転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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11話 シズ

 シズさんに会えた。リムルの"運命の人"。

 散歩に出たシズさんを二人で追い掛け、町を見下ろせる夕暮れの高台の上で話をした。

 シズさんが戦時中の日本からこの世界へ召喚されたことや、俺やリムルが転生してきた経緯。リムルの『思念伝達』で戦後の日本の様子、復興した街の景色を伝えられ、シズさんは喜んだ。

 

 カイジンが来て、リムルは仕事の話のために行ってしまい、俺とシズさんが残される。

 具合が悪そうだったシズさんを少し休ませてから戻ろうと、俺は草の上に座り込んだシズさんの隣に佇む。まあ砂スライム一匹くらい、ここにいても邪魔にはならないと思う。

 

「綺麗な砂のスライムさん」

 

 横から伸びてきた手が俺を撫でた。

 

「あのスライムさんとは、ずっと一緒にいるの?」

「うん。転生してきた洞窟で会って、リムルに外に連れて行ってもらったんだ」

「じゃあ寂しくなかったね。羨ましいな」

「……」

 

 母親と死に別れてこの世界に召喚されて、大事な人を炎で焼いてしまって。出会えた勇者に、信頼していた人に理由もわからず置いていかれて、離れ離れになって。

 シズさんはそんなことまで俺達に話さなかったけど、俺はもうそれを知ってしまっている。

 何も言えなかった。シズさんは寂しくて、ずっと一人で苦しんできたのに、俺は。

 

「優しいね……ありがとう。君が私のような思いをしていなくて良かった」

 

 俺を撫でる手は穏やかで、優しいのはシズさんの方だ。

 呪いを伴う人生は長過ぎて、いっそ全てを憎んでしまえたら楽だったのかもしれないが、この世界にも幸せな記憶があって大切な人達がいて、シズさんはそうすることを望まなかった。かと言って運命だと受け入れてしまえるほどにも割り切れず、大きな葛藤を抱えて生きなければならなかった人。

 

「俺は……シズさんに会えて嬉しいよ。この町に来てくれてありがとう」

「私も、会えて嬉しい。君みたいな子がたくさん、あの綺麗な景色の中で育ってきたんだね……」

 

 望郷のような、手の届かない故郷を思う寂しそうな目。

 どうしてこんなに不公平なんだろう。シズさんは何も悪いことをしていないのに。

 

「おーい! シズさーん!」

 

 エレンが手を振りながらやって来た。カバルとギドの姿もある。

 リムルが町の見学をしていいと言っていたけど、シズさんを探しに来たようだ。

 

「こんな所にいたんだな。おー、すげぇ見晴らしいいな」

「しかし、魔物が町を作ってるとは驚きやしたよねえ」

「リムルさんがねぇ、夕御飯もごちそうしてくれるって! 行きましょうシズさん、レトラさんも!」

 

 シズさんが頷いて、俺を抱えて立ち上がる。

 エレンは、わーすべすべと言いながら俺の砂ボディを撫でてきて、つられたカバルやギドにも俺はペタペタ撫でられた。魔物の俺達をもう一切警戒していないのが、大物というか何というか……

 

「シズさん。楽しい仲間達だね」

「ええ。本当にいい子達……」

 

 こうして旅の仲間や俺達と出会えたことが、少しでもシズさんの救いになればいい。

 この世界を嫌うシズさんを悲しいと思ってしまうのは、俺の身勝手でしかないんだろうけど。

 

 

   ◇

 

 

 翌日俺は、レトラ、リグルド、リグルと共に、冒険者達の見送りのため町外れにいた。準備を終えたカバルとギドはもう来ているが、女性陣の到着がまだだった。

 三人組は元来た町へ調査報告に戻り、シズさんは自分の召喚主を探す旅を続けるらしい。

 

「お待たせ!」

「ったく、遅せぇぞエレン。シズさんもよ」

 

 エレンの元気な声に、カバルが肩を竦める。

 後ろから仮面姿で歩いて来たシズさんが、ごめんなさいと笑みを含んだ声を上げ──そして異変が起こった。苦しげに呻いて身体を折ったシズさんの仮面に亀裂が走り、絶叫が響く。

 迸る魔力と共に炎が立ち昇り、シズさんを巻き込んで巨大な火柱となる。吹き荒れる魔力の嵐で天候さえ狂い出したと言うのか、辺りが薄闇に包まれた。

 

「な……何だありゃ! シズさん、どうしちまったんだ!?」

「待てよ、シズ、シズエ……? まさか……"爆炎の支配者"、シズエ・イザワでやんすか!?」

「そ、それって、五十年くらい前に活躍したギルドの英雄……最強の精霊使役者(エレメンタラー)の……!?」

 

 なるほど、シズさんはその英雄本人なのだろう。

 そして恐らくこれが、シズさんの言っていた"呪い"なのだ。

 リグルドとリグルに皆を避難させるよう命令し、ランガを影の中に待機させる。

 シズさんの身体が宙に浮き上がり、仮面が落ちる。無感動に光る瞳から零れた涙が、高熱によって蒸発した。吹き上がる炎が途切れた時、そこにシズさんの姿はなく、出現したのは炎の巨人。

 

「炎の上位精霊、イフリート……」

「あんなの、どうやっても勝てないんですけどぉ……!」

「短い人生だったでやんすねぇ……」

 

 言いながらも三人組はそれぞれ剣や杖を構え、逃げ出す気配はない。

 さっさと逃げろと忠告したが、元からそのつもりはないようだ。

 

「逃げるなんて、そんなわけにいくかよ!」

「俺達の仲間でやんす!」

「放っとけないわよぅ……!」

 

 こいつら……

 不覚にもじんと来た。シズさん、あんたは仲間に恵まれてるな。

 

『レトラ、お前は逃げとけよ!』

『この状況で俺だけ逃げろとか、そういうダサイのやめてくんないかな!?』

『ああわかってるよ、残るなら気を付けろよな!』

 

 どうせお前も逃げないと思ってたよ! 言ってみただけだ。

 レトラからのキレ気味の思念に返答し、俺は上空のイフリートへ向き直る。

 

「おい! お前の目的は何だ!?」

 

 話し合いの余地を確認するも、相手は無言。それどころか洒落では済まない規模の火炎球を次々と発生させ、攻撃してくる。シズさんが心配だが、イフリートにダメージを与えて無力化するしかなさそうだ。

 ランガの背に乗り、回避に専念しながら隙を窺うも、『水刃』では相手に届く前に蒸発してしまうし……水蒸気爆発なんて論外だ。

 

 空中に現れた三体の炎の精霊、火炎蜥蜴(サラマンダー)には三人組が対峙していた。

 カバルが前衛で炎を防ぐ障壁を張り、エレンが後方から魔法攻撃。ギドは襲撃に備えて短剣を構えていて、連携の取れたパーティーだと感心する。

 エレンの魔法、"水氷大魔槍(アイシクルランス)"は、サラマンダーに効果があるようだ。

 閃いた俺はその氷魔法を『捕食』し、解析と習得に成功した。早速使用した魔法は何故だか格段に威力が上がり、"水氷大魔散弾(アイシクルショット)"となっていたが……これで、俺も戦える。

 

 

   ◇

 

 

 シズさんがイフリートを制御しきれなくなり、人格の主導権を奪われた。シズさんを取り込んで現れた炎の巨人(イフリート)から俺達へと向けられるのは、強い敵意。

 イフリートの討伐はリムルに任せておけばいい。俺には俺でやることがある。

 

 エレンの"水氷大魔槍(アイシクルランス)"がサラマンダーを貫く。反撃とばかりに吐き出された炎がカバルの魔法障壁に防がれると、サラマンダー達は連続で炎のブレスを吹き出し始める。

 

「あぢぢぢ! 複数攻撃は卑怯だぞ……!」

「ちょっとぉ、しっかりしてよカバル!」

 

 膨れ上がった炎がバリアの耐久を上回りそうだ。そうはさせない。放出した砂を操作し、三人を援護するように横から炎にぶつける。

独白者(ツブヤクモノ)』の声がした。

 

《呟。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』が使用可能です》

 

 え、この状態で? ってことはもしかして…………

渇望者(カワクモノ)』の発動を念じると──砂に遮られた炎が、行き場を無くしたかのように消失する。

 

《呟。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を使用、『風化』及び『吸収』に成功しました》

 

 出来た! 砂の身体で接触するだけじゃなくて、俺の魔素を込めて砂を操る『砂操作』と併用することでも『風化』が可能だったとは。というか、相手が炎だろうと俺の『風化』は適用されるらしい……何だかちょっと違和感あるな? これって本当に『風化』なのか? 

 

「あ、ありがとうレトラさん!」

「気を付けて!」

 

 俺の疑問はともかく、エレン達が態勢を立て直す。

 ここに残った俺の目的は、三人組を守ること。三人に何かあれば、シズさんに昔の絶望を思い出させることになる。俺がいてもいなくても起こることは変わらないんだろうけど、俺なりのケジメだった。

 

 俺はこの世界が好きだ。でもシズさんはそうじゃない。

 だけど、転生してきたその場でヴェルドラに会い、リムルに会い……こんなにも恵まれている俺が、ずっと苦しみながら生きてきたシズさんに一体何を言えるんだ? 

 せめてこれ以上、シズさんに傷付いて欲しくなかった。

 

 リムルの唱えた"水氷大魔散弾(アイシクルショット)"がサラマンダーの二匹を消滅させた。

 残った一匹の身体が光を発し、魔力反応が増大する。

 

「まずいぞ! こいつ自爆を……」

「危ないでやんす!」

 

 防いでみせる……! 

 砂の壁を作り出し爆発に備える俺の『魔力感知』が、嫌な反応を捉えた。

 自爆エネルギーを増幅させるサラマンダーの更に上空、分裂したイフリートのうちの一体が俺達を見下ろし、燃え盛る火炎球を片手に浮かび上がらせていた。

 俺がその危険を察知すると同時に、放たれる炎の塊。

 

 イフリートの火炎がサラマンダーの自爆と合体し、大爆発が起こる。

 咄嗟に出した砂の量で対抗し、多少は影響を『風化』で相殺出来たはず。だけど凄まじい高熱と衝撃に砂の壁を掻き消され、俺は三人組もろとも吹き飛ばされていた。

 砂の俺は、爆風で飛んで地面に叩き付けられただけじゃダメージは無い。しかし三人はそういうわけにはいかなかった。火傷を負って倒れ、動けなくなったカバル達。

 ああ、くそ、俺は……

 

『レトラ、無事か!?』

 

 リムルから『思念伝達』が届いた。

 イフリート達に"水氷大魔散弾(アイシクルショット)"を撃ち込み、自分に引き付けてくれている。

 

『俺は何ともない……でも……』

『ランガに三人を乗せて下がれ! 手当てを頼む!』

『……わかった!』

 

 足を引っ張ってはいられない。早く三人をここから遠ざけてやらなければ。

 駆け付けたランガの背中に砂を操って三人を乗せ、『粘糸』で固定する。風のように走り出したランガが高台へ辿り着くと、避難していたリグルド達に出迎えられた。

 

「レトラ様! お怪我は……!?」

「俺は平気だ。リグル、リムルのポーションはある?」

「はっ。万が一のために、備えを持って参りました」

「それで三人の手当てをしてくれ」

 

 ゴブリン達が丁寧にカバル達を草地に降ろし、処置をしてくれる。

 眼下に開けた町の建設予定地に発生した、天を衝くほどの巨大な火柱。あれは、イフリートの"炎化爆獄陣(フレアサークル)"……その場の皆がリムルを心配してざわめき出す。

 

「我が主……」

「大丈夫だよ、ランガ。リムルは強いから」

 

 ランガのふかふかの毛に埋まるように身を寄せる。

 そうだ、大丈夫だ。リムルは強い。

 でも、俺は。

 

 

 




※レトラ独自のスキル効果まとめ
ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』……風化、吸収、放出
ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』……砂操作、造形再現、変質化
ユニークスキル『独白者(ツブヤクモノ)』……???
エクストラスキル『砂憑依』……融合、分離



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