シズさんに会えた。リムルの"運命の人"。
散歩に出たシズさんを二人で追い掛け、町を見下ろせる夕暮れの高台の上で話をした。
シズさんが戦時中の日本からこの世界へ召喚されたことや、俺やリムルが転生してきた経緯。リムルの『思念伝達』で戦後の日本の様子、復興した街の景色を伝えられ、シズさんは喜んだ。
カイジンが来て、リムルは仕事の話のために行ってしまい、俺とシズさんが残される。
具合が悪そうだったシズさんを少し休ませてから戻ろうと、俺は草の上に座り込んだシズさんの隣に佇む。まあ砂スライム一匹くらい、ここにいても邪魔にはならないと思う。
「綺麗な砂のスライムさん」
横から伸びてきた手が俺を撫でた。
「あのスライムさんとは、ずっと一緒にいるの?」
「うん。転生してきた洞窟で会って、リムルに外に連れて行ってもらったんだ」
「じゃあ寂しくなかったね。羨ましいな」
「……」
母親と死に別れてこの世界に召喚されて、大事な人を炎で焼いてしまって。出会えた勇者に、信頼していた人に理由もわからず置いていかれて、離れ離れになって。
シズさんはそんなことまで俺達に話さなかったけど、俺はもうそれを知ってしまっている。
何も言えなかった。シズさんは寂しくて、ずっと一人で苦しんできたのに、俺は。
「優しいね……ありがとう。君が私のような思いをしていなくて良かった」
俺を撫でる手は穏やかで、優しいのはシズさんの方だ。
呪いを伴う人生は長過ぎて、いっそ全てを憎んでしまえたら楽だったのかもしれないが、この世界にも幸せな記憶があって大切な人達がいて、シズさんはそうすることを望まなかった。かと言って運命だと受け入れてしまえるほどにも割り切れず、大きな葛藤を抱えて生きなければならなかった人。
「俺は……シズさんに会えて嬉しいよ。この町に来てくれてありがとう」
「私も、会えて嬉しい。君みたいな子がたくさん、あの綺麗な景色の中で育ってきたんだね……」
望郷のような、手の届かない故郷を思う寂しそうな目。
どうしてこんなに不公平なんだろう。シズさんは何も悪いことをしていないのに。
「おーい! シズさーん!」
エレンが手を振りながらやって来た。カバルとギドの姿もある。
リムルが町の見学をしていいと言っていたけど、シズさんを探しに来たようだ。
「こんな所にいたんだな。おー、すげぇ見晴らしいいな」
「しかし、魔物が町を作ってるとは驚きやしたよねえ」
「リムルさんがねぇ、夕御飯もごちそうしてくれるって! 行きましょうシズさん、レトラさんも!」
シズさんが頷いて、俺を抱えて立ち上がる。
エレンは、わーすべすべと言いながら俺の砂ボディを撫でてきて、つられたカバルやギドにも俺はペタペタ撫でられた。魔物の俺達をもう一切警戒していないのが、大物というか何というか……
「シズさん。楽しい仲間達だね」
「ええ。本当にいい子達……」
こうして旅の仲間や俺達と出会えたことが、少しでもシズさんの救いになればいい。
この世界を嫌うシズさんを悲しいと思ってしまうのは、俺の身勝手でしかないんだろうけど。
◇
翌日俺は、レトラ、リグルド、リグルと共に、冒険者達の見送りのため町外れにいた。準備を終えたカバルとギドはもう来ているが、女性陣の到着がまだだった。
三人組は元来た町へ調査報告に戻り、シズさんは自分の召喚主を探す旅を続けるらしい。
「お待たせ!」
「ったく、遅せぇぞエレン。シズさんもよ」
エレンの元気な声に、カバルが肩を竦める。
後ろから仮面姿で歩いて来たシズさんが、ごめんなさいと笑みを含んだ声を上げ──そして異変が起こった。苦しげに呻いて身体を折ったシズさんの仮面に亀裂が走り、絶叫が響く。
迸る魔力と共に炎が立ち昇り、シズさんを巻き込んで巨大な火柱となる。吹き荒れる魔力の嵐で天候さえ狂い出したと言うのか、辺りが薄闇に包まれた。
「な……何だありゃ! シズさん、どうしちまったんだ!?」
「待てよ、シズ、シズエ……? まさか……"爆炎の支配者"、シズエ・イザワでやんすか!?」
「そ、それって、五十年くらい前に活躍したギルドの英雄……最強の
なるほど、シズさんはその英雄本人なのだろう。
そして恐らくこれが、シズさんの言っていた"呪い"なのだ。
リグルドとリグルに皆を避難させるよう命令し、ランガを影の中に待機させる。
シズさんの身体が宙に浮き上がり、仮面が落ちる。無感動に光る瞳から零れた涙が、高熱によって蒸発した。吹き上がる炎が途切れた時、そこにシズさんの姿はなく、出現したのは炎の巨人。
「炎の上位精霊、イフリート……」
「あんなの、どうやっても勝てないんですけどぉ……!」
「短い人生だったでやんすねぇ……」
言いながらも三人組はそれぞれ剣や杖を構え、逃げ出す気配はない。
さっさと逃げろと忠告したが、元からそのつもりはないようだ。
「逃げるなんて、そんなわけにいくかよ!」
「俺達の仲間でやんす!」
「放っとけないわよぅ……!」
こいつら……
不覚にもじんと来た。シズさん、あんたは仲間に恵まれてるな。
『レトラ、お前は逃げとけよ!』
『この状況で俺だけ逃げろとか、そういうダサイのやめてくんないかな!?』
『ああわかってるよ、残るなら気を付けろよな!』
どうせお前も逃げないと思ってたよ! 言ってみただけだ。
レトラからのキレ気味の思念に返答し、俺は上空のイフリートへ向き直る。
「おい! お前の目的は何だ!?」
話し合いの余地を確認するも、相手は無言。それどころか洒落では済まない規模の火炎球を次々と発生させ、攻撃してくる。シズさんが心配だが、イフリートにダメージを与えて無力化するしかなさそうだ。
ランガの背に乗り、回避に専念しながら隙を窺うも、『水刃』では相手に届く前に蒸発してしまうし……水蒸気爆発なんて論外だ。
空中に現れた三体の炎の精霊、
カバルが前衛で炎を防ぐ障壁を張り、エレンが後方から魔法攻撃。ギドは襲撃に備えて短剣を構えていて、連携の取れたパーティーだと感心する。
エレンの魔法、"
閃いた俺はその氷魔法を『捕食』し、解析と習得に成功した。早速使用した魔法は何故だか格段に威力が上がり、"
◇
シズさんがイフリートを制御しきれなくなり、人格の主導権を奪われた。シズさんを取り込んで現れた
イフリートの討伐はリムルに任せておけばいい。俺には俺でやることがある。
エレンの"
「あぢぢぢ! 複数攻撃は卑怯だぞ……!」
「ちょっとぉ、しっかりしてよカバル!」
膨れ上がった炎がバリアの耐久を上回りそうだ。そうはさせない。放出した砂を操作し、三人を援護するように横から炎にぶつける。
『
《呟。ユニークスキル『
え、この状態で? ってことはもしかして…………
『
《呟。ユニークスキル『
出来た! 砂の身体で接触するだけじゃなくて、俺の魔素を込めて砂を操る『砂操作』と併用することでも『風化』が可能だったとは。というか、相手が炎だろうと俺の『風化』は適用されるらしい……何だかちょっと違和感あるな? これって本当に『風化』なのか?
「あ、ありがとうレトラさん!」
「気を付けて!」
俺の疑問はともかく、エレン達が態勢を立て直す。
ここに残った俺の目的は、三人組を守ること。三人に何かあれば、シズさんに昔の絶望を思い出させることになる。俺がいてもいなくても起こることは変わらないんだろうけど、俺なりのケジメだった。
俺はこの世界が好きだ。でもシズさんはそうじゃない。
だけど、転生してきたその場でヴェルドラに会い、リムルに会い……こんなにも恵まれている俺が、ずっと苦しみながら生きてきたシズさんに一体何を言えるんだ?
せめてこれ以上、シズさんに傷付いて欲しくなかった。
リムルの唱えた"
残った一匹の身体が光を発し、魔力反応が増大する。
「まずいぞ! こいつ自爆を……」
「危ないでやんす!」
防いでみせる……!
砂の壁を作り出し爆発に備える俺の『魔力感知』が、嫌な反応を捉えた。
自爆エネルギーを増幅させるサラマンダーの更に上空、分裂したイフリートのうちの一体が俺達を見下ろし、燃え盛る火炎球を片手に浮かび上がらせていた。
俺がその危険を察知すると同時に、放たれる炎の塊。
イフリートの火炎がサラマンダーの自爆と合体し、大爆発が起こる。
咄嗟に出した砂の量で対抗し、多少は影響を『風化』で相殺出来たはず。だけど凄まじい高熱と衝撃に砂の壁を掻き消され、俺は三人組もろとも吹き飛ばされていた。
砂の俺は、爆風で飛んで地面に叩き付けられただけじゃダメージは無い。しかし三人はそういうわけにはいかなかった。火傷を負って倒れ、動けなくなったカバル達。
ああ、くそ、俺は……
『レトラ、無事か!?』
リムルから『思念伝達』が届いた。
イフリート達に"
『俺は何ともない……でも……』
『ランガに三人を乗せて下がれ! 手当てを頼む!』
『……わかった!』
足を引っ張ってはいられない。早く三人をここから遠ざけてやらなければ。
駆け付けたランガの背中に砂を操って三人を乗せ、『粘糸』で固定する。風のように走り出したランガが高台へ辿り着くと、避難していたリグルド達に出迎えられた。
「レトラ様! お怪我は……!?」
「俺は平気だ。リグル、リムルのポーションはある?」
「はっ。万が一のために、備えを持って参りました」
「それで三人の手当てをしてくれ」
ゴブリン達が丁寧にカバル達を草地に降ろし、処置をしてくれる。
眼下に開けた町の建設予定地に発生した、天を衝くほどの巨大な火柱。あれは、イフリートの"
「我が主……」
「大丈夫だよ、ランガ。リムルは強いから」
ランガのふかふかの毛に埋まるように身を寄せる。
そうだ、大丈夫だ。リムルは強い。
でも、俺は。
※レトラ独自のスキル効果まとめ
ユニークスキル『
ユニークスキル『
ユニークスキル『
エクストラスキル『砂憑依』……融合、分離