COC「傀逅」リプレイ   作:又左衛門

14 / 28
3日目-4

 AIbotがバイク前方へ投影するマップに従い、バイクはバイパスに侵入した。ハリケーンが先導し、コンバスチョンが殿を務める形だ。

 直線道路で更に加速、時速200キロメートルまでほんの数秒で到達した。

だが、それでも悪夢に登場する怪物のように、羽蟲を振り切る事は出来ないでいた。食らいついて来ているのはたった1匹だけだったが、こいつがまたとんでもなく速い。中々ミラーから消え去ってくれない。一見鈍重そうな羽根を霞むほどの速さで羽ばたかせ、振り切るどころかミラーの中の姿はどんどん大きくなっている。

 あと少しでその鈎鋏の射程に入る、というところで、コンバスチョン操る真紅のバイクが転倒したかのようにその車体を傾けた。瞬く間、再度逆方向に車体を切り返す。ハリケーンの目にも、殆どバイクがサイドステップしたように映った。翻弄された羽蟲の鋏は無様に宙を切り、重心を乱したことであっという間にスピードを落とした。

 その間も、ハリケーンは勿論、荷物を抱えたままトリックじみた動きを見せたコンバスチョンも完全にスピードを維持している。見る間に距離を放していき、すぐにミラーから羽蟲は姿を消した。

(逃げ足だけは神がかっとるな……)

 今度こそ、逃げ切った。

 直線の続くバイパスを、異形の繰るバイクが2台、恐ろし気な排気音を後引き駆け抜けていく。

 

 指定されたポイントブラボーは、羽星市街に至る少し手前のバイパス上の一点だった。もうあの怪物たちが追ってくる気配もない。流石に大丈夫だろう、と判断して2人はバイクを止めた。

「一時はどうなる事かと思いましたよ」

 あーどっこいしょ、と一息ついてコンバスチョンは百目鬼の身体を担ぎ降ろした。まだ気を失っているようだが放り出す訳にも行かず、路側帯の壁に持たれかからせるような足を投げ出した格好でそっと地面に置いた。

 ハリケーンも、緊張を解いている。AIbotの上に両腕を乗せ、ついでに変身も解いて一服しようかしらと思案していた。

 路側帯で寛ぐ2人の後ろに、1台のバイクが停車した。スポーツタイプの大型市販車だ。

 フルフェイスのヘルメットの下から、切れ長の瞳をもつ若い女性の顔が現れた。二人に見覚えは無い。

 救援とは彼女の事だろうか。

 だが、応援にしてはバイク1台というのは妙な話である。それに、随分と怒っているようにも見える。

 黒く艶光るポニーテールを揺らしてバイクから降り、こちらに歩み寄る女性。ピタリとフィットしたライダースーツは身体に無駄な贅肉がない事を、そして颯爽と歩く姿は体幹の力強さを雄弁に物語っていた。

「お前らか」

 吐き捨てるように女性は言う。思いがけず深みのあるハスキーな声は、敵意に満ちていた。

 ようやく2人は悟った。

救援などでは、ない。

 女は手に持っていた何かの装置らしきものを、臍の下あたりに当てがった。ゴテっとした機械部品のようなそれは、当てがわれたその場所にピタリと固定された。ポケットから更に2回りほど小さな別の部品を取り出し、腹に固定した装置の側面に差し込む。

歩く足取りは乱れず、慣れた手付きに淀みは無い。男性の声を模したらしき機械音声が流れた。『ライドシステム、起動』

 そして、女は凛とした声で宣言した。

「変身!」

 

『セイフティ解除。トランスフォーム』

 モーターが回転を始めるような音が、装置から響いた。そのまま回転数を上げるかの如く、音は大きく高くなっていく。

 白光が、女の姿を覆っていく。足先から膝、膝から大腿、胸、肩を経て頭部まで。

 自ら光を放っているのではない。陽光を受けて燦然と煌めく、白銀色の装甲を纏っているのだ。

 数秒と掛からず、変身は完了した。

 金属光沢を放つ装甲が、頭部、胸部を始めとした要所を覆っている。総体としては中世西洋の軽装鎧の様でもあるが、それぞれのパーツの意匠は明らかに現代工学の産物である。両目に当たる箇所は半透過性の材質で、左右1対ずつ円型のパーツが当てられていた。視界を確保するためだろうが、その向こうにあるはずの眼差しはこちらからは覗えない。肩部には、「D‐3」と黒のペイントが施されていた。

 もう既に彼我の距離は5メートルほどまで迫っていたが、小笠原も甲斐も口をぽかんと開けているばかり、状況が全く掴めていない。

『指令を受信しました。任務更新:D‐3ユニットの撃滅』

「え!? げきめ……何?」

 甲斐がさらに混乱を露わにした。

「貴様ら、好き勝手に暴れやがって……!」

 電気的に増幅されたと思しきエフェクトの掛かった音声が、D‐3の頭部装甲から発せられた。もう会話にも不自由しない距離である。

「待ってください、どういうことですか!?」

 問答無用、といった態度でD‐3が右腕を前に突き出した。前腕の装甲から黒々と伸びているのはどう見ても極太の銃身だ。

 左手を肘の内側に添えて、耳を聾する轟音と共に発砲した。

 怯む2人の足元が、アスファルトごと抉れ飛ぶ。大口径のショットガンだった。

 敢えて外したのかどうかは分からない。だが、目の前の人物の正体が何にせよ、敵意と殺意を向けられている事は間違い無かった。

 開戦を告げる鏑矢は放たれた。甲斐の腰はまだ引けているが、小笠原はこういった挑発や敵対行動を我慢できる性質ではない。

今この時も、激烈な反応を見せた。

「何じゃこのクソガキ!」

 射線を避けるように斜め前方に踏み出し、次の一足で軌道を修正。くの字を逆に描く軌道でD‐3に迫り、体重を乗せた右拳を横面に見舞った。

 避ける間もない会心の当たりだったはずだが、D‐3の身体の芯はおろか首から上も微動だにせず、拳が振り抜けない。D‐3は怯む様子もなく、ハリケーンの手首を捕らえようと手を伸ばした。

 不味い、と判断したハリケーンはすかさずバックステップで距離を取る。しかし、相手には飛び道具がある。無闇に距離を取るのも悪手とハリケーンは判断した。

「おい、2人で掛かるぞ!」

「ちょっと待ってください。なんで僕たちが倒されなきゃいけないんですか!?」

「今更何を言うとるんや!」

 コンバスチョンは、まだメンタルの切り替えが全く出来ていない。

「お前たちの目的は何だ? なぜ人を襲う、この化け物どもめ!」

 D‐3が声高に叫んだ。それは半ば詰問であり、答えを期待してのものではなかったはずだ。怒りと苛立ちを込めて振り回すその言葉は、返しのついた鈎針のようにコンバスチョンの心を抉った。

「化け物なんかじゃ……」

 ない、とは言えなかった。その声は尻すぼみに消えていく。断罪するようなD‐3の声が、重ねて甲斐を苛んだ。

「私が、人類をお前たちから守る!」

 コンバスチョンにはまだ戦意が無い。だが、それを責めることは出来ないだろう。人命を助け、人を害する怪物を退けたというのに、その挙句化け物と責められ、排除されようとしている。

僕は、ただ……その先はもう声になっていない。殆ど涙声だった。

 いつの間にか、遠巻きにこちらを覗う一般人の姿があった。

 当然である。パイパスのど真ん中でこんな大立ち回りを演じられらば、通過もままならない。

 車を降りて、幾人もが何事かとこちらをこわごわ覗っている。

 彼らの目に映るのは二体の怪物と、それにたった1人で立ち向かう人間の姿だっただろう。

「ベアリルが……」「あれは自衛隊か……?」漏れ聞こえてくる声が、それを証明していた。

 D‐3が、舌打ちをしたようだった。耳の辺りに手を当て、声を張り上げてどこかに通信している。

「トモコ! イロカ! 一般人の避難誘導をしてくれ! こいつらは私が引き受ける!」

「やれるもんならやってみい!」

 負けじとハリケーンががなり立てる。完全に悪役そのものの台詞に、周りの一般人は恐怖に改めて身を竦めているのだが、ハリケーン本人に気付いている節は無い。

 完全に頭に血が上っていた。

 沸き立っていた。

 腰の引けた相棒の事など、今はどうでもよかった。

血中を駆け巡るアドレナリン、あるいは未知の神的作用が精神を高揚させるまま、滅茶苦茶に暴れ回った。

 そして、気付いた事がある。

 D‐3の見た目とは裏腹の物理的頑強さ、その中の女性が持つ何にも怯むことのない巌のごとき精神力に惑わされてきたが――ひどく遅い。

 尋常の肉体であれば一撃で破壊するハリケーンの打撃を、避けるまでもないと敢えてその身に受けている訳ではない。単純に、ハリケーンの動きがD‐3の反応速度を上回っているだけの話だ。

 その呆れるばかりのタフネスも有限のものであり、確実にダメージは蓄積されている。

 足止めを狙うD‐3のローキックを最小限の動きで躱し、肘打ち混じりの乱打を見舞う。

 左。右。さらに踏み込んで肘。また右。

 人間には決して到達しえない速度のコンビネーションを、果たしてギャラリーの何人がその目に捕らえられただろうか。遠巻きに引いてなお霞んで見えるほどの高速で体軸を振るハリケーンの姿は、暴風というよりは荒ぶる竜巻に似ていた。

 ぐ、と流石にD‐3が身体を折る。急所を覆う金属パーツはその幾つもが目に見えて歪み、亀裂が入っている。

「おらおら! 2対1で勝てると思とんか!」

 その言葉は半ば以上ブラフである。コンバスチョンが戦力にならないのは既に見越した通り。狙いは、更なる混乱をD‐3にもたらすことだ。

 死ね。訳わからんようになったままで死ね。

 だから、名誉のためにここに添えておかなければならない。コンバスチョンがその言葉に乗せられたという訳では、決してない。D‐3の動機が人々の救済なら、争いなんてする必要はないし、したくは無かった。あくまで話し合いたかった。誤解を解きたかった。

 D‐3の反応が遅れたのは、だからコンバスチョンの殺気の欠如に起因するものだったのかもしれない。背後からの組み付きを、あっさり許してしまった。

 コンバスチョンの意図は、あくまでD‐3の行動を抑えるためのもの。傷つけるつもりも、ましてや多勢で甚振るつもりなど毛頭なかった。

 だが、皮肉なことに赤熱した体表を持つコンバスチョンの接触行動が、取りも直さずD‐3へのとどめとなった。度重なる打撃で歪んだ防具が高熱で原形を失い、内部の電子回路がそこかしこで爆ぜ、短絡して火花を散らした。

『Danger, Get out. Danger, Get out』

「くそっ!」と焦った声のD‐3。

「でかした!」ハリケーンはとても嬉しそうだ。

「え……」

 ようやく自身の行動が招いた結果に気付き、狼狽えたように後退るコンバスチョン。

 通信が入ったのか、D‐3がまた耳に手を当て、ここではないどこかに向かって喚く。

「待て、まだやれる! おい、よせ!」

 突然、D‐3の身体が白い閃光に包まれた。眼前に太陽が出現したような眩さに、ハリケーンもコンバスチョンも堪らず身体を丸めた。暴徒鎮圧に使用される閃光弾の一種だろう。視神経のキャパシティを軽々飛び越えた光量が、聴覚すら奪う。

 30秒か、1分か。ようやく世界が色と音を取り戻した。

 目の前には、誰もいない。

 ただ、銃撃が抉ったアスファルトや、破損し飛び散ったD‐3のユニットパーツが戦闘の痕を生々しく伝えるのみだった。

「仕留め損なったか」

「仕留めるって、彼女は人間ですよ!?」

「そうかもしれんが、降りかかる火の粉は払わないかんしなあ」

 嬉々として暴れ回っていた人間の台詞ではない。

「火の粉といやあ、兄弟、最後のは中々良かったのう!」

「ありがとうございます……いや、そうじゃなくて……!」

「ええから、ズラかるぞ」

 背を押されるように、コンバスチョンは再び百目鬼を背負い、ハリケーンはAIbotを抱きかかえるようにバイクに跨った。

 

『安全圏内です。任務完了。お疲れ様でした』

 陽が傾き陽光に茜色が混じる頃、ようやく2人はバイクを止めた。

 そこは市内、片道2車線のトラス橋の中ほどだった。湾内に開けた河口はすぐ目の前で、川幅も500メートルはある。

 市内に入る前、辺りに人目のないタイミングで変身はすでに解いていた。

 バイパスを降りる前、何台もの装甲車両や何に使用するかもよく分からない特殊車両とすれ違った。見られて不味いものの処理は、今頃彼らが何とかしてくれているのだろう。今この場にいるのは2人きりだった。

 いや、もう1人。

 早々とバイクを降り煙草に火を点ける小笠原の耳に、何かを叩く音と、掠れた声が届いた。

 百目鬼が、ようやく目を覚ましていた。かいがいしくここまで負ぶって運んでくれた甲斐を突き飛ばして、怒りと戸惑いがない交ぜになった口調で問い詰める。

「どういうつもりだ。お前ら、あの交番のクソどもの仲間だろ。なんで俺を助けた……?」

 命拾いして早々何をつまらんことを、ばかりに小笠原は煙をひと吐き。

「成り行きで舐めたクチきいたチンピラしばいただけじゃ。お前が気にするこっちゃない」

「身体張って俺を助けて、どういうつもりだ?」

「どういうつもり、って……」

 これには甲斐が言葉に詰まった。甲斐にしてみれば、自身の倫理観に従っただけだ。その理由を詰問されても、咄嗟に返せる言葉は無い。

「なんや、礼のひとつもよう言わんのかい」

 助けてもろといて、親の顔が見てみたいのう、と小笠原。

 百目鬼が、ぐっと渋面を作った。

「……お前らの仲間が俺のツレにした仕打ちは絶対に忘れねえ。だが、お前らにはでけえ借りができた」

 余りにも若かった。自分の中に大きく渦を巻く相反する思いを自分の中だけで処理できないのだと、真っすぐな目で気持ちを投げかけてくる。

「俺にも、どうしていいか分からねえ。だからよ」

 喧嘩しようぜ、と百目鬼は言った。裾長の特攻服を脱ぎ捨て、自らの右拳を目の前に掲げながら。

「……は?」

 頓狂な声を発したのは甲斐だ。

まるで意味が分からない。前後の文脈が全く繋がっていないではないか。

「それとも尻尾撒いて逃げんのか、コラ?」

 大きく煙を吸い込み、溜息のように長々と吐き出してから、小笠原は短くなった煙草を指で弾いた。

「上等じゃ、こんクソガキ」

 吐き捨てながらも、その顔には意外なほど険が無い。

 本人は絶対に認めないが、小笠原もかつて通った轍である。この若者の思考様式が、鬱陶しいほどによく分かった。その思いに答えることは人生の先輩として吝かではないし、ついでに年長者に盾突く態度にお灸も据えて、一石二鳥である。

「そこで見とけよ、立会人や」

 脇の甲斐に向かって顎をしゃくる。

「え、あ、はい」

 当然甲斐にしてみれば喧嘩に加わりたいわけもなく、言わずもがな2対1でけが人を痛めつける趣味もない。

 だから、これはフェイントだった。百目鬼が注意を脇に向けた隙をついて、閃くようなジャブを立て続けに鼻面へと叩き込んだ。粗にして野、加えて卑。拳で語ろうぜと請われようが、自身のスタイルを崩さないことが流儀であり、一種の礼儀とすら考えている。

 そしてスタイルといえば、この連撃である。不意を打つような下方からのジャブで怯ませ距離を掴み、腰の入った渾身の右ストレートを放つ。小笠原の必勝パターンだ。

 ガチン、と顎に会心の一撃が入った。通常であればこれで勝負あり、さもなければ倒れたところをサッカーボールのように蹴り上げるか、馬乗りになって完全に意識を失うまで殴り続けるかだが、今回は違った。

「いいパンチしてるじゃねえか」

 百目鬼は数歩後方によろめいたものの、踏みとどまって笑みすら浮かべている。

 先ほどまで気絶していたとはいえ、その数時間前まで散々殴る蹴るの暴行を受けていたとは思えないタフネスである。西日が照らす、傷だらけの面構えには、只ならぬ気迫があった。

「こんガキ、舐めくさって!」

 そこからは、ドロドロの乱打戦だった。百目鬼も満身創痍だが、小笠原の消耗も生半なものではない。

 小笠原が振りかぶって殴れば、半ば芝居でなくよろめきながら懐に入り込んだ百目鬼が頭突きを見舞う。視界に星を散らしながら、効かぬ視界の外を勘だけで殴りつける小笠原。負けじと百目鬼も拳を振るう。

 茜色に染まるトラス橋の上、数十年前の青春ドラマもかくやと殴り合う2人の人影。甲斐はバイクシートの上で器用に膝を抱えてそれを眺めている。

(元気だなあ、2人とも)

 勝負を決した決まり手が何だったのか、百目鬼はおろか小笠原にも定かではなかった。甲斐に至っては「あれ、何か当たったのかな」ぐらいの認識である。

 大きく百目鬼がよろめき、流石に足が言う事を聞かなくなったのか尻もちをついてへたり込んだ。目の周りには青タン、リーゼントは見る影もなく乱れ、唇はあちこちが切れ出血している。

「一体、何モンなんだよ、お前ら。この辺じゃ、俺に、勝てるやつなんて、いねえのに、よ……」

 息も絶え絶えといった様子である。

「それぁ、おれがおらんかったからや、ボケ」

 小笠原も辛うじて立っているというだけだ。鼻血を拭う余裕もなく、膝に両手をつき大きく肩で息をしている。

「クソ、俺はこれから、どうすりゃ良いんだよ……」

 兄弟、と大の字に倒れ込んで呟く。その声は少しだけ震えていた。きっと、上を向いて涙が零れるのを堪えているのだ。

「知るか。甘ったれとんちゃうぞ」

「うるせえ馬鹿野郎」

「ああ?」

 少しだけ間をおいて、百目鬼は上体をむくりと起こした。

「……何か、すっきりしたわ」

 クソ、夕陽が目に沁みやがる、と言って袖で一度だけ顔を擦ると、ぐいと膝に手を付き立ち上がった。

その顔は相変わらず血に汚れ腫れ上がっていたが、表情からは険が取れ、どこか晴れやかですらあった。足元は少しふら付くものの、歩くことに支障はないようだった。精神も肉体も、呆れるほどの頑強さだった。

「まだ俺ぁ五体満足だからよ、チームは死んでねえ。面ぁ上げて歩くしかねえな」

 まるでそれは誰かに宣言するように。

ああ、と嘆息して首の関節を鳴らし、2人に背を向けた。

「礼は言わねえぞ」

「誰がいるか、アホたれ」

 へっ、と百目鬼は笑う。

「どこに行くつもりや?」

「さあね。どこかだよ、そりゃ」

「おう、待ったれや」

 まだ何か、と億劫そうに振り向く百目鬼に、小笠原は名刺を投げて寄越した。

「そないに元気が有り余っとるなら、ウチの店で汗流せや」

「ただのポリ公だと思ってたが、訳ありらしいな。考えとくよ、小笠原」

「あ、僕は甲斐俊亮ってイイマス」

「年上やぞ、さんを付けい」

「俺がそう思ったら、呼んでやるよ」

 脱ぎ捨てた特攻服を拾い上げて肩に背負い、夕陽へ向かうよう、百目鬼は今度こそ背を向けて歩み去った。

「じゃあな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。