りここ数日の記録を読んでみた。

 

3月3日

 事態は急を要している。本日だけでも3件、魚人の乱闘騒ぎがあった。間違いなく支援者たちだろう。動きが大胆になってきている。その状況から「復活の日」が近づいてきていると思われる。

 急ぎ、例の装置の出力調整をしなければ。その為には、まとまった人数の使い捨て人間が必要だ。現場の手間も知らず、随分簡単に言ってくれる。

 

3月4日

 珍走団同士の諍いありと市民から通報。こんな時に通常業務をしている暇はないが、仕方ない。擬態を不完全にすれば支援者に見破られるリスクを犯すことになる。せめて早く終わらせる必要がある。

 

3月5日

 乱刃アルティメットのメンバー、ほぼすべてを連行、拘留した。全員が未成年、かつ保護者に連絡がつかない。子が子なら親も親だ。交番は託児所ではない。

 

3月6日

 まとまった人数。使い捨てられる人間。

 条件は揃っている。

 こいつらを使用する。

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