「おはよう兄ちゃん、今日は早起きだね」
眠気にしょぼしょぼする目をこすりながら小笠原がダイニングにつくと、エプロン姿の鈴太が朝食を準備しているところだった。
「ああ、おれにしちゃ、確かに早起きやなあ」
寝起きで、声がまだ掠れている。
「まだ8時だよ、ちょっと珍しいかも」
そう言われれば、確かにと頷かざるを得ない。日が昇る頃に帰宅し、店で散々重ねた杯の上に重ねるように寝酒を喰らって、夕刻まで眠るのが小笠原の普段の生活である。酒臭い息を吐きながら玄関で鈴太と入れ違う事も決して珍しくはない。思い返せば昨夜は疲れのせいか、いつになく早寝をしたのものだった。
「飯」
「はーい」
味噌汁は昨夜の残りだが、加減良く温められており湯気と香りが鼻孔をくすぐる。そして綺麗に巻かれた卵焼きと炊き立ての白米。その脇に、岩海苔の小瓶がちょこんと置かれた。
「一緒に朝ご飯なんて、久しぶりだね」
嬉しそうに声を弾ませながら、エプロンを外した鈴太が食卓に着いた。
「あー、おれちょっと二日酔いやし、味噌汁だけでいいわ」
調子に乗って、昨夜は鈴太の買ってきたビールを全て飲んでしまったのだ。流しの上で、空いた銀色の500ミリ缶が六本、朝日を浴びて憎らしく煌めいている。我ながらよく飲んだな、と自分に呆れた。
「今日て何曜日やっけ」
寝ぼけているせいもあるが、商売柄曜日感覚は常に鈍りがちである。
「日曜日だよ」
「今日は、何するんや?」
「うーん、宿題はもう終わっちゃったし」
でも、今週の作り置きがまだ出来てないから、まずはそれ作ろっかな、と思案顔の鈴太。
言わずもがな、家事は全て鈴太が担当している。
「さよか」
ちょっと待っとれ、と言って小笠原は吊るしてあるジャケットのポケットから、札束を取り出した。そのまま無造作にポンと卓上に放る。
鈴太は、「ふぇっ」と素っ頓狂な声を上げて眼を剥いた。
「兄ちゃんな、ようさん給料もろたさけ、これでええ食材買うとけ」
「え、こ……わ、分かったぁ」
下手に詮索すればまた鉄拳が飛んできかねない。目を白黒させながら、鈴太は様々な疑問をぐっと飲み込み辛うじて頷いた。
「それからな、兄ちゃんこれから忙しくなるさかいに、晩飯はいるときだけ連絡するわ」
「う、うん……」
結局、鈴太は自分の思いを内に閉じ込めておくことが出来なかった。差し出口とは思いながら、「あのね、僕なんかが心配する必要はないかもしれないけど」とおずおず注進を口にした。
「あんまり危ないこと、しないでね……」
後半は、殆ど半べそだった。
小笠原はきょとんとした顔でそれを見たかと思うと、座ったままの姿勢で素早く左腕を伸ばした。
つつく様な、擦る様な打撃が鈴太の鼻だけを掠めた。俯いた鈴太自身にも、殆ど視認できていない。
途端に、どろりと鼻血が溢れた。
「う、あ……」
「いらんことは言わんでええ」
「はい、ごめんなさい……」
半べそのまま鈴太は、鼻血を拭っている。
札束と空き缶と鼻血の彩る光景が、今朝の小笠原家の食卓だった。
「せやせや、ニチアサと言えば仮面ライダーやないか」
時刻は9時になろうとしていたが、小笠原が出掛けようとする様子はない。
朝に来い、とは言われたが時間の指定は無かったし、そもそもあったとして1時間程度の遅れなど大したことではないだろう、と見越して掛かっている。
そもそも小笠原にとって、日曜の朝に設けられている特撮ヒーロー番組の時間帯は、神聖にして犯すべからざるものだった。ヤクザだって特撮を観るのだ。
『羽星ニュースの時間です』
番組の放映前に挟まれるローカルニュースが始まった。何とはなしにそれを眺めていた小笠原の顔が、はっきりと引きつった。
『昨日夕方、市内で人型の謎の生命体二体が発見されたと匿名で情報提供がありました』
こちらがその映像です、というナレーターの台詞と共に流れたのは、誰あろう小笠原と新たな相棒である甲斐。より正確に言えば変身後のハリケーンとコンバスチョンである。遠目からの撮影で映像も手ぶれしているが、見間違えようがなかった。全能感に酔い、人知を超えた力でもって思う様人を蹴散らす異形の姿。
『この被害者と思われる人々は発見されておらず、映像の信ぴょう性を疑う声も出ていますが、専門家の解析によればその可能性は極めて低いと見られています』
更に市民へのインタビューが続く。彼らは一様に、自分たちの街にこんな生き物がいる不安や恐怖を訴えていた。
「えー……怖いね」
鼻にティッシュを詰めながら、一緒にニュースを観ていた鈴太が鼻声でこぼす。
「お仕事で出るんでしょ? ああいうのも居るみたいだから、気を付けてね」
「誰に物言うとんじゃアホタレ。おれがあんな、しょうもないイモどもに負けるかい」
小笠原にすれば半分上の空で適当な返事を返したまでなのだが、うっかり「襲われた一般人」を相手取るような発言をしてしまっている。勿論鈴太にしてみれば目線は逆だ。
鈴太は「あれがイモかあ」という顔をしている。だが、まあ兄ちゃん強いもんね、と納得はしたようだった。
ほな行ってくるわ、と家を出て徒歩で警察署に着いたのは10時ごろ、既に甲斐は先に着いていた。
「遅いですよ」
口調からすると、しばらく待っていたのかもしれない。心なしか膨れっ面をしている。
「そんなことないやろ」と軽く躱す。
「いいですよ、もう。それより、警察署前に集合とは言われたものの、どうすればいいんですかね、これ」
「おれが知るかいな」
そうこうしていると、音もなくAIbotが飛んできた。極力目立たないようにという設計思想なのか、このドローンの静音性は異常に高い。
『おはようございます。両名の集合確認。こちらへどうぞ』
誘われるままに向かったのは例の地下駐車場、そしてエレベータに乗り込むとAIbotは器用にアームでボタンを操作した。地下最下層に着くと、管制室の入口近くにあるミーティングルームに入っていく。
『では早速、調査をしましょう』
そう言うと、どういった機構がそれを可能にするのか、空中に映像を投影した。
それは、羽星市を大まかに模した地図だった。その中にいくつかアイコンがポップアップしている。頼佳が言っていた警察のネットワークから情報をさらいだしてリストアップした要調査地点が、これなのだろう。
アイコンは、現在五つある。それぞれの場所名と、その下に簡潔なコメントが書き下されている。
『名城幼稚園:園児へのお仕事紹介 着ぐるみでの出演要請』
『呼張たこ公園:不審者がいるとの情報 パトロール及び職務質問』
『羽星警察署:ネット上の話題動画の投稿者の身辺調査』
『羽星バイパス:速度違反車両の検挙と連行』
『乱馬ボクシングジム:戦闘訓練』
「……何か、調査とは関係のないのもあるんですけど」と甲斐。
幼稚園とボクシングジムの事だ。
『名城幼稚園の催し物のひとつ、「おしごと紹介」で警察の仕事を紹介することとなりました。本職の警察官は忙しく手が回らないので、貴方がたに向かって貰います』
もし向かう場合は羽星署のマスコットキャラクター「マッポくん」「ポリ子ちゃん」の着ぐるみを着て、現地で子供たちと触れ合いながら警察の仕事の何たるかを楽しく学んでもらう、というコンセプトらしい。
「アホくさ。ますます関係ないやん」と小笠原。
実を言うと、甲斐には関係があった。ののがこの幼稚園で保母として働いているのだ。
働きぶりを間近で見たい、という思いはあったものの、それこそ今の仕事とは関係のない事、公私混同は避けて黙っていた。
「このボクシングジムっていうのは?」
『貴方がたは大きな力を手にしましたが、戦闘に関してはまだまだ素人です。これから危険な場面に遭遇することが増えると予想される為、一度戦闘のプロに稽古をつけてもらい、戦闘力を強化することが目的です』
「これも調査ちゃうやんけ」
どうやらSPとしての訓練、という名目でジム側には話を通してくれるらしい。そこそこ有名どころのボクサーが指導してくれるとのことだった。
これには小笠原が渋い顔をした。
「そもそも、おれが素人扱いされるのが気に食わん」
引退したとはいえ元ミドル級ランカーである、素人呼ばわりは沽券に関わる。だが、それだけではなかった。
「それにおれ、このジムの出やねん。流石に怪しまれるし……今更行くのも気まずいねんなあ……」
甲斐はおや、という顔をした。市内にしがらみを持つのは自分だけではなかったらしい。小笠原の口ぶりではしばらく、それも察するところ引退してからこっち、ジムに顔を出した様子はないようだった。確かに、裏稼業に身をやつしておいて挨拶に顔を出すわけにも行かない。不義理も尤もなことだ。
「それよりおれ、このバイパスっちゅうのが気になっとるんやけど」
AIbotが律儀に解説を加える。
『羽星バイパスにて、特攻服姿の男が時速180キロメートルあまりで暴走行為を行っているのが目撃されています。犯人を拘束し、都賀交番に引き渡すのが任務です』
「これやな」いきなり小笠原が断言した。
「特攻服姿で暴走やて? 若い衆に世間の厳しさを教えたるのも大人の務めやろ」
最早、小笠原の動機も調査とは無縁である。
「いや、支援者の調査ならこの警察署じゃないんですか……」
助けを求めるようにAIbotを仰ぎ見る。
『動画投稿サイトに、昨日の貴方がたが変身した姿が投稿され、話題になっています。動画投稿者のチャンネル登録者数は八〇万人以上。加えて、これまでの投稿履歴から、本投稿者は支援者の可能性があります。投稿者の身辺を調査することで、支援者のアジトを発見する手がかりを得ることが出来るかもしれません』
つまり任務は投稿者の身辺調査から始まり、情報が得られそうと判断できれば対象に接触、その後アジトに忍び込み、情報の引き出しとアジトの殲滅を実行、という流れだった。
「こいつだけなんやえらいボリュームあるやないか」
面倒くさいのはヤダ、と顔に書いてある。
「えぇ、仕事じゃないですか……」
対照的に甲斐は真面目一辺倒である。昨日あれほど協力を渋っていたのが嘘のようだ。
「調査と言うなら、この張呼たこ公園なんかも怪しいですよね」
『公園に不審な人物がいるとの通報が市民から寄せられました。支援者の可能性があります。公園内のパトロールを強化し、怪しい人物を発見し次第接触、職務質問の上情報を引き出すのが任務です』
「ほらほら」
ただ、甲斐としては動画投稿者が最も気になっているようだった。昨日路地裏で逃げられた人物がこの投稿者ではないのか。もしかしたら、自分たちの顔すら知られているかもしれない、という不安が拭いきれない。
「いーや、バイパスが怪しい」
しかし小笠原も強情である。しかも「生意気な若造をぶん殴ってスッキリしたい」という透けて見える欲望を隠そうともしないあたり、たちが悪い。
「そんな事言ったら、僕だって幼稚園に行ってののちゃんの仕事してる姿を見たいんですけど……」
「ののちゃん? 昨日の彼女がそこで働いとるんか?」
「ええまあ」
「お前の頭には女の事しかないんか!」
酷い言い様である。
「彼女の事が好きで何が悪いんですか!?」
こちらも論点がいきなり彼方にすっ飛んでしまっていることに無自覚なあたりが酷い。
しかし小笠原も負けず劣らずな阿呆ぶり、「む、せやな」と大して考えもせずに押し返されてしまっている。
「じゃあ、俊亮くんは幼稚園がええんか?」
「小笠原さんがいいのであればですけど」
いつの間にか「俊亮くん」「小笠原さん」がそれぞれの二人称として定着しているが、実の所甲斐の方がいくつか年上である事に、2人は気付いていない。
「とは言うても、おれはやっぱバイパスやな」
「いや、お仕事なので……ここはやはりたこ公園か動画の方を調査した方が……」
それに、動画の方って昨日逃げた目撃者だと思うんですけど、との駄目押しには、流石の小笠原も「そういや、そんな奴もおったのう」と応じずにはいられなかった。
「支援者、でしょうか?」
「それは知らんけど、えらいカワイ子ちゃんやったな」
「顔、見たんですか?」
初耳である。そして顔を見たという事は、つまりこちらの顔を見られたという事でもある。
『照井明日香です』
「え?」
突然会話に割り込んできたAIbotに視線を向けると、『件の動画投稿者、照井明日香です』と言いながらドローンは地図の前面に若い女性のバストアップの画像を投影した。黒髪に眼帯をした若い女性がこちらを向いて微笑んでいる。
「おお、これこれ。やっぱカワイ子ちゃんやないか、見つけてちょっと懲らしめたるか」
懲らしめる、の言葉に助平なニュアンスを感じ取った甲斐は「なんでそんな事を」と顔を顰めたが、調査に乗り気な今この時を逃すべきではない、と口は噤んでいる。
何はともあれ、初日の調査対象は決まった。
早速二人は、ミーティングルームの机上にあるラップトップの端末から動画投稿サイトにアクセスした。
『ターゲットの有力な情報になりそうな媒体はある程度選別しました』
と言って、AIbotは操作を先導する形で二つのコンテンツを提示した。それは、照井明日香の動画投稿チャンネルのトップページと、その最新動画だった。
「ポンコツのくせに気が利いとるやないか」
AIbotは黙って宙に浮かびながらカメラレンズで小笠原を凝視している。不本意なあだ名を付けられた事に対する無言の抗議のように見えなくもない。
「まあ、トップページの方から見てみましょうか」と甲斐。
「こういうのはよう分からんから任せるわ……」と小笠原。
「そんなに人気なんだったら、昨日の動画が上にあがってるんじゃないかな」
甲斐が手慣れた様子でマウスを操作すると、動画チャンネルの概要がディスプレイに映された。ざっと見た所、投稿動画に共通するテーマはオカルト、例えば都市伝説の紹介や著名な心霊スポット巡りの様子を動画として投稿していたらしい。「していた」と過去形なのは、ここ2週間ほど投稿されている動画の傾向に大きな偏りがあるからだ。ある時期を境にして、とある宗教団体の紹介をメインにした動画ばかりになっている。
「そういやこのチャンネル、ののちゃんがよく見てるやつだな」
こんなの何がいいんだか、とぼやきながら、甲斐の手つきには淀みがない。
まずは、ここ最近の動画、ちょうどテーマが宗教団体――「金色の彩雲」という名の新興宗教らしい――に切り替わった時期からのを動画をチェックしてみる。
はいどうも~、という能天気な冒頭の挨拶から、その動画は始まった。
「今日はとあるリスナーさんから、この『金色の彩雲』さんを紹介してもらって、私も体験入信させて頂くことになりました~。いえー!(ドンドンパフパフ) 今日は一部カメラOKが出たので、楽しみにしてて下さいね!」
自撮り棒を使って撮影したと思しき動画、画面の中心に映って喋る明日香の背景は、彼女の周りだけを切り抜いたかのように一面モザイクが掛かっている。色調からするに、どうやらレンガ調の建物を背にしているようだった。
カメラが雑にパンされ、初老の男性が画面に映った。後ろ手を組み、彫りの深い顔に柔和な笑みを浮かべている。
「今日は金色の彩雲、幹部牧師であるシャイン牧師に紹介してもらいます。よろしくお願いします」
シャインと紹介された初老の男は、新興宗教というよりはプロテスタントの牧師を思わせる詰襟ガウンとストールを身に纏っていた。簡素な身なりではあるが、その表情とは裏腹に下位の者を睥睨し命令を下すことに慣れた人間に特有の威厳が感じられる。
動画の中で牧師は、迷える子羊にこの世の成り立ちと理を諭すという職業倫理を体現するよう、ゆっくりとした口調で教団の理念や在り方を紹介していく。
「もう間もなく、我らを救う神が世界に顕現します。私たち人間は長い年月をかけて、小さな罪を重ねていきましたが、いまやそれは大きな山となり、その罪の山が様々な混沌を生み出している」
「混沌から救われるには、神にお越しいただく他ありません。我々は着々と準備を進めており、あと数週間もすれば神は我々の眼前においでなさるでしょう」
「神がおいでなさった時、かの神を信奉していた者、復活を指示していた者が寵愛を受けられるのです」
「私どもは信者を募集しておりますが、誰でもよいわけではありません。かの神の復活を心根から信じられる方だけが来てくだされば良い。ですので、今回の明日香さんの様に、信者の方の紹介でないと体験入信も受け付けてはおりません」
「心よりの応募、お待ちしておりますよ」
最後は明らかに動画視聴者に向けての言葉であり、それをもってこの動画は締めくくられていた。
「いきなり当たり引きましたね」
「真っ黒も真っ黒、どどどブラックやないか。今どきそこらの企業舎弟でもこんな真っ黒なんはないで」
邪神復活。支援者。二人が事前知識として持っていた符号と、金色の彩雲の教義は不気味なほど一致している。答え合わせの必要もないくらいに。
動画はこの後にもいくつか投稿されていた。タイトルを時系列で並べると、
『金色の彩雲、入信しました』
『皆も金色の彩雲に入信しましょう』
『金色の彩雲で、新しい人生を始めよう』
「うわあ……」
「完全にどハマりしとるやんけ」
「他の視聴者たちも引いてますね。バッド評価が凄いや」
確かに、金色の彩雲関連の動画を投稿し始めてからとそれ以前とでは、動画に対するコメントや評価の傾向が大きく異なっていた。
従前の投稿動画に対する視聴者たちの反応はおおむね好意的なもので、コメント欄も和気藹々とした長閑なものだった。しかし金色の彩雲への体験入信を境としてそれはがらりと様変わりしている。
そもそもはオカルト関連の話題について、いわばエッセンスを抽出して面白おかしくさわりを紹介する『広く浅く』をコンセプトとしていたチャンネルが、今や1つの新興宗教にかじりついて、その魅力を喧伝するだけの動画投稿になっている。元々のちゃんねる視聴者たちの困惑や失望は容易に想像できた。動画に対するグッド/バッド評価の数は逆転し、コメント欄も照井明日香の精神状態を心配する声や宗教観を押し付けられることへの忌避感、他にもあらぬ憶測や見るに堪えない暴言が多数書き込まれ、混沌の態を示している。
こういった不穏な空気を好まぬ甲斐は「うへえ」という苦り切った顔で動画ページをチェックしていたが、ある事に気付いた。
「あれ、元々は1人じゃなくて、2人で活動してたみたいだな」
それと気付いてみれば、一目瞭然だった。従前の動画では、サムネイルにしばしば明日香以外の女性が登場していた。その大体は、明日香と親しげに顔を並べ彼女ら自身の顔をアイコン的なインデックスとしていた。2人の顔立ちはよく似ており、服装も共に黒を基調としたゴシック・ファッションを好む傾向にあった。
動画をいくつか見ていると、その正体はすぐに知れた。その女性の名は照井咲良。明日香の妹だった。元々は、姉妹2人で演出される動画チャンネルだったのだ。
その咲良は、ある時を境にパタリと動画に登場しなくなっている。
いくつもの動画ページに飛び、それぞれを早送りで再生して甲斐は確信した。
件の体験入信動画、これ以降、咲良は姿を見せていない。
それにもう1つ気がかりな、と言うよりはそれが何であるのか判断に困る情報を甲斐は発見した。
体験入信の前日に、このチャンネルの生配信が行われていた。アーカイブからは削除されていたが、ユーザーの幾人かが別のファイルネームで再アップロードしている。
問題は、動画の内容だった。画面は最初から最後までブラックアウトしている。時折誰かの声らしき音声が微かに聞こえるが、ノイズが大きくその内容や音声の主は定かではない。アップロードしたユーザーは動画の概要欄で「咲良ちゃんの声では?」と推測していたが、何度聞き返してみても良く分からない。
「なんやこれ」
「何でしょうね、でも気になるな」
「こんな訳の分からんもん観とってもしゃあないやんか。他の動画観ようや」
任せる、と言った割に口は挟むようだ。
もしかしたら何か重大な情報を見逃しているような気がする甲斐だったが、確かにあるかどうか分からない情報に期待して暗闇の動画を何度も観るよりは他の手がかりを探す方が建設的だという小笠原の意見には一理あると頷いた。それに、肝心の最新動画をまだチェックしていない。
『2体の悪魔、情報求ム』
それが最新動画のタイトルだった。2人の変身姿を捉えた動画の、その次に投稿されたものだ。
体験入信動画の時のような軽薄な導入部分はない。動画が始まると挨拶もそこそこに、明日香は秘密めかしてカメラに囁く。場所は明日香の私室のようだったが、その声と表情は緊張に張り詰められていた。
明日香は終始カメラに正対し、画面越しに請いかける。
昨日の動画に映っていた2体の異形が悪魔であるとシャイン牧師が断じたこと。
悪魔たちの目的は神の復活の阻止であること。
悪魔たちは人類の敵であり絶対にその目的を阻止しなければならないこと。
そして、どんな些細な事でも良いから、悪魔たちに関する情報を提供してほしいと。
「チャンネル登録なんかしなくていい、本気で世界を変えたいあなたからの入信希望、待ってるわ。近日、体験入信者を募集します。詳細は『つぶやきったー』で」
最後の一段は、ここ最近の動画の締めに使われている決まり文句だった。
「つぶやきったーねえ。検索してすぐ出てくるやろか?」
されは世界人口に広く膾炙している短文投稿に特化したSNSである。流石にそれくらいは小笠原も知っていた。
「照井明日香、と……一発で出てきましたね。流石人気投稿者」
甲斐は画面をスクロールしながらざっと斜めに読んでみたが、投稿内容もそれに対する周りの反応も、動画投稿サイトのそれを完全に再現していた。
ある日を境に、唐突に金色の彩雲の彩雲一色に染まる投稿内容。そして周りは着いていけずに鼻白むばかり。
他人の投稿に対して「お気に入り」「拡散」の出来るユーザインターフェイスを有しているSNSだが、金色の彩雲関連の投稿がなされてからの周りの反応は、それ以前と比較して明らかに薄い。まるで廃墟と化しながらもアトラクションの稼働するテーマパークを眼前にしたような不気味さが、そこにはあった。
最新のつぶやきは本日未明のもの、体験入信希望者の面接を市内の喫茶店で実施するという内容だった。
「あ、ここ知ってる。駅前のとこですよね」
小笠原も、何度か立ち寄ったことはあった。大手チェーンの喫茶店である。
「ほな、行ってみるか?」
指定の時刻は14時、今から行動を開始しても十分間に合う。
「入信希望の振りをして、話を聞く、と」
「オハナシ云々は俊亮くんに任せるわ。後はおれが暴れるし」
『任務は情報の入手、そして敵対勢力の殲滅です』すかさずAIbotが訂正を入れる。
「なあ、どれだけ暴れていいん?」
『可能な限り正体のばれないように行動してください』
どうやらAIの処理能力を超えた返答を要求されたらしい。微妙にかみ合わない答えが返ってきた。
「お、どうやら好きに暴れていいらしいで」小笠原は完全にうきうきしている。
「今のはそういう意味じゃなかったような……?」