97話 会議~魔国連邦
今日はおよそ一ヶ月ぶりとなる、幹部全員が揃っての会議の日だ。
ユーラザニア跡地で町の建設に携わるゲルドは昨日のうちに帰ってきて、リムルと一晩飲み明かしたそうだ。仕事の愚痴を吐き出させてやってフォローするとなると、前世で社会人経験のない俺よりも、リムルの方がゲルドの力になってやれるだろう。
ならばと俺はハクロウの迎えを申し出た。ハクロウのいるクレイマン城の位置情報は、緻密な調査報告で最新のものがデータベース上にあるので空間転移は簡単なのだ。
久しぶりに会えたことでテンション高めに纏わり付く俺の頭を、ハクロウが笑って撫でる。
「ほっほっ、レトラ様。ワシの居らぬ間に、剣の腕は鈍ってはいませんかな?」
「稽古はリムルとやってたよ。でも、ハクロウに絞られないと修行した気がしないなって思ってた!」
「……これはこれは。ではレトラ様の御期待に添えるよう、ワシも張り切るとしましょうぞ」
あ、俺死んだな……と悟ってしまったがまあいい、頑張る。
ハクロウからは他に、クレイマンの支配地にはエルフの古代王国の遺跡が存在するという報告を受けたが、対応についてはリムルと考えるので内密にと伝え、俺はデータベースを更新しておくのだった。
「えー、皆さん。既に御承知の方もおられるでしょうが、この度私は、魔王に就任致しました!」
スライム専用椅子の上でリムルがそう宣言すると、会議室に集まった幹部達が一斉に沸く。おめでとうございます、よくぞここまで……と感無量の皆と一緒に、俺やヴェルドラも拍手してリムルを祝福する。
そしてリムルは、
己の支配領域が、ジュラの大森林
「……ん? どうした皆?」
打って変わって、室内が緊張感に包まれる。
リムルはジュラの森の盟主という立場だったが、それはトレイニーさん達の影響下にあった……森を流れるアメルド大河よりもこちら側のみでの話だ。それが全域となれば、川の向こう側も含まれる。
これまで川の向こう側は誰に許可を取る必要もなく、資源の採取も暗黙のうちに見逃されていたような無法地帯だったが、今後その権利の全ては魔王リムルのものとなったのだ。
元から森に住んでいた者達であっても、リムルの許可を得る必要があり──
「え、じゃあ……これから大勢、俺に会いに来るってことか……?」
「もちろんです。リムル様が正式な魔王となられた今、挨拶に来ない者は叛意ありと受け取られてしまうことになりますから」
シュナが微笑んでそう答える。
中には新たな魔王に反感を抱く者もいるかもしれないが、ベニマルなどは、逆らう者は滅ぼしますよという結論に着地したようで……落ち着け。いや、落ち着いてそれなのか。
とにかく、森の各地から続々とお客さんがやって来ることは確定。
面倒臭いな……という顔をしたリムル(スライム)は、お祭りの提案をした。町で盛大な祭りを開き、まとめて挨拶に来てもらって一度で済ませる。そのついでに町のこともお披露目し、新たな住民獲得を狙う。そして何より、ずっと緊張の連続だった俺達の息抜きにもなるだろ、と。
リムルの閃きは、満場一致で可決となった。
各国の首脳達も招待し、催し物を企画して……と、お祭り好きな皆から様々な意見が出る。
俺も待ってた、テンペスト開国祭! 俺が考え無しに貯め込みまくった資金をパーッと使える時が来た……!
そのために魔国を危機に晒したことは忘れていない、近いうちにもう一度それが起こる可能性が高いことも。でも、それを何とか出来れば…………その時は俺も、皆と一緒に祭りを楽しめるはずなのだ。
「さて、浮かれてばかりいられないな。祭りのことは後で細かく検討するとして、まずは当面の問題からだ。ディアブロ、ファルムス攻略の進捗はどうなってる?」
場を仕切り直し、リムルが真面目な声で言う。
リムルの背後に控えていたディアブロが、はい……と静かに進み出た。
その様子は、いつも余裕と自信に溢れているディアブロの態度とは明らかに違っていて、異変を感じ取った俺達は黙ってディアブロの報告を聞く。
「御報告申し上げます……予定通り、新王エドワルドが兵力を集め始めました。内乱が起こるのは時間の問題でしょう。新王側に動きがあれば、ニドル領に滞在するヨウム殿がいつでもエドマリスを匿うことの出来るよう、準備は万全です」
「そうか……」
重々しく呟いたリムルが、ディアブロの報告内容を吟味する間をしばらく取って。
「…………あれ? 順調なのか?」
「はい、計画通りに進んでおります」
「えっと……じゃあ、メッセージを持たせて教会本部へ帰したレイヒムはどうなった?」
リムルに問われ、ディアブロは、クッと何かを堪えるような顔をする。
その反応……まさか、やっぱりレイヒムは暗殺され…………?
「ルベリオスのレイヒムから近日中にファルムス王国へ向けて出発する旨の魔法通信が入ったと、ラーゼンより連絡がありました。待機させている
あ、レイヒム戻って来られるんだ。すごいな。
ここが前世の知識と少し違うところだが、リムルとディアブロは、レイヒム暗殺の罪を魔国になすり付けられる事態を阻止するべく動いている。その囮となってくれているのがディアブロだ。
ディアブロがレイヒムに命じて聖教会へ報告させたのは、新王エドワルドがファルムス王国で暗躍する
ユニークスキル『
「メッセージの返事があるかどうかも、それからってことか。予定通りっちゃ予定通りだが……じゃあディアブロ、お前はどうしたんだよ?」
「え?」
「いや、やけに元気ないから、問題でもあったのかと思って……」
「も、申し訳ありません……! リムル様につまらぬ御心配をお掛けしてしまいましたこと、どうお詫びして良いか……こ、これは私個人の問題ですので、どうかお気になさらず……!」
リムルの指摘に、ディアブロは狼狽して頭を下げる。
見るからに消沈した様子だったことに、自分で気付いていなかったようだ。
って、今ふと思ったんだけど…………
ディアブロの元気がないのは、まさか、俺の所為ってことは…………?
一ヶ月ほど前の出来事を思い出し、心に冷や汗が流れた。
ファルムス王国のディアブロをこっそり訪ねて行った時、喧嘩別れ……してないけど……アレをまだ引き摺ってるとか言わないよな? レイヒムの話題になって歯噛みしたのも、ディアブロはレイヒムが俺を怒らせたことを自分の失態だと気にしていたから、それを思い出してとか?
いや俺は、ホラ、あの呼び方をするなら口利かないって言ったんだぞ……呼ばなければいつも通りって意味なんだけど!? 伝わってなかった!? 嘘だろ、そのまま一ヶ月……!?
ディアブロは否定するが、その態度がおかしいのは明らかで、皆もザワザワとしていた。
いつもディアブロに対抗心を燃やしているシオンが、厳しく声を張る。
「リムル様とレトラ様の御前で、どういうつもりだディアブロ! そう情けない顔をしていては作戦にも支障が出るだろう、先輩として私が代わりに指揮を執った方が良さそうだな!?」
「ディアブロ殿、シオンは貴方を心配してこう言っているのです。私達は同じ主君に御仕えする身なのですから、何事も一人で抱え込む必要はないのですよ」
「シュナ様! 私は別に……」
シオンのそれは、ディアブロへの叱咤激励だったということだ。気恥かしさを誤魔化そうと言い訳するシオンを、シュナがフフフ……と優しく見守っている。
めっちゃ良い話なんだけど、今一番犯人の可能性が高い俺としては気が気でない。
「あ、あのー……ディアブロ……」
声を掛けると、今日初めて──いや、あの時ぶりにディアブロと目が合った。
遠慮がちに俺を向いた目には、微かに怯えたような感情が見え…………乙女かな? って反応には何も言うまい。とにかくこれでわかった、犯人は俺だ。マジかよ……ごめんディアブロ……!
「も、もしかしてだけど、何か上手く行かないことがあったなら、これから挽回すれば良いと思うよ! ディアブロなら次からちゃんとやれるだろうし……作戦の方もここまで手を抜かずに取り組んでくれてるだろ? 俺はディアブロに期待してるし、応援してるから、それは忘れないで欲しい!」
今の俺に言える精一杯だった。
俺だけ熱弁するのも不自然なので、ついでにリムルを巻き込んでおく。
「だよな、リムル!」
「え、ああ……ディアブロ、何があったかは知らないが無理だけはするなよ? お前が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど、俺も皆も愚痴くらい聞いてやるからさ。ファルムス王国の攻略はお前を見込んで託した任務だ、この後もしっかり頼むぞ」
「リムル様……レトラ様…………」
リムルにまでそう言われては、ディアブロに効果がないわけがない。
初めは戸惑いの表情だったディアブロも、激励を受けるにつれてその顔からは徐々に迷いが消え──最後には吹っ切れた様子で笑みを浮かべながら、最敬礼の形を取った。
「お見苦しい所をお見せしてしまい、真に申し訳ありません。最早何人の邪魔も許さず、持てる全てを尽くしてファルムスを滅亡させ、御二方に献上することを御約束致します……!」
その言い方だと、俺達が他国を滅ぼしたがってる悪役みたいなんですが……
まあファルムスには戦争責任を取ってもらうつもりで、俺達は動いている。現在の支配層を追放または掌握し、ヨウムを王とする新国家として生まれ変わらせるのだから、ファルムス王国が滅亡するのは避けられない事態なのだ。ディアブロが立ち直ったので、リムルも俺も細かいことは気にしない。
後でちゃんと謝るから、今の所はこれで許して。
「しかし、聖教会はどう動くつもりなんだろうな? ファルムスを落とされるのを防ごうとしてくるのは想定内だが、俺達と対立する気があるのかどうか……」
「俺としては、ここで雌雄を決しておきたいところですがね」
「リムル様が魔王となり、ヴェルドラ様もいる今、向こうから仕掛けてくることは考えにくいでしょう」
プルプルするリムル(恐らく首を捻ったんだろう)に、ベニマルやソウエイが発言する。
ディアブロも意見を述べる。
「ファルムスとの和睦協議が成立したことで、我が国は実質的に国家として認められたことになります。聖教会と言えども、下手に動けば各国からの非難は避けられないと理解しているでしょうから……表立って敵対しない代わりに、私の作戦に水面下で介入しようという思惑も考えられますね」
「もう少し様子を見ないと判断は出来ないか……クレイマンの言ってた"あの方"ってヤツも気になるけど、何がしたいのかよくわからないままだしな」
黒幕が一人とは限らないしな、とリムルは続けた。
確かにそういうことになる。俺達を取り巻くこの状況は、複数の勢力が目的のために手を組んだり利用したり、複雑に絡み合った思惑によって作り出されたものだ。
ユウキの一派、ファルムス王国、東の商人、西方聖教会…………ロッゾ一族。
まだ俺しか知らない事実を口にすることは不可能だった。
俺に開示可能なのは、魔法装置に"
するとどうなるか──今の状況でそれを話せば、疑いの目は全てヒナタに向けられる。
魔法装置を使っていたのは
リムルとヒナタの確執を、俺が深めてしまってはいけない。
まだ、時期じゃない……リムルにこれを話すのは、ヒナタの疑惑を晴らせる方法が整ってからでなければならないのだ。
その後は、各々からの活動報告だ。
カイジンとベスターからは、新たに開発した全自動魔法発動機について。あらかじめ登録しておいた魔法を自動で維持してくれるという画期的な装置だ。電源として取り付けられているのは"魔晶石"──魔物が大気中の魔素を取り込み体内で生み出している結晶。刻印魔法の場合は、使用者の魔素を用いてその都度発動するという仕組みだったが、この交換可能なバッテリーのお陰で魔法の維持が可能となるのだ。
「あとレトラ坊の依頼で、この"魔晶石"を取り付けた"冷蔵庫"ってのを作ってくれって言われててよ」
「冷蔵庫っておい……それで、いつもキンキンに冷えたジュースが出てきてたのか……」
封印の洞窟にある研究所にもよく顔を出す俺は、"魔晶石"をバッテリーとして組み込む技術に早いうちから目を付けて、冷蔵庫の開発をカイジン達に依頼していた。以前の簡易冷蔵庫は、箱に俺の『分身体』を仕込んで『魔力操作』で内部を冷却させる、とかいう人力に近い仕組みだったからな。
冷蔵庫という文明の利器がもたらす恩恵など言うまでもなく、試作機を貸し出したシュナの厨房からは大好評を頂いている。リムルの許可を得て、更に量産を進めようと思う。
それはともかく、カイジンとベスターが作り出した魔法発動機は、テンペストと各国を結ぶ街道に設置する目的で作られたものだった。大気中の魔素を集積装置に集めて周囲の魔素濃度を下げ、自動で対魔結界を張り続けるので──高ランクの魔物が発生する危険は減り、人々が行き来する街道がより安全になるわけだ。素晴らしい発明だな。
「クァーハッハッハ! それが完成すれば、我も好き放題に妖気を解放出来るのだな!」
「出来ねーよ、馬鹿野郎! この国の大半の者が死んでしまうわ!」
とんでもないことを言い出したヴェルドラが、本気でリムルに怒鳴られている。
ずっと妖気を抑えているので我も疲れてきたのだが……と涙目のヴェルドラと、そのうち何とかするからもう少し我慢してくれ、と宥めるリムルのやり取りから、俺は無言で目を逸らす。
いやー危ない危ない……俺、何も知らなかったら、「じゃあ俺が『精気吸引』で魔素貰ってあげるよ!」とか立候補してたと思う。"竜種"の持つ桁外れの魔素を、一体何%くらい吸えるかも不明だが、ごめんヴェルドラ、『精気吸引』はダメなやつなんだ……どうしても我慢出来ないって言うなら俺も死ぬほど悩んで考えるけど、今のところはまだ頑張ってて……!
皆からの報告が進み、次はリリナの番となる。
"精霊の恵み"と呼ばれる、巨大な野菜の育成に成功したという報告だった。リグルがユーラザニアで聞いてきた情報を元に、俺も手伝って研究を進めていたやつである。
「以前、高濃度の魔素水で稲を育てた際に収穫されたのは、魔素を多く含んだ黒色の米でした。これは魔素が過剰に供給されたことにより、作物が急激に変質したものと考えられます。そこでレトラ様と共に考えたのが、土中の魔素濃度を調整し、緩やかな魔素の供給を行ってはどうか、ということでした」
まあ、色々やってみたよね。結界を張って気温を保ち、"魔晶石"を土に埋めたり、一時間おきに土の魔素濃度を調べたり……どのくらいの濃度にすれば野菜が黒く変質しないかを見極めるのに苦労した。畑の作物が大きく成長を見せ始めた時は、リリナと喜び合ったものだ。
魔国で初めて採れた"精霊の恵み"として会議室に持ち込まれたカボチャやナスビは、通常の二~三倍の大きさをしており、どっしりツヤツヤと立派な出来だった。
「へえ……その"精霊の恵み"って、美味いんだってな?」
「早速、今日の夕飯に出してもらうことになってるよ!」
美味い食事に目がないリムルは嬉しそうにしている。
"精霊の恵み"を人為的に育てられるとなれば、これも魔国の特産品候補となるが、利点はそれだけではない。一つの実を成長させるために他の実を間引くのではなく、じっくり魔素を行き渡らせ全体を育てるやり方なので、"精霊の恵み"の育成方法が確立されれば生産効率もアップする。今後魔国の人口が増加しても、食糧事情に問題は起こらないだろう。
「レトラ、お前が何だかチョコマカやってるのは知ってたが……相変わらずだな」
「リムルに言われたくないよね」
「褒めてるんだよ。よくやってくれたな」
暗に「よくいなくなる」と言われていそうでドッキリしたが、リムルにはそういうつもりはなさそうだ。
そしてリムルはスライム姿のまま、ニヤリと笑うような雰囲気で。
「そんなお前にご褒美だ」
「え?」
「今日は、俺が主催の試食会もやるって言っといただろ? そろそろ昼だし──シュナ」
はい、とシュナが微笑むと、皿を持ったゴブリナ達が会議室に入って来る。
個別にドーム状のフードカバーが掛けられた皿が、幹部達の目の前に一つずつ置かれる。俺の前にも。中は見えないのだが……何故か、強烈に懐かしいデジャヴが頭を過ぎった。
こ、この匂い…………?
これ知ってる……これって、まさか…………
「試食会にはちょうどいい時間だな。さあ皆、食べてみてくれ」
人型になって椅子に座り直したリムルの合図で、ゴブリナ達がドームカバーを取り払う。
皿の上に乗っていたのは、ドンブリ。たっぷりと注がれた濃い色のスープ、その中で泳ぐ黄色い麺、乗せられたもやしと半熟玉子。反則的なまでに芳しく濃厚な香りを放つその食べ物は──
「ラーメンだ──!!」
俺は思いっきり歓声を上げる。
わ、忘れてたんじゃない……! そろそろだとは思ってた! リムルも俺に隠れてコソコソ出掛けることがあるのは知ってたから、ミョルマイルやゴブイチの所だろうなとは思ってたよ!
でもリムルの隠し方が完璧すぎて……このダシの香りがしていて気付かないはずがないから、さては厨房に結界でも張って、匂いが外へ漏れないように封印してたな……!?
「しかも俺のやつ、味噌だ! 味噌ラーメン……!」
「俺がお前の好みを把握してないわけないだろ?」
「リムル大好き──!」
ドヤ顔で言うリムルに本気で感激し、横からガバッと抱き付く。
結構前になるけど、寝る必要のない俺達の真夜中トークの最中に、ラーメン食べたいよなーって話したことは何度かあった。味噌ラーメン好きだって言ったわ俺……覚えててくれたのか!
転生してきて約二年、またラーメンが食べられる日が来るとは……!
ひとしきり騒ぎ立てた後、気が付くと室内は静かになっていた。
仕掛人のシュナやゴブリナ達が笑顔でいるのを除くと、他の全員がポカンとして俺達を見ている。
俺は、ス……と何食わぬ顔でリムルから身体を離した。
ごめん、皆を置いてきぼりにする前世テンションはほどほどにします。
二年ぶりの味噌ラーメンはとても美味かった。
この懐かしい味を堪能すれば、きっとヒナタも満足してくれると思う。