COC「傀逅」リプレイ   作:又左衛門

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4日目-1

「おはよう、兄ちゃん」

「ん」

 気持ちの良い朝だった。控えめに開いた小窓から入る少し肌寒いぐらいの外気が、ダイニングキッチンの空気を清廉に攪拌していた。小鳥のさえずりと小窓越しに入ってくる朝日が、今日も晴れやかである事を告げている。

 制服の上にエプロンを着けた鈴太が、ぱたぱたと手際よく朝食の準備をしている。

「朝飯、何?」

「カレーだよ」

「納豆あるか?」

「勿論」

 納豆をルーの上に落として食べるのが、小笠原流である。鈴太も心得たものだった。

「朝からカレーたぁ、豪勢やな」

「まあ、昨夜カレーだったからね、その残りだよ」

 はて、と小笠原は首を捻った。

「カレー?」

 そんな記憶はない。昨夜の夕食は……豚の生姜焼きだった筈だが。

 ……違う。それもまた誤りであると、頭の中の違和感が告げている。

(おれ、まだ寝ぼけとるんか?)

「兄ちゃん、どうしたの?」

 鈴太を無視して、考え込む。

 まだ動きの鈍い頭の中を整理して、ようやく気付いた。ポケットの中からスマートフォンを取り出して、確認する。

 間違いない。

 昨日1日の、記憶がなかった。

記憶の欠落がある事は分かる。だが、朝起きてから寝るまでの出来事が、どうしても思い出すことが出来ない。地続きのカレンダーが、1か所だけ黒々と塗りつぶされているような感覚。

(これも、変身の影響か?)

 爽やかなはずの朝が、途端に暗澹とした。

「……昨夜、カレーやったか?」

 ぽつりと呟くように、鈴太に問いただす。

「昨日も兄ちゃん、納豆あるかって言ってたじゃん」

 何言ってんの? と心底不思議そうに鈴太が聞く。

「……そうか」

 まだ頭が寝とるわ、と芝居がかった仕草で宙を仰ぐ。

「なあ、おれ、昨日帰ってきて、どうやったかな?」

「うーん、昨日もすっごい疲れてたみたいだったけど、何か満足ぅ、って顔だったよ」

 久しぶりにあんな顔見た、と鈴太も満面の笑みだ。

「何か、舎弟のひと? が出来たって言ってた」

 それも勿論、覚えていない。

「そいつの名前、言ったっけ?」

「ドウメキさん、だったかな。うん、珍しい名前だったから」

「そうそう、そうやったかな……そうか」

「兄ちゃん、もしかして体調悪い?」

「……そうか」

 小笠原は完全に上の空である。記憶がないという状況は理解できたものの、気持ちがそれについて行かない。ショックが隠せない。

「……兄ちゃん?」

「何でもない……それよりお前、学校やろ」

「んん……そうだけど……」

「学校やろ」

 重ねられる小笠原の声に、色は無い。鈴太の表情に怯えと不安がよぎった。

「うん……兄ちゃんも仕事……?」

「ああ、もうちょいしたら出るわ」

「そっか……あんまり、無理しないでね」

 小笠原は、答えなかった。

 納豆、二段目にあるから、と先ほどまでの朗らかさからは一転、泣きそうな顔で鈴太は革靴を突っかけ、アパートの部屋を後にした。

 小笠原の気は晴れない。

(一日分、丸ごとか……)

 つい冷蔵庫のビールに手を伸ばそうとしたが、すんでの所で自制した。行き場のなくなった右手でテレビのリモコンを引っ掴み、適当にチャンネルを回す。

『羽星ニュースの時間です』

 ベアリルについて、光明の見えるニュースが入ってきました、というキャスターの声と共に画面に映し出されたのは、陽光に煌めく白銀の装甲を持つD‐3の姿だった。片道2車線のバイパス、そのど真ん中に堂々と屹立し、その威容と向き合うのはハリケーンとコンバスチョン、に見える。

『この件について、警察と自衛隊からの発表は未だありません。正体は不明ですが、使用している武器が現存しているものをベースにしている事と、日本語を喋っている事から民間軍事会社からの派兵であると推察する向きもあります』

 つまるところ、民衆の敵たるベアリルに対抗する人類の希望、という扱いだった。

 ただ、肝心の小笠原がその事を覚えていない。D‐3と相対する自分たちの映像は、とても奇妙な感覚をもたらした。

『続いてのニュースです。昨日午後、羽星バイパスにて車数十台による多重追突事故が発生、一時完全封鎖となりました。封鎖は14時から18時頃に及び、多数の帰宅困難者が発生しました』

 事故の原因はベアリルの駆る暴走車両という情報もあり、現場は大層な混迷を極めたという。明らかに最初のニュースと地続きの出来事だろう。

 続いて、一般市民へのインタビュー映像が映された。

 曰く、奴らは奇妙なバイクに跨っていた。

 曰く、次々と手近な車両を破壊していった。

 曰く、見たモノ全てを破壊する暴風雨である――散々な言われようだったが、それを否定も肯定も出来る材料を小笠原は持っていない。ただひたすら、覚えのない罪状を読み上げられる居心地の悪さがあった。

 苛立ちまぎれに、ボタンを押しつぶすような強さでテレビの電源を落とす。

けったクソ悪い、と誰にともなく吐き捨て、のそのそと出勤の準備を整えた。

 

『おはようございます』

「あ、おはようございます」

 地下のミーティングルームでは、甲斐が既に席について待っていた。AIbotもその傍で優雅に浮遊している。

甲斐は、どことなく所在なさげな顔をしていた。

「おはようさん」

「あの……昨日って、僕たち、何をしてたんですっけ……?」

 小笠原はマジか、という顔をした。昨日の自分たちの行動についてそれとなく問い質そうとしたのだが、あろうことか甲斐までもが1日分の記憶をすっぽりと失っていた。

「起きたら、昨日の事、全然覚えていなくて……」

「……俺も、そうや」

「小笠原さんもですか!?」

「まる1日、すっぽり抜けとる」

 押し殺すような溜息を漏らす小笠原。

「それって、僕たちの記憶が消されたとか……?」

「……仮にそうやったとして、姐さんに聞いてもポンコツに訊いてもとぼけよるやろ」

 可能かどうかはさて置いて、全く有り得ないとは言い切れない。

だが、確かめようのない話だった。

思い切って、甲斐は傍に浮く「おはよう、兄ちゃん」

「ん」

 気持ちの良い朝だった。控えめに開いた小窓から入る少し肌寒いぐらいの外気が、ダイニングキッチンの空気を清廉に攪拌していた。小鳥のさえずりと小窓越しに入ってくる朝日が、今日も晴れやかである事を告げている。

 制服の上にエプロンを着けた鈴太が、ぱたぱたと手際よく朝食の準備をしている。

「朝飯、何?」

「カレーだよ」

「納豆あるか?」

「勿論」

 納豆をルーの上に落として食べるのが、小笠原流である。鈴太も心得たものだった。

「朝からカレーたぁ、豪勢やな」

「まあ、昨夜カレーだったからね、その残りだよ」

 はて、と小笠原は首を捻った。

「カレー?」

 そんな記憶はない。昨夜の夕食は……豚の生姜焼きだった筈だが。

 ……違う。それもまた誤りであると、頭の中の違和感が告げている。

(おれ、まだ寝ぼけとるんか?)

「兄ちゃん、どうしたの?」

 鈴太を無視して、考え込む。

 まだ動きの鈍い頭の中を整理して、ようやく気付いた。ポケットの中からスマートフォンを取り出して、確認する。

 間違いない。

 昨日1日の、記憶がなかった。

記憶の欠落がある事は分かる。だが、朝起きてから寝るまでの出来事が、どうしても思い出すことが出来ない。地続きのカレンダーが、1か所だけ黒々と塗りつぶされているような感覚。

(これも、変身の影響か?)

 爽やかなはずの朝が、途端に暗澹とした。

「……昨夜、カレーやったか?」

 ぽつりと呟くように、鈴太に問いただす。

「昨日も兄ちゃん、納豆あるかって言ってたじゃん」

 何言ってんの? と心底不思議そうに鈴太が聞く。

「……そうか」

 まだ頭が寝とるわ、と芝居がかった仕草で宙を仰ぐ。

「なあ、おれ、昨日帰ってきて、どうやったかな?」

「うーん、昨日もすっごい疲れてたみたいだったけど、何か満足ぅ、って顔だったよ」

 久しぶりにあんな顔見た、と鈴太も満面の笑みだ。

「何か、舎弟のひと? が出来たって言ってた」

 それも勿論、覚えていない。

「そいつの名前、言ったっけ?」

「ドウメキさん、だったかな。うん、珍しい名前だったから」

「そうそう、そうやったかな……そうか」

「兄ちゃん、もしかして体調悪い?」

「……そうか」

 小笠原は完全に上の空である。記憶がないという状況は理解できたものの、気持ちがそれについて行かない。ショックが隠せない。

「……兄ちゃん?」

「何でもない……それよりお前、学校やろ」

「んん……そうだけど……」

「学校やろ」

 重ねられる小笠原の声に、色は無い。鈴太の表情に怯えと不安がよぎった。

「うん……兄ちゃんも仕事……?」

「ああ、もうちょいしたら出るわ」

「そっか……あんまり、無理しないでね」

 小笠原は、答えなかった。

 納豆、2段目にあるから、と先ほどまでの朗らかさからは一転、泣きそうな顔で鈴太は革靴を突っかけ、アパートの部屋を後にした。

 小笠原の気は晴れない。

(1日分、丸ごとか……)

 つい冷蔵庫のビールに手を伸ばそうとしたが、すんでの所で自制した。行き場のなくなった右手でテレビのリモコンを引っ掴み、適当にチャンネルを回す。

『羽星ニュースの時間です』

 ベアリルについて、光明の見えるニュースが入ってきました、というキャスターの声と共に画面に映し出されたのは、陽光に煌めく白銀の装甲を持つD‐3の姿だった。片道二車線のバイパス、そのど真ん中に堂々と屹立し、その威容と向き合うのはハリケーンとコンバスチョン、に見える。

『この件について、警察と自衛隊からの発表は未だありません。正体は不明ですが、使用している武器が現存しているものをベースにしている事と、日本語を喋っている事から民間軍事会社からの派兵であると推察する向きもあります』

 つまるところ、民衆の敵たるベアリルに対抗する人類の希望、という扱いだった。

 ただ、肝心の小笠原がその事を覚えていない。D‐3と相対する自分たちの映像は、とても奇妙な感覚をもたらした。

『続いてのニュースです。昨日午後、羽星バイパスにて車数十台による多重追突事故が発生、一時完全封鎖となりました。封鎖は14時から18時頃に及び、多数の帰宅困難者が発生しました』

 事故の原因はベアリルの駆る暴走車両という情報もあり、現場は大層な混迷を極めたという。明らかに最初のニュースと地続きの出来事だろう。

 続いて、一般市民へのインタビュー映像が映された。

 曰く、奴らは奇妙なバイクに跨っていた。

 曰く、次々と手近な車両を破壊していった。

 曰く、見たモノ全てを破壊する暴風雨である――散々な言われようだったが、それを否定も肯定も出来る材料を小笠原は持っていない。ただひたすら、覚えのない罪状を読み上げられる居心地の悪さがあった。

 苛立ちまぎれに、ボタンを押しつぶすような強さでテレビの電源を落とす。

けったクソ悪い、と誰にともなく吐き捨て、のそのそと出勤の準備を整えた。

 

『おはようございます』

「あ、おはようございます」

 地下のミーティングルームでは、甲斐が既に席について待っていた。AIbotもその傍で優雅に浮遊している。

甲斐は、どことなく所在なさげな顔をしていた。

「おはようさん」

「あの……昨日って、僕たち、何をしてたんですっけ……?」

 小笠原はマジか、という顔をした。昨日の自分たちの行動についてそれとなく問い質そうとしたのだが、あろうことか甲斐までもが1日分の記憶をすっぽりと失っていた。

「起きたら、昨日の事、全然覚えていなくて……」

「……俺も、そうや」

「小笠原さんもですか!?」

「まる一日、すっぽり抜けとる」

 押し殺すような溜息を漏らす小笠原。

「それって、僕たちの記憶が消されたとか……?」

「……仮にそうやったとして、姐さんに聞いてもポンコツに訊いてもとぼけよるやろ」

 可能かどうかはさて置いて、全く有り得ないとは言い切れない。

だが、確かめようのない話だった。

思い切って、甲斐は傍に浮くAIbotに訊いてみた。今に至るまで、問い質す勇気すらなかったのだ。

「あの、昨日って、僕らはどこに向かいましたか…?」

『羽星バイパスに向かいました』

 あっさりと、答えは返ってきた。

「それって、暴走車両の取り締まりですよね?」

『そうです』

「解決したんですっけ?」

『任務は、遂行されていません』

(行くには行ったんか……)

「……向かった後は、どうなったんですか?」

『ターゲットを追跡。その後の引き渡しは行われてはいませんが、もう遂行する意味はないでしょう』

「訳が分からん……」と小笠原。

「暴走車両を見失ったとか?」

『いいえ、ターゲットの追跡と接触には成功しています』

「どういうことだ?」と甲斐も混乱している。

 ただ、自分たちの記憶が消された、という線は薄いのではないかと小笠原は感じた。もしそうであれば、こちらに開示する情報はもっと上手い具合に取捨選択する筈だ。

「ニュースで流れてた、D‐3、でしたっけ、あの人について教えてもらえませんか?」

 甲斐も、今朝のニュースであの映像を観たようだった。

 最早、小笠原も食い入るように2人のやり取りを見ている。

『D‐3についての情報は収集・解析を行っているところです』

 つまりは未確認、お見せできるようなモノはありません、という事だ。

「僕たちはD‐3と会ったんですよね?」

『はい。遭遇し戦闘を行いました』

「戦闘!?」

 ニュースでもそれを匂わせるような事は報道されていたが、AIbotから直接聞くと、それはまた別種の重みを持った。自分たちに当該する記憶がないという状況では尚更である。

「……D‐3は、僕たちの敵なんですか?」

『支援者に属する勢力であると思われます。次回、遭遇時には撃滅をお願いします』

「ということは、僕たちの記憶はD‐3に消された可能性もある、って事ですかね?」

 これは、小笠原に向けられた言葉だった。

 確かに、その可能性を現状否定できる判断材料は今のところ無い。

「有り得るっちゃ、有り得るが……」

 ううむと考え込んで、小笠原は頭を掻き毟った。

「もう、考えてもしゃあないやんか。今できることをやろうや」

 一見ポジティブな意見ではあるが、その実単なる逃避に他ならない。そもそも熟考するという習慣がないのだ。ただ、現状自らの記憶喪失という症状の原因追求と解消がままならないのは、悲しいほど事実だった。それについては、甲斐も肯定せざるを得ない。

「取りあえず、これは報告しておいた方が良いですかね?」

「姐さんにか? ……まあ、しゃあないな」

 報告・連絡・相談を社会人の常としてその身に刷り込んでいる甲斐とは違い、小笠原は自らが負う稼業の性質上「弱みを見せる」事に対して強い忌避感を持っている。しかしながら、今回のケースではさすがに致し方ないだろうと渋々判断した。

『ジャックへの報告ですか?』

「おう、繋いでくれ」

『報告内容は何ですか?』

「何ですかって……今話してた、この症状についてだけど」と甲斐。

『データを送信しておきます』

「何や、直接繋いでくれるんとちゃうんか」

 朝っぱらからあのムカつく面拝んでテンション上げたろ思たのに、と肩すかしを食らったような顔の小笠原だった。

「どう、しましょうか? このまま、今日の調査に向かいます?」

「まあ、バイパスの方がもう意味がないっちゅうんやったら、他のとこに行くしかないわな」

 口だけは勤勉だが、早速煙草に火を点けて一服している。甲斐も、もう何も言いはしなかった。

「折角やんちゃなガキをボコってストレス発散したろ思たのに、無念やのう」

 してました。

 さーて何処行くかのう、という半ば独り言じみた小笠原の言葉に反応して、律儀にAIbotはマップを投影した。警察署とバイパスのアイコンにチェックマークが重ね書きされている。残るは幼稚園とボクシングジム、児童公園だ。

「公園でしょうか?」

「せやなあ、ジムも行きとうないし、子供も嫌いやし」

「働いてるののちゃん、見たいんだけどなあ……」

「お前、仕事中やぞ!?」

 プロ意識を持たんかプロ意識を、と掛け合いながらどうにも既視感を拭いきれぬ二人である。

『公園で、宜しいですか?』

に訊いてみた。今に至るまで、問い質す勇気すらなかったのだ。

「あの、昨日って、僕らはどこに向かいましたか…?」

『羽星バイパスに向かいました』

 あっさりと、答えは返ってきた。

「それって、暴走車両の取り締まりですよね?」

『そうです』

「解決したんですっけ?」

『任務は、遂行されていません』

(行くには行ったんか……)

「……向かった後は、どうなったんですか?」

『ターゲットを追跡。その後の引き渡しは行われてはいませんが、もう遂行する意味はないでしょう』

「訳が分からん……」と小笠原。

「暴走車両を見失ったとか?」

『いいえ、ターゲットの追跡と接触には成功しています』

「どういうことだ?」と甲斐も混乱している。

 ただ、自分たちの記憶が消された、という線は薄いのではないかと小笠原は感じた。もしそうであれば、こちらに開示する情報はもっと上手い具合に取捨選択する筈だ。

「ニュースで流れてた、D‐3、でしたっけ、あの人について教えてもらえませんか?」

 甲斐も、今朝のニュースであの映像を観たようだった。

 最早、小笠原も食い入るように二人のやり取りを見ている。

『D‐3についての情報は収集・解析を行っているところです』

 つまりは未確認、お見せできるようなモノはありません、という事だ。

「僕たちはD‐3と会ったんですよね?」

『はい。遭遇し戦闘を行いました』

「戦闘!?」

 ニュースでもそれを匂わせるような事は報道されていたが、AIbotから直接聞くと、それはまた別種の重みを持った。自分たちに当該する記憶がないという状況では尚更である。

「……D‐3は、僕たちの敵なんですか?」

『支援者に属する勢力であると思われます。次回、遭遇時には撃滅をお願いします』

「ということは、僕たちの記憶はD‐3に消された可能性もある、って事ですかね?」

 これは、小笠原に向けられた言葉だった。

 確かに、その可能性を現状否定できる判断材料は今のところ無い。

「有り得るっちゃ、有り得るが……」

 ううむと考え込んで、小笠原は頭を掻き毟った。

「もう、考えてもしゃあないやんか。今できることをやろうや」

 一見ポジティブな意見ではあるが、その実単なる逃避に他ならない。そもそも熟考するという習慣がないのだ。ただ、現状自らの記憶喪失という症状の原因追求と解消がままならないのは、悲しいほど事実だった。それについては、甲斐も肯定せざるを得ない。

「取りあえず、これは報告しておいた方が良いですかね?」

「姐さんにか? ……まあ、しゃあないな」

 報告・連絡・相談を社会人の常としてその身に刷り込んでいる甲斐とは違い、小笠原は自らが負う稼業の性質上「弱みを見せる」事に対して強い忌避感を持っている。しかしながら、今回のケースではさすがに致し方ないだろうと渋々判断した。

『ジャックへの報告ですか?』

「おう、繋いでくれ」

『報告内容は何ですか?』

「何ですかって……今話してた、この症状についてだけど」と甲斐。

『データを送信しておきます』

「何や、直接繋いでくれるんとちゃうんか」

 朝っぱらからあのムカつく面拝んでテンション上げたろ思たのに、と肩すかしを食らったような顔の小笠原だった。

「どう、しましょうか? このまま、今日の調査に向かいます?」

「まあ、バイパスの方がもう意味がないっちゅうんやったら、他のとこに行くしかないわな」

 口だけは勤勉だが、早速煙草に火を点けて一服している。甲斐も、もう何も言いはしなかった。

「折角やんちゃなガキをボコってストレス発散したろ思たのに、無念やのう」

 してました。

 さーて何処行くかのう、という半ば独り言じみた小笠原の言葉に反応して、律儀にAIbotはマップを投影した。警察署とバイパスのアイコンにチェックマークが重ね書きされている。残るは幼稚園とボクシングジム、児童公園だ。

「公園でしょうか?」

「せやなあ、ジムも行きとうないし、子供も嫌いやし」

「働いてるののちゃん、見たいんだけどなあ……」

「お前、仕事中やぞ!?」

 プロ意識を持たんかプロ意識を、と掛け合いながらどうにも既視感を拭いきれぬ2人である。

『公園で、宜しいですか?』

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