転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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96話 誘拐、あるいは友好

 

 俺はリムルから、農作物の育成や収穫についての諸々を任されている。

 管理部門のリリナと一緒に進めている研究計画があることは周知の事実で、俺は畑の様子を見てくる、と言って執務館を出て来た。町外れの農地へ行くくらいなら護衛を付けなくてもうるさく言われることはないので……その帰り、ちょっと森に寄り道するのはよくあることだ。

 

 気配を消して町を抜け出した俺は、鬱蒼とした森の中に佇んでいた。

 意識を集中して『万能感知』を広げ、周囲を探る。

 

《告。捜索結果──異状なし。また、森の各地に放った『強化分身』からの情報共有を確認しました。魔国連邦(テンペスト):首都リムルを中心とした捜索範囲内に、異変は感知されませんでした》

 

 ヒナタ達との決戦はもう数週間後のはずだが、思い込みは危険だ。裏で魔国を狙っているだろう連中に気付いた日から、俺はこうして森の中に目を光らせている。町から離れたエリアには俺のステルス分身体が数体うろついており、共有された情報をウィズが随時チェックしていた。

 

 怪しい部隊や魔法装置の出現はない。前回と同じ作戦で来るかは微妙だが……魔国の警備班や樹妖精(ドライアド)達の協力もあるので、何か異変があれば見落とすことはないだろう。

 よし……今日はもう会議の予定もないし、町に顔を出して──

 

 

「よお、レトラ。久しぶりだな」

「え?」

 

 見たこともない美女だった。

 森を戻ろうと振り返った俺の後方に立っていたのは、一人の女性。

 い、いつの間に? 『万能感知』に集中しすぎた? 妖気や霊気が一切感じられないので、普通の人間みたいだけど……だから気付かなかったのか? 

 妙に露出の多い服装は一般人ではなさそうで、町に来る冒険者かなと思ったが心当たりがない。ていうか今、随分と親しげに俺を呼んだぞ……俺の知り合いにこんな人いたっけ……? 

 

 それにしても、凄まじいほどの美女だ。

 主張の激しい胸元に、折れそうにくびれた腰のライン。

 強い意志に煌めく瞳と、豊かに波打つ長い髪は、燃えるような…………

 

 …………赤色(ルージュ)? 

 

 弾き出された結論に、ザワッ、と全身が総毛立つ。

 

「────ギ」

「おっと」

 

 詰め寄って来た美女の片手が、ぱしっと俺の口を塞いだ。

 もう片方の手が肩に回り、俺を強引に森の奥へと引き摺り始める。

 

「こんな所に一人でいるってことは、暇だな? 暇だよな? ちょっと付き合えよ」

「……! ……!」

 

 華奢なはずの手を振り解けない。

 あと十歩も必要としないくらいの距離に、森には似合わない人工的な門が見えた。

 "転移門"の存在にいよいよ焦るが、まるでミリムに捕まっているかのような拘束力から抜け出せない。攻撃を加えるのは命取りでも、『境界侵食』の空間転移で──

 

「言っとくが、用があるのはお前だけだ。よく考えろよ?」

 

 甘く囁かれたのは脅迫だった。

 

 抵抗をやめた俺はアッサリと門の内側へ連れ込まれ、気付けばそこは城の玄関ホールのような美しい場所。ようやく拘束を解かれて、磨き込まれた床の上にズル……とへたり込む。

 傍らでは、例の美女がその姿を変化させつつあった。

 

 八星魔王(オクタグラム)の一人、"暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"──魔王ギィ・クリムゾン。原初の赤(ルージュ)だ。

 ああ、その姿だったらわかる……うっすらとした、抑え切れない強大な妖気の片鱗が。大方、妖気をゼロに調整するため、演算能力の高い女性型になってたってことだろう……

 男の姿となったギィは、蹲る俺を見下ろして、不敵に笑う。

 

「おい、固まってどうした? 状況は理解したか?」

「ゆ……」

 

 魔王からは逃げられない。そんなことくらいわかっている。

 ギィに逆らおうものなら、俺なんていつ捻り潰されてもおかしくないのだ。

 だったら、ここで俺がすべきことは──

 

「夕飯までには家に帰してください……!」

「余裕そうで安心したぜ」

 

 余裕じゃねーわ! 何で俺がギィに誘拐されてんだよ! 魔王間の不可侵条約どこ行った!? ……とは思うけど、その議論は今特に俺の身を守ってはくれない。

 考えた結果、俺が一人でいる時を狙ってきたギィにも事を荒立てたくない思惑があり、それなら今回の暴挙には目を瞑るので生きて魔国に帰してください、あと帰りが遅くなったら誘拐されたことがバレるので出来れば夕飯に間に合うようにお願いしますという交渉だった。

 

「話が早くて助かるな。まあ、オレも気を遣ってやったんだぜ? お前に手を出したら、ミリムやヴェルドラが黙ってねえって言うからな……別にオレは構わねぇが、お前はどうだ? 全面戦争したいか?」

「絶対に嫌です……」

 

 戦争が起きては困る。ギィ陣営との間にそんな争いは必要ない。

 覚醒魔王や"竜種"や原初の悪魔まで入り乱れてぶつかり合えば、間違いなく死人が出る……国が壊滅する……俺はそれを防ぎたいんだよ!

 

「家には帰してやるから、ここでのことは他言無用だ。それでいいな?」

 

 渋々了承すると、交渉成立だな、とギィは満足そうに笑った。

 これが悪魔との契約か。破ったら大変なことになりそうだ……俺への理不尽の割合が大きくて腹が立つが、ギィには食事会の時に助け船を出してもらった借りもある。これでチャラとしよう。

 

「御挨拶が遅れて申し訳ありません。御無沙汰しております、ギィ・クリムゾン様」

 

 目標が出来たら落ち着いたので、立ち上がって一礼しておく。

 ところで、さっきギィが俺の口を塞いでくれていなかったら、俺は思いっ切りギィを呼び捨てにしていたに違いない。こんな不意打ちでボロが出るのは嫌なので、助かった。

 

「俺にどのような御用でしょうか?」

「一応、お前は客のつもりで呼んだんだ。そう畏まらなくていいぜ」

「いえ。魔王の一柱であるギィ様に対して、そのような不敬は」

「オレが良いって言ってんだろ。堅苦しくしてねぇで普通に話せよ」

「え、でも…………」

 

 生きて帰れるんだったら、ギィにも迎合してみせる。

 そう決意はしたものの…………

 

「そんなことしたら、まるで俺達が仲良いみたいじゃないですか?」

「テメエ、それ遠慮じゃねぇな? オレに喧嘩売ってんだな?」

 

 願い下げです、と込めた意味合いは伝わったらしい。

 だって、人を脅して誘拐するような奴に好感が持てないのは仕方ないだろ……帰してもらえるまでは大人しくしておくけど、何でも言うこと聞くってわけじゃないからな! 

 

 そしてこれは俺の印象だが、恐らくギィは俺に危害を加える気はない。

 ギィはミリムとヴェルドラのことを口に出したが──どちらかと言うと、ミリムの存在がギィに大きなブレーキを掛けていると思うのだ。ギィは友達思いなので、ミリムの機嫌を損ねたくない。つまり、ミリムの親友である俺に手を出すつもりはないんだろう。ギィが案外心の広い奴だということは知っているし、悪態を吐くくらいはセーフだろうと判断してのことだ。

 

 とは言え、それで引き下がってくれるギィではなかった。

 恐ろしいほどの凄みを感じるギィの笑顔を、執務で鍛えた業務用の笑顔と口調で受け流す攻防戦を繰り広げた後、結局は様付けをやめて、ギィさんと呼ぶことで手を打ったのだった。チッ負けた。

 

 

 

 

 

 ここは永久凍土にあるギィの居城、"白氷宮"。

 俺はその美しい城の最上階にある、氷のテラスへ通された。

 

 おお、レオンも来たあの場所か──と『万能感知』で周囲を観察しながら、緑色の髪をしたメイドのミザリーに案内されて、俺はガラスの彫刻のような椅子に腰掛ける。氷で出来ているのに冷たくもなければ硬くもない、とても柔らかな座り心地だった。

 青髪のレインがカートを押してやって来て、クリームとフルーツで飾り付けられたパンケーキの皿と、シロップやジャムの入った小さな壷を並べ始める。お洒落なティーカップには熱い紅茶が注がれて、透き通る氷のテーブルの上が賑やかに整えられた。

 

「あの……ギィさん、俺は何のためにここに?」

「話でもしようと思ってな。まあ喰えよ、なかなかイケるぜ」

 

 すごく持て成されていることはわかるが、真意は読めない。

 ギィは早速自分のパンケーキに取り掛かっていて、じゃあ俺も御馳走になるか……

 

「あら、ギィ。お客様?」

 

 涼やかな声がして、一人の女性がテラスへ入って来た。

 ついミリムを思い出しそうになる顔立ちをした、その美女は──ヴェルザードさんだ。

 

「もしかして、貴方が噂の砂妖魔(サンドマン)?」

 

 綺麗な白い髪を靡かせ、近付いてきたヴェルザードさんが深海の瞳で俺を見る。

 魔王の根城で噂になる砂妖魔(サンドマン)なんて俺しかいないと思うけど……その噂とは、一体どこまでのことを言ってるんだろう。警戒は怠らず、席を立って挨拶をする。

 

「初めまして。レトラ=テンペストと申します」

「"白氷竜"ヴェルザードよ。"暴風竜"ヴェルドラの姉、と言った方がわかりやすいかしら?」

「ヴェルドラにはいつも本当に良くしてもらって……お姉さんのお話も、ヴェルドラからよく聞いていますよ」

「まあ、あの子が私のことを? 嬉しいわ」

 

 すいません、盛りました。「よく」ではないです。一、二回だけ。

 転生直後の三ヶ月間、封印中のヴェルドラと延々トークタイムをする中で、家族の話になったことがある。"竜種"の何たるかを得意気に語るヴェルドラが、自分以外の三体の"竜種"についても話してくれたのだ。まあ、お姉さん達にはあまり良い思い出がなかったようで、話はすぐに切り上げられてしまったが……俺がヴェルザードさんを知っていることに矛盾はなかった。

 

「ヴェルザード、お前もどうだ?」

「せっかくだけれど、結構よ。私もあまり暇ではないの」

 

 "白氷竜"の象徴するところはやはり氷……極寒の対応だ。

 完璧な美貌で微笑んで、ヴェルザードさんはテラスから出て行ってしまった。

 ヴェルザードさんはそこまで俺に関心がないみたいだな……そりゃ、ヴェルドラやミリムがものすごく俺に好意的にしてくれるからって、その親類縁者まで皆同じなわけがない──

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

「寒くはないかしら? このテラスはお客様のために快適な環境を保っているのだけど、もし寒かったら……あら、砂だから平気? それは何よりだわ、では失礼」

 

「このパンケーキはレインが作ったのよ。砂糖がたっぷり使われているし、色取り取りのフルーツが見た目にも華やかでしょう? お口に合う? まあ良かった、そう伝えておくわね」

 

「お城の周りは雪と氷ばかりだけど、結界の中には綺麗なビーチもあるのよ。後で案内して……え? あまり長居は出来ない? じゃあせめて、ゆっくりお茶を飲んで行ってね」

 

 あれからヴェルザードさんが五分おきに現れて、何かと俺の世話を焼いて行く……! 

 パタン、と再び扉が閉まった後で、俺はそっとギィに尋ねる。

 

「まさか俺を呼んだのって、ヴェルザードさんですか?」

「そういうわけじゃねぇが……魔王達の宴(ワルプルギス)での出来事を話してやってから、アイツはお前に興味津々だったぜ。封印されてた弟が復活して、子供までいるってんだからな」

 

 親子関係はバラされていたか……口止めしてないし、こうなるのは必然だ。

 じゃあ、もう一つの懸念の方は? 

 

「俺とヴェルドラのこと、ヴェルザードさんにどこまで話しました……?」

「ああ、伴侶ってヤツか? 眉唾だったしな、そこまでは言ってねぇよ。それを聞いたヴェルザードが話を確かめに強襲してきたら、お前達もたまったもんじゃねーだろ」

「お気遣いありがとうございます! 本当に!」

 

 気遣いの超人かよ……ギィってマジで良い奴だな……! 

 うっかり感動していると、扉の向こうからヒソヒソと聞こえてくる話し声。

 

「ミザリー、これにお茶が入っているのね?」

「はい、ヴェルザード様。このポットを持ち上げて、中身を零さないようカップに注ぐだけです」

 

 ま、またヴェルザードさんが来た……次は手ずからお茶を注いでくれるつもりらしい。

 そうすると、俺の行動も自然と決まってくる。俺はティーカップを持ち上げると、対面に座るギィへと視線を向けた。唇の端を引いて笑ったギィが、同じようにカップを取る。

 

 ゴクゴクゴク、と二人揃って紅茶を飲み干し、カップをソーサーに戻した直後、扉が開く。

 ティーカートを押すミザリーを連れ、ヴェルザードさんが優雅に現れた。

 

「ご機嫌よう。お茶のお代わりは如何かしら?」

「ちょうど今切れたところだぜ」

 

 微笑んだヴェルザードさんが、とても堂々とした手付きで俺達のカップに紅茶を注いでくれた。

 そしてまた二言三言会話してテラスを出て行こうとするので、これを永遠に繰り返すつもりかと慄いた俺は、いい加減にヴェルザードさんに声を掛ける。

 

「あの……もし良かったら、ヴェルザードさんも一緒にお話しませんか?」

「あら、いいの? でも私……」

 

 もう最初からずっと張り付き状態ですよヴェルザードさん……

 忙しいって言い訳、とっくに息してませんから……! 

 

 

 

 

 

 それから俺達は、場所を室内に移すことになった。

 パンケーキの食器類は下げられて、改めてヴェルザードさんの紅茶も用意されている。

 

「ああ可愛い、可愛いわ。ヴェルドラちゃんに子供が出来たってギィから聞いて、きっととっても可愛いんだろうって思っていたの……こんなに可愛い子がヴェルドラちゃんの子供だなんて、夢みたい」

「ううー……」

 

 ソファに並んで座ったヴェルザードさんが俺にぴったりと身を寄せ、俺の頭をかいぐりかいぐり撫で回しながらスリスリしてくる……

 初対面での距離感を完全に間違えてるコレ、覚えがあるぞ……ミリムみたいだ。俺の顔は竜種系に特効なの? って説が、また一つ真実味を帯びてしまったな。

 

「ヴェルドラちゃんって、昔からおイタが過ぎるところがあったでしょう? ヴェルドラちゃんの子供もヤンチャなのかしらって心配で……もしそうだったら、私が躾を手伝ってあげなくちゃって」

 

 精神生命体であるヴェルドラを物理的に消し飛ばし、人格リセットを繰り返したというあれか。俺もその危険に晒されてるとか嫌なんだけど……朗らかに笑うヴェルザードさん怖い! 

 

「でもそんな必要なかったわね。レトラちゃん、とっても良い子ですもの! 私の教育の賜物ね、ヴェルドラちゃんには私の愛情が届いていたんだわ」

 

 命拾いしたようだ。良い子で良かった。

 いつの間にか俺までちゃん付けされていることは、もうどうでもいいかなって思う。

 向かいのソファに腰掛けたギィは、面白そうに俺達を見守っているだけだったが……テラスから運ばれてきた紅茶を飲み終えた頃になって、ようやく口を挟んできた。

 

「ヴェルザード、そろそろいいか? オレはそいつに話があるんだがな」

「あら、ごめんなさい。私に構わずどうぞ? 邪魔はしないわ」

「まあいい……おいレトラ、お前よ、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を持ってるよな?」

「あ、ハイ」

 

 何も考えずに即答してしまった。

 俺に腕を絡ませてしな垂れかかってくるヴェルザードさんから、良い匂いがするなあと気を取られていたのは認めるけど……何このハニートラップ。卑怯じゃない? 

 しかし怪我の功名だった。あまりにもハッキリと『渇望者(カワクモノ)』の所有を認めてしまったことで、実はもう究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』に進化済み、などとはギィでも思わないだろう。

 

「ハッ、あっさり認めやがって。その様子じゃ、お前はアレが厄介なスキルとは知らねぇのか?」

「災厄のスキルだってことは知ってます……トレイニーさん……樹妖精(ドライアド)から聞いたくらいですけど……」

樹妖精(ドライアド)? そうか、奴らにしてみれば、森を砂にされちまうのは死活問題だからな」

「ギィさんは『渇望者(カワクモノ)』を知ってるんですか?」

「少しばかり縁があってな」

 

 ギィは空のカップを手に取ると、テーブルの上でそれを掲げる。

 途端、サラリ……とカップの形が崩れて流れ落ち、砂の山が出来上がった。これは……『風化』? 

 

(でもあれって、俺の砂とは違うよな?)

《解。個体名:ギィ・クリムゾンの『風化』には、還元効果が付随していませんでした。あれはユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』が本来持っていた、乾燥と破砕による物理属性の『風化』です。生成された砂状物質も、第一質料ではありません》

 

 対象物を、第一質料と構成情報に還元して取得する効果は、俺が『渇望者(カワクモノ)』を獲得したことで備わったものだと言う。そして俺はユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』を獲得し、第一質料に構成情報を付与して、破壊したものでも元に戻せるようになったわけで……過去の『渇望者(カワクモノ)』が行っていたのは、ただ一方的な破壊のみ。ギィはその権能をコピーしたことがあったのか。

 

「お前は『渇望者(カワクモノ)』を使いこなしてるようだな? 『風化』だけに留まらず、第一質料にまで変換してるようだが……その厄介者は、いつからそんなに大人しくなった?」

 

 ディアブロは俺の砂を第一質料だと看破していたし、ギィに見破られても不思議はないだろう。

 

「最初からです。危ない奴だなんて、しばらく知りませんでした」

「最初から……つーかよ、お前こそ何者なんだ?」

砂妖魔(サンドマン)ですけど」

「砂に自我はねぇ。お前みたいな砂妖魔(サンドマン)はいねーよ」

 

 俺と言う実例があるんだから証明終了していると思うけど……後でリムルもギィに話すことだし別にいいかと、俺が元人間の転生者であることをギィに伝える。珍しい例ではあるが、自我を保ったまま転生してきたということなら、ギィとしては納得出来なくもなかったようだ。

 

樹妖精(ドライアド)は『渇望者(カワクモノ)』を持つ俺を危険視していました……ギィさんもそうですか?」

 

 こっちからも質問してみる。今度はよりによってギィに目を付けられることになるのか……と思えば、ヴェルザードさんが俺の髪を編み込み始めたのを気にしている場合ではなくなった。

 

「『渇望者(カワクモノ)』ごとき、元々オレが気にするような脅威じゃねーんだよ。『風化』の発動条件が"接触"って時点で範囲が狭すぎる上に、知性も無く暴れるだけじゃ魔獣と同じだ。ほとんどの場合は、人間だけでも対処出来てたって聞くぜ。あの『飢餓者(ウエルモノ)』もそうだったろ?」

「…………」

「ただ、面倒な組み合わせってのはあるもんだ。オレが初めて『渇望者(カワクモノ)』を知った時、所有者はとある部族の法術師(ソーサラー)──それも、土系統魔法の使い手でな」

 

 ああ、それはマズイ。風化の砂に機動力を与えたら手が付けられなくなるだろうなとは、俺も時々思っていた。運悪くそういう能力を持った奴に宿った時、『渇望者(カワクモノ)』はその真価を発揮して、『風化』の砂嵐を巻き起こす災厄級のバケモンにクラスチェンジするということか……

 

「解き放たれた『渇望者(カワクモノ)』は人間共じゃ止められず、その時は国が丸ごとこの世から消えた。オレでも気付くほどの事態になったことで、オレが始末に出向いてやったのさ」

 

渇望者(カワクモノ)』の暴走は実際にあった話で、しかもギィに殺された? 

 それは、もしまた『渇望者(カワクモノ)』が同じような暴走を始めれば、ギィが殺しに来るということ──

 

「で、テメエは『砂操作』を持ってるよな?」

 

 はいはい、バレてるバレてる。俺、魔王達の宴(ワルプルギス)で『質料操作』を使ったからな……『先見之王(プロメテウス)』だけ隠せればいいと思って、他のスキルは遠慮しないで使ってた。っていうか、砂妖魔(サンドマン)が『砂操作』を持ってることなんて、どうせ隠し切れるもんじゃないと思うんだけど……? 

 

「あのな、普通はそんなことにならねーんだよ。エクストラスキル『砂操作』を持つのは、砂漠地帯の魔物の中でも中位種族以上の砂岩人形(サンドゴーレム)砂漠妖鷲(デザートイーグル)……そいつらにしたって、ユニークスキルを獲得出来るほどの意思はねぇんだ。それを下位種族の砂妖魔(サンドマン)が、『砂操作』だけならまだしも『渇望者(カワクモノ)』まで持ってんじゃねーよ。最悪としか言えねぇだろうが」

 

 俺もそう思います。ちなみに『旱魃之王(ヴリトラ)』の『万象衰滅』の発動条件は"捕捉"で、頑張れば接触無しでもいけるようになりました。とても言えない。

 

「これまで何度か葬ってやったが、いくら宿主を殺しても『渇望者(カワクモノ)』自体はくたばらねーし、ただ暴れさせとくよりはと使い道を考えてたんだが……こんな形で見掛けるとは思わなかったぜ」

「……『渇望者(カワクモノ)』が欲しいんですか?」

「くれんのか?」

「嫌ですよ、俺のですから」

 

 俺が生まれ持ったスキルだ。

 過去についてはどう捉えるべきか難しいが、今後のことは俺に全ての責任がある。

 

「だったらよ、お前ごとオレの所に来てもいいんだぜ?」

「いえ結構です……」

 

 立ち上がり、俺の隣に腰掛けてきたギィは、何故か再びゴージャスな美女に変貌していた。三人では少々狭いソファの上で、美女二人に挟まれる形となる。片方ギィなのが惜しい。

 何でまた女になってるんですか? と聞かずにはいられなかったのでそう問うと、「こっちの方が嬉しいだろ?」と、したり顔でギィは言う。少し沈黙して考えた俺は、ハッとした。

 

「まさか……! 俺のこと、男だと思ってます?」

「リムルの"弟"だって言ってなかったか?」

 

 やだ、ギィ常識人……好き……

 ギィがあまり性別に拘らないタイプということを差し引いても、この顔を持つ俺を男だと思ってくれる人は珍しい。さっきからちょくちょく、好感度が爆上がりなのズルイだろ! ギィの所には行かないけど! 

 

「まあ、せっかく落ち着いてるもんを刺激するような真似はしねーよ。だが、ソイツを持て余すようならオレの所に来な。オレが上手く飼ってやるぜ」

 

 ギィは俺の顎を掬い上げ、強引に俺と目を合わせながら言う。

 そのグラマラスな美人の姿で飼ってやるとか言われると、アヤシイ意味にしか聞こえないのでやめて欲しい……と思いながら再度お断りを口にする俺の視界が、ふっと何かに覆われた。

 ギィとは反対側に座るヴェルザードさんが、後ろから手を回して俺の目を隠したのだ。

 

「ギィ、イタズラは駄目よ? レトラちゃんが困っちゃうわ」

「何だヴェルザード。妬いたか?」

「ふふ、どうかしら」

 

 目を覆われて使えなくなるのは人間の視覚のみなので、からかうような笑みを浮かべるギィも、くすくすと笑いながら答えるヴェルザードさんも、見えることは見えるけど……何かこれ、俺を当て馬にしてイチャイチャし始めたようにしか見えないよね? 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺はこれで失礼します。今日はお招き頂き、ありがとうございました」

「夕食くらい用意させるぜ? 喰ってけよ」

 

 この"暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"、ちょっと俺にフレンドリー過ぎる。

 俺としては、今日のことはもう友好的に招待を受けたのだと認めてもいいが、無事に解放してくれる代わりにリムル達には黙っているという契約なので、そうもいかない。というか夕飯までに帰らないとバレるんだけど、ギィには隠す気あるんだろうか? 

 

「レトラちゃん、もう帰るの? 寂しいわ……」

「ま、また今度遊びに来ます……」

 

 玄関ホールに準備された転移門まで見送りに来てくれたヴェルザードさんの元気がなかったので、我ながら迂闊なことを口走る。笑顔になったヴェルザードさんに「次はヴェルドラちゃんと一緒に来てね」と無理難題を吹っ掛けられて、そうですね……と俺は曖昧に返すのだった。

 

 

 転移門を通り抜け、元いた地点に無事戻って来た。

 薄暗くなり始めた森は静かだ。夢か幻みたいな出来事だったな……と頭がぼんやりするが、ヴェルザードさんに編み込みにされたままの髪が、現実であることを証明している。髪を解くのが面倒で身体を丸ごと作り直した俺は、町へ向かって歩きながらウィズに問い掛けた。

 

(なあ……さっき俺、ギィに何されそうになった?)

《解。個体名:ヴェルザードの介入により未遂に終わりましたが、『解析鑑定』の可能性が高いと推測します。また、ユニークスキル『夢現者(マドロムモノ)』に微かな共鳴反応が見られたことから、『精神操作』に類する干渉が含まれていた可能性もありますが、影響は確認されていません》

 

 ギィはわざわざ演算能力の高い女性型に変身したんだから、何か目的があるんだろうとは思っていたが……覗かれる、と感じたのは間違いじゃなかった。

 ギィがやけに執着しているようだった『渇望者(カワクモノ)』の件だろうか? 俺の中にいるという『渇望者(カワクモノ)』を覗こうとしたとか、操ろうとしたとか……やっぱりギィは油断出来ない。

 

 しかし、今日は意外な所で『渇望者(カワクモノ)』の話が聞けたな。

 ということは、他にもギィのように長い時間を生きてきた人物なら……実際に『渇望者(カワクモノ)』を知っているかもしれない、ってことになるのか? 

 

 

 

 




※およそ一万字(すみません)
※来週から本筋に戻ると宣言したため、二話には分けられませんでした



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