COC「傀逅」リプレイ   作:又左衛門

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2日目-3

 時間はほんの少し遡り、コンバスチョンと牧師が対峙したあたり。

 戦闘開始直後の牧師の攻撃に、特筆すべきものは無かった。精々が身体からゼラチン質の触手を伸ばし、拳を振るうように薙ぐぐらいである。それも射程を伸ばし威力を持たせるには一定の触手の太さが必要と見えて、同時に繰り出せる触手は1本ずつが精々の所のようだ。それに予備動作も大きい。コンバスチョンは難なくそれを避けていた。

 しかし、こちらから攻撃するには距離がある。

(あれを使うか……)

 不思議なことに、コンバスチョンに変身した今の自分に何が出来るか、まるで生まれ持った自分の身体の機能を知るかのように、脳内にそれに関する知識が自然と存在していた。

 ぐっと、腰を落とす。それは反動をこらえる為の構えだ。

 ただ身体機能が上がる、身体が赤熱する。変身後の能力は、それだけでは有り得ない。

 昨日、『人知を超えた力』と頼佳は言った。その言葉が真ならば、まだ先がある。そして、甲斐は、コンバスチョンはそれを知っている。

 腰だめに構えた体勢から、勢いよく右の掌底を突き出す。その掌から数ミリを隔てた空間に突如として赤熱し炎を纏った拳大の岩塊が生成され、同時に恐ろしい速度で打ち出された。

 極小の隕石は、狙い違わず牧師の胴体に炸裂した。もしこれが通常の生命体であれば、被弾個所は抉られその周りも高熱により炭化したことだろう。

だが、超常・超人という点では、牧師も引けを取っていなかった。岩塊はクリーンヒットしその衝撃で後退ったものの、抉られた箇所は見る間に黒いゼラチン質によって修復されていく。

『警告:対象への熱によるダメージは見られません。コンバスチョンとの相性、最悪。推奨:ハリケーンシリンジの早期奪還』

 AIbotがご丁寧に警告を吐く。

(なるほど、ハリケーンのシリンジを狙う訳だ)

 だが効果半減とはいえ、ダメージそのものが無いという訳ではないらしい。その身体の半分以上が人間としての原型を失った牧師だが、その顔が敵意と憎悪に歪んでいる事はありありと分かった。

 変身前の甲斐であればそれを見てブルった事だろうが、変身後の今は脳内物質の作用に依るものか、自分でも驚くほど恐怖を感じない。

 しかし、その後の牧師の行動は、完全にコンバスチョンの想定を上回った。

胸部の辺りが裂けたかと思うと、その部分が大きく口を開け――比喩表現ではなく、巨大な口が突如としてそこに出現した――そこから伸びた無数の触手がコンバスチョンの体中に纏わりついた。それそのものは攻撃を意図しない、捕獲の為だけのもの。だがそれを振り払うより先にコンバスチョンの巨体が容易く持ち上げられ、大口に放り込まれた。コンバスチョンの身体の半分以上、その上半身が丸々取り込まれたような格好になった。

「何だこれ!」

 コンバスチョンは叫ぶが、その声は黒いゼラチン質に阻まれ、くぐもるばかり。身体を捩りもがきはするものの、下半身は最早地を捉えておらず踏ん張ることができない。

「痛い痛い痛い!」

 コンバスチョンを飲み込んだのが口であれば、当然そこには歯がある。鋭利に尖った無数の牙が、強力な咬筋力でもってコンバスチョンの胴体を両断せんと噛み締め苛んだ。AIbotの指摘通り、コンバスチョンの赤熱した皮膚に接触してもダメージは全く無いようだ。それどころか、却ってコンバスチョンの皮膚感覚が熱さを訴えていた。熱によるものではない、強力な酸による腐食の痛みだった。

(消化しようとしてるのか!?)

 自分が生きたまま捕食され、今まさに消化されようとしているという状況に、コンバスチョンは軽いパニックに陥った。我が身を取り込む肉塊を内側から所かまわず殴りつけるが、効果は薄く、噛み締めは一向に弱まらない。

「おい、何遊んどんねん!」

 くぐもってはいるが、はっきりと小笠原の声が聞こえた。すぐ傍まで来ている。

「遊んでなんかないですよ! 出られない!」

 くそ、くそ、と罵りながら手足を出鱈目に動かすものの、まるで拘束は緩まない。

 ついに、牙がコンバスチョンの強固な表皮に穴を開けた。体内に異物が侵入する感触と、目も眩むような激痛が襲い掛かる。

 コンバスチョンが絶叫した。

 

 小笠原の目の前で、コンバスチョンの下半身がじたばたと暴れていた。殆ど逆さまの体勢で飲み込まれた為、斜め上方に向かって足を突き出しているような格好だ。

 人ひとりの半身を飲み込んだ牧師の身体は、大きく膨れ上がっていた。体表の殆どは崩れ落ちて黒光りするゼラチン質を露わにしている。

 コンバスチョンの叫び声が体内から聞こえた。それは、今まさに強烈な苦痛に苛まれている人間の出す声だ。

「おい、何遊んどんねん!」

 喚く小笠原をどす黒く濁った眼で睨みつけ、五月蠅く纏わりつく羽虫を追い払うように牧師が触手を薙ぎ払う。

 だがそれはひどく遅い。この怪物にとっても、人ひとりを飲み込み咀嚼しながら別の敵を相手取るのは、さすがに骨が折れると見える。

 ここぞとばかりに小笠原は大きく膨れ上がった胴体を殴りつけた。隙だらけの胴体に、1発1発腰を入れて全力で。何度も何度も。

 だが、それも大して効いているようには見えない。ゼラチン質とはいえ完全な不定形ではない。その肉の奥には確かな芯を感じる。だというのに、並の人間であれば一撃で昏倒する程の打撃を何発もその身に受けて、返すのは憎悪の視線のみ。生半なタフネスではない。

 鈍く振るわれる触手と、その合間を縫って放たれる徒労にも思える反撃。

千日手のように続くかと思われた攻防だったが、いつしかコンバスチョンの動きが目に見えて鈍くなってきた。超常の力によって常人のそれを数倍する程高められた体力が、最早尽きようとしていた。

 それは小笠原も同様だった。先ほどまでの戦闘に加えての連戦である。ダメージこそ殆どないものの、生身で人外を相手取るという初めての経験は、小笠原の予想以上に心身を消耗させていた。

 小笠原は、思わず叫んでいた。

「あの娘を泣かす気か!」

 自分でも驚くほど陳腐で真っ当な台詞である。きっと平時に他人の口からそれを聞いていれば、鼻で笑うのが精々の、クサい言葉だ。

 だが、それは確かに届いた。俄かにコンバスチョンの動きが力を取り戻す。

 縦に振るわれた触手をサイドステップで躱し、怪物の胴体に開いた大口のすぐ脇、人間で言えば顎関節の当たりを目掛けて、渾身の右ストレートを放った。

 それが効いたのか、はたまたコンバスチョンの足掻きが功を奏したのかは分からない。ようやくコンバスチョンがその上半身を怪物の体内から自ら引き抜いた。でろりという粘性の液体が滴り、地面まで糸を引く。

「小笠原さん、これ!」

 息も絶え絶えの様子といったコンバスチョンが高々と翳すのは、怪物の体内から探り当ててきたハリケーンシリンジだった。そのまま、小笠原の方に投げてよこす。

「早く、変身を!」

「ようやった!」

 ほぼ直線の軌道で飛んできたシリンジを受け取りざま端のボタンを押し、『Hurricane!!』の声と共に飛び出る針を、躊躇いなく首筋に突き立てた。

「変身!」

 暴風が荒れ狂い、小笠原の姿を覆い隠す。

 怪物はそれを、指を咥えて見ていた訳ではない。げえ、と体色と同じ黒い反吐を胴体の口から盛大に吐き出して苦しんでいる。初めて見せたダメージだった。

コンバスチョンが体内から脱出する前に、ハリケーンシリンジごと内部の器官を引き裂いて来ていた。超常の再生能力を持つと言えど、無限と言う訳ではないらしい。

 風のヴェールを突き破って、ハリケーンが飛び出した。

 疾風のように迫り、怪物の巨体に乱打を見舞う。目まぐるしい左右のコンビネーション。

 どこが急所かも分からない?

 なら息絶えるまで、滅多打ちにするまでだ。

 怪物が、苦痛に身を捩った。

(こら、すごいわ)

 小笠原は思う。昨日は何が何やら分からないうちに終わったが、今この時、変身後の自身の身体性能の飛躍に、改めて舌を巻いた。先ほどまでの生身の動きとは全く違う。踏み込みの速度、一撃の威力、視界の広さも比べものにならない。これに比べれば、息切らせて魚人に止めを刺した先の戦闘など、無様もいいところだ。

 苦し紛れに振るわれた触手の縦薙ぎ。先ほどと同じパターンだが、変身前と反撃の拳速はまるで違う。

 ミリ単位で見切って左に体を寄せて避けざま、左ボディを3発、右のストレートを側頭部に1発。行きがけの駄賃とばかりに触手にも1発お見舞いした。

 背後の気配ですら、手に取るように分かる。

 コンバスチョンが振りかぶっている。援護射撃のつもりで小隕石を打ち出すが、ダメージで朦朧としているのか、狙いがやや悪い。その射線に覆いかぶさるようにハリケーンがいる。

 だが、それも今の小笠原には何ということはない。コンバスチョンが打ち出す間際、左のショートフックで引っ掛けるように怪物と体を入れ替えた。

命中。

 相変わらず炎熱によるダメージは無いようだったが、それでも無傷とはいかない。

 シャイン牧師が唸りを上げた。

「まだまだ、行きますよ……」

 それは明らかに強がりだった。明らかに、その動きは当初より鈍ってきている。

「タフなやっちゃのう」

 だが、返す軽口がハリケーンの隙となったのかもしれない。

「うおっ」

 うかつにも、這い寄る無数の触手に捕捉されてしまった。そのまま、大口に向かって引き摺られていく。

 足元はふら付いているくせに、引き寄せる力はいやに強い。振り払えない。つい先ほどコンバスチョンの散々に甚振られた姿を見ていただけに、背筋に悪寒が走った。

「小笠原さん!」

 相棒の危機を察したコンバスチョンが駆け寄り、あらん限りの力を振り絞って怪物の触手から引き剥がした。やはりハリケーンも、尋常の腕力ではない。

「おう、すまん」

 綱引きの綱が切れたかのように、後ろ向きにたたらを踏む。牧師は足に力が入らないのか、そのまま千鳥足に後退していく。

 これ以上ない隙を、ハリケーンは逃さなかった。

 コンバスチョンに引き摺られ後ろによろめく姿勢から素早く体勢を立て直し、慣性の法則を無視するかのような初速で前方に飛び出す。

 たちまち、怪物に追いついた。

 とっとと死ね。

 万の殺意が込められた、打ち下ろすような右拳が怪物の頭部に炸裂した。

 ビシャリと粘着質な音をたてて、強かに床へと打ち付けられる牧師。

 そして……そのまま2度と起き上がる事は、無かった。

「やあっと倒れよった……」

ハリケーンは大きく息をついた。

「良かったあ」

コ ンバスチョンなどは最早床にへたり込んでいる。

「ボロボロやないか」ハリケーンが手を貸してやる。

「あ、どうも……」

 

「なるほど、なるほど……どうやら貴方たちを、見くびっていたようだ」

 震える声が、ぼろ雑巾のようになった牧師から発せられた。まだ死んではいない。

 思わず身構える2人。

 だが、最早牧師に立ち上がる力は残されていなかった。出来たのは、死に往く敗者として、捨て台詞を吐く事だけだ。

 彼の持つ何がしかの矜持がそうさせるのか、その口調は死に際あってなお嘲りに満ちていた。

「だが、もう遅い。貴方たちはすでに後手に回っている……」

 一足先に地獄で待ってますよ、と嘲笑って、今度こそ牧師は事切れた。

「後手……?」

 訝るコンバスチョンだが、考えにふける暇は与えられなかった。

 シャイン牧師の身体を構成するゼラチン質、それがふつふつと泡立ったかと思うと、にわかに発火したのだ。

それは内側から、牧師の身体を焼いているようにも見えた。

 燃えながら、ゼラチン質はタール状の粘性の液体に変じ、床の上に広がっていく。不快な、吐き気を催す臭いがしたが、それはすぐに消えて木材や布、プラスチックの燃える臭いに変じた。

 瞬く間に延焼が始まったのだ。

 床を、壁紙を、カーテンを炎が舐め、あっという間に天井までが炎に包まれた。辛うじて延焼を避けられている箇所も、ふと視線を切った隙にもう燃えている。逃げ出す暇もない、異常な速度の延焼だった。

「これもこのアホの仕業か?」

 ハリケーンが堪らず手を顔の前に翳す。物凄い熱風だった。生身ならば、たちまち肺まで灼けてしまいそうな熱さだ。家具や家屋の焼ける臭いが、自分自身の身体を焼くそれであると錯覚しそうになる。

「そんな事どうでもいいでしょ。早く……」

 早くどうするというのか、はたとコンバスチョンは考え込んだ。

「せや、資料を探さな。確か二階やったな」とハリケーン。

「ちょっと待ってください。そうだ、人質が、照井さんが確か向こうの方に……」

 コンバスチョンは明日香が連れ去られた扉を見る。閉ざされた扉は今でこそ延焼を免れていたが、それも時間の問題だろう。胡乱な怪物どもに殺される前に、建物が炎に焼け崩れる前に助け出さないと……

「アホ、あんな女助けてどないなるっちゅうんじゃ」

 ハリケーンはつっけんどんに突き放す。

 任務に人質の救出は含まれていない。肝心の任務を達成しなければなんだかんだと言い訳をつけられて報酬減額という事も有り得る。第一、事ここに及んであの女が生きているかどうかも定かではないのだ。

「……そういや、えらい涼しい顔しとるな」

「え? 小笠原さん、そんなに暑いっすか?」

「熱いに決まっとるやろ。早よやる事やってトンズラせな、おれらも丸焼けやぞ」

「……じゃあ、小笠原さんは資料を探してきてください」

 言い合いをしている時間が惜しい。コンバスチョンは言い捨てると件のドアの方に翻った。

「勝手なやっちゃ。チームワークもクソもあらへん」

 自分の事は棚に上げている。

が、時間が無いのはハリケーンも同様だった。早く資料を回収しなければ、部屋ごと焼け落ちてしまっては元も子もない。

 第一、コンバスチョンはこの大火の中でも平気の平左だが、それはあくまでコンバスチョンだからだ。辺りに渦巻く炎熱と煙は、刻一刻とハリケーンの体力を奪っていく。闇雲に駆け回れば、炎に巻かれてくたばるのがオチだ。

「おい、おれもそう長くは保たへんぞ! ヤバくなったら逃げるからな!」

 コンバスチョンの後ろ姿に向かってがなりたてる。ハリケーンも反対側の扉、玄関ホールの方に駆けだした。

 視界の端で、背を向けたままコンバスチョンが手を振るのが見えた。

 

 コンバスチョンが開けた扉のその向こうは空室だった。段ボールがいくつか部屋の隅の方に積まれているが、大半が既に炎に包まれていた。やはり異常な延焼速度と言う他はない。

聞こえるのは火の爆ぜる音のみ。扉は前方と右にひとつずつ。

(クソ、どっちだ……?)

 その時、右の扉の方から人の声が聞こえた気がした。

話す内容までは分からないし、気のせいだという可能性だってあるが、今は考えている暇もない。

 片開きのドア、そのドアレバーを下げようとしたが、固い手ごたえがあった。鍵が掛かっている。だが、それが却ってその向こうに何かがある事を確信させた。

少し後退ってから、躊躇わずに突進した。ショルダータックルの姿勢で右の肩からぶつかる。だが、先の戦闘で殆ど失神寸前まで痛めつけられてヘロヘロの上に、この扉が予想以上に堅固でだった。軋む手ごたえはあったものの、開く様子はない。

「こなくそ!」

 自らを鼓舞して振りかぶるように右の拳を1発、2発。素人丸出しの大振りだが、相手は動かぬ扉である。2発目にしてロック機構と下側の蝶番が飛び、扉は隙間を大きく開け傾いだ。すぐ脇の壁に足を踏ん張り、扉を捥ぎりとる。ベギン、と音を立てて外れたそれを、脇に放り投げた。

 その奥に居たのは、見間違えようもない、ゴシックドレスに身を包んだ明日香である。衣服は多少煤けているようだが、その身は無事と見えた。煙を吸わないように口元を押さえ、身を低くしている。突然の火事にもパニックに陥ることなく、部屋の隅で救助を待つ体勢であった事が功を奏したと言える。

 正確に言えば、パニックには陥っていたのかもしれない。明日香の貌をよく見れば、乾いた涙の痕が確認できたはずだ。それは妹の死に想ってのもの、あるいは辺りの惨状を凝視せざるを得ない状況にもよるものだったろう。

(酷いな……)

 部屋にいたのは明日香1人きりだけだったが、それは立って息をしている人間が1人というだけのこと。そうでない、かつて息をしていた人間であるモノは、その周囲に大量に散らばっていた。そして、ざっと見た限りでも、五体満足な死体はひとつもない。千切られたような、噛み切られたような傷口が、どの死体にも生々しく刻み付けられていた。

 まだ新しいもの、血痕もどす黒く乾いたもの、半ば萎び蝿のたかるもの……炎に囲まれていてもはっきりそれと分かる死臭が、部屋中に立ち込めていた。

 明日香は、目を見開いてこちらを見ている。その顔に浮かぶのは恐怖と絶望だ。当然だろう、屠殺場もかくやという程の死体に囲まれ死臭にえづき、おまけにその外側からは炎が無慈悲に迫ってくる。おまけに、扉を壊してやってきたのは控えめに言って地獄の生き物のような異形の怪物なのだ。

 それまで何とか気丈に振舞っていた精神はついに挫かれ、明日香は息を飲むような悲鳴を上げると突っ伏するように気を失った。

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