転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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異世界転生編
01話 転生~ヴェルドラ


(おい)

 

 頭に響く声がした。

 その一言に覚醒を促され、俺の意識がぼんやりと浮上する。

 

(そこの魔精よ。いい加減に目覚めたらどうだ)

 

 ん……? 

 何だ? 誰だ? ここはどこだ? 

 

(こちらが黙っていればいつまでも眠り続けおって。ここで発生するのは構わんが、それならそれで先客である我に相応の誠意を見せるが筋ではないのか)

 

 一体何を言ってるんだろう。真っ暗だけど、ここはどこだ。

 確か俺は大学の夏休みに、田舎のじいちゃん家に遊びに来ていて……

 

(おい、聞いているのか? 早く起きろと言っているのだ)

 

 あれ? 変だぞ……何で、身体を起こしたいのに動かないんだ? 

 顔を上げられないし、目も開けられない。それどころか、寝てるのか立ってるのか座ってるのか全くわからないくらい身体の感覚がないんだけど、どういうことだ? これは一体──

 

(……えっ?)

(おお、ようやく起きたか! 精神生命体ならば、『魔力感知』程度は備わっているな?)

 

 視界とはまた違う、形容し難い不思議な感覚だった。

 目の前に広がる光景にたった今気が付いたかのような唐突さで、俺はそれを認識する。

 四方を岩で囲まれた洞窟内に、とんでもないデカさを持って陣取った黒い竜。

 

(我は"暴風竜"ヴェルドラ。暇を持て余していたのだ、歓迎するぞ小さき者よ)

(ヴェ……)

 

 ヴェルドラだあ──!? 

 て……転スラ? 転スラの世界? えっ何俺死んだの? リムルみたいにここに来たの? 俺死んだの? 

 いきなりの出来事にパニックになる。

 その瞬間、頭の中にフラッシュバックしてきた記憶。

 

 田舎の深い山道。小さな頃から遊び慣れていたはずの山で迷い、俺は足を滑らせた。

 斜面の岩に何度もぶつかりながら転がり落ちて、身体が浮遊感に包まれて。今から自分の身に起こる、最後の現実に恐怖する暇もなかった。抵抗出来ずに沢沿いの崖から投げ出された俺を襲った衝撃は、二十年近く過ごしてきた日常からは余りにもかけ離れたものだった。

 

(俺……死んだのか……)

(ん? 何も我は、お前を滅ぼすつもりなどないぞ?)

 

 そうか、俺は死んだんだ。

 助からなかったからこそ、こうしてこの世界に転生…………

 

(ただその、少しな、我の話し相手に)

(は!? 転生した!?)

(急に何だ! というかお前、我の話を聞いておらんな!?)

(俺はどうなったんだ? 何に生まれ変わったんだ!?)

(──ええい、聞けと言うに!)

(うわっ)

 

 ビリビリと震えるような一喝を受けて、ようやく俺は我に返った。

 あ……ああうん、ヴェルドラがいたんだ。"暴風竜"ヴェルドラなんて天災級超危険物体を目の前に置きながら、パニックを起こしている場合じゃなかった。

 

(まったく忙しのない……どうだ、落ち着いたか)

(はいすみませんでした……)

 

 これは念話というやつだろう。

 リムルとヴェルドラが話す場面を知っていたから、そこは混乱せずに済んだ。

 

(生まれ変わった、と言ったな。もしやお前は転生者か?)

(た……たぶん。前世? では、人間だった記憶があるので……)

(それは珍しいことだな。そしてこの世界で、我の魔素から発生したというわけか)

(あのー……なんか身体が安定しなくて……座って良いですか、ってもしかして浮いてる……?)

(うむ、楽にして構わんぞ)

 

 どうやら俺には身体がないらしく、ふよふよと宙に漂う感覚がある。

 境界線もわからない空気のような自分の身体をどうにかこうにか、ゆっくりと地面へ向けて下ろしていって、そして、岩が剥き出しの地面へふよりと降り立った。

 

《呟。エクストラスキル『砂憑依』が使用可能です》

 

 !? 

 突然聞こえた無機質な声。

 えっ、まさか今のは『大賢者』? 俺にもあるの? 

 でもそれにしては、スキル使用のYES/NOを聞いてくれなかったような……どうすれば? 

 

(あの……えー、『砂憑依』? っていうのは、何のことですかね?)

(ほう? 砂を介して器を得るか。発生過程はともかく、砂妖魔(サンドマン)の類だろうな)

 

 砂妖魔(サンドマン)。それが俺の種族ってことか、スライムじゃなくて。

 まずは何かやってみようということで、気体とほとんど変わらない自分の身体らしきものを、洞窟の砂混じりの地面に重ねるように押し付けてみる。その途端、引き寄せられるような感覚に襲われた。

 さらり、と滑る砂の感触。

 

《呟。エクストラスキル『砂憑依』を使用、依代を獲得しました》

 

 俺は砂と一体化していた。地面に一掴み分くらいの砂が落ちていて、気体のようだった俺はその中へ収まっているらしい。スキルの発動方法なんて知らないが、またさっきの機械的な声が聞こえてきたし、『砂憑依』は成功したんだろう。移動しようとすると、砂がスルリと流れる。

 

(うまくいったようだな。精神体のまま生まれ出てくるとは面白いヤツだが、肉体もなく魔素の薄い場所へ出れば力の流出が始まるぞ。気を付けるが良い)

(……あ、ありがとうございます)

(それにしても、ただの砂と変わらんな。もう少し気合を入れて……魔物らしく体裁を整えられぬのか?)

(ちょっと……難しいかな……慣れるまでこれでいきます)

 

 地面を這って進むなんて経験はほぼないので、身動きするにも練習が必要かもしれない。さらり、さらり、と一歩? ずつ? 動いた俺は改めてヴェルドラの前へ移動し、その巨体を見上げた。

 

(えーと、お騒がせしました)

(気にするな。我は話さえ出来れば良いのでな!)

(……)

 

 やっぱりヴェルドラ、怖くないよな……フレンドリーだし、親切だし。前世から持ってきた先入観を抜きにしても、これが世に恐れられている邪竜だとか言われても信じられないぞ……? 

 転生したと気付いた時には衝撃的どころじゃなかったけど、生まれたのがここで良かった。

 

 

 

 

 それから数日が経った、と思う。

 洞窟内なので昼夜の感覚が全くないし、リムルのスライムボディと同じで、この砂の身体には呼吸も食事も、睡眠も不要のようだ。たっぷりある時間を使ってヴェルドラと話をして、他には身体を動かす練習、身体を作るための砂集めを行い、飽きたらまたヴェルドラの前にさらりと座ってトークタイムというのんびりとした日々が続いていた。ヴェルドラともすっかり仲良くなっている。

 

(ヴェルドラ、砂を集めに行ってくるよ)

(一人で大丈夫か? この周辺であれば魔物はおらぬだろうが、あまり遠くへは行かぬようにな? 我の目の届く所までにしておくのだぞ?)

 

 仲良くなっているどころか、今やヴェルドラは完全に世話焼きオカンのようだった。もういっそ過保護竜ヴェルドラに改名すればいいんじゃないかなと思う。俺の立ち位置は一体どうなってるんだ……

 そりゃヴェルドラにしてみれば、目の前で発生した生まれたての奴が、ようやく起きて歩けるようになってちまちまと動き回って……ってこれ近所の赤ちゃんの成長を見守るような心境だ! 微笑ましい感じのヤツだ! だから俺に甘々なんだな、よくわかった。

 

 砂のボディを引き連れて岩肌を歩く。辺りの砂を『砂憑依』で自分の身体に加える作業にも慣れてきた。掃除用モップとそう変わらない存在という点については、考えないようにする。

 さらりと振り返ると、『無限牢獄』で動けないヴェルドラが岩の間からこっちを見ていた。俺に気付くとその頭が左右に揺れる。何だあの竜かわいい。

 

 さて、ここ最近の生活でヴェルドラ周りの地面はだいぶ綺麗にしてしまった。もう塵一つ落ちていない。この範囲からこれ以上砂を集めるのは無理だろうな、というのが結論だ。

 今俺はミカンが埋まるくらいの大きさの砂の塊だけど、出来ればもっと砂を集めて身体を大きくしたい。せめてスライムくらいの大きさにはなりたい。他の手段を考えなければ……

 俺はとある計画を実行するため、地面に転がる小石の一つにさらさらと纏わり付いた。

 と、そこで、俺のスキル? が久しぶりに新しいことを喋った。

 

《呟。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』が使用可能です》

 

 え、ユニークスキル? 俺も持ってたのか! 

 

(あの、その『渇望者(カワクモノ)』って、どういうスキル?)

 

 …………

 …………

 無視だった。何度話し掛けても、こいつから返事が来たことはない。

 この喋るスキル、何となく、俺のことをわかっていないように感じる。

 喋る時にも、呟、って言ってるし、俺に話し掛けているわけじゃないのでは? 本当にただただ状況を呟いてるだけで、それを俺が一方的に聞いているだけ……どうしてこうなった。リムルの『大賢者』はあんなにチートなのに……あれは主人公の特権なのか? 

 

 とにかく状況を分析してみる。

 今、俺は砂の身体を擦り付けて小石を削り、砂を採取出来ないか試していた。

 そこで俺の先生(暫定)が助言をくれた。使えるスキルは『渇望者(カワクモノ)』……石を乾かして、砂にすることが出来るとか? 

 やってみる価値はある。小石を砂で覆い隠し、『渇望者(カワクモノ)』を使用するイメージ……乾けーと念じていると、身体で覆っていた硬い石の感触が、ざあっと崩れるように無くなった。

 

《呟。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を使用、『風化』に成功しました》

 

 風化! なるほど! 石を風化させて砂にしたってことか! 

 生成された砂が小さじ一杯程度の量だとしても、岩肌から砂を集めるのとは比べ物にならないほどの効率の良さだ。そしてここで『砂憑依』をすれば──……! 

 

《呟。エクストラスキル『砂憑依』を使用、『融合』に成功しました》

 

 おおおお、出来た! 何だか嬉しい。探り探りだけど、少しずつ自分のことがわかってきたぞ。

 早速戻ってヴェルドラに報告しようかな! 

 

 

 




ステータス
名前:藤馬(トウマ) (イズミ)
種族:砂妖魔(サンドマン)
称号:なし
魔法:なし
ユニークスキル:『渇望者(カワクモノ)』『独白者(ツブヤクモノ)
エクストラスキル:『砂憑依』『砂操作』『魔力感知』
コモンスキル:『念話』
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効

砂妖魔(サンドマン)……自我も無き最低位ランクモンスター。魔素を帯びた砂が魔物化したものとされ、10~15cm程度の砂の集合体の姿で這い回る。乾燥地方に多く発生。固有スキルは『融合』。風雨に晒されたり踏まれたりするだけで砂が崩れ、魔素が抜けてただの砂に戻るほどのザコ。

※リムルは三話で登場します



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