あれから2週間経ち、羽星市は、復興のただ中にあった。
邪神が滅茶苦茶にした市街地も、あっという間に瓦礫が撤去され整地されていった。行政機関の采配、自衛隊の協力、それに自治体に集まる多額の募金やボランティアに集う他府県民たちの働き。
苦境にあっても、人類はその度に立ち上がってきた。しぶとく、そして逞しく。
今回も、その例には漏れない。このアーケード街もすっかりボロボロにはなったが、それでもいくつもの店舗が店を開き、忙しく動き回る店員の顔はどれも活気に満ちている。
「さっきの店はイマイチやったな」
「じゃあ、あのお店はどうかな?」
どこかで繰り返した鈴太とのやりとりに、小笠原はふと既視感を覚える。
あの後、小笠原は瓦礫と化した自宅アパートの近くで目を覚ました。死の間際に出会ったのだろう独善の塊のような神の言う通り、服装こそ違うもののすっかり元通りの身体だった。耳も聞こえたし、痛覚も戻っていた。
鈴太は、隣県の救急病院に保護されていた。探し出すのには並々ならぬ労苦があったが、それはまた別の話である。
記憶をなくし精神の蝕まれる原因も消えた鈴太は、気持ちの良い朝を見知らぬベッドで迎え「ぼくどうしてこんなところにいるのかしらん」と首を傾げていたが、駆け付けた兄に思い切り抱き締められ、未だかつてない出来事に目を白黒させていた。
鈴太だけではない。あの神の言う通り文字通り世界中の人間が、今回の件に全く関係のない地球の裏側の人間でさえも、この6日間の記憶をすっかり失くしていた。これによる混乱も並大抵のものではなかったとだけ、ここでは言い添えておく。
何はともあれ、本当にこれで、全ては終わったのだ。
地獄の釜が開いたような、あの6日間。
この地には、3人のヒーローがいた。
その1人である小笠原造一は、生涯、この日々を忘れる事はなかった。
後の2人についてはその限りではないのだが、構う事は無いと小笠原は思う。特に連絡を取ろうというつもりもない。
あの心優しい大男は、きっと可愛らしくも情の強い恋人と、変わらぬ日々を過ごしている事だろう。相棒としてこの上なく頼りになる男だったが、記憶を無くした今、ヤクザ者がその元を訪なうべき理由もない。
ついぞ名前を知る機会のなかったライダースーツの女も、きっと生きていると小笠原は根拠もなく確信している。ああいう手合いは、却ってなかなか死なないものだ。今日もどこかで、彼女なりの正義を執行しているかもしれない。
そして。
ああ、もう1人、語るに値する人物が道の向こうからやってくる。無論、彼女も小笠原の事など覚えていないだろうが、小笠原が忘れる訳は無い。その険のある凶相に、頭上に遅れて付き従うドローンに覚えがある。その隻眼の訳を知っている。
相変わらず真っ赤なスーツとタイトスカートで、歴戦の軍人のようにきびきびと大股に歩いている。休日の繁華街には似つかわしくないことこの上ない。
そんなだから当然道往く人の目を惹くのだが、通行人たちの視線に構うことなく、藤原頼佳はツカツカとヒールの踵を鳴らし歩く。
小笠原は、勤めて素知らぬ顔ですれ違った。生きていたのは何よりだが、彼女も同様、もう自分の人生には何の接点もない人間だ。
だから、すれ違いざまに頭上で短く電子音が鳴った時、思わず小笠原はそちらを振り向いてしまった。
少し高い位置から、ドローンが機体のカメラ越しにこちらを見ていた。まるであの日々、幾度もそうしたように。
それは自分と、1機だけの記憶。
『任務完了。お疲れ様でした』
≪了≫